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巻ノ四百参拾九 ちょっと待て!もう少し考えよ の巻

 一夜が明けて天文十九年十月十四日。まだ空も暗いうちから大作と愉快な仲間たちを乗せた船は甲浦を後にした。後にしたのだが……

 昨日とは打って変わって空はどんよりとした曇り空。だが、丁度良い具合に北東からの風が吹いている。心配があるとすれば雨くらいだろうか。

 室戸岬の沖合を大回りして通過すると進路を南西へ向けて外洋へと乗り出して行く。暫く進むと陸地が見えなくなって周囲三百六十度が全て海になってしまった。


「ねえねえ、大佐。すっかり陸が見えなくなっちゃったわねえ」

「そうだな。今日は室戸岬から足摺岬までの百二十キロほどを一息に進むつもりなのかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど」

「斯様に陸から離れて宜しいのでしょうか? 何ぞ船に障りでもあらば大事にはなりますまいか?」


 不安そうに眉根を寄せた小竹が問いかけてきた。隣に座った旭も今にも泣きそうな顔で大海原を見つめている。


『知らんがなぁ~っ!』


 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。ちょっと人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべると僅かに声のトーンを高くした。


「ケセラセラ、なるようになるさ。それに『今日は死ぬにはもってこいの日』だしな。まあ、あえて気になるといえば急に風が止むってことかな? でも、この船には立派な櫂だってある。最悪でも漕いで進めばなんとかなるよ。なんくるないさぁ~っ!」


 いったいどうやって纏めたら良いんだろうか。途中で分からなくなってしまった大作は勢いだけで乗り切る。乗り切ろうとしたのだが……

 話の内容が気になったのだろうか。少し離れたところで聞き耳を立てていた船長が急に話に割り込んできた。


「この時期に風が止むことなど滅多にはござりますまいて。余程の事でも無い限り、日が沈むまでには土佐の清水に着きましょうて」

「ちょ、おま…… 船長殿、それって変なフラグが立ったりしませんかな? 滅多にないことが確実に起こるっていうのがフィクションの醍醐味なんですから……」

「ふらぐとやらは存じませぬが、大佐殿。大船に乗ったつもりでご安堵下さりませ。二百五十石くらいの」


 言いたいことを言い終わると船長は豪快に大笑いする。真面目に相手をするのが馬鹿らしくなった大作は考えるのを止めた。




 本当にすることが無くなってしまった大作はナカ、小竹、旭と四人で車座になって顔を突き合わせて無駄話に興じる。


「知っているか、小竹。今から行く山ヶ野は虎居城っていうお城から東に歩いて半日ほどの山の中にあるんだ。虎居城には祁答院っていうお殿様がいてな。川内守良重様ってお方なんだけど、このおっさんは子供を弓の的にしたり奥さんに斬り殺されたりと何とも変わった経歴の持ち主なんだ。でも、根は悪い人じゃないからそんなに怖がらなくても良いぞ」

「さ、左様にございますか」


 ドン引きといった顔の小竹が首を竦め、引き攣った笑顔を浮かべたナカと旭が瞳を泳がせる。

 うむ、掴みは上々。調子に乗った大作は得意満面になって話を続けた。


「んで、大殿には重経様っていう御嫡男がいらっしゃる。俺たちは若殿って呼んでるんだけど、このお方に俺たちは取り入っているんだ。タダで飯を食わせて下さる良いお方だぞ。仲良くしておいて損はない」

「左様にございますか。まあ、飯を食わせて下さるお方が悪いお方の筈もございませぬな」


 怖いくらい真剣な顔をした小竹が相槌を打つ。左右に座ったナカと旭も禿同といった表情を浮かべながら激しく頷いた。


「あと、覚えておいて欲しいのは…… やっぱ、重経様の守役の工藤弥十郎様かな。祁答院とのパイプ役みたいなお方だ」

「ぱいぷやく? 其は如何なるお役目にござりましょうや?」

「気になるのはそこかよぉ~っ! あのなあ、小竹。パイプって言ってもマッカーサーが咥えてるみたいな煙草を吸う奴じゃないんだぞ。液体やガスを通す方のパイプなんだ。鉄パイプとか塩ビパイプってあるだろ? 細長くて中が空洞になってる。片方から入れた物が反対側から出てくるっていう、あのパイプだよ。そこから転じて人と人との間を取り持つ仲立ちみたいな人のことをパイプ役っていうんだ。ここ、覚えておいた方が良いぞ。試験に出るからな」

「心得ましてございます。小竹、覚えた!」


 なんだか美唯みたいな反応だなあ。元気良く返事をする少年を見ていると大作はこましゃくれた幼女のことを思い出してしまった。

 そういえば、愛、舞、美唯の三姉妹は元気にしているんだろうか。あと、雄の三毛猫の小次郎も。

 山ヶ野に帰ったらみんな病気で死んでたらびっくりだなあ。まあ、そんな超展開だけはないだろうけどさ。そうそう、そう言えば……


「大佐! 大佐! どうしちゃったのよ、ぼぉ~っとして?」

「ぼ、ぼぉ~っとして? 俺、ぼぉ~っとしてたかなあ?」

「してたわよ! 時計を見てみなさいな。いったい何分経ったと思ってるのかしら?」

「いやいや。俺、直前の時間なんて覚えていないから。だから、何分経ったのかなんてさぱ~り分からんぞ。まあ、それはどうでも良いや。話を続けよう。あと、覚えておいて欲しいのは鍛冶屋の青左衛門殿だな。あいつも重要なキーパーソンなんだ。ああ、キーパーソンっていうのはだな。えぇ~っと…… キーっていうのが鍵のことだ。鍵が無いと鍵が開かないだろ?」


 大作は右手の人差し指と親指で何かを掴む真似をした状態で手首をクルクルと捻る。捻ったのだが……

 ナカ、小竹、旭のズッコケ三人組はぽかぁ~んと口を開けて呆けている。

 そんな惨状を見るに見かねたんだろうか。頼まれもしなのにお園が助け舟を出してきた。


「あのねえ、大佐。鍵で開ける方は錠っていうのよ。英語だと鍵がKeyで錠はLockね。んで、両方を合わせて錠前っていうのよ。英語だとlock and keyね」

「そ、そうなんだ…… おいら、また一つ賢くなっちゃったよ。えへっ!」


 おどけた調子の大作は茶化すように軽口を叩く。軽口を叩いたのだが……

 まるで眼中に無いといった顔のお園はガン無視を決め込んで話を続けた。


「それじゃあ話をキーパーソンに戻しましょうか。さっきも言ったように鍵が無いと鍵が開けられない。だから鍵っていうのはとっても大事なる物を現しているわけね」

「昔はキーマンなんて言ってたみたいだけどな。でも、世の中がジェンダーレスになってきただろ? だからキーパーソンって言うようになったんだろうな。ちなみにパーキンソンとは何の関係も無いんだぞ。ましてやサム・ペキンパー監督とは縁も所縁も無いんだ」

「さ、左様にござりまするか……」


 そんな阿呆な話をしている間にも船は土佐湾の遥か沖合を西南西へ向かってひた走る。やがて太陽が西の空に傾き始めたころ、水平線の彼方に足摺岬が見えてきた。


「知っているか、お園? 昔、足摺岬は足摺崎っていうのが正式名称だったんだぞ」

「昔? それって、いつ頃の話なのかしら?」

「昭和四十年(1965)っていうから今から四百年以上も先の話だな(笑) まあ、昔からこの辺りの皆は足摺岬って呼んでたらしいけどな」

「ふ、ふぅ~ん」


 駄目だ。さぱ~り関心を持って貰えない。大作は慌ててスマホを弄るとナウなヤングにバカ受けしそうなキャッチーなネタを探す。


「岬の上にはジョン万次郎の銅像が立ってるらしいぞ。ジョン万次郎資料館はずっと向こうの足摺港にあるんだとさ」

「ほほう、左様にございますか。其れは心ときめきまするな。後ほど拝見仕りましょう」

「ぎくぅ!」


 突如として背後から掛けられた声に大作は慌てて振り返る。そこで半笑いを浮かべていたのは誰あろう船長であった。


「いや、あの、その…… ジョン万次郎記念館がリニューアルオープンしたのは平成二十三年(2001)らしいですな。そもそもジョン万次郎って三百年くらい先の人ですし。そんなことより…… そんなことより何で足摺岬って地名が付いたか知ってますか、船長?」

「如何にして足摺岬と呼ばれるようになったのか? さ、さあ…… 某如きには見当も付きかねまする。宜しければ御教授をば下さりませ」

「良くぞ聞いてくれました! 知らざあ言って聞かせやしょう! まあ、ぶっちゃけ諸説あるんですけどね。まず最初はこの地に金剛福寺を開いた弘法大師空海。このお方が唐から帰国の途上に船から投げた五鈷杵(金剛杵)がここに落ちて、そいつを探して山を歩いたんだけど余りにも道が悪くて足を引きずったって説ですな」

「ほうほう、弘法大師様が難儀する程の山道にござったか」


 船長が分かったような分からんような顔で頷く。周囲のギャラリーたちもシンクロするように激しく首を立てに振った。


「お次の説は少しばかり時代が下って金峯上人が金剛福寺の住職を務めておられた頃のお話。天魔が修行の邪魔をするので呪法で封じたら足を摺って悔しがったそうな」

「うぅ~む、其れも如何にもありそうなお話にございますな」

「あと、最後の説なんですけど『とはずがたり』巻五の第四話に出てくる賀東上人のお話。まだ小僧に過ぎない弟子に補陀落渡海を出し抜かれたんで法師が地団駄踏んで悔しがったとか何とか。大人げない法師もいたもんですなあ」

「……」


 もしかして受けてない? ぽかぁ~んと口を開けて呆けている船長の顔を見ているだけで大作は心が挫けそうだ。

 と思ったけど、どうでも良いか…… どうせ他人事だし。いやいや、もうちょっとだけ続くんじゃよ!


「ちなみに田宮虎彦の小説『足摺岬』のせいで自殺の名所になったこともあるそうですぞ。だから『ちょっと待て、もう少し考えよ』っていう看板も立てられていたんだとか。地元の人にしてみりゃ迷惑な話ですなあ。あは、あはははは……」

「左様にございますな。あはははは……」


 船長は引き攣った笑いを浮かべたまま、黙って船尾に戻って行った。


『これにて一件落着!』


 大作心の中で絶叫すると考えるのを止めた。




 この夜、一同は足摺港で一泊した。残念ながら港の入り口には『道の駅あしずり』も『ジョン万次郎記念資料館』も公衆トイレも建ってはいなかった。


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