巻ノ四拾参 旅路の果て の巻
昨晩は疲れ果てて夕食を終えると泥のように眠ってしまった四人だが、今朝は暗いうちから目が覚めてしまった。
今晩にはラピュタのお宝だ。それを考えると全員気が急いて仕方が無い。
数キロ先に北原氏の居城である三ツ山城が見える。極力目立ちたくないので霧島連山に近い南寄りの人気の無い細道を通る。
「全盛期の北原氏は動員兵力一万以上の大名だったんだ。でも七年前に北郷忠相に山田城、志和池城を取られたうえに重臣も殺されてガタガタみたいだな。八年後には跡継ぎも残さずに兼守が死んで伊東に乗っ取られるらしい」
「盛者必衰ね。大佐はそれを横から掻っ攫うつもりなんでしょ?」
「Exactly! お園は賢いなあ」
大作がお園の頭をなでると機嫌良さそうに目を細めた。メイとほのかが不思議そうな顔をしている。
「Exactlyっていうのは『そのとおりでございます』って意味だぞ。テレ○ス・T・ダー○ーの有名な台詞だからお前らも是非使ってくれ」
「いぐざくとりー!」
二人はにっこり笑って元気に返事した。ちょっと使い方が違うんだけど大作は空気を読んでスルーした。
昼前には木崎原の南を通る。川内川と田んぼがあるだけで特に珍しい物は見当たらない。
「ここでは二十二年後に伊東と島津の合戦があるんだけど三千の伊東が三百の島津に大敗したんだ。もっとも島津側も二百五十七人が死んだらしいな」
「なんで十倍も兵がいたのに負けたの?」
「薩摩の釣り野伏せっていう卑怯な手に引っ掛かったんだ」
別に伏兵は卑怯な手でも何でも無い。だが大作は島津が嫌いなので一方的に決めつけた。
「この戦いには相良義陽も伊東と連合する予定で出陣したけど義弘の卑怯な計略で撤退しちゃったんだ。こいつらさえマトモに戦ってれば島津なんて叩き潰せていたのにな。この大敗で伊東氏の衰退が始まって耳川の戦いに繋がっていくんだ」
「大佐は本当に島津が嫌いなのね」
「戦国時代に島津を潰しておけば薩長の討幕も成らない。必然的に明治以降の富国強兵や大陸進出も無い。第二次世界大戦の敗北を阻止するという俺の目的にも繋がるんだ」
風が吹けば桶屋が儲かるみたいな穴だらけの論理を大作は展開させる。まあ、本気で言ってるんじゃ無いのでどうでも良いのだが。
田んぼの間を進んで行くと城や砦があちこちに構築されていて将来の戦闘を予感させる。
だが大作としては島津を二十年も生かして置くつもりは毛頭無い。って言うか弱いうちに潰さないと厄介なことこの上ない。
あいつらに比べたら伊東や大友なんて烏合の衆も良いところだ。
メイとほのかが話に参加できずに退屈そうにしているのに大作は気付く。仲間外れは不味い。早速フォローしなければ。
「薩摩といえば捨て奸というみっともないな逃げ方が有名だな。下っ端を捨て石にして偉い奴だけさっさと逃げる究極の卑怯な戦法だ。薩摩では兵の命はロシア軍や人民解放軍みたいに鴻毛より軽い。奴らは『逃げる奴は敵だ、逃げない奴はよく訓練された敵だ』とか言って犬猫だろうが動く奴は誰彼なく殺す。『よく女子供が殺せるな』って聞いたら『簡単さ、動きがのろいからな』って言いやがった。奴らは死を恐れぬ人殺しの集団だ。あんな連中をのさばらせたから旧日本軍は『生きて虜囚の辱を受けず』なんて馬鹿なことを言い出したんだ。薩摩だけは滅ぼさねばならん。絶対にだ!」
メイとほのかに楽しい話をしてやろうと思って始めたのに途中から興奮して収集が付かなくなってしまった。
三人とも完全にドン引きしてるみたいだ。メイとほのかに至っては半泣き顔をしている。
これじゃあまるで『ヒトラー ~最期の十二日間~』の名場面みたいだぞ。
お園が大作の顔を心配そうに覗き込みながら言う。
「落ち着いて大佐、憎しみは考えを誤らせるわよ」
「すまんお園、もう大丈夫だ。お前の言う通りだな。人間は感情バイアスって言って気分によって意思決定に歪みが生じることがある。クールになれ、生須賀大作!」
「大佐の敵は我らの敵よ。我らはちーむだもの」
「らぴゅたのお宝に伊賀と堺が手を組めば薩摩なんか敵じゃ無いわ」
メイとほのかが勇ましいことを言うが本当に分かってるんだろうか。まあ、戦闘開始まで数年ある。何とかなるだろう。大作は考えるのを止めた。
町を避けるため西南西に進むが例に寄って道が全く分からない。
五キロほど南にあるはずの飯盛山を目安にしたいのだが手前の丘のせいで時々てっぺんが見えるだけだ。
「あっちには陸上自衛隊霧島演習場が作られるんだ。都市型戦闘訓練施設って言ってテレビ局、銀行、マンション、スーパーの模擬構造物を建ててテロ、ゲリラ、特殊部隊を想定した訓練を行ってるんだ」
「修練のために家をたくさん建てたの? 大層な手間が掛かったでしょうね」
「訓練で汗を流したぶんだけ実戦で血を流さなくてすむって言うだろ。訓練は大事なんだ」
メイとほのかは感心してくれたようだが、お園の心には響かなかったみたいだ。
右手に亀鶴城らしき山城が見える。資料が少なくて築城者も築城年代も不明だが南の峰が本丸の鶴城、北の峰が二の丸の亀城らしい。
なんで鶴亀城じゃないんだろう。まあ、心の底からどうでも良いことだ。大作は考えるのを止めた。
なだらかな山を越えると幅二百メートルほどの田んぼの向こうに川内川が流れていた。
次の目印は西北西に二キロほど離れた標高六百十四メートルの名前も分からない山なのだが手前の丘のせいで見えない。
北に向かって進むと丘が途切れて高い山が見えてくる。南北になだらかに連なっているのでどこが山頂なのかさっぱり分からない。
南東に見えているのが飯盛山のはずだ。だとするとその右に見えるのが栗野山なのか? さっぱり分からん! 大作は頭を抱えて唸る。
「落ち着いて大佐。どうせ川を渡るんだから向こう岸の高台に登ってみましょうよ」
「そうだな。これ以上考えても時間の無駄だ」
人目に付かないよう注意して川を渡ると対岸にも田んぼが広がっている。
亀鶴城や飯盛山との位置関係からそれっぽい山を見つける。あの山の北側を通って東西に抜ける道があるはずだ。って言うか無いと困る。
「あの山まで半里ほどだ。そのさらに半里向こうが目的地だ。険しい山道だけどあとたったの一里で目的地だぞ!」
「百里の道を行くときは九十九里をもって半ばとせよって言うわよ」
お園が真剣な顔をして言う。
「Exactly! メイ、ほのか、誰も後を付けてこないか注意してくれ。邪魔者は殺す覚悟で行くぞ」
大作は敢えて物騒なことを言って三人の気を引き締める。
実際問題、ここからは本当に大変だ。今から登ろうとしている道が二十一世紀の地図に載っている鹿児島県道四百四十八号川西菱刈線に相当しているのか全く確証は無いのだ。
木が生い茂っているので目印の山も全く見えない。コンパスで方位を測って進んだ距離と登った高さを記録する。
「俺はRPGのマッパーかよ!」
「まっぱー?」
「地図のことを英語でマップって言う。だから地図を作る人はマッパーだ」
曲がりくねった山道を一時間以上も歩き続けるとようやく開けたところに出る。
目印の山は南東に一キロほどのはずだ。しかしその方向にはのっぺりした山があるだけでどこが山頂なのか判然としない。
この道が正しいとすれば南に四百八十二メートル、真正面に四百三メートルの山があるはずなのだが全然分からん。
カシミー○3Dとかで見るのとは大違いだ。正直言って山を舐めていたことを大作は本気で反省した。
「木が多すぎて見通しが悪いせいだ! 一段落したら全て焼き払ってやる!」
大作が突然絶叫したので女性陣がびくっとした。だが、一段落してから焼き払っても手遅れだ。
「道が全然分からん。とりあえず最後の曲がり角から一キロ西南西に進んだところから南南西に一キロ半ほど降りてみよう」
「もしかして道に迷ったの?」
「迷ってない! 道が分からなくなっただけだ!」
大作は強がりでは無く本気で自信満々で言う。
だって、来た道を帰ればスタート地点に戻れるのだ。
こんなのは迷ったうちに入らない。絶対にだ!
「ごめんね大佐。ちょっと心配になっただけよ。疑ってないわ」
お園は駄々っ子をあやすように優しく言葉を掛けた。
この道で合っていますように。大作は神様に祈るかどうか真剣に迷う。
しばらく迷った末に祈らないことにした。これくらいなら時間さえ掛ければ自力で解決可能だ。
神様にお願いするのは自力解決が絶対不可能な場合のみにしておこう。大作は貧乏性なのだ。
道を外れて草むらを進むと緩やかな下り坂に小川が流れていた。
地図からすると一キロ半で百メートルくらい降りるはずなのでだいたい合ってるような気がする。
って言うか合っててくれないと困る。
「素晴らしい! 地図にあった通りだ!」
「そう、よかったわね」
曲がりくねった小川にそって坂道を降りる。途中で別の小川と合流した。さらに下ると二キロ近く行ったところでまた別の小川と合流する。
細長い平地が西南西に向かって数キロ伸びている。ここか、ここでええのんか? 大作は真剣に迷う。
さっぱり分からん。例の標高六百十四メートルの名前も分からない山は東北東にあるはずなのだが手前の丘に隠れて見えない。
たぶん、恐らく、十中八九は間違い無い。そんな気がしてならない。だが、決め手に掛けている。
大ざっぱな金山の位置は分かっているのだ。しかし、南側斜面を数百メートルに渡って四人だけで手作業で調査しなければいけない。
絶対にここだと言う確信があれば数日掛けて頑張れないことは無い。でも、作業に入る前に確証が欲しい。
何か手は無いのか? これだけ苦労して無駄骨は辛すぎる。
目印の山で狼煙を上げて方位角を測る? 目立ちすぎる。凧でも上げる? 同じだろ! 木に登って見る? 危ないだろ。
全然駄目だ。お園に聞いてみるか? これでお園から良いアイディアが出たら格好悪いな。でも、背に腹は代えられん。
「今いるのが地図のこの場所か分からないんだけど、調べる方法は無いかな?」
お園は地図画面を指で触って少し右に滑らせる。西に川内川が流れている辺りが表示される。
「左が西よね。この寸法だと川まで五きろだから一里ほども歩けばだいたいの検討はつくんじゃないかしら」
「川の流れって結構変わるよね」
「お城の在所は地図に載っていないの?」
馬越城、大良城、湯之尾城といった城の場所は確認済だ。
とは言え菱刈の城下で目立ちたく無いから苦労してえびの市から山を越えたんだ。
こんなんなら最初から城下を通れば良かった。
ギブアップだ。やっぱりそれしか無いのかと大作は諦めた。
確証は無い。だが、とりあえず活動拠点はここだ。
そうと決まればまずは穴を掘って金を隠そう。でも、どうやって?
大作は頭を抱え込んだ。スコップが無い! っていうか金を探すにしても道具が要るだろう。
まさか数百メートルの幅の地面を素手で掘って金鉱脈を探すのか?
何でこんな当たり前のことを忘れていたんだろう。最近デカい失敗をしていなかったのですっかり油断していた。
この時代にはスコップに相当する道具はあったのだろうか?
大作は大河ドラマや歴史番組を思い出すがそんな物を見た記憶が無い。
甲斐の金山衆みたいな連中はどうやって穴を掘っていたのだろうか。
きっと専用の土木工具があるんだろうけど九州の片田舎では入手は不可能だろう。
「近所にホームセンターがあれば良かったのにな」
「ほーむせんたー?」
「ホームセンターは最強だぞ。ゾンビや核戦争後の世界では必須の施設だな。まあ、無い物ねだりしてもしょうがない。鍛冶屋を探して鋤か鍬でも手に入れるしか無いか」
旅の僧侶や巫女が鋤や鍬を買って銀で支払いをしたら変に思われないだろうか。
こんなことになるんなら日向か新田原で買っておけば良かった。
悔やんでも悔やみきれん。とは言え女連れの僧侶が鍬を担いで歩いてたら目立ってしょうがない。大作は考えるのを止めた。
とりあえず金を埋めるのが先だ。大作は適当な木切れを拾って地面を掘ってみる。
「メイ、ほのか、とりあえず金を隠す穴を掘る。手伝ってくれ」
「どれくらい掘るの?」
「三十センチ、じゃなかった一尺も掘れば良いだろう」
弁当箱くらいの小さな箱なので思ったより簡単に掘ることができた。
土を被せて綺麗に均す。完璧だ。完璧過ぎてどこに隠したか分からなくなりそうだ。って言うかもう良く分からない。
目印に石でも置こう。大作は近くにあった漬物石くらいの岩を持ち上げる。何だこれ。物凄く重いぞ。
「おっとっとっと……」
「危ない!」
思わず転びそうになった大作を支えようとでもいうのか。三人娘がバラバラに大作に駆け寄る。
ちょっと待ってくれ。離れてくれれば岩を放り投げれば済むのに何で寄って来るんだ。
頭にぶつけない限り死にはしないだろうけど、足の上にでも落としたら大怪我だ。
大作は誰もいない隙間を見つけて倒れ込むように岩を投げ出す。
だがバランスを崩してそのまま岩に頭突きする格好になってしまった。
目の前に火花が飛び散る感覚と同時に大作の意識は急に途切れた。




