表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
421/516

巻ノ四百弐拾壱 長い小休止 の巻

 砥石城を目指して長い旅を続ける大作と愉快な仲間たちは船で木曽三川を越えて熱田の港へと上陸した。

 熱田神宮を通り掛かった一同は織田信長と偶然にして最悪の邂逅を果たす。

 この機会に信長を暗殺してはどうじゃろか? そんな過激な意見をどうにかこうにか多数決という数の暴力で捻じ伏せた大作は小牧を目指して尾張国を北上していた。




「ねえねえ、大佐。小牧っていう所にはいったい何があるのかしら?」


 ほのかが興味津々といった顔で瞳を輝かせながら聞いてきた。


「聞けば何でも答えが返ってくると思うな! って言うか、知らざあ言って聞かせやしょう!」

「あのねえ、大佐。いったいどっちなのよ?」

「いや、あの、その…… 答えたいって気持ちと自分だけの秘密にしておきたいっていう気持ちが俺の中で拮抗しているんだよ。まあ、どうせ着いたら分かることだ。行って自分の目で確かめてみるってのも一興なんじゃね? 百聞は一見に如かずって言うだろ?」

「ふぅ~ん。要するに何にも分からないって事ね? だったら初手から正直にそう言えば良かったのに。知らないって事は別に恥でも何でもないんですから」


 ほのかはまるで勝ち誇ったかのようにふんぞり返ると挑発的な薄ら笑いを浮かべた。

 だが、大作はそんな安っぽい挑発に乗るほど幼稚な精神構造をしていない。

 精神的勝利法! 余裕の笑みを浮かべるとお得意の論点ずらしを試みる。


「そんなことよりほら、あっちに那古野城が見えてきたぞ。アレを建てたのは今川義元の父親、今川氏親って奴らしいな。築三十年くらいだから丁度今ごろ住宅ローンを支払い終わったころなんじゃね? まあ、十二年前に織田信秀が分捕っちまったから踏み倒したんだろうけどな」

「ふぅ~ん。何だか何処にでもありそうなありふれたお城よねえ」

「まあ、典型的な中世城郭だもんな。とは言え、城下町は虎居なんかよりはよっぽど賑やかだし、住むには丁度良いくらいかも知れんな。俺は嫌だけど」

「私だってこんな所は真っ平よ。死んでも御免被るわ」


 お園が心底から忌々しいと言いた気に吐き捨てた。ほのか、サツキ、メイ、藤吉郎たちも禿同といった顔をして激しい勢いで頷く。

 ただ一人、百地丹波だけは少し離れたところで意味深な笑顔を浮かべていた。




 北に向かって街道を進み矢田川と庄内川を渡る。途端に景色が田園地帯へと変化した。

 流石は濃尾平野だけあって見渡す限りに田畑が広がっている。遥か彼方には御嶽山の最高峰、剣ヶ峰が先っぽだけを覗かせていた。


 これといって変化のない景色を見ながら一同は黙々と平坦な道を進んで行く。

 だが、黙っていては間が持たない。大作は適当な話題を探して頭をフル回転させる。


「この辺りは県営名古屋空港が作られる場所だな。だけども航空法上の正式名称は名古屋飛行場なんだぞ。ここ、試験に出るから良く覚えとけよ」

「確か航空自衛隊とも共用しているから小牧空港とも呼ばれているわね」


 お園の口から予想もしていなかった相槌が飛び出したので大作は一瞬、虚を突かれる。しかし、瞬時に我に返ると余裕のポーカーフェイスを浮かべた。


「素晴らしい、お園君。流石は完全記憶能力者だな。ちなみに戦前は陸軍航空隊の基地があったんだぞ。戦後は米軍基地になったこともあるし。そうそう、平成六年(1994)には中華航空のエアバスA300-600Rが着陸に失敗して炎上したのもこの空港だ。生存者が七人しかいなかった大惨事だ」

「そ、それはさぞや大事だったでしょうね。鶴亀鶴亀……」

「あいち航空ミュージアムとかイチロー記念館とか色々とあるんだぞ。何だったらちょっくら覗いてくか?」

「あのねえ、大佐。それが出来るのは四百年も先の世の話なんでしょう?」

「ですよねぇ~っ!」


 そんな阿呆な話をしている間にも日が西の空へと傾いてくる。

 一同は小牧山城から少しだけ東に離れた野原で一泊することにした。

 大山川で水を汲み、河原でKP勤務者が煮炊きをする。他の者たちは手分けして寝泊まりする場所を整えた。


「今日はほぼノルマ達成だな。渡し船のお陰で随分と楽もできたし」

「明日からは山道ね。覚悟しておいた方が良いわよ」

「まあ、お手柔らかに頼むよ」


 辺りも暗くなってきたので食器を洗うのも早々に一同は床に就いた。




 一夜が明けて天文十九年八月二十一日となった。

 朝食を終えるのももどかしく、小牧を出発した一行は東へと歩み始める。進むのは中仙道の下街道。


「たぶん、この辺りが陸上自衛隊春日井駐屯地じゃないのかな? たぶんだけど」

「春日井って『クレヨンしんちゃん』で有名な所かしら?」

「いやいや、それは春日部ですから!」

「マジレス禁止! 分かってて態とボケたんですから!」


 そんな阿呆な遣り取りをしている間にも小高い丘が現れて徐々に道が登り坂になってきた。

 くねくねと曲がりくねった山道を歩き続けること二時間ほどで峠の天辺に辿り着く。内々神社が現れたので小休止を取ることになった。


「ここにも日本武尊の伝説があるらしいぞ。東国を平定した日本武尊が内津峠まできた時に副将軍の建稲種命が駿河湾で溺死したって報告が届いたんだとさ。んで、日本武尊は『ああ現哉々々(うつつかな)』って嘆いて霊を祀るために内々神社を創建したとか何とか」

「その知らせは誰がどうやって届けたのかしら?」

「従者の久米八腹(くめのやはら)とかいう奴が早馬で駆けてきたって書いてあるな。嘘か本当かは知らんけど」


 短い小休止を終えた一同は歩みを再開させる。いやいや、そもそも長い小休止ってあるんだろうか?

 確か労働基準法では六時間以内の場合は休憩時間を定めなくても法律違反にはならないはずだ。

 とは言え、工場なんかでは十分~十五分くらいの休憩時間を設定することが多いそうな。労働基準法の定めを越える休憩のことを法定外休憩と呼ぶこともあるらしい。そう言えば……


「大佐! 大佐ったら! また何か妙な事を考えていたのかしら? 心ここに有らずんば虎子を得ずって心地たったわよ」

「いやいや、俺は虎子なんてこれっぽっちも欲しくなんかないぞ。だって、大きくなったら絶対に始末に困りそうなんだもん。餌代とかトイレの始末なんかでさ。だからって保健所に連れてく訳にもいかんだろ? まあ、もし月額三百八十円の虎子ホーダイとかあったらちょっとだけ試してみても良いかも知らんけど」

「それはそうかもね。だって、獣の赤子って何でも可愛いんですもの」


 禿同といった顔のお園が何度も深々と頷く。周りで聞き耳を立てていた有象無象たちも『意義無し!』と言いたげにしている。


「そうだよなあ。どんな獰猛な獣でも大抵の赤ちゃんは可愛いもんだ。とは言え、生まれたての象の赤ちゃんの目はちょっと怖いよな。あと、カンガルーやパンダの赤ちゃんとかも。アレってどうしてあんなに小さく生まれてくるんだろ。もうちょっとだけでも大きく産めば生存確率が高まりそうな気がするんだけどなあ。だって、牛とか馬とかは生まれてすぐに立って歩くだろ? と思いきや、人間は生まれてから歩くのに一年くらいは掛かるんだもん。生き物って不思議だなあ」

「正に生命の神秘よねえ!」


 お園は思いっきり顎をしゃくるといかにも良いことをいったというドヤ顔を決めた。


 内津峠を越えると当然のように登った分だけ下り坂が待っている。またもや曲がりくねった細い山道をえっちらおっちらと下って行く。


「登りは大変だったけど、下りは楽で良いよなあ。ずっと下りだったら良かったのに」

「もしそうだったなら、帰りはずっと登りなんじゃないかしら?」


 下り坂の途中、道の脇に採石所と思しき岩場が現れた。数人の中年男性が上半身を(はだ)け、額に汗して勤労に勤しんでいる。

 男たちの方も突如として通り掛かった謎の集団に驚いたらしい。皆そろって興味津々といった視線を向けてきた。


「良い日和で。精が出ますなあ」

「真に良い日和にございますな。お坊様方は斯様な大人数で何処へ参られますかな?」

「我らは出雲…… じゃなかった、伊勢神宮でもないな。えぇ~っと、何処だっけ?」

「諏訪大明神を詣でるパックツアーにございます」


 答えに窮した大作を哀れに思ったのだろうか。お園が横から助け舟を出してくれた。


「ほほぉ~ぅ。それはまた、随分と遠き所へお出かけにございますな。気を付けて参られませ」

「皆様方も労災事故にだけはお気を付けて下さりませ。労災保険を使うと労災保険料が上がりますから」

「あのねえ、大佐。労働者が二十人未満の会社はメリット制の対象ではなから労災を使っても労災保険料は引き上げられないと思うわよ」

「そ、そうだったかな? まあ、アレだアレ。事故には気を付けて下さいねってことだ。然らば此れにて御免!」


 先を急ぐ旅なのでのんびり長話もしていられない。適当なところで話を切り上げて歩みを再開させる。

 辛沢川に沿って下街道を下って行くと徐々に坂がなだらかになり、みるみるうちに視界が開けてきた。

 遠くには美濃焼の窯が立ち並び、気持ちの良いそよ風に白煙がたなびいている。


「ようやく多治見に着いたぞ。この時代は池田って言うのかな? この時代の多治見村は土岐郡に沢山ある村の一つに過ぎなかったんだもん。ちなみに多治見市は『日本一暑い町』っていうのを観光誘致のためにアピールしてるらしいな。やなせたかし先生が作った『うながっぱ』っていうキャラがいるんだとさ」

「ふぅ~ん。だけども、日ノ本一の暑い町だなんて自慢するような話なのかしら?」

「さ、さあなあ…… まあ、価値観は人それぞれだ。本人たちが自慢したいって言うんなら周りがどうこう言う話でもないだろ。ちなみに日本最高気温の記録は高知県四万十川市江川崎に抜かれてるんだ。だけども、最高気温四十度以上を観測した通算日数が六日もあるんで日本国内で最も多いらしいな。だから『日本一暑い町』を名乗っても間違い無いってことなんだろう」

「そ、そうなんだ。私、暑いのも寒いのも程々が良いんだけどなあ……」


 お園の控えめな相槌にサツキ、メイ、ほのか、藤吉郎が揃って禿同という顔で激しく頷く。

 少し離れたところでは相も変わらず百地丹波だけが覚めきった目付きで遥か遠くを見詰めてた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ