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巻ノ四百弐拾 遭遇!ひらパー兄さん の巻

 熱田の港に上陸した大作たち一行は港湾管理局員に津料を払わされそうになる。だが、お得意の口から出まかせを総動員してどうにかこうにか強行突破を図ることができた。

 唖然とした顔の木っ端役人を放置し、脱兎のように逃げ出す。大作と愉快な仲間たちを追ってくる者は誰一人としていなかった。




「はぁ、はぁ、はぁ…… どうやら生き残ったのは俺たちだけみたいだな」

「ふぅ、ふぅ…… そうねえ。誰一人として欠ける事なくみんな揃っているみたいね」


 お園の視線の先にはサツキ、メイ、ほのか、藤吉郎、百地丹波、エトセトラエトセトラ……

 伊賀から連れてきた総勢百人の傭兵…… じゃなかった、義勇兵たちが金魚の糞みたいに延々とくっ付いている。


「そ、そうだな。良かった良かった。ここまできて逸れる奴が出たら困っちゃうもん。さて、日も傾いてきたけど、今日はどこまで進めるかなあ」

「中山道を通らんと欲するならば先ずは鵜沼を目指す事になりましょう。とは申せ、日が暮れるまでに着くのは至難の業かと。今宵は手前にある小牧の辺りで寝泊まりするのが宜しかろう」


 またしても得意満面の笑顔を浮かべた百地丹波が聞いてもいないことを答えてくれた。


『お前はアレクサかよ!』


 大作は心の中で密かに毒づくが決して顔には出さない。

 強靭な精神力でもって強引に怒りを抑え込み、精一杯のにこやかな笑顔で返した。


「左様にございますか。いやいや、百地殿がそう申されるならそうなんでしょう。百地殿ん中ではね」

「だけども、大佐。折角、熱田を通りかかったのよ。毒を食らわば皿まで。熱田神宮を詣でておいても損はないんじゃないかしら?」


 今度はお園の口から行き当たりばったりな意見が飛び出す。

 言いたいことは分からんでもない。だけども、今は少しでも先を急ぎたい。ここは一つ、心を鬼にして駄目出ししなければならんな。大作は適当な言い訳を探して灰色の脳細胞をフル回転させる。


「うぅ~ん、その気持ちは痛いほど良く分かるぞ。いや、本当に痛くなってきたよ。でもなあ、お園。考えてもみろよ。熱田は織田の本拠地である那古野城から目と鼻の先なんだぞ。詳しいことは知らんけど、この時代の信長は那古野城で暮らしてるんじゃないのかな? こんなところをウロウロしていてアイツとばったり出会うだなんて展開は絶対に御免なんですけど。変なフラグでも立っちまったら面倒臭いことこの上ないぞ」

「あら、大佐。信長っていうのは偉いお侍なんでしょう? そんなのが昼の日中から町中をウロウロしてたりするものなのかしら?」

「どうなんだろな? 奴は注意欠陥多動性障害か何かで子供のころから常軌を逸した行動が多かったとか何とか。そのせいで大うつけだなんて嘲り笑われてたそうな。ドラマなんかでも変テコな格好で城下に繰り出してはガラの悪い連中とつるんで碌でもないことをやっていたように描かれることが多いだろ?」

「多いだろって言われても知らんわよ! それならそうで、この辺りでばったり出会うなんて事があったところで妙な話じゃないと思うわよ」


 ああ言えばこう言うとはこのことか。お園はまるで信長を探し求めるかのようにキョロキョロと辺りを見回す。

 だが、この場にいる誰一人として信長の顔なんて知る由も無い。従って見つかるはずもなかった。


「ちなみに、天文十八年(1549)までには美濃国の斎藤道三の娘である濃姫との婚儀も済んでいるはずだ。んで、尾張国支配の政務にも関わるようになったらしいな。って言うか、そのころには父親の信秀が病気で寝込んで末森城に引き籠り状態になっていることが周知の事実だったんだとさ。嘘か本当かは知らんけど、少なくともWikipediaにはそう書いてあるぞ」

「それはまた随分とお気の毒な話よねえ。確か父上の信秀ってお方は再来年には亡くなるんでしょう?」

「そうだな。そもそも、この時期の織田弾正中家は結構なピンチに見舞われているんだ。今川に攻められて去年の十一月に安祥城が落城。西三河南部は総崩れに陥る。信長の諸兄、信広が今川の捕虜になったせいで人質交換に松平竹千代(徳川家康)を手放すことになる。お陰で西三河全域の支配権まで失うことになる。今川に攻められて知多郡の水野家が降伏するのが丁度いまごろなんじゃね? だとすると、いよいよ信長がこんなところをウロウロしているはずもないか」


 大作はスマホから視線を上げると断言するように言い切った。言い切ったのだが……

 視線を上げた数十メートル先で大通りを横切ろうとしている一団が目に飛び込んできた。


 行列の真ん中にいるのは豪華な鞍を付けた馬にふんぞり返るように跨った若い男。年齢は大作と同じくらいだろうか。色鮮やかで高級そうな小袖を見に纏い、頭髪は茶筅髷にしている。

 馬の前後には太刀持ちやら槍持ちやら表具持ちやら訳の分からない有象無象を何人も侍らせている。

 あれってもしかしてもしかすると…… 大作はバックパックから大慌てで単眼鏡を取り出すと手の震えを必死に抑えながら覗き見る。


「うわぁ~っ、まいったなこりゃ! よりにもよって元V6の岡田准一さんじゃんかよ…… ひらパー兄さんにこんな所でお目に掛かれるとは夢にも思わなかったぞ」

「あら、大佐。岡田准一様って言えば黒田官兵衛様だったわよねえ? 確か聚楽第でお会いした筈よ」

「うぅ~ん、あの時はそうだったっけかな? 余り良く重い打線ぞ。って言うか、あの人は石田三成だったり土方歳三だったりもするから油断できんのだよ。とは言え、今現在は信長で現在進行形の可能性が高そうだな」

「いったいどうするの、大佐? 『どうする家康』とか言ってる場合じゃなさそうよ」


 半笑いを浮かべたお園が小さく鼻を鳴らす。どうやらこれっぽっちも真剣に取り合う気はないらしい。

 こりゃあもう駄目かも分からんな。大作は小さくため息をつくと早くも諦めの境地に達する。

 と思いきや、捨てる神あれば拾う神ありとはこのことか。背後に控えた有象無象たちが口々に喚き始めた。


「ねえねえ、大佐。信長って伊賀を滅ぼした憎き敵じゃないのかしら? 確か前にそんな話をしていたわよねえ?」

「メイの言う通りよ、大佐。動く者は全て皆殺しにされて何もかも燃やし尽くされたとか何とか。生き残ったのは僅かな地衣類やクマムシだけだって」

「其は真にございますか、大佐殿? 織田の大うつけが斯様に悪逆非道な奴じゃったとは。此処で会うたが百年目。其の首をば討ち取って仕舞いましょうぞ!」


 サツキ、メイの勢いに引っ張られたのだろうか。百地丹波までもが食い気味に話に割り込んでくる。

 こいつらここまで好戦的な奴だったかなあ。大作は三人の豹変ぶりに狼狽えてしまう。

 集団での意思決定は責任感が分散されるから危険性の高い選択肢を選びがちになる。この現象をリスキーシフトと呼ぶんだそうな。

 とは言え、自分たちの大事な生まれ故郷を無茶苦茶にされるとあっては恨んでも恨みきれんといったところなんだろうか。

 生まれてこの方そんな目に遭ったこともない大作には想像の域を超えた話だ。


 他の面々はどんな顔をしているんだろうか。ほのかの様子はと見てみれば、顰めっ面をして此方の出方を伺っているように見える。これは未だ態度を決めかねているといった感じだな。

 お園はどうだろうか。相変わらず意味不明な微笑を浮かべて口を噤んでいる。これはたぶん、信長の生死なんて心底からどうでも良いと思っている顔だ。

 藤吉郎も小首を傾げるばかりで特に強い意志や決意といった物は感じられない。

 だったら賭けに出ても良さそうだな。大作は素早く考えを纏めると両の手をポンと打ち鳴らして注目を集めた。


「ここは一つ、民主的な手続きに従って多数決を取ろうじゃないか。信長の抹殺に賛成の方は挙手をお願い致します」

「きょしゅ?」

「百地殿、挙手とは手を挙げよとの意にございます」


 大作はタカラトミーのせんせいを取り出すと下手糞な字で『拳手』と書き殴った。書き殴ったのだが……


「あのねえ、大佐。それは拳って字よ。挙手の挙はこう書くのよ」

「そ、そうなんだ…… 俺、また一つ賢くなっちゃったよ。えへへ…… でもなあ、お園。そもそも挙っていう字は拳を上げるっていう意味だったらしいぞ。だとすると似たような意味なんじゃね?」

「それはそうかも知れないけど、手を挙げるのと拳を上げるのは似て非なる物なんじゃないのかしらねえ? って言うか、挙手しろって言われたら大抵の人は手を開いて挙げると思うわよ。そう思う人は手を挙げて頂戴な」


『訳が分からないよ』といった表情を浮かべつつも皆が揃って手を挙げた。言うまでもないが皆が揃って手のひらを開いている。

 それ見たことかと言いた気あドヤ顔を浮かべたお園が満足そうに何度も頷く


「えぇ~っと。こんなもんで得心がいったかな? んじゃ、そろそろ本題に戻らせて頂いてよござんすかな? 徳川家康…… じゃなかった、織田信長を討った方が良いと思う方は手を挙げて下さい!」

「……」


 無言で何人かの手が挙がる。

 作戦通り! 大作は内心でほくそ笑みながらも精一杯に真剣な表情を作って宣言した。


「反対多数。よって本案を否決致します!」

「え、えぇ~っ! 三対三じゃないのよ! 何で反対多数なのかしら?」

「そうよ、そうよ! 同じ数じゃないの!」

「いやいや、これは議長決裁と言って可否同数となった場合、議長の俺も一票を投ずることができるんだよ。日本の国会は無論、イギリスやアメリカの議会なんかもそうなんだ。ちなみに英語のキャスティング・ボートとかタイブレークって言う言葉はこれのことらしいな」


 大作の説明を聞いてもサツキ、メイ、百地丹波は未だに納得がいかないといった顔をしている。

 三人の不満を代表するかのようにメイが忌々し気に口を開いた。


「ほのか! あんたは何で賛成しないのよ? あんただって伊賀の出でしょうに!」

「いや、あの、その…… 信長を討つことは悪くないと思うわよ。でも、今の私たちには武田を討つために甲斐だか信濃だかに急がなくちゃならないわ。信長を討つのは帰りでも良いんじゃないかしら?」

「つまるところ、信長を討つ事には賛成なのね? だけども、討つ頃合いは今じゃない方が良いと。だったら、それは賛成じゃないのよ!」


 何が彼女の逆鱗に触れてしまったのだろうか。目尻を釣り上げたメイが金切り声を上げて喚き散らす。

 内心でドン引きしながらも大作は努めて平静を装いながら腫れ物に触るように優しい声を出した。


「どうどう、餅つけメイ。要は条件付きの賛成ってことだろ? んじゃ、藤吉郎。お前の意見は?」

「そ、そ、某にございますか? 某は信長という御仁を良う存じ上げておりませぬ故、軽々に断じるのも憚られまして……」


 しどろもどろになりながら必死に言い訳する藤吉郎を見ているだけで大作はお腹が一杯になってしまった。

 史実では信長の為に身を粉にして働き、信長の死後には見事に敵を討った秀吉とは思えない慌てっぷりだ。


「お園は…… って、聞くまでも無いか。どうでも良いんだろう?」

「そうよ、大佐。私、信長とやらが死のうが生きようが心底からどうでも良いのよ。でも、此処で信長を討つってなったらスケジュールが狂っちゃうでしょう? もう、これ以上の遅延は認められないわ。さっさと先を急ぎましょう、先を」

「ってことだ、メイ。サツキや百地殿も宜しゅうございますな? まあ、信長を討つチャンスならこの先、何度でも訪れますよ。それが人類の夢だから!」


 最後の最後は強引に力ずくで押し切る。有無を言わせる暇も与えず一方的に話を打ち切ると大作は北へ向かって脱兎の如く駆け出した。


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