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巻ノ四百拾九巻ノ四百拾九 渡れ!木曽三川を の巻

 砥石城を目指して長い長い旅を続ける大作と愉快な仲間たちの眼前に突如として姿を現したのはとてつもなく巨大な川だった。

 揖斐川、木曽川、長良川の三本が渾然一体となって網の目のように複雑に入り組んだ木曽三川(きそさんせん)だ。

 対岸が霞んで見えるほど広大な川の流れの中には歪な形をした大小様々な島が幾つも浮かんでいる。


「如何なされますか、大佐殿。木曽三川は川幅が広い故、川舟で渡るのも難しゅうございますが?」


 人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた百地丹波がまるで他人事みたいに気軽に言ってのける。


「だ、だったらもう少し早目に言って欲しかったですなあ……」


 大作としては力なく口答えするのが精一杯の反抗だ。しかし、百地丹波は相変わらず悪戯っぽい微小を絶やさない。もしかして、こちらの対処能力を試そうとしているんじゃなかろうか。

 余りにも惨たらしい窮状を見るに忍びなかったのだろうか。お園と藤吉郎が助け舟を出すかのように口を挟んでくれた。


「ねえ、大佐。前にこの辺りを通った折には吉田から安濃津まで船に乗せて頂いたわよねえ」

「某もご一緒致しました。そも、大佐やお園様と初めて会うたのも吉田の港にございましたな」


 もしかして二人は船に乗りたい派なんだろうか。ひょっとして嵐で死にかけたことを綺麗さっぱり忘れちまってたりして。あるいは楽しい旅の思い出になってるのかも知れない。

 相も変わらずお気楽なこって。こんな風に何でもポジティブに考えられたら人生も楽しいんだろうなあ。

 とは言え、あの時とは状況が全く持って違い過ぎる。なにせ今回は百人もの兵を引き連れた大所帯なんだもん。

 大作は何でも良いからマトモなアイディアが出てこないものかと頭をフル回転させる。フル回転させたのだが……


「うぅ~ん、そうだったっけかな? とは言え、今回は揖斐川の側まで来ちまったんだぞ。この川って舟で渡るのは大変なんだよなあ。確か信長が伊勢に侵攻する時だって美濃から南下したって聞いたぞ。それに、江戸時代の東海道五十三次だって七里の渡しとか三里の渡しとか十里の渡しとかエトセトラエトセトラ。色々とあったみたいだしな。って言うか、宮宿と桑名の海路は鎌倉時代からあったそうだぞ。それどころか壬申の乱で吉野から逃げた大海人皇子(天武天皇)は桑名から尾張へ船で渡ったって説すらあるくらいなんだもん。嘘か本当かは知らんけど」

「そりゃあ橋が架かっていないんだから船で渡るしかないわよ。どこからどう見たって歩いて渡れそうにないんだし」

「如何にしてもと申されるならば十里ほど遡って大垣の辺りまで参れば歩いて渡ることも叶いましょうが」


 とうとう百地丹波の口から冗談とも本気ともつかないような助言が飛び出す。

 だが、大作は完全にガン無視を決め込む。勢いよく両の手をポンと打ち鳴らすと小さく溜め息をついた。


「俺、なんだか急に砥石城に行くのが面倒臭くなってきちゃったよ。良く考えてみ? 信玄や村上なんて死のうが生きようが知ったこっちゃ無いんじゃね? 青左衛門には鉄砲は戦場で大活躍しましたっていう偽のレポートを提出すりゃ良いんだし。どうせバレっこないさ。真に遺憾ながら砥石城は諦めてここで引き返そう。退く勇気も必要だ」

「えぇ~っ! まだ伊賀を発ってたったの二日目よ。大きな川にぶつかったくらいで諦めちゃうの、大佐?」

「いやいや、あのアレクサンドロス大王だって広大なガンジス川を目の前にして撤退を決意しているじゃんかよ!」

「ガンジス川? それって、もしかしてインダス川の事を言いたいのかしら? でも、大佐。アレクサンドロス大王はインダス川を越えてパンジャブ地方に侵攻してるわよ。ヒュダスペス河畔の戦いでパウラヴァ族の王ポロスを降した後、周辺の諸部族も平定したとか何とか。インドでも最たる猛者のカタイオイ人すら負かしたんですから。でも、その辺りで御家来衆も戦に嫌気が差してきたんでしょうね。皆が帰りたいって言い出したそうよ」


 お園は立て板に水といった調子で一気に捲し立てた。やはり何が何でも船に乗りたいらしい。

 ギラギラと怪しく輝く瞳は一歩たりとも退く気は無いと訴え掛けてくるかのようだ。


「そうそう、それそれ。俺の言いたいことを全て大便…… じゃなかった、代弁してくれてありがとう。感謝感激雨霰だよ。とにもかくにも、そんなこんなで俺も帰りたくなっちゃったんだよ。何だったら俺だけ先に帰っちゃっても良いかなあ?」

「駄目に決まってるでしょうに! あのねえ、大佐。碇シンジも言ってたでしょう。逃げちゃ駄目だって。そんあんじゃあこの先、嫌なことがある度に諦める事になっちゃうわよ。大佐には大きな大きな先途がある 頑張れ! 頑張れ! 出来る! 出来る! 大佐なら絶対に出来る!」


 そんな二人の痴話喧嘩をサツキ、メイ、ほのか、藤吉郎といった有象無象たちが遠巻きに取り囲み、生暖かい目で見守っている。

 その時、歴史が動いた! それまで、まるで他人事みたいに気楽な顔で川を眺めていた百地丹波が急に大きな声を張り上げた。


「おやおや! あれに見えるは渡し船ではござりますまいか? 大佐殿、幸先が宜しゅうございますな。ささ、早う参りましょう」

「そうよ、大佐。アレを逃したら次は何時になるか分からないわ。ささ、急ぎましょう!」


 お園と百地丹波は大作の手を左右から強引に引っ張って連れて行く。その姿はまるで市場へドナドナされる子牛のようだった。




 小一時間の後、大作と愉快な仲間たちは優雅な船旅を楽しんでいた。

 桑名の港を出た船は伊勢湾を東に向かって順風満帆に進んで行く。


「船は良いなあ。やっぱ船は人類の至宝。まさに科学の勝利だな。オイラのポケットには大き過ぎらあ……」

「何よ、大佐ったら。乗る前はあんなに嫌がっていたのに。本に調子が良いんだから」


 突っ込みを入れてくるお園の顔には満面の笑みが浮かび、心なしか口調も柔らかだ。どうやら予定外の船旅を心底から楽しんでくれているらしい。

 他の面々はどうしているのやらと目を見やればサツキ、メイ、ほのか、藤吉郎たちもキラキラと目を輝かせながら遠くに見える海岸線を眺めている。

 船の大きさはどれくらいなんだろか。もしかして百石くらいはあるんだろうか。和船の構造にそこまで詳しくも無い大作には残念ながらさぱ~り見当もつかない。

 そこまで広くもない船の上には山のように荷物が積み上げられている。過積載などという小洒落た概念は戦国時代には影も形もないらしい。それだけでも心配なのに荷物の上には猿山の猿みたいに鈴なりに百人の兵がしがみつくかのように乗り重なっていた。

 何だかインドの鉄道みたいでちょっと…… いや、かなり怖いなあ。もし転覆でもして洞爺丸みたいな大惨事にならないことを祈るばかりだ。


『インシャ・アッラー』


 神は偉大なり。大作は心の中で誰に言うとでもなく祈りを捧げた。




 七里の渡しの名の通り、海上を三十キロほど航行した船は無事に熱田の港に到着した。

 所要時間は二時間といったところだろうか。日は徐々に西の空に傾きつつあるようだ。

 船が静かに砂浜に乗り上げるとどこからともなく港湾管理局の検査官的な人が現れる。

 テキパキとした手順で積荷をチェックしたり乗員乗客の人数を数えだす。

 待つこと暫し。今度はゆっくりとした足取りで偉そうな中年男が現れた。髭なんか生やした絵に描いたように典型的な木っ端役人風の小男だ。


「此の積み荷は和尚の物なのか? いったい此れは何なのじゃ?」

「な、何と申されましてもなあ。どこから説明したら良いものやら……」

「まあ、俺とて詳らかな事まで知りたい訳ではござらん。ただ、津料を定めるに当たって如何ほどの値打ちがあるものやら見当を付けねばならぬのじゃ」


 要するに税金を取るのに評価額が分からんと言いたいらしい。とは言え、黒色火薬と弾丸の値段って幾らくらいするもんなんだろう。確か鉄砲を一発撃つのに掛かる費用は枡に一杯の米と同じくらいだったはず。だとすると…… いやいやいや! 正直に火薬と弾丸を運んでいますだなんて言えるわけがない。大作は慌てて適当な言い訳を探して頭をフル回転させる。フル回転させたのだが……

 しかしなにもおもいつかなかった!


 慌てふためいて酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせる大作を不憫に思ったのだろうか。呆れた顔のお園が小さくため息を吐きながら間に割って入る。


「此の黒い粉は筑紫島の地において土壌改良を行った折に出た有害物質にございます。和尚は特定産業廃棄物に起因する支障の除去等に関する特別措置法に基づき、此の有害物質を産業廃棄物処理事業者へ処理・処分委託せんがため、甲斐国の中間貯蔵施設へと運んでおる次第にございます」

「ゆ、ゆうがいぶっしつじゃと? 何じゃ其れは? して、其れに如何ほどの値打ちがあると申すのじゃ?」

「値打ちですと? いやいや、有害物質に値打ちなどあろうはずもございません。猛毒にござりますれば」


 小男は叺にぎっしり詰め込まれた真っ黒な粉末に伸ばし掛けていた手を慌てて引っ込める。


「ど、ど、毒じゃと! 此れは毒じゃと申すか?!」

「左様、猛毒にございます。値打ちどころか、此れを無毒化する為には大変な手間暇を掛けねばなりませぬ。値打ちなどあろうはずもありますまいて」


 ドヤ顔を浮かべたお園は深々と腰を折って頭を下げる。


「然らば此れにて御免仕りまする!」


 次の瞬間、米搗き飛蝗のように勢い良く体を跳ね上げると脱兎の如く駆け出した。


「うわぁ~っ! 待っちくりぃ~っ!」


 大作たちも重そうに荷物を抱えるとえっちらおっちらと後に続く。

 百人の兵たちも慌てて追い掛ける。


 後に残された港湾管理官的な小男は唖然とした顔で立ち尽くしていた。

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