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巻ノ四百拾六 食べろ!うこぎのほろほろを の巻

 翌日からも軍事教練の名を借りた大作たちの暇潰しは続いた。

 木銃を使った銃の取り扱い訓練。早合のダミーカートリッジを使った輪番撃ちの訓練。葡萄…… じゃなかった、匍匐前進の訓練。塹壕掘り。バリケード構築。エトセトラエトセトラ……

 三日目くらいでネタが尽きた後は座学をやったり体力作りに筋トレをやったりと飽きさせないようにも気を配った。気を配ったのだが……


「こっちの方が飽きてきたんですけどぉ~っ!」

「もぉ~ぅ! 大佐ったら藪から棒に大きな声を出さないで頂戴な。びっくりするでしょうに」

「そうは言うがな、お園。退屈なものは退屈なんだからしょうがないだろ? 違うなか?」

「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね」


 取り付く島も無いとはこのことか。お園はけんもほろほろ…… じゃなかった、けんもほろろに訓練に戻ってしまった。


 ちなみに『けん』も『ほろろ』も(きじ)の鳴き声なのは公然の秘密だ。

 そう言えば岩手県の郷土料理に『うこぎのほろほろ』とかいうのがあったっけ。南部藩の武士が箸で食べようとしても『ほろほろ』と溢れてしまい、上手く食べられなかったとか何とか。

 でも、それって箸でカレーを食べるような物じゃね? 蓮華なり匙なりを使って食べれば済む話なんじゃないのかなあ? 大作は誰に言うとでもなく呟く。そうだ、そう言えば……


「大佐様!」

「うわぁ! びっくりしたなあ、もう……」


 驚きの余り、何を考えていたのか忘れちまったじゃないかよ! 怒り心頭の大作は怒髪天を衝く勢いで振り返る。振り返ったのだが…… 誰もいなかった!


「空耳か? 空耳なのか? もしかして、幻聴だったら怖いなあ」

「此方でございます。大佐様」

「うわぁ! もっとびっくりしたなあ、もう……」

「驚かせてしまい、申し訳次第もござりませぬ。平にご容赦のほどを」


 大慌てで声のする方に振り返って見ればぼぉ~っと突っ立っていたのは誰あろう、今井宗久であった。

 特徴的な細長い顔は相も変わらず人を小馬鹿にしたような愛想笑いを浮かべている。何だか知らんけど前に会った時に比べると随分と羽振りの良さそうな身なりだなあ。

 大作はちょっとイラっときたが鋼の様に強靭な精神力をフル稼働させてどうにかこうにか抑え込んだ。


「おやおや、誰かと思えば今井様ではござりますまいか。こんなところでお会いするとは奇遇ですなあ。金山の方は如何なされましたかな?」

「彼方の事なれば何の憂いもございませぬ。気心の知れた者を幾人も揃っておりますれば、大船に乗ったつもりで任せておりまする。其れよりも鉄砲百丁の大商いが気になりましてな。矢も盾も堪らず伊賀まで遥々と罷り越した次第にございます」


 あまりといえばあんまりな返事に大作は目を白黒させて戸惑うことしかできない。いったい今の金山は誰が管理しているんだろう? そんなことで大丈夫なんだろうか? 帰ったら祁答院に乗っ取られてたら笑っちゃうんですけど。

 酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせる大作を哀れに思ったのだろうか。お園が素早く間に入ると落ち着いた顔で口を挟んできた。


「つまるところ、見学希望にございますね? 今井様お一人で宜しゅうございますか?」

「いえ、供を二人ばかり連れて参りました故、都合三人で願い奉りまする」

「承りました。ところで、今井様がいらっしゃったということは鉄砲も届いたということでしょうか?」

「左様にございます。馬に載せて運んでおりますれば、おっつけ昼過ぎには着きましょうて」


 ドヤ顔の今井宗久は褒めて褒めてと言わんばかりの表情で大作とお園の顔を交互に見回す。

 これはもう駄目かも分からんな。大作は小さくため息をつくとお約束のセリフを呟いた。


「素晴らしい、今井様。大変な功績にございます。貴殿は英雄だ。バン、バン、カチ、カチ。あらら?」

「お褒めには及びませぬ。生業にござりますれば」


 悪戯っぽい笑顔を浮かべた今井宗久もシン・ゴジラの國村隼さんみたいなセリフで応えてくれた。




 待つこと暫し。続々と村に到着した馬の背から筵に包まれた鉄砲が次々と降ろされる。堆く積み上げられた鉄砲の山はさながら芥川龍之介の芋粥のようだ。

 こっちもこうしちゃおられんな。大作は新兵訓練の午後からのスケジュールを急遽変更して実銃の配布へと切り替える。切り替えようとしたのだが……


「な、何だか知らんけど妙な塩梅ねえ。私たちの鉄砲ってこんなデザインだったかしら?」


 最初に異変に気が付いたのは誰あろうサツキだった。筵の梱包を解いて姿を表したのは見慣れたブルパップ式の短小銃とは似ても似つかない長銃身の鉄砲だったのだ。

 バレル長は二十インチくらいだろうか。木製の直銃床を含めた全長は一メートル弱くらいはありそうだ。

 銃口付近にはMP5みたいに鉄の輪でガードされた照星が取り付けられ、その真下には二脚(バイポッド)も装備されている。

 照門はピープサイト式で右側のダイヤルを回してやると上下に調整することができた。

 握り易そうな形のピストルグリップの表面にはちゃんと滑り止め加工まで施されている。


 不思議そうな顔をしたメイも手にした銃を構えながら小首を傾げて呟く。


「何でこうなっちゃったのかしら? 私たちの鉄砲ってブルパップ式の短小銃の筈よ。射程は短いけれども小型軽量。前装式なのに伏せ撃ちができるっていうのが最大のセールスポイントだとか何とか」

「で、ですよねえ。今井殿、此れは如何なる仕儀によるものですかな? 何か存じてはおられませぬか?」


 唯一、事情を知っていそうな人物はこいつだけだ。途方に暮れた大作は今井宗久に詰め寄ると半ば食い付かんばかりに問い詰める。

 だが、返ってきたのは戸惑いを多分に含んだ弱々しい言い訳だった。


「さ、さあ…… 某は何も伺ってはおりませぬぞ。ただ……」

「ただ? ただ何ですかな? 直ちに知っていることを洗い浚い吐いて下さりませ。隠し立てすると御身の為になりませぬぞ」

「いやいや、某はただ此れを運べと申し付かったまでに過ぎませぬ。ただの使いっ走りの如き者にござりますれば何一つ存じ上げ候らえば」


 取り付く島もないとはこのことか。今井宗久は知らぬ存ぜぬで強行突破を図るつもりらしい。

 お前は政治家かよ! 大作は心の中で毒づくが決して顔には出さない。ここで今井宗久を攻めても何の問題解決にもならないことだけは確かなようだ。


 だが、捨てる神あれば拾う神あり。積み荷を調べていたお園が荷物と荷物の間に挟み込むように小さく折り畳まれた紙切れを発見した。


「見てみて、大佐。青左衛門様からの文みたいよ」

「例に寄って例の如く、ミミズがのたくったみたいな字だなあ。悪いけど、お園。読んでもらえるかなぁ~っ?」

「いいともぉ~っ! えぇ~っと…… 時節の挨拶は飛ばすわよ。以前、お話を伺っておりました百間先の一文銭を撃ち抜ける鉄砲が漸く仕上がりました故、先行量産型の百丁をお送り致し候。コンバットプルーフの儀、宜しゅうお頼み申し候。ですってよ」

「いや、あの、その…… 宜しくって言われてもなあ。注文を無視して勝手に違う品を送ってこられても困っちゃうんですけど? かと言って、今から返品交換してたらとてもじゃないけど戦に間に合わんよな? でもなあ…… ここ二週間というもの、ずぅ~っとブルパップ式の短小銃で訓練をやってきたんだぞ。それを今更こんな長い銃を渡されたらこれまでの努力が水の泡というか何というか…… どうすれバインダ~!」


 大作は捨てられた子犬のような目つきでお園と今井宗久の顔を交互に見やる。

 だが、二人からはドナドナされる子牛を見るような冷たい視線しか返ってこない。

 これはもう駄目かも分からんな。大作は小さくため息をつくと両の手のひらを肩の高さでひらひらさせた。

 下手な考え休むに似たり。考えたってどうしようもない。大作は思考ループを強制終了させると行動を再開した。


「道具箱にハンマーしか無ければ全ての問題は釘に見える。この鉄砲しか無いんだからこれで戦う他に手は無いんだ。取り敢えず今は時間との戦いだ。兵に食事を取らせてくれ。一時間後に進軍を開始するぞ。長銃の取り扱い訓練に関しては移動中に行うこととする。何か質問は?」

「……」


 へんじがない。ただのしかばねのようだ。


「んじゃ、状況開始! 急げ! 急げ! 急げ! Go! Go! Go!」


 こうして砥石城への長い長い旅路が始まってしまう。

 だが、例に寄って例の如く。大作の胸中は順風満帆とは程遠い嫌な予感で覆い尽くされていた。


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