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巻ノ四百拾伍 担え!木銃を の巻

 翌日、朝餉を食べ終わった大作たちがお茶を飲んで寛いでいると思いも寄らない訪問者が現れた。


「大佐様、頼まれておった品をお届けに上がりました。お納め下さりませ」

「これはこれは、野鍛冶の佐吉殿にござりましたかな? 本日は如何なる御用向きで参られました?」

「いや、あの、その…… ですから申し上げておりますでしょうに。頼まれておった品をお届けに上がったのでございます」


 ひょろっとした中年の小男は小脇に抱えた襤褸切れを座敷に面した板の間の上に放り出すように置く。

 勿体ぶった手付きで包を広げると中から姿を見せたのは……


「何じゃこりゃぁ~っ!」

「お忘れにございますか、大佐様。木銃にございますぞ。此れを作れと申されたのは大佐様ではござりますまいか」

「そ、そんなこと頼みましたかなあ? いあ、段々と思い出して参りましたぞ。そう言えば頼んだような、頼んでいないような。うぅ~ん、頭に靄が掛かったみたいで良く思い出せないんですけど……」

「まあ、殊更(ことさら)に思い出して頂かずとも結構にございます。お代は先に頂戴しておりますれば。残りはお屋敷の裏に置いてございます。後は煮るなり焼くなり、大佐様のご随意になされませ。然らば此れにて御免」


 言いたいことだけ一方的に話すと佐吉はぺこりと頭を下げて逃げるように立ち去ってしまう。

 Time is moneyの体現者みたいなおっちゃんだなあ。大作は後ろ姿を呆然と見送ることしかできなかった。




 座敷の裏に回ってみれば木銃が無造作というか乱雑というか…… 雑然と? 無秩序に?

 とにもかくにも、適当という言葉がこれ以上は似合いそうにもないほど適当に重ねて置いてあった。

 堆く積み上がった木銃の山を見ているだけでお腹が一杯になりそうだ。これじゃあまるで芥川龍之介の芋粥じゃんかよ! 大作は誰に言うとでもなく呟いた。


「取り敢えず、こいつを片付けちまおうか。放って置いたら薪にされちまいそうだし」

「片付けるったっていったい何処に4」

「ここではない何処かだろ!」


 捨て鉢気味に吐き捨てると大作は両手に持てるだけの木銃を抱える。やれやれといった顔のお園が後に続き、ほのか、サツキ、メイ、藤吉郎といった有象無象が渋々といった顔で手伝った。

 物置き的なところに置き場を見つけた一同は百地丹波に一言、断りをいれてから木銃を搬入する。

 その後は夕方まで掛かって百丁の木銃に三点式スリングを取り付ける作業を行った。


 他愛もない無駄話をしながら淡々と作業を行う。日が西の空に傾くころ、漸く全ての木銃に三点式スリングを取り付ける作業が完了した。


「ねえねえ、大佐。もしかしてこれって集合教育の時、一人ひとりの兵にやって貰えば良かったんじゃないかしら? そうすれば私たちがやらずとも済んだのにって思うんだけど」

「あのなあ、お園。何で今ごろになってそんなことを言うんだ? 先に言ってくれれば良かったのに」

「そりゃあ、いま思い付いたからに決まってるでしょうに」

「そ、そりゃそうだよな。うん、今度からはそうすることにするよ」


 反省だけなら猿でもできる。このことだけはたとえ死んでも絶対に忘れないようにしよう。大作は心の中のメモ帳にグリグリと太字で書き込む。それと同時に脳内の三点式スリングのことを心の中のシュレッダーに放り込んだ。




 一夜が明け、また新たな一日が訪れた。陽はまた昇る。まあ、曇っていたら見えないんだけれど。

 八月七日。天気、晴れ。朝起きて顔を洗って歯を磨いて…… いやいや、そんなことはどうでも宜しい。いよいよ今日から集合教育が始まるのだ。

 大作たちは朝餉を済ませるのももどかしく、期待と不安に胸を踊らせながら足早に三重県伊賀上野射撃場へと向かった。


 木銃は百地丹波が手配してくれたニ頭の馬に運んでもらう。

 木と木がぶつかり合ってカタカタとリズミカルな音を立てる。そんな自然の調べに耳を傾けながら田舎道を歩くこと約十五分。芋の子を洗うようにごった返した射撃場が見えてきた。

 どうやらみんな、着の身着のままの本当にラフな格好できているらしい。中には裸足の者や褌の上に襤褸切れを纏っただけの奴までいる始末だ。

 これはもう駄目かも分からんな。大作は心の中で苦虫を噛み潰すが決して顔には出さない。

 一団まで数メートルの距離まで近付いたところで勢い良く直立不動の姿勢を取る。一瞬の間を置いて右手を高々と掲げ、激しい勢いで両の踵を打ち合わせた。


「ジーク、ラピュタ!」

「……」


 へんじがない、ただのしかばねのようだ。

 ついさっきまで、ワイワイガヤガヤと騒がしかった有象無象たちが水を打ったように静まり返ってしまった。

 これはもう駄目かも分からんな。駄目じゃないかも知らんけど。

 とは言え、ここで引いたら試合終了だ。何としてでも主導権を取り戻さねば。捨て鉢的な覚悟を決めた大作は一段とテンションを上げて金切り声を振り絞る。


「さあさあ、皆様方。御唱和下さりませ。Repeat after me. ジーク、ラピュタ!」

「じ、じいく、らぴゅた……」


 怪訝な表情を浮かべながらも最前列の何名かがオウム返ししてくれた。

 掴みはOK。幸先の良いスタートに気を良くした大作は得意げに話しを続ける。


「えぇ~っと…… 取り敢えず皆様方。ひい、ふう、みい…… 五班に分かれていただけますかな? お園、サツキ、メイ、ほのか、藤吉郎。それぞれの班の班長を頼む。まずは認識票を配りながら氏名を確認して兵籍名簿を作ってくれ」

「認識票って昨日の晩に作ったこれね?」

「一人ひとりを識別するための大事なタグだ。くれぐれも間違いの無いよう気を付けてくれ。給料とかもこれで管理するんだからな」

「はいはい、良く分かってるわよ」


 ぶつくさ言いながらも一同は手際よく班分けを行うと迷子札みたいな認識票を一人に一枚ずつ手渡して行く。

 老若男女たちは物珍しそうに受け取ると大事そうに首から掛け、着物の内側へと仕舞い込んだ。


「さて、みなさん。認識票は行き渡りましたかな? まだ受け取っていない人はいませんか? 大丈夫ですね? では、ただいまより軍事教練を始めます。古代ローマの格言に『訓練で汗を流しておけば実戦で血を流さずに済む』とかいうのがございますな。今からやる訓練は皆さんの生存性を高めんがためと思し召せ。それでは全員に木銃をお配りいたします。ただの棒切れですが決して粗略に扱わんで下さい。実銃だと思って真剣に取り扱って頂くようお願い致します。じゃあ、みんな。配ってくれ」


 一同は馬から下ろしてあった木銃の包を開くと班ごとに次々と木銃を手渡す。

 後のことは任せておいても大丈夫だろうか。大作は精一杯のさり気なさを装うと少しずつ少しずつ人垣から離れて行った。




「立て筒! 捧げ筒! 担え筒!」

「整列! 右向け右! 全体、進め!」

「左、左、左、右!」


 大作がふと我に返ると眼前には戦時中の記録映画みたいな光景が繰り広げられていた。

 何だか知らんけどちょっと見ない内に軍国主義の再来みたいな様相を呈してるんですけど。こういうのを軍靴の足音が聞こえるとか言うんだろうか。

 まあ、そもそも今は戦国時代の真っ只中なんだけれども。


 気が付けば日は大きく西の空に傾いている。そろそろお仕舞いにした方が良いんじゃないのかなあ。

 やきもきしながら見ていると大作の思いを汲み取ってくれたかのように訓練は突如として終わりを告げた。


「それでは此れにて本日の修練を仕舞と致します。大佐から何かあるかしら?」


 お園が唐突に話を振ってきたので大作はドキっとしたが必死に平静を装う。

 余裕の笑みを浮かべながら頭をフル回転させて言葉を紡いだ。


「えぇ~っと…… 初日にしては皆さん本当に立派な出来栄えでした。明日以降もこの調子で頑張って下さい。『練習は不可能を可能にする』と申します。あと、くれぐれも事故の無いようお願い致します。今日は本当にお疲れさまでした」


 みんな本当に草臥れ果てているようだ。大作は話を極力手短に纏めると深々と頭を下げた。老若男女たちも怪訝な顔をしながらもお辞儀を返してくれる。返してくれたのだが……

 誰一人としてその場を動こうとしない。どういうこと? どうすれバインダ~!

 慌てふためく大作は尻目にお園が声高らかに宣言する。


「解散!」


 老若男女たちは蜘蛛の子を散らすように帰って行った。


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