巻ノ四百拾参 作れ!木銃を の巻
「それじゃあ、大佐。ちょっくら行ってくるわね!」
「おう、夜道に気を付けてな」
「私を置いて先に出掛けちゃわないで頂戴ね。確と約したわよ」
「はいはい、ちゃんと分かってますから。いいから、ちゃっちゃと行ってさっさと帰ってこいよ」
サツキとのじゃんけんに負けたメイは堺へ向けて颯爽と走り去った。
時刻は丁度お昼を回ったころだろうか。太陽は南の空に高く上がっている。
後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、お園がポツリと呟いた。
「どれくらいで帰ってこれるかしらねえ?」
「往復で一六十キロくらいはあるよな。いくらくノ一だからってぶっ通しで走れるわけじゃないし。どんなに早くても明日の朝にはなるんじゃね?」
「そんなもんじゃないかしら」
ちょっと考え込んだ後、サツキが同意を返してくれた。本職のくノ一がそう言ってるんだからそうなんだろう。サツキん中ではな! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。
「まあ、文さえ早く届けてくれれば帰りはのんびり歩いて帰ってくれても良いんだけどな。さて、メイの帰りを待つ間、俺たちもできることをやっておこうか」
「私たちにできることって何かしら?」
「だからそれを考えるんだよ! さ~あ、みんなで考えよう!」
大作は例に寄って例の如く、両手をポンと打ち鳴らすと一同の顔を見回した。見回したのだが……
みんながみんな揃って虚ろな視線を宙に彷徨わせるのみだ。誰一人として返事を返そうとする者はいない。
しょうがない。たまには自分の頭で考えてみるのも悪くないか。大作は頭をフル回転させて無い知恵を振り絞った。
「さっきの推定では鉄砲が届くまで十四日くらいだったっけ? まずはこれの輸送方法を考えにゃならん。鉄砲は各々に持たせるとして、弾薬は馬で運ぶことになるのかな」
「どれくらい運ぶことになるのかしら?」
「弾丸と火薬を一発ずつ個包装した物が五匁くらいだな。一人当たり三百発として一貫五百匁だから百人分で百五十貫目にもなるぞ。運搬するのに馬が六頭。その飼葉を運ぶ馬も必要だから十頭くらいか? いや、百人分の食料だって運ばにゃならんし」
「伊賀の馬借に信濃まで荷を運ばせるわけにもいかんわね。そうなると行く先々で馬借を探す手間も掛かるわね。兵糧もその折に探せば何とかなるんじゃないかしら。知らんけど。何れにしろ、各々に三日分くらいの兵糧は持たせた方が良いわね」
「そうだな。かなりの長旅になるんだし、なるべくなら現地調達で済ませたいところだぞ。んじゃ、ほのかとサツキ。手分けして携帯糧食と馬借の手配をしてくれるかなぁ~っ?」
「いいともぉ~っ!」
元気の良い返事をすると二人は風のように走り去る。相変わらず返事だけは良いけれど、本当に意味が分かって言ってるんだろうか。謎は深まるばかりだ。
まあ良いか。どうせ他人事だし。大作はくノ一コンビのことを脳内から追い払った。
「馬鹿どもには丁度良い目眩ましだ!」
「某は何を致せば宜しゅうございましょうや?」
「と、藤吉郎?! お前もいたのかよ。そうだなあ…… そんじゃあ、二人の手伝いでもやってくれるかな?」
「畏まりましてございます!」
くノ一ほどの俊敏さは無いがそれなりに素早く掛けて行く藤吉郎を見送りながら大作は吐き捨てる。
「今度こそ馬鹿どもには丁度良い目眩ましだ!」
「はいはい、お約束お約束。んで、私たちは何をするのかしら?」
「ルートの検討とか宿営地の候補をリストアップでもやっていようかな? いや、それよりも先に片付けておくことがあるぞ。よいしょっと! レッツラゴー!」
大作は勢い良く立ち上がるとお園の手を取って立ち上がらせた。
百地家の家人に一声掛けて屋敷を後にする。
「ねえねえ、大佐。いったい何処へ行くって言うのよ?」
「まずは材木屋さん的なところだな。この村は虎居の城下町ほど大きくはない。それでも材木を専門的に扱う商売はあるかも知れんだろ?」
「それはどうかしらねえ。見た感じだとありそうもないんだけれども」
村を歩き回ること暫し。不幸なことにお園の予感は的中した。そもそも百五十戸ほどしかない小さな集落に専業の材木屋なんてあるはずもないのだ。
ただ、野鍛冶と武具の修理を兼業している何でも屋みたいな人ならいるらしい。そこならば、もしかして材木加工もアルバイト的にやっているかも知れない。大作はそんな一縷の望みを託して野鍛冶兼武具修理屋を訪ねる。
目的とする小屋は村の中心から少し外れた所に建っていた。そこそこ大きな藁葺き屋根の小屋は何とも表現のしようもない独特の存在感を放っている。
大作は例に寄って例の如く、芝居がかった口調で大声を張り上げた。
「頼もぉ~う!」
「うわぁ! びっくりしたなあ、もう! お坊様。藪から棒に大きな声を出さんで下さりませ」
小屋の中から顔を現したのはひょろっとして無精髭を生やした中年の小男だった。ターバンのように頭に巻いた襤褸切れで額の汗を拭いながら怪訝な表情で大作とお園に交互に視線を送ってくる。
「いやあ、失敬失敬。お初にお目に掛かりまる。野鍛冶の佐吉殿にございますかな? 拙僧は大佐と申します。昨日から百地様のお屋敷でお世話になっておる旅の僧にございます」
「おお、和尚があの高名な大佐様にございまするか。お噂はかねがね耳にしておりますぞ。此方こそ宜しゅうお頼み申しまする。今日はまた、いったい如何なる御用で参られましたかな?」
「実はお願いの儀があって罷り越しました。是非とも首を縦に振って頂きたい」
途端に佐吉は不二家の店頭に置かれているペコちゃんみたいに頭をカクカクと激しく前後に動かした。
そんなに勢いよく頭を振ったら危険が危ないんじゃね? 乳幼児の脳は豆腐みたいに柔らかいとか何とか。 大作はロックコンサートでヘッドバンキングし過ぎて硬膜下血腫と診断されたドイツの男性を思い出す。思い出したのだが……
「あのねえ、大佐。前にも言ったわよねえ? ヘッドバンキングじゃなくてヘッドバンギングよ! 銀行じゃないんだから」
「はいはい、分かっててわざとボケたんだよ。って言うか、佐吉殿。お願いと言うのは首を縦に振って頂きたいのではないのです」
「はぁ? 大佐様はたった今、そう申されませなんだかな? 儂の聞き違いにございましょうや?」
「いや、あの、その…… 確かにそうは申し上げましたけど、違うんですよ。なんて言うのかなあ? 言葉を省略したんですな。正確には『今から拙僧のするお願いに対して首を縦に振って頂きたい』と言いたかったんですよ。お分かり頂けましたかな?」
またもや佐吉は激しく頭を前後に動かした。もう、付き合ってられんわ! 大作は思わずブチ切れそうになるが強靭な精神力を総動員して何とか抑え込む。
バックパックからタカラトミーのせんせいを取り出すと例に寄って例の如く、下手糞な絵を描いた。
「適当な棒切れに持ち手を付けてこんな形にして欲しいんですよ」
「うぅ~む…… 斯様な物で宜しければ直ぐにでもお作り致しましょう。どれどれ、此れが良いじゃろうかな」
佐吉は狭っ苦しい土間に乱雑に並べられた木片の中から適当に一つ拾い上げるとグルグル回して全体の形を確認する。
暫しの間、思案した後に徐ろに鉈を手に取るとリズミカルに叩き付けて形を整え始めた。
見かけによらず器用なおっちゃんだな。大作が思わず見とれている間にも木片はみるみるうちに形を変えて行く。
「ほれ、仕上がり申しましたぞ。これで宜しゅうございますかな? して、此れは一体何でございましょうや?」
「これは訓練で使う木銃って奴ですよ。いきなり実銃で訓練させると事故が怖いでしょう? だから最初はこういうダミーの銃を使うんですな。うぅ~ん、重さ以外は割りと良く出来ていますな。では、同じ物を百丁ほど作って下さりませ。今日中に出来ますかな?」
「ひゃ、ひゃくですと?! いや、あの、その……」
おっちゃんは目を白黒させながら呆然と立ち尽くしていた。
言われたことには黙って従う。それがおっちゃんの処世術だったんだろうか。
一貫紋の金塊を手に押し付けられた佐吉は暫しの間、フリーズしていたが直ぐに再起動すると大急ぎで仕事に取り掛かった。
「では、佐吉殿。宜しゅうお頼み申します」
「お任せ下さりませ、大佐様」
良い返事だ。欲望に忠実な奴は信用できる。大作は木銃のことを心の中のシュレッダーに放り込んだ。
帰り道はわざわざ来る時に通った道とは違う所を通って戻る。ちょっとでも脳細胞に刺激を与えて活性化させないと退屈でしょうがないのだ。
屋敷に着くと百地丹波がキリンみたいに首を長くして待っていた。
「何方へお出掛けにございましたかな、大佐殿?」
「野鍛冶の佐吉殿のところへ行って参りました。訓練用の木銃を作って頂いております」
大作は持って帰ってきたサンプルの木銃をさも恭し気に差し出す。
だが、百地丹波は『わけがわからないよ……』とでも言いた気な顔でぽか~んとしている。唖然とした顔には『こういう時、どんな顔すればいいのかわからないの』と書いてあるかのようだ。
「もくじゅう? 其は如何なる物にござりましょうや?」
「聞いたことも無いですかな? こんな風に木で作ったダミーの銃ですよ。実銃が届くのは早くても二週間…… 十四日くらいは掛かりそうなんですよ。だもんで、その間にこれで訓練をやってもらおうっていう寸法ですよ」
分かったような、分からんような。いや、多分さぱ~り分かっていないんだろう。
「百地殿。明日から訓練を開始します。兵を集めて下さりませ」
「あの、その、いや…… それはもう少し先の話ではありませなんだかな?」
「拙僧は相談しているのではございませんぞ。百地殿は兵を必要な時に動かして動かして下されば良いのです。拙僧が政府の密命を帯びていることもお忘れなく」
「さ、左様にございまするか……」
イマイチ納得が行かないと言った顔の百地丹波は小首を傾げながら去っていった。




