巻ノ四百拾 横田高松のクソバカヤロウ! の巻
大作と愉快な仲間たちは百地丹波の案内で伊賀上野を目指して田園地帯を歩いていた。
目的は砥石城の戦で必要となる兵を百人ばかり雇うためだ。
山ヶ野金山にだって巫女軍団改め修道女軍団やハンター協会みたいな実働部隊はある。
だが、連中は未だ錬成の途上で実戦経験も無い。いきなり実戦に投入するのはリスクが大きすぎる。それよりは実戦経験豊富な伊賀の傭兵を使った方が良いだろう。大作はそんな甘い見通しを持っていた。持っていたのだが……
「着きましたぞ、大佐殿。何やら思うておったよりも大勢が集まっておる様にございますな」
「ひい、ふう、みい…… これは百人くらいはおりそうですな。良かった良かった。とは言え、全員が条件に納得してくれるとも限りません。申し訳ございませんが百地殿。フォローのほど、宜しくお願い致します」
「ふぉ、ふぉろおですとな? 心得ましてございます。大船に乗ったつもりでご安堵下さりませ」
自信満々のドヤ顔を浮かべた百地丹波は顎をしゃくり上げながら胸を張る。
でも、本当に意味が分かって言ってるんだろうか。訳もわからないままに適当なことを言ってたら嫌だなあ。大作は漠然とした不安感を強引に抑え込みながら無理矢理に笑顔を作った。
「えぇ~っ、皆さま本日は遠い所に足をお運び頂き感謝に堪えません。拙僧はラピュタ王国の正当なる王位継承者にしてロックンローラーのアヤトラ、大佐と申します。以後お見知り置きのほどを」
「……」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。
広場を隙間なく埋め尽くしている着の着のままの老若男女たちは能面の様に無表情のまま固まっている。
「拙僧は本日、皆さま方にお願いの儀があって遠い遠い筑紫島より遥々と罷り越しました。何故に斯様に遠きところから参ったかと申しますと…… ドゥルルルル~、ジャン! 甲斐の国まで一緒に行って頂ける兵を集めておるからでしたぁ~っ!」
「あのねえ、大佐。それは伏せておくんじゃなかったのかしら?」
「アッ~! 本当だ、言っちゃったよ。しまったなあ、もう。皆さん、今のは聞かなかったことにして頂けますかな? ねっ? ねっ? ねっ?」
「……」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。
って言うか、こいつら本当に自我を持った人間なんだろうか? 誰かにマインドコントロールでもされてたりしてな。想像した大作はちょっとだけ背筋が寒くなってしまった。
そうだ、閃いた! こういう時は確か、聴衆全体を相手にするんじゃなくて誰か特定の一人にターゲットを絞ってみるのが良いとか何とか。そんな話と言うか記事と言うか、そんなのをネットかテレビかで見たような見なかったような。
とにもかくにも大作は藁にも縋る思いでたまたま目に入った青年にターゲットを絞る。
「では、具体的な話に入らせて頂くとしましょうか。現場はここから徒歩で約一週間…… 七日くらいの所にある守り堅固な山城にございます。敵は七千ほどですが所詮は烏合の衆に過ぎません。お味方は僅か五百に過ぎませぬが何れも一騎当千の古強者が揃っておりますれば恐れることは何一つとしてございませぬ。大船に乗ったつもりで奮ってご参加下さりませ」
「ご、五百の兵で七千の敵を迎え撃てと申されまするか? しかも此処、伊賀から遠く離れた地において? 御無礼ながら和尚、お気は確かにございましょうや?」
じっと目を見詰めながら話した効果があったのだろうか。ようやく青年が不承不承といった顔ながら言葉を返してくれた。
生憎とポジティブとはいえない反応だが、何も反応が無いよりはよっぽどマシだ。取り敢えず聞く耳を持ってくれただけで上出来と言えるだろう。
大作は待ってましたと言わんばかりの勢いで即答する。
「ご心配はごもっとも。ですが杞憂に過ぎません。ご安堵頂いて結構にございます。ちゃんと後詰が控えておりますれば。しかも五千もの精兵がですぞ。寝耳に水の武田勢を…… じゃなかった、ここでは仮にT軍とでもしておきましょうか。挟み撃ちにあったT軍は宿老の横田高松ら一千余名を失う大敗北を喫します。ご愁傷さまで」
「横田高松ですと? 其れはもしや甲賀の十郎兵衛殿の事にござりましょうや?」
「し、知っているのですか、百地殿?! いや、あの、その……」
意外な方向から返ってきた反応に大作は暫しの間、呆気に取られる。だが、素早く立ち直ると慌ててスマホを弄って情報を探す。情報を探したのだが……
「ほ、本当だぁ~っ! 横田高松さんは甲賀の出で、佐々木氏に連なる六角氏の家臣だったって甲陽軍鑑に書いてあるみたいですね。信虎の代に武田へ士官したそうな。足軽大将として甘利虎泰の相備えになったんだとか何とか」
「儂も昔、何度か相見えた事がござるが弓矢の腕前はそれはそれは見事なる物じゃったのう」
「やっぱアレですかね、百地殿。顔見知りと戦うっていうのは嫌な物だったりするんですかねえ?」
大作としては何が何でも武田と戦わねばならない確固とした理由があるわけでも無い。火縄銃のコンバットプルーフの相手が欲しかっただけなのだ。もし気乗りがしないと言うのなら幾らでも他の相手を探せば済む話でしかない。
だが、横で黙って話を聞いていたお園は考えが違ったらしい。やはり憎き武田に一泡吹かせたいというのが偽らざる本音だったようだ。急に表情を険しくすると氷の様に冷えきった唸り声を上げた。
「たぁ~いぃ~さぁ~っ! 今頃になって何て事を言い出すのよ! 百地様、戦場にあっては例え親子であろうとも命の取り合いをせねばならぬのが定めというもの。此処は一つ心を鬼にして横田様とやらを討って下さりませ」
「いや、あの、その…… 儂は別に横田殿を討つのが嫌だなどとは申しておりませぬぞ。昔、会うた事があると申し上げただけの事。前にも申し上げましたでしょう? 伊賀者は雇い主には神掛けて服う者。お命じとあれば幾らでも討って見せましょうぞ」
鬼みたいな顔の百地丹波に睨みつけられた大作は生きた心地がしない。これは素直に謝った方が吉なんだろうか? だけども安っぽいプライドが邪魔をして頭を下げる気にならないんですけど。
こんな時、大作はつくづく自分の性格が嫌になってしまうような、そうでもないような……
いやいやいや、もっと自分に自信を持てよ! 一度しかない人生なんだ。自由に生きてこそだろう。俺は雲の大作! 横田高松のク・ソ・バ・カ・ヤ・ロ・ウ! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。
ただただ卑屈な笑みを浮かべて揉み手をするのみだ。
そんな大作の内心の葛藤を汲んでくれたのだろうか。お園は小さくため息をつくと『Break!』といった顔で二人の間に割って入った。
「百地様、気を平らかにして下さりませ。大佐もよ。どうせ横田高松とやらは砥石城の戦で身罷られるんでしょう? だったら何も気にせずとも宜しゅうございましょう。ケセラセラ、なるようになる。先の事など分かろう筈もございませぬ。はい、この話はこれでお仕舞い! さあさあ、皆さま方。砥石城の戦へ参っても良いと申されるお方はこちらの列にお並び下さりませ。先頭は此方でございます。お名前を仰って整理券をお取り下さりませ」
お園は話を一方的に打ち切ると勝手に場を仕切りだした。いつ見てもこの強引さな凄いなあ。
大作は呆れるのを通り越して感動というか感心というか…… もう、リスペクトと言っても過言ではないほどの気持ちすら……
ちょっと待てよ、お園! お前、砥石城の戦いって言っちゃってるんですけど!
『どうすれバインダ~!』
まあ、どうでも良いか。どうせ他人事だし。大作は考えるのを止めた。




