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巻ノ四百八 登場!百地丹波 の巻

 果てしなく長い長い旅路の末に漸く伊賀に辿り着いたと思った矢先、大作と愉快な仲間たちは道を知っているはずのサツキとメイに置き去りにされてしまった。


「おぉ~ぃ! 待っちくりぃ~っ!」


 大作は情けない声を上げながら二人を追いかけて走る。追いかけて走ったのだが……

 本気で走るくノ一に追いつけるはずもない。あっと言う間に両者の背中が小さくなってしまった。


「あぁ~あっ! 奴はとんでもない物を盗んで行きやがった……」

「あら、大佐。二人は何も盗んでなどいないわよ」

「いいえ、貴方の心です!」


 これ以上はないドヤ顔を浮かべた大作は思いっきり顎をしゃくる。だが、かろうじてネタが通じているのはお園だけらしい。ほのかと藤吉郎はさぱ~り分からんといった顔で小首を傾げるのみだ。

 まあ、たとえ一人でも分かってくれる奴がいて嬉しい限りだ。それに、馬鹿どもには丁度良い目眩ましだろう。

 大作は大きく(かぶり)を振ると鼻を鳴らした。


「そんなことよりも俺たちはこれからどうしたら良いんだろうな? 日が暮れるまで、もう余り時間が無いぞ。今日中に百地丹波に会えるのかなあ? 場合に寄っちゃ野宿する場所を探さにゃならんぞ」

「何とかなるんじゃないの? ならんかも知らんけど! 良く言うじゃない。案ずるより産むが易しって。それに前にここへ来た時だって歩いてたら向こうから勝手に声を掛けてきたじゃないの」

「取り敢えず、お二人の歩いて行った方に向かってみては如何にございましょう?」


 楽天家のお園と現実主義者の藤吉郎が思い思いの意見を述べる。

 ほのかは別に良いアイディアを持っていたりはしないらしい。ただ、黙ってみんなの顔色を伺うのみだ。


「まあ、伊賀で百地丹波と言えば知らぬ者はいないはずだ。だって、本人がそう言ってたんだから間違い無いだろ? あのおっさんが嘘つきでなきゃだけどな。あはははは……」

「儂は嘘などついてはおりませぬぞ。大佐殿」

「うわぁ! びっくりしたなあ、もう……」


 突如として背後から掛けられた声に大作は心臓がビクッとした。慌てて振り返ってみれば誰あろう、見覚えのある大柄な中年男が悪戯っぽい笑顔を浮かべている。


「誰かと思えば百地殿ではございませんか。肝を冷やしましたぞ。もしかして貴殿はいつもいつも人の後ろに立っているんですか?」

「いやいや、儂とて始終人の後ろに立っておるわけではございませんぞ」

「そりゃそうですけど。って言うか、もしもこの時代にゴルゴ13とかいたら相性最悪でしょうな。んで? サツキやメイとは行き違いになっちゃったんですかな?」

「さつき? めい? 其れは何者にござりましょう?」

「いや、あの、その…… まさか、あの二人を忘れちゃったんですか? もしかして初期の認知症とかじゃないでしょうな?」


 実のところ百地丹波が何歳なのかは良く分からない。何せWikipediaにも生没年が載っていないのだ。そもそも実在の人物かどうかすら定かではない。とは言え、あの年頃の娘がいるんだから三十代後半くらいなんじゃなかろうか。だとすると若年性認知症の可能性は無きにしも非ずなのか? いや、ネットで見た話だと老人性の鬱病って可能性もあるな。鑑別診断のコツは……


 その時、歴史が動いた!


「大佐。サツキとメイは私たちが堺で付けたTACネームよ。百地様は御存知ない筈だわ」


 頭の中で勝手に話を脱線させていた大作の意識がお園の言葉で急に現実へと引き戻される。

 例に寄って例の如く、阿吽の呼吸でフォローを入れてくれたらしい。大作は軽く頭を下げて謝意を示すと百地丹波に向き直る。


「百地殿、TACネームと申すは米空軍や空自など西側空軍のパイロット…… エビエーター? 航空士?」

「旧日本陸軍だと空中勤務者。旧日本海軍だと搭乗員ね」

「とにもかくにも、そういった方々がお持ちになられるアルファベット六文字くらいまでの愛称にございます。そも、TACとはTactical…… 戦術上といった意にございますが正式なコールサインではございませぬ故、AWACSや管制塔と更新する折には用いてはならぬと定められております」


 さぱ~り分からんといった顔の百地丹波を放置して大作は一方的なマシンガントークを飛ばす。飛ばしたのだが……


「まあ、詳らかな話は屋敷にてたっぷりとお伺い致しましょう。ささ、此方へ」

「そ、そうですか? いやいや、それよりもサツキとメイを申すはアレですよ、アレ。菖蒲(あやめ)菖蒲(しょうぶ)…… じゃなかった。誰だっけお園?」

「それを言うなら『あやね』でしょうに。人様の名前を間違ちゃあいけないわ。とっても無礼なことなんですからね」

「そ、そうだな。あやね、あやね、あやね。覚えた! もう間違えないよ。んなわけで百地殿。サツキと申すは菖蒲(あやめ)…… じゃなかった、あやね殿に我らが付けた仮の名にございます」

「だぁ~かぁ~らぁ~っ! 違うって言ってるでしょうに、大佐! あやね=サツキ! んでもって、かすみ=サツキよ! DO YOU UNDERSTAND?」


 攻撃色で瞳を真っ赤に輝かせたお園が一語一語をはっきり区切って絶叫する。これぞ瞬間湯沸かし器(死語)の面目躍如だ。って言うか、大作は呆れるのを通り越して感動すら覚えていた。


 ちなみに『Do you understand?』という表現は『お前、本当に分かってなのか?』というくらい失礼な感じらしいので使用に当たっては注意して欲しい。

 しかも英語の文章が全部大文字になっている。こういうのをAll Capsオールキャプスと言うんだそうな。英語ネイティブの人たちはこれを読むと相手がまるで大声で怒鳴っているかのように感じるそうな。

 どちらもビジネス英語では絶対に使わないように気を付けたい。ここ、試験に出るから覚えとけよ! 大作は心の中で誰に言うとでもなく独り言ちた。


「どうどう、餅つけお園。とにもかくにも百地殿。落ち込んだりもしたけれど、とにかく二人は元気です。良いですか、百地殿。自分を信じないで下さりませ。百地殿を信じる拙僧をお信じ下さりませ!」

「さ、左様にございまするか。其れほどまでに申されるなら、儂は何も申しませぬ。ただ……」

「ただ? ただ、何でございますかな? 昔からタダより高い物は無いと申しますぞ」

「あやねとかすみは何処へ参ったのでしょうかな?」


 小首を傾げた百地丹波が人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべる。


『聞きたいのはこっちだよぉ~っ!』


 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さなかった。




 閑話休題。そんな阿呆な話をしている間にも一同は百地丹波の屋敷とやらに向かって歩いて行く。

 山と山に挟まれた狭苦しい平野には青々とした田んぼや得体の知れない作物が育っている畑が所狭しと犇めき合っていた。

 道中の彼方此方にはこんもりした丘のような古墳のような謎の小山が見受けられる。

 歩くこと暫し。突如として百地丹波が振り返ると歩みを止めることなく遠くの土手を指差した。


「あれに見えるが我が屋敷にございます」

「そ、そうなんですか。何だかとってもユニークと言うか個性的と言うか…… いや、あの、その。別に貶してるわけじゃないんですよ。ただ、あんなお屋敷は見たことも聞いたことも無いもんでして。まあ、世界にはもっと変テコな家って一杯ありますもんねえ。カッパドキアとかベドウィンの家とか」

「いやいや、大佐殿。屋敷はあの中にございます。いま見えておるのは土塁にござりますれば」


 近付いて行くと確かに百地丹波の言う通りだった。小山みたいに見えたのは屋敷をぐるりと取り囲む高さ三メートルくらいはありそうな土塁だ。良く見てみれば周囲には人の背丈ほどもありそうな堀が作られ、逆茂木らしきバリケードが手前と奥の二重に配置されている


 まるで総統大本営(狼の巣)(ヴォルフスシャンツェ)並の厳重な警戒態勢だな。ここまで万全の守備を取られていては例の名セリフを言うこともできそうにない。

 大作は『フンッ! 半年前と同じだ。何の補強工事もしておらんわ!』と言いたくて堪らなかったが涙を飲んで我慢した。


 堀には一箇所だけ木橋が掛かっていて、手前には確りとした作りの門が建っている。

 更に進んで行くと影に隠れるように一人の中年男が短い槍を抱えて立っていた。きっとカンカン照りの直射日光から隠れたい一心なんだろう。

 声が届くくらいの距離にまで近付いたところで門番が声を張り上げた。


「お早いお帰りにございますな、頭領」

「おう、甚六。お客人の大佐殿とお園殿。それと…… 誰じゃったかな?」

「ほのかと藤吉郎にございます。以後、お見知りおきのほどを」


 大作は二人を手振りで指し示しながら米搗きバッタのようにペコペコと頭を下げた。


「これはこれはご丁寧に。某は甚六にございます。大佐様と申さば、前に頭領がお会いしたお坊様にございますな。お噂はかねがね伺うておりますぞ。何やら大層な知恵者だそうな」

「そうじゃそうじゃ。大佐殿には村の皆に有り難いお話を聞かせて頂く事になっておってな。そうじゃ、甚六。此処は良いから一っ走り村を回って皆の者を集めて参れ」

「へい、畏まりましてございます!」


 威勢の良い返事と共に甚六と呼ばれた中年男が颯爽と走り去る。後には短めの槍が一本置き去りにされていた。

 商売道具を放ったらかしにしておいて良いんだろうか。職場の安全管理とかはどうなっているんだろう。

 と思いきや百地丹波は軽く身を屈めるとひょいと槍を拾った。


「では、大佐殿。どうぞ我が屋敷へ参らせ給へ」

「失礼をば仕ります。ちなみに百地殿。村の皆って何人くらい参られるんでしょうかな?」

「さ、さあ…… 二、三百といったところではありますまいか? 宜しければ近隣の村々にも人を遣って集めた方が宜しゅうござりましょうや?」

「いや、あの、その…… 折角のお言葉にございますが『No,thank you』です。はい」

「あのねえ、大佐。折角の百地様の御厚意に対して『No,thank you』はちょっと無礼が過ぎるんじゃあないかしら? 大佐の気持ちはどうあれ『No』と言い切っちゃあ語弊があるわ。お断りするにしても『I'm OK』とか『I'm alright』とか言い様があるでしょうに」

「そ、そうだな。そんじゃあ百地殿、『Thank you,but I'm OK』ってことでお願いします」


 気持ちが通じたんだろうか。百地丹波は曖昧な笑みを浮かべて首を傾げるのみであった。


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