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巻ノ四百六 入れ!会合衆に の巻

 長い長い旅路の果て、大作たちは漸く堺へと辿り着いた。取り敢えず目指したのは勝手知ったる他人の家、津田宗達の屋敷だ。

 会合衆の一人とあって相変わらずご立派な豪邸に住んでいらっしゃる。

 一方、津田宗達の側から見た大作は鉄、銅、鉛を大量に購入してくれるお得意様。しかも海上保健や先物市場のノウハウを授けてもらった恩義もあって接待しない訳にもいかない。

 そんなこんなで一同は千宗易が亭主を務める茶会へと招待されてしまった。




 しんと静まり返った茶室に茶筅が茶碗を掻き混ぜるシャカシャカという音が響く。

 これをハンドミキサーとかで掻き混ぜたら面白いのになあ。想像した大作は吹き出しそうになったが空気を読んで必死に我慢する。

 待つこと暫し、茶を立て終わった千宗易が勿体ぶった手付きで茶筅を仕舞う。ドヤ顔を浮かべながら茶碗を差し出そうとした瞬間に大作は手で制した。


「申し訳ございません。先ほども申し上げました通り、感染症対策の観点から回し飲みは遠慮させて頂きます。お茶はこのコッヘルに入れて下さりませ」

「さ、左様にございますか……」


 千宗易は引き攣った笑顔を浮かべながらも一人分と思しき分量の抹茶をチタン製コッヘルに注いでくれた。

 言われたことには黙って従う。それが彼の処世術なんだろう。大作は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。


「では、遠慮のう頂きます」


 大作は両手で底を支えるようにしてマグカップを持つ。その方が茶道の所作に適っているように見えなくもない。

 マグカップの中には濃緑色の泡立つ液体が僅かに湯気を立てている。一口だけ口に含んでみると……


「苦ぁ~っ! ぺっ、ぺっ、ぺっ! いやいや、これは失礼をば仕りました。実は拙僧は抹茶が殊の外に苦手でして。アイスとかでも抹茶味だけは避けるようにしているんですよ。きっと舌がお子様なんでしょうな」

「さ、左様にございますか……」


 千宗易の顔に困惑の色が浮かぶ。いくら何でも羽目を外し過ぎたか? 大作はほんの少しだけ反省する。何せ、反省だけなら猿でもできるのだから。


「いやいや、お気遣い無く。ほんのちょっと薄めてやれば美味しく頂けると思いますんで」


 大作はバックパックからペットボトルを取り出すと適当な量の水をコッヘルへと注ぐ。続いてチタン製のスプーンをカチャカチャいわせながら薄めた抹茶を掻き混ぜる。

 興味津々といった顔で見詰めていた千宗易が遠慮がちに口を開いた。


「もしやその匙は銀で拵えておるのでござりましょうや?」

「ぎ、銀のスプーンですと? いやいや、残念ながらこれはチタン製にございます。チタンってご存知ですかな? 比重はアルミより重いんですけど強度があるから結果的に軽量化できるんですよ。ジェット戦闘機とかだってそうでしょう? あと、金属アレルギーになり難いっていうメリットもありますね」

「きんぞくあれるぎい? にございますか」

「チタンは酸素と非常に結びつき易いんですよ。だから表面に薄くて安定した酸化膜が作られる。お陰で酸化膜内部の金属イオンが溶け出さないんですね。ちなみにこういうのを不動態って言うんです。ここ、試験に出るから覚えて置いて下さりませ」

「心得ましてございます」


 本当に分かっているんだろうか? 謎は深まるばかりだ。


『分っかるかなぁ~っ? 分っかんねぇ~だろぉ~なぁ~っ!』


 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。ただただ、苦いのを我慢して抹茶を飲み干すのみだ。

 だが、水で薄めたせいで思いの外に量が増えてしまっている。お陰で飲み終わるころにはお腹がタプタプになってしまった。


「うぅ~ん、不味い! もう一杯! いやいや、嘘です。冗談ですってば。でも、お代わりは謹んで遠慮させて頂きます。あと、不味いっていうのも冗談ですよ」

「じょうだん?」

「本気では無いとの意にございます。プロトカルチャーのミンメイが申されておられたそうな」


 またしても頼んでもいないのにお園が解説役を買って出てくれた。大作はアイコンタクトで謝意を示す。


「さ、左様にございまするか……」


 さぱ~り分からんという顔の千宗易を放置してお茶会は終わりを告げた。




 案内された座敷で待つこと暫し。静かに襖が開くと津田宗達が顔を覗かせた。


「お待たせ致しました。宴の支度が整いました故、料理を運ばせて参ります」

「おお、待ちかねておったところにございます。ささ、早う始めて下さりませ。Hurry up! Be quick!」

「大佐! 美味しい料理には時が掛かるのよ。それに空腹は最高の調味料なんでしょう」


 ドヤ顔を浮かべたお園が鼻を鳴らす。負うた子に教えられとはこのことか。大作はユパさまの気持ちが痛いほど分かったような分からんような。いや、さぱ~り分からん!


「御託は結構ですから早く何か食べさせて下さいな。放っとくと蛸みたいに自分の脚とか食べかねませんからね」

「そ、それは難儀な事ですなあ。さあさあ、早う支度を致せ! 料理を持って参るのじゃ!」


 津田宗達に急かされて配膳を行っていた旅館の仲居さんみたいな人たちが急にピッチを上げる。その速さたるや尋常ではない。とても人間業とは思えないような異次元レベルに達している。これは超スピードとかそんなチャチな物ではなさそうだ。

 まるで新幹線の社内清掃を七分間で完了させるJR東日本テクノハートTESSEIの仕事ぶりを見ているかのようだ。

 ふと気が付くとまるで瞬間移動でもしたかの様に一の膳が並んでいた。


「い、いま起こったことをありのままに話すぜ。俺は……」

「いいから大佐、早く食べましょうよ。せっかくの御馳走が冷めちゃうわ」

「そ、それもそうだな。では頂きます! ハムッ、ハフハフ、ハフッ!! 炊き立てホカホカのご飯マジうめぇwwww!」

「おら、こんなうめえものくったなァはじめてだ……」


 一同は泥で出来た饅頭を食べる北島マヤになったつもりで夢中で御馳走に舌鼓を打った。




 お腹が一杯になった大作は帯を少しだけ緩めて楽な姿勢を取る。

 膳が下げられたかと思ったら焙じ茶とデザートの干し柿が出てきた。


「夕餉、美味しゅうございました。拙僧はもう食べられません…… 残りは包んでもらっても良いですかな?」

「たったら私が食べるわよ、大佐」

「いえ、某が頂きまする」

「私めも食べれる…… 食べられるわよ!」

「どうどう、餅つけ。じゃあ皆で均等割りしてくれるかなぁ~っ?」


 そんな阿呆な遣り取りが済むのを待っていたかのように津田宗達が口を開いた。


「大佐様、先ほどの茶会での遣り取り。見事な物にございましたな。感服仕りました」

「そ、そうですか? 利休…… じゃなかった、宗易殿はお気を悪くされてはおられませんでしたかな?」

「いやいや、珍しき名物を拝見仕ることが叶い、喜んでおられましたぞ。ただ……」

「ただ? ただ、何ですかな? タダより高い物は無いと申しますが、アレは嘘にございますぞ」


 眉間に皺を寄せた津田宗達は暫しの間、考え込む。散々に考え込んだ末、意を決した様に口を開いた。


「大佐様の教えにより始めましたる海上保険や先物市場は大賑わいにございます。また、羅針盤や算盤も世の覚え目出度きこと限りなし。筑紫島においても黄金を掘り、鉄砲や火薬を作っておられるそうですな」

「んん~っ? 何のことですかな? フフフ……」

「お惚け召されますな。今井宗久殿からの書状で詳らかに聞き及んでおりますぞ。如何ですかな、これより先も堺の為に和尚のお知恵をお貸し頂けませぬでしょうか? 大佐様さえ宜しければ会合衆にお迎えしとう存じます。いや、伏してお願い申し上げます。是非にとも会合衆にお入り下さりませ。この通りにございます!」


 言い切った途端、津田宗達が『オラに力を分けてくれ!』と言った風に深々と頭を下げる。

 一見すると殊勝な態度の様に見えるけど、実は伏せた顔は半笑いを浮かべてたりしてな。想像した大作は吹き出しそうになったが危うい所で空気を読んで我慢した。


「津田殿、お顔を上げて下さりませ。そんな風に困った顔をしていると幸せが逃げてっちゃいますぞ」

「では、大佐様。会合衆にお入り頂けまするか?」

「いやいや、拙僧は大空に浮かぶ自由な蜘蛛…… じゃなかった、自由な雲みたいな奴でしてな。雲水だけに。水の流れも澱めば濁る。by 松下幸之助ですよ」

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。鴨長明も方丈記でそう申されておられます」


 頼んでもいないのにお園がピントの外れたフォローを入れてくれる。大作はちょっとだけ迷ったが取り敢えずアイコンタクトで謝意を示した。示したのだが……


「それに大佐。ラクレイトスも同じ様な事を言ってるわね。人々が同じ川に入ったとしても、常に違う水が流れているんだとか何とか。そう言えば……」


 話の脱線は俺の専売特許だと思っていたのになあ。大作は軌道を外れて遥か向こうに遠ざかった行く話題を他人事の様に傍観することしかできなかった。


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