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巻ノ四百弐 開け!二十の扉 の巻

 鶴ケ岡城で思わぬ道草を食った大作たち一行は翌日の朝食を済ませると早々と東郷重治(大和守)に暇を告げた。

 昨晩、例に寄って例の如く無理矢理に酒を飲まされた大作は激しい二日酔いで苦しむ。

 だが、重治から任された大事なお役目を蔑ろにすることができようか? いや、できまい!


「反語的表現!」

「いったいどうしたのよ、大佐。藪から棒に」

「いやいや、別にどうもしないよ。ただちょっと『stick from bushes』って言ってみたかっただけだから。ルー大柴風に言うなら『藪からスティック』って奴だな」

「そう、良かったわね。んで? そろそろ、無線機のテストを始める頃合いなんじゃあないかしら?」

「だぁ~かぁ~らぁ~~~っ! 今やろうと思ったのに言うんだもんなぁ~っ!」


 大作はブー垂れながらも手早く無線機をセットアップして行く。ほのかやメイ、藤吉郎は無論のこと、船頭までもが興味津々といった顔で注視している。だが、空気を読んで誰も口を開こうとはしない。

 黙っていては間が持たない。そもそも大作はこういうお通夜みたいに静かな…… って言うか、厳かな雰囲気が大嫌いなのだ。

 しょうがない。俺が盛り上げてやらねば誰が盛り上げるというのか。俺でしょ!

 大作は小さくため息をつくと大きくかぶりを振った。


「はっけよい、残った! じゃなかった…… 出会え出会え! でもないな、えぇ~っと…… 寄ってらっしゃい見てらっしゃい。御用とお急ぎで無い方はどうか足を止めてご覧下さいな」

「あのねえ、大佐。みんな見ているわよ」

「いや、あの…… 話の腰を折らんでくれよ。知らない人は初めまして。知ってる人はこんにちは。これが東郷様の作り出した究極の汎用人形決戦無線機。人類の守護者たる初号無線機にございます。みなさま、盛大な拍手をお願い致します!」

「……」


 聴衆たちは怪訝な表情で顔を見合わせる。暫しの沈黙の後、控えめな拍手が返ってきた。

 だが、大作は手を動かすのを休めることはない。テキパキと配線を済ませるとレシーバーを耳に当て、電鍵に軽く手を添えた。


『・・・ー ・・・ー ・・・ー   ・・・ー ・・・ー ・・・ー』


 折角の無線機だ。まずは何をさておいても『V V V』を送信せねばならん。大作は念のため、後ろを振り返って酒瓶を振りかざした少女がいないことを確認する。なにせ、僕の頭は親方の拳骨ほど固くはないのだから。


「ねえねえ、大佐。それってラピュタの冒頭でムスカ大佐が送信していたモールス符号よねえ?」

「Exactly! 良く分かったな、お園。これは試験的に電波を送信する時に慣用される符号なんだぞ。音声通信の『本日は晴天なり』みたいなもんだな」


 待つこと暫し、送信した物と全く同じ内容が返ってきた。まあ、鶴ケ岡城はまだ目と鼻の先にすぎない。重治も言っていたが三里くらいまではテスト済みとのことなので久見崎までは通信できて当たり前なのだ。

 大作は電源を落とすと無線機のことを灰色の脳細胞から追い払った。




 一時間もしないうちに平佐の船着き場が見えてきた。何人かの人影が桟橋に立っているのが目に入る。どうやらその中の一人が大きく手を振り回しているようだ。大作はバックパックから単眼鏡を取り出して覗き込んだ。


「あそこにいるのはサツキだぞ! おかしいなあ。あいつ、後から追い掛けてくるはずじゃなかったのか? いったいいつの間に追い越されたんだろうなあ」

「そりゃあ、私めたちが鶴ケ岡城に泊まっていた間じゃないかしら。きっと私たちが大殿からご馳走になっている間もサツキは夜通し駆け続けていたのよ。何だか気の毒な事をしたわねえ」

「ほのかの言う通りよ、大佐。寄り道をするんだったらサツキにも伝わるよう、どうにかして言伝をしておけば良かったのに」


 突如としてほのかとメイがタッグを組んで攻撃してきた。だけども、これって俺一人が悪いのかなあ? 大作は反論の糸口を探して必死に頭をフル回転させる。


「いやいや、だったらお前らがやれば良かったんじゃね? 確か、忍者同士だけに通じる秘密の合図や印みたいなのがあったはずだぞ。だって俺、テレビで見たことあるんだもん」

「そ、そう言えばそうかも知れんわねえ。何だかそんな気がしてきたわ」

「私めも気付きもしなかったわ。何で気が付かなかったのかしら?」


 きっと馬鹿になる魔法でも掛けられていたんじゃね? 大作は心の中で苦々し気に吐き捨てる。だが、決して顔には出さない。

 必死の形相で両手を振り回すサツキを不憫に思ったのだろうか。誰も何も言わなないのに船頭は川舟をゆっくりと岸に寄せてくれた。

 このままスルーして行ったらサツキはどんな顔するだろうな。もしかして鬼の形相で追い掛けてきたりして。想像した大作は吹き出しそうになったが空気を読んで必死に我慢する。


「ご苦労、サツキ。やっと追い付いたみたいだな」

「追い付いたじゃないわよ! とっくの昔に追い抜いてたみたいじゃないの。私、昨日のうちに平佐城に付いていたんですからね!」

「そ、そうなんだ。知らぬこととはいえ、そいつはとんだ失礼をば致しました。まあ、済んだことは水に流してくれるかなぁ~っ? いいともぉ~っ! とにもかくにも、さあさあ早く乗った乗った!」


 困った時の奥の手。大作は勢いだけで強行突破を計った。

 船頭の手を借りてサツキが川舟に乗り込む。みんなにちょっとずつ前後に移動してもらい、舟の真ん中にサツキの席を作る。言うまでもないが座り心地満点の柔らかい座布団も敷いてある。


「東郷でもらった弁当があるけどお腹は減っていないか? 良かったらお茶も飲んでくれ。それから……」

「さっき軽く食べたから今はいらないわ。お昼に一緒に頂きましょう。それよりも大佐、入来院のお殿様から言伝よ。Z艦隊の弐番艦が仕上がったので試験航海を頼みたいんですって。これぞ渡りに船じゃないかしら。船だけにね。ぷぷぷっ……」


 サツキが堪えられないといった顔で吹き出す。一瞬の間を置いてお園、ほのか、メイ、藤吉郎が腹を抱えて笑い出す。後ろに目をみやれば船頭までもが大爆笑をしている。

 一人だけ笑わないのも変かなあ。大作は控えめな愛想笑いを浮かべながら皆の顔色を伺った。




 川という物は基本的に下流に行くほど幅が広くなり流れは遅くなる。だが、進路や衝突に気を配らなくて済むようになった分だけ船頭は遠慮せずに櫓を漕ぐことができるようになった。お陰で川舟の速度も若干だが増したようだ。

 平佐を通り過ぎて二時間もすると久見崎が見えてきた。


「ぽ~ん! 間もなく久見崎、久見崎へ到着致します。舟が確と停まるまでお席をお立ちにならぬようお願い申し上げます」

「あら、もう着いちゃったのね」

「存外と早かったわ。お昼は陸で食べる事になりそうね」

「あら、あれに見えるは千手丸様じゃないかしら?」

「そうねえ、私たちを待っておられるみたいねえ」


 船頭が華麗な手捌きで櫓を操り、川舟は超信地旋回みたいにその場でくるりとターンを決める。そろりそろりと桟橋に近付くと手早く艫縄で舟を固定した。

 頭に巻いた手ぬぐいを取った船頭が深々と頭を下げる。


「久見崎、久見崎にございます。永の船旅、お疲れ様でございました。お忘れ物の無いようご用事のほどをお願い致します」

「船頭殿、これは僅かだが取っておいてくれたまえ。心ばかりの礼だ」

「へい、遠慮のう頂きまする」


 ちょっとは遠慮しろよ! 何故だかイラっときた大作は理不尽な怒りを覚える。だが、決して顔には出さない。ただただ、卑屈な笑みを浮かべると超高速で揉み手をした。


「帰りにはまた乗らせて頂きますので宜しゅうお頼み申します」

「有難うございました」

「お気を付けてお帰り下さりませ」

「此れにて失礼をば仕りまする」


 まずはレディーファーストで女性から先に舟を降りてもらう。

 無線機を川に落としたら大惨事だ。船頭にも手伝ってもらいながら慎重に運ぶ。忘れ物が無いかもう一度念入りにチェックしてから大作は最後に舟を降りる。

 桟橋には待ちくたびれたといった顔の千手丸がキリンみたいに首を長くして待っていた。


「随分とお待たせ致しましたかな? 千手丸殿」

「いやいや、いましがた参った所にございます」


 何これ? デートの待ち合わせしたバカップルみたいな会話。大作は千手丸の変テコな相槌に呆れ果てるが決して愛想笑いを崩さない。


「聞くところに寄れば弐番艦が無事に完成したそうですな。目出度い限りにございます。そう申さば、うちのサツキが大殿に伺ったそうですぞ。試験航海をやりたいとか何とか」

「ああ、既にお耳に入っておりましたか。其れならば話は早うございますな。あれに見えるが入来院水軍Z艦隊の弐番艦にございます。そうそう、名前がまだ無い故、何ぞ良い名を授けては頂けませぬか。大殿のたっての願いにございまする」

「な、名前にございまするか? そ、そうですなあ。そんな急に言われてもすぐには出てきませんぞ。まあ、それは追い追い考えましょう。それよりも今は出港が先決では? 今なら日は高うございます故、明日まで待たず、今すぐにでも出立をば致しましょう」

「畏まりましてございます。水主の支度や兵糧の積み込みも終わっておりますれば、何の障りもございませぬ」


 お園、サツキ、メイ、ほのかに無線機を運んでもらう。重たい重たいバッテリーと発電機は大作が藤吉郎と千手丸に手伝ってもらって運ぶ。


「みんな、傾けないように気を付けてくれよ。一応は水銀継電器も鉛蓄電池も密封構造になっているけど、もしも中身が溢れたら大惨事だからな。あと、間違っても落っことさないでくれよ」

「それくらいのこと、心得ているわよ。大佐こと転ばないように気を付けて頂戴な」

「はいはい、言われなくても分かってますよ」

「大佐殿、此れはいったい何にございましょうや? 随分と重うございまするな」


 興味津々ち言った顔の千手丸には箱の正体が皆目と見当が付いていないようだ。

 これは良い時間潰しができるかも知れんな。大作の胸中に悪戯心がムクムクと頭をもたげる。


「だったらひとつ、クイズ番組ごっことでも洒落込んでみませんか、千手丸殿?」

「くいずばんぐみ? 其れは如何なる物にございましょうか?」

「いやいや、そんな風に答えを直接聞くのは反則なんですよ。山下大将みたいにYESかNOで答えて下さりませ」

「い、いえすかのお?」


 千手丸は怪訝な顔でオウム返しすることしかできない。慌ててお園がフォローを入れてくれる。


「YESとは『はい』、NOは『いいえ』の意にございます。ところで大佐。シンガポール陥落の時点では山下奉文は中将よ。それとYESかNOで答えるのはパーシバル中将だわ」

「ほほぉ~ぅ。そうやって徐々に答えを絞り込んで参る訳でございますか。いやはや、これは面白うなって参りましたな」


 幼い小姓は大袈裟に関心した顔で何度も何度も頷いた。


「ただし、際限無く問い掛けられては困ります。それだったら誰でもいずれは答えに辿り着いちゃいますからな。問い掛けは二十回までとさせて頂きます」

「ふむふむ、二十回にございますな。心得ましてございます」

「では、初めの質問をどうぞ。千手丸殿」


 そんな阿呆な話をしている間にも、大作と愉快な仲間たちは入来院水軍Z艦隊の弐番艦『名前はまだ無い』に乗り込んだ。


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