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巻ノ参百九拾九 注文の多い材木屋教会 の巻

 ひょんなことから大作は山ヶ野を一時的に去ることになった。

 なるべくなら同行者は少人数にしたい。できるだけ腕の立つ奴だけを選抜した少数精鋭が理想だ。

 現状、そんな希望を満たす稀有な人材といえばメイだろうか。彼女に白羽の矢を立てた大作はお園を伴って山ヶ野を後にする。後にしようとしたのだが…… しかしまわりこまれてしまった!


「ちょっと、大佐! 伊賀にメイを連れて行くんですって? 私めは連れて行ってくれないのかしら?」

「うわぁ、ほのかかよ! あんまりびっくりさせんでくれよ。お前、いったいどこから湧いて出たんだよ?」

「質問に質問で答えないでもらえるかしら。んで? 私めは連れて行って貰えるんでしょうね? ハイかYESで答えて頂戴な」

「どっちも肯定かよ! ってつ込みは置いといてだな。実は虎居でサツキも拾って行くつもりなんだ。この上、ほのかまで連れてったら山ヶ野が空っぽになっちまわないかなあ?」


 本来ならサツキとメイを揃って連れて行くだけでも大問題なのだ。ほのかまで居なくなったら幹部メンバーがすっからかんになってしまう。想像した大作は吹き出しそうになったが空気を読んで必死に我慢する。我慢しようとしたのだが……


「大佐! 皆で揃って堺や伊賀に参ると申されたそうですな? 某もお供しとうございます。是非とも連れて行って下さりませ。伏してお願い申し上げ奉りまする!」

「うわぁ、藤吉郎。お前もかよ…… って言うか、これってもしかしてもしかすると堺で集まったオリジナルメンバーが全員集合するんじゃね? うぅ~ん、そうなると連れて行きたくなるのが人情ってもんだよなあ。お園、お前もそう思うだろ?」

「そうねえ、大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね……」


 どうやら消極的同意も得られたようだ。大作はほっと安堵の胸を撫で下ろす。


「そんじゃあほのかと藤吉郎も参加ってことで決定! 二人とも手持ちの業務の引き継ぎをちゃんと済ませてからくるんだぞ。俺とお園はのんびり歩いて行くから後から追い掛けてこい。アディオス、アスタルエゴ!」

「あのねえ、大佐。それじゃあ今生の別れみたいじゃないのよ。また後でね。ほのか、藤吉郎」


 お園が軽いジャブのような突っ込みを入れてくる。大作は両手をひらひらさせて別れを告げるとスタコラサッサと山ヶ野を後にした。




 入国時とは打って変わって出国時には厳しい審査とかは無いらしい。面倒臭い手続きを覚悟していた大作は拍子抜けというか何と言うか…… とにもかくにも厄介なことにはならなかった。どうやら去るものは追わずということらしい。


「どうやら生き残ったのは俺たち二人だけらしいな」

「そうみたいねえ。でも、ほのかやメイ、藤吉郎たちが追い掛けてくるわよ。何だか相模川で名主の娘に追い掛けられた時を思い出しちゃうわねえ」

「あの時は怖かったなあ。小田原の町に逃げ込むまで生きた心地がしなかったよ。まあ、今回は追い付かれたところで命までは取られん。とは言え、追い付かれたら追い付かれたで癪に触るなあ。ちょっとだけ先を急ぐとしようか」

「え、えぇ~っ! 私、緩々と歩きたいんだけれど? 急ぐなんて勘弁して頂戴な。だって、草臥ちゃうんですもの」


 不服そうに頬を膨らませたお園は歩みを速める気はさらさら無いらしい。むしろ、ほんの若干だがペースを落としているような、いないような。


「だ、だったらルートを変えたらどうじゃろう? 奴らを撒いちまうんだ。五平どんの村を通って……」

「あの道はだめよ。途中に険しい所があるんですもの。それに近道に思えて実の所、ほんのちょっとだけ遠回りなのよ」

「じゃ、じゃあどうすれバインダ~?」

「どうもしないわよ。人生は重き荷を背負い、遠き道を行くが如くじゃないの。私たちは長い長い坂道を登り始めたばかりなんですからねえ」


 そう言ったきりお園は黙りこくってしまう。どう返して良いか迷った大作も結局は口を噤んで後に続くしかなかった。




 だが、黙っていては間が持たない。暫しの沈黙の後、バックパックからアルトサックスを取り出して吹くことにした。

 曲は思い出の『どんぐりころころ』や『かえるのうた』など著作権の切れた作品をメドレーで演奏する。

 始めのうち、お園はむっつりと黙り込んでいた。しかし、数曲目でお園の体が微かにリズムを刻み始める。やがて笑顔を浮かべながら大きな声で歌いだした。


「やっぱ歌は良いなあ。人類が作りだした至宝。正に究極の美だよ」

「そうねえ、もし、この世に歌が無かったら生きている楽しみの半分くらいは消えちゃうかも知れんわねえ」

「いやいや、三分の二くらい消えちまうんじゃね?」

「もしかるすと四分の三くらいかもねえ」


 そんな阿呆な話をしている間にも後ろから小走りで駆けてくる足音が聞こえてきた。


「大佐、まってぇ~っ! 待って頂戴なぁ~っ!」

「お待ち下さりませ、大佐ぁ~っ!」


 正体は振り返って確認するまでもない。


「さあ、お園。夕日に向かってダッシュだ! あははははは!」

「まあ、大佐ったら。まだ、お昼前よ。うふふふふふ!」


 相変わらずバカップルみたいなセリフを吐きながら二人は手を繋いで駆け出した。




 走ること暫し、疲れ果てて足を緩めた先行の二人に後続の二人が追い付いた。


「はあ、はあ、はあ…… もぉ~ぅ! 何で逃げるのよ、大佐!」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ…… そりゃあ、急に追い掛けられたら誰だって逃げるだろう」

「某は逃げませぬぞ。それに大佐は前に『逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ』と申されてはおられませなんだか?」

「そ、そんなこと言ったかなあ? まあ、良いや。それよりせっかく四人揃ったんだ。高音パートと低音パートに分かれた歌でも歌おうか。えぇ~っと……」


 こうやって山ヶ野に着くまでの間、仲良し四人組は歌を歌いながら山道をのんびりと歩いた。




 日が西の空に傾くころ、一同は材木屋ハウス(虎居)へと辿り着く。

 開けっ放しになった引き戸の横でくの一の牡丹が箒を片手に掃き掃除をしていた。


「これはこれは、お園様。それに大佐、ほのか、藤吉郎ではありませぬか。如何なされました?」

「ちょっと野暮用があってな。急で悪いんだけど一泊させてもらえるかな? 無理なら無理でテント泊するけどさ」

「てんとはく? いやいや、お園様をお泊めせぬ訳には参りませぬ。ささ、どうぞ此方で足をお洗い下さりませ」


 土間の脇に置かれた盥で足を洗い雑巾で拭く。ちょっと湿ったままの足で板の間に上がると奥へと進んだ。奥へと進んだのだが……


「なんじゃこりゃあ?!」

「こちらは礼拝堂にございます。材木屋殿に合力をお願いし、増築をば致しました」

「そ、そうなんだ……」


 どうやらキリスト教への改宗は予想していた以上の進捗を見せているらしい。これは放って置いても問題は無さそうだな。大作は考えるのを止めた。


「取り敢えず贅沢は言わんから一宿一飯…… 明日の朝餉も食べたいから一宿二飯をお願いできるかな?」

「ご安堵下さりませ。既に台所には申し付けてございます。間もなく支度が出来ます故、此方で白湯でも飲んでお待ち下さりませ」


 何だか知らんけど、やけにあっさり受け入れられた。だが、それが返って大作の不安感を増大させる。


「まさかとは思うけど『注文の多い料理店』みたいなことにならんよな?」

「それってどんなお店な」

「宮沢賢治は余裕で没後五十年以上経ってるから著作権フリーだぞ。知りたきゃ勝手に青空文庫で読んでくれ」

「あおぞらぶんこ? それって何なのかしら? 教えて、教えて頂戴な! 私めは其れが気になって気になってしょうがないんですもの!」


 そんな阿呆な話をしている間にも夕餉の支度が整ったようだ。幹部食堂は頼んでもいないのに勝手に給仕が付く。なので座って待っているだけで上げ膳据え膳で何から何まで任せっきりだ。まるでチャップリンのモダンタイムスみたいに次から次へと料理が勝手に出てくる。

 とは言ったところで、一汁三菜の質素なメニューなんだけれども

 だが、味はともかくボリュームはたっぷりだ。それに山ヶ野から十数キロも歩いてお腹が減っている。空腹は最高の調味料。一同は料理に満足すると早めに床に就いた。




 翌日の朝餉を平らげた大作たちは例に寄って例の如く丁寧に食器を洗って返す。幹部食堂はセルフサービスでは無いのだが身に付いた習慣は急には変えられないのだ。


「それじゃあ牡丹。俺たちはこれでお暇させてもらうよ。縁があったらまた会おう」

「夕餉と朝餉、美味しゅうございました。お園はもう走れません」

「大したお構いも出来ず、申し訳ございません。次にお出でになる折は、予めお教え下さりませ。飛び切りの馳走を支度してお待ち申し上げております故」

「と、飛び切りの馳走ですって?! じゅるるぅ~っ」


 軽口を叩きながら一同は材木屋ハウス(虎居)改め材木屋教会を後にする。後にしたのだが……


「わ、忘れてたぁ~っ! 牡丹、サツキが戻ったら伝言を頼むよ」

「でんごん? 其は如何なる意にござりましょうや?」

「言付? 伝えて欲しいってことだよ。俺たちは伊賀に行くんだけれど、サツキも一緒に来て欲しいんだ。川内川を下って久見崎から船に乗るつもりだ。サツキも後から追い掛けてくるよう伝えてくれ」

「畏まりましてございます」


 これにて一件落着! 大作とお園とメイとほのかと藤吉郎は虎居の 船着き場を目指して歩き出した。


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