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巻ノ参百九拾六 祁答院良重によろしく の巻

 砥石城の戦いに軍事介入することを決意した翌日。大作はその準備に余念がなかった。思い付いたが吉日とばかりに、まずは弾薬の備蓄状況を確認することになる。

 朝食を終えるのももどかしく、大作はお園の手を取って弾薬庫へと向かう。向かったのだが……

 例に寄って例の如く、本人確認の手続きに引っ掛かってしまった。


「それでは大佐。最後の質問です。いま何問目でしょうか?」

「な、何問目かだって? えぇ~っと…… 分からん、さぱ~り分からんぞ!」

「いやあねえ、大佐。今ので丁度十問目よ」


 見るに見かねたんだろうか。横からお園が助け舟を出してくれる。出してくれたのだが……


「お園様、助太刀は御法度にございます。狡はいけませぬ、狡は」


 ちょっと悪戯っぽい笑顔を浮かべたお玉が両の手のひらを掲げると肩を竦めて見せる。

 だが、お園は歯牙にも掛けないといった顔で小さく鼻を鳴らした。


「あら、これくらいは大目に見て頂戴な。(わらわ)たち、ちょっとばかり急いでいるのよ」

「さ、左様にございましたか。知らぬ事とは申せ、重ね重ねの御無礼をば致しました。平にご容赦の程を」

「はいはい。それじゃあ通って良いのね?」

「どうぞお取り下さいませ。とは申せ、この先には弾薬庫しかございませぬが?」


 お玉は微笑を崩すことなく顔を門の向こう側へと向けた。視線の先には人の背丈ほどもありそうな土塁が見える。等間隔で見渡す限り地平線の果てまで無数に並んでいる。

 大作はお玉の方へ振り返ると一番手近な土塁を指差しながら口を開いた。


「ちょっと見学…… って言うか、見聞? 検分? 弾薬の備蓄量とか保管状況とかを確認させて欲しいんだ」

「畏まりました。では、許可証をば拝見仕りまする」

「きょ、許可証ですと? いや、あの、その…… そんなの持っていないんですけど?」

「然らばお見せする事は叶いませぬ。如何に大佐の命とは申せ、決まりは守って頂かねば」


 取り付く島もないとはこのことか。お玉は口元をへの字に結ぶと顰めっ面を決め込んだ。

 こんな時、どういう顔をすれば良いんだろうか。取り敢えず大作は泣き落としから入ってみることにした。


「お願えしますだ、お玉様! ほんのちょっとで良いから弾薬庫を見せては頂けませぬか? おらたち、幼ねえ乳飲み子を抱えて行く当てもございませぬ。もう三日も満足な飯を食ってねえだ。後生でごぜえます、お玉様。オラに弾薬庫を見せてくれ!」

「お玉。いえ、お玉様。(わらわ)からもお頼み申します。何だったら暫く休んできたらどうかしら? 此処の見張りだったら妾たちが引き受けるわよ」


 ツーと言えばカー。突如として始まった大作の三文芝居にお園も飛び入りで参加してくれる。

 だが、お玉は根が真面目なのだろうか。全く聞く耳を持たぬといった顔で首を左右に振るばかりだ。

 ここはもっと強めに攻めた方が良いんだろうか? 大作はそれまでの態度を豹変させ、少しだけ声を荒げた。


「勘違いするな、お玉! 私はお願いをしているのではないぞ。これは勅命である。直ちに弾薬庫の見学を許可しろ。逆らうならばお前たちの父母兄弟は国賊となるぞ!」

「いや、あの、その…… 父母は私が幼い頃に流行り病で亡くなりました」

「そ、そうだったのか? そいつは気の毒なことをしたな。とは言え、大佐。なりませぬ。許可証を持たぬ者は誰であろうと決して通してはならぬ。私はメイ様より左様に申し付かったおりますれば。如何でもと申されるならば大佐からメイ様に左様にお命じ下さりませ」


 お玉の頑なさはダイヤモンドよりも硬いんじゃなかろうか。とは言え、アレって硬度は高いけど脆いからハンマーとかで叩くと粉々になっちゃうって聞いたことがある。だったら搦め手から攻めてみるか。大作は素早く方針転換を決めた。


「え、えぇ~っと…… もしかしてアレか? 直属の上司の命令しか聞けんとか言いたいのか? 命令一元性の原則みたいな? だけど、それって否定されたんじゃなかったのかな?」

「そうよ、大佐。確かケネディ大統領の魚雷艇が沈んだ話をした時に決めた筈だわ。異なった命令が下った時は偉い方の言う事を聞けってね。そういう訳だからお玉、此処は一つ、大佐の顔を立てて頂戴な」


 お園は引き攣った笑顔を浮かべながらお玉の顔色を伺う。顔色を伺ったのだが……

 無常にもお玉は首をゆっくりと左右に振るばかりだ。頑として言うことを聞くつもりは無いらしい。


 もう我慢の限界を突破だ。これはブチ切れても良いところなんだろうか? 大作は暫しの沈黙の後、吹っ切れたように大きなため息をつく。

 お園の顔色を伺うとどうやら同意見のようだ。大作は両の手のひらを肩の高さに掲げて首を竦める。くるりと振り返ると今きた道を戻り始めた。




 少し距離が開くのを待ち、お園が声を潜めて聞いてきた。


「ねえねえ、大佐。どうしたのよ? 弾薬備蓄量の検分はしなくても良いの?」

「戦略的撤退って奴だよ。これ以上のロスタイムは致命傷となりかねん。それに弾薬備蓄の確認ならば他にも色々と方法があるしな」

「もしかして台帳を見せて貰うつもりなのかしら? だったら初手からそうすれば良かったわねえ」

「それは結果論に過ぎんよ。直に目で見て確認することが最も確実な方法だ。でも、それが難しいとなったら拘り過ぎず素早く方針を改める。機を見るに敏。指導者たる者、臨機応変の適応力も重要とされるんだ」

「要するに行き当たりばったりって事ね?」


 そんな阿呆な話をしながら二人は来た道を戻って行く。戻って行ったつもりだったのだが……

 みちにまよってしまった!


「大佐、気を平らかにして頂戴な。全ての道はローマに通ず。このまま歩いて行けばそのうちローマに着くわよ」

「それもそうだな。どうやって大陸に渡るのかは知らんけど。と思ったけど、何か見えてきたぞ。翼よ、アレがローマの灯だってか?」

「たぶん違うんじゃないかしら。たぶんだけれど。あれは…… あれは東門の脇に建っていた物見櫓じゃないかしら。見覚えがあるわよ」

「ふぅ~ん。お前がそう思うんなら、そうなんだろう。お前ん中ではな」


 大作は鼻で笑い飛ばす。だが、内心では期待と不安で胸が押し潰されそうだ。

 しかし、下手な考え休むに似たり…… じゃなかった、案ずるより産むが易し。近付いて行くに従って徐々に風景がはっきりと見えてくる。

 どうやらお園の見立てに間違いは無いらしい。昨日、入国審査で通った出入国ゲートに辿り着いた。

 辺りは今日も大勢の人混みでごった返し、まるでお祭りみたいな熱気と喧騒に包まれている。

 行列から少し外れたところでは馬に乗った男が何人もに取り囲まれて一悶着を起こしているようだ。


「お主らでは話にならん。大佐殿を呼んで参れ!」

「そうは申されましても、アポの無い方の面会はお断りしておりますれば……」

「儂の命が聞けぬと申すか! 儂は、儂は……」


 何だか知らんけど物凄いエキサイトしてるみたいだなあ。って言うか、俺に会いたいだと? いったい何処の何方なんだろう。興味を惹かれた大作は顔を見ようとして遠巻きに回り込んで歩いて行く。歩いて行ったのだが……


「大殿! 祁答院の大殿ではござりますまいか!」


 謎の人物の余りも意外な正体に大作は思わず大声を上げてしまう。

 馬に跨った祁答院良重(河内守)は声の主を探して振り返ると嬉しそうな声を上げた。


「おお、大佐殿。暫く相(まみ)える事が叶うたぞ。やれやれじゃな。何故、和尚の寺は人の出入りを斯様に厳しゅうしておるのじゃ?」

「お、大殿ですと?! 其は誠にございまするか? 知らぬ事とは申せ、御無礼仕りました」


 入国管理官たちが慌ててその場に跪く。良重は鷹揚に頷くと軽く手を振って受け流した。


「良い良い、気にするでない。今日(けふ)の儂はお忍びで来ておる故、気遣いは無用じゃ」


 言葉を聞いた入国管理官たちは触らぬ神に祟りなしとばかりに蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行く。

 後に残された大作とお園は必然的に相手をすることになった。


「んで、大殿。本日は一体、何用で参られましたかな?」

「うむ。和尚が此処、山ヶ野に寺を建てたいと申してから四月にもなろう? 寺の普請に数多の人足を集めておると聞くが如何なる塩梅じゃ? 何ぞ困った事でもあるまいか?」

「いやいや、お陰様で人手の方はご覧の通り足りております。資金面では堺の会合衆による全面的バックアップ。建築資材や食べ物に関しても近隣の村々にご協力を頂いております。何の障りもございませぬ。ただ……」

「ただ? ただ何じゃ?」

「そうですなあ。困ったことがないのが困ったことと言うべきですかなあ……」


 大作は『上手いこと言った』とでも言いたそうなドヤ顔を決める。ドヤ顔を決めたのだが……


「何じゃそれは? では聞くが和尚。初めて会うた折、其方は切支丹に抗わんが為に寺を建てると申しておった筈じゃぞ。相違あるまいな?」

「そ、そんなこと言いましたかな?」

「いや、言うたであろう。京の都では天子様までもがお心を痛めておられるとか。忘れたとは言わせぬぞ!」

「いやいやいや、言わせぬぞって申されましてもなあ。忘れちゃった物はしょうがないですよ。てへぺろ!」


 おどけた顔の大作は悪びれもせず、舌先をペロっと出して微笑む。だが、祁答院良重の視線がぞっとするほど冷たいものであることに気付いた途端、背筋が凍りついてしまった。


「いや、あの、その…… そんな鬼みたいな顔をしないで下さいな、大殿。実はですね…… 伴天連はもう入来院で布教活動をなさってるんですよ。んで、実際に会って話をしてみると意外と良い奴だったんです。そんな訳で拙僧も考えを改めた次第でして」

「すると何じゃ? 切支丹と手を組むと申すか?」

「手を組むというか何と言うか…… 業務提携みたいな? 仏教の極楽とキリスト教の天国を相互接続して自由に乗り入れ出来るようにしてみてはどうかと思うんですよ。仏教に数多の宗派があるようにキリスト教にも無数の会派があるそうな。だったら端末同士で手を組んで、徐々に関係を深めて行く。そんな感じで如何でしょうか?」

「ふむ、端の方から緩々と攻めて参ると申すか。兵法の常道じゃな。悪くはないか」


 先ほどの不機嫌そうな態度とは一変して祁答院良重が満面の笑みを浮かべる。

 このおっさんの逆鱗はいったいどこにあるのかさぱ~り分からんな。大作は辟易としながらも決して愛想笑いを絶やさない。

 だが、続いて良重の口から発せられた言葉は衝撃的なものだった。


「時に大佐殿。先ほどから聞こえておるあの音は鉄砲を撃つ音ではなかろうか? 和尚はこの寺でいったい何をやっておるのじゃ?」

「ぎくぅ~っ! いや、あの、その、アレは…… アレはアレですよ、アレ」

「畏れながら申し上げます、大殿様。あの音は田畑を荒らす鹿や猪を退治せんとしておる音にございます」


 余りにもみっともない大作の慌てっぷりを見るに見かねたんだろうか。お園が横から思わず助け舟を出してくれる。

 大作はアイコンタクトで謝意を示すと良重に向き直った。


「そうそう、それそれ。ちゃんと自治体から害獣駆除の許可を頂いたうえ、。お騒がせして申し訳ありませぬ」

「其れにしては随分と派手に撃っておるのう。先ほどからだけでも何百発も撃っておるぞ。此の辺りの獣を狩り尽くすつもりではあるまいな?」

「め、め、滅相次第もございません。きちんと専門家の指導を受けたうえ、科学的根拠に基づいて適正な個体数の管理を行っておるところでございます。ご安堵下さりませ」

「大殿様。生憎と皆、鉄砲を扱うのに不慣れな様子。そも、逃げ惑う獣に当てるのは至難の技にござりますれば、あれほど撃ってもそう易々とは当たらぬが道理にございましょう」


 またもやお園が助け舟を出してくれる。だったらもう二人で勝手にやってくれたら良いのになあ。

 プライドをズタズタに引き裂かれた大作の心をどす黒いものが満たして行く。

 いやいやいや! こんなことで闇落ちしてたら命が幾つあっても足りんぞ。大作は頭を激しく振って嫌な考えを頭から追い払う。


「さて、大殿。こんな所で立ち話もなんですし、場所を移してお茶でも致しましょう」

「で、あるか」


 祁答院良重は鷹揚に頷くと大作とお園の後ろに金魚の糞みたいにくっ付いて馬を進めた。


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