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巻ノ参百九拾伍 三島由紀夫によろしく の巻

 砥石城の戦いに山ヶ野金山が軍事介入することを正式決定してから一夜が明けた。一夜が明けたのだが……


「俺、何だかしらんけど急に心配になってきたぞ」

「しんぱい? 何ぞ憂える事でもあったかしら?」

「その場のノリと勢いだけで決めちまったけど、そもそも今の山ヶ野にそんな余裕ってあるんじゃろか? いったい鉄砲は何丁くらいあるんだ? 兵は伊賀から雇うとしても鉄砲と弾丸はこっちで用意しなきゃならんからな」

「さ、さあ。どうなのかしらねえ。その辺りの事はサツキかメイが差配しているんじゃない? 知らんけど! ねえ、サツキ。いま山ヶ野に鉄砲は何丁くらいあるの?」


 お櫃からお茶碗にご飯をよそう手を止めてお園はサツキの姿を探す。探したのだが……


「サツキなら虎居へ出張中よ。くノ一と忍びの連絡会議に出た後、村々を回ってくノ一のリクルート活動をするって言ってたわ」

「そ、そうなんだ。ありがとう、メイ。そんじゃあ代わりに教えてくれるかな? いま、山ヶ野に鉄砲は何丁くらいあるのかな?」

「えぇ~っと…… 三百丁くらいじゃないかしら? 細かい事は調べてみないと分からないけど。詳らかな数が知りたいっていうんなら台帳を見て頂戴な。一丁一丁に管理番号を振ってあるはずよ」

「いやいや、大まかな数字が分かれば十分だよ。ありがとう。それじゃあ、そこから百丁やそこら砥石城の戦いに借りて行っても問題は無いよな?」


 思っていたよりも遥かに多くの鉄砲が山ヶ野にはあるようだ。安心した大作は気楽な調子で問い掛ける。

 だが、メイは小首を傾げたまま怪訝な表情で固まってしまった。


「もんだい? いったい何を問うているのかしら?」

「いや、あの、その…… 問題って言うか何て言うか…… 障りはないかってことだよ。急に山ヶ野から鉄砲が百丁も無くなって困ることはないのかなって聞きたいんだけれど?」

「ああ、そういうことね。だったら初手からそう言って頂戴な。うぅ~ん…… 入用になるのは何時頃なの? 来月の頭には先行量産型が百丁ほど届く筈よ。何だったらそれをそのまま持って行ったらどうかしら?」

「ど、どうかしらって言われてもなあ。どうなんだろ? お園、お前はどう思う?」


 質問に質問で返された大作は大いに焦る。だが、内心の動揺を必死に隠しながら質問をそのままお園へと放り投げた。


「ど、どう思うって言われてもねえ。そも、私がどう思うかと山ヶ野が困るかどうかの間に因果関係はあるのかしら?」

「あ、あるのかしらって言われてもなあ…… 分からん! さぱ~り分からん! まあ、困ったら困ったでその時になってから他の案を考えよう。最悪、砥石城の派兵そのものを中止したって誰が困るわけじゃないしな」

「え、えぇ~っ! 中止って止めるって事よねえ? 男が一旦決めた事を容易く翻すのは如何な物かしら?」


 ご飯をてんこ盛りにしたお茶碗を抱えたお園が素っ頓狂な声を上げる。

 相変わらずこの女の怒りの壺はどこにあるのか分からんな。大作は小さくため息をつくとお茶碗を受け取りながら卑屈な愛想笑いを浮かべた。


「いやいや、状況が大きく変化しているのに柔軟な対処ができない方がどうかしていると思うぞ。世の中っていうのは強い奴が生き残れるってわけじゃない。変化に適応できた奴だけが生き残れるんだ」

「決めた事をすぐに諦めるっていうのと変化に柔軟に対応するっていうのは丸っきり違う事だと思うわよ」

「う、うぅ~ん…… そう言われればそうかも知れんな。だけど…… だけども臨機応変の対応に男も女もないんじゃね? 男女差別を助長するような発言は差し控えて欲しいな。とにもかくにも鉄砲の目処は立った。あとは火薬と弾丸だな。メイ、そっちの方は…… って、メイ! メイ! いったい何処に行っちまったんだよ?」


 大作は突如として姿を消してしまったメイを求めて視線を彷徨わせる。彷徨わせたのだが……


「うわぁ! びっくりしたなあ、もう……」


 真後ろに立って悪戯っぽい笑みを浮かべているメイの姿を目にした大作は思わず尻もちをついてしまった。


「大佐が余り変な事ばかり言うからちょっと意地悪しただけよ。さあ、朝餉にしましょう。火薬と弾丸はその後でも良いんでしょう?」

「そ、そうだな。腹が減っては戦は出来ぬって言うし。まあ、別に砥石城の戦は止めても良いんだけどさ」

「またそんな事を言い出すんだから…… さあ、温かいうちに朝餉を食べちゃいましょう」

「はいはい、いま食べようと思ったのに言うんだもんなぁ~っ!」


 キリスト教に改宗した関係で食前の読経は食前の祈りへと差し替える。大作は大慌てでスマホの中からカトリック式の食前の祈りを探し出してどうにかこうにか再現した。

 綺羅星の如く居並んだ同席者たちも見様見真似で付いてきてくれる。

 食後のお茶とデザートを済ませた後、自分たちの食器を丁寧に洗って乾かす。食器棚へ綺麗に並べたら準備完了だ。

 大作は待ちかねたとばかりにメイの姿を探す。姿を探したのだが……


「いない、いないぞ! メイの奴、どこへ行っちまったんだ?」

「あのねえ、大佐。私は此処よ。何処へも行ってないわ」

「うわぁ! びっくりしたなあ、もう…… 俺の後ろに黙って立つなよ。もし俺が凄腕の殺し屋だったらどうすんだ? うっかりお前を殺しちまうところだったぞ」

「ふぅ~ん。良かったわ、大佐が凄腕の殺し屋じゃなくて。んでっ? 何で私を探していたのかしら?」


 大作の猛烈な講義をメイは暖簾に腕押しといった顔でしなやかに受け流す。同時に間髪(かんぱつ)を入れず疑問を口に…… いや、間髪を容れず? どっちだったっけ?


「どっちでも良いみたいね。でも『容れず』だと常用外の読み方になっちゃうから『入れず』でも良いって事になってるのよ。迷うくらいなら『いれず』ってひらがなで書いちゃえば良いんじゃないの? それよりも『かんぱつ』じゃないわ。『かん、はつをいれず』って言って頂戴な」


 ドヤ顔を浮かべたお園がここぞとばかりに言い立てる。


 朝っぱらから細かいことに拘る奴だなあ。大作はやる気がモリモリ下がって行くのが実感できた。

 追い打ちを掛けるように萌までもが話に乗っかってくる。


「ちょっと待ちなさいな、大佐。この言葉の由来は説苑の中にある『間不容髪』なんだから容って書くのが正しいはずよ。三島由紀夫の『仮面の告白』にも『●●が間髪を容れず、●●らしい●●を●に●●せた』って文章が出てくるんですもの」

「いや、あの、その…… それって著作権に引っ掛からないのかなあ? 確か三島由紀夫って1970年没だから2041年まで著作権が生きてるはずだぞ」

「著作権本32条1項で認められた引用の範囲なんじゃないかしら? 知らんけど!」

「いやいや、著作権法上ではOKでもnarrowの規約的にアウトって可能性が微レ存だろ? いきなりBANされたらどうしてくれるんだよ」

「その時はその時でしょうに。そうなってから考えたって遅くはないはずよ。知らんけど! ケセラセラ、なんくるないさぁ~っ!」


 そんなこんなで今日も山ヶ野金山の一日は終わりを告げようと…… って、ちょっと待ったぁ~っ!

 我に返った大作は両手を忙しなく動かしながら不思議なポーズを取る。


「時を戻そう! んで、メイさんよ。って、メイ? メイ? どこ行ったぁ~っ!」

「とっくの昔にどっかへ行っちゃったわよ」

「ズコォーッ!」


 大作が盛大にズッコケると幹部食堂に居合わせた一同がどっと笑い声を上げる。こうして今日も山ヶ野金山では笑い声が絶えることがなかった。




 数分後、我に返った大作は気を取り直してお園と一緒に金山を放浪していた。


「とにもかくにも、まずは弾薬の備蓄量の確認だな。不足しているようなら大急ぎで発注せにゃならんからな。近代戦においては火力の差が勝敗を決する。そういう基本的なことを怠ったからウクライナ軍は酷い目にあったんだ」

「ふぅ~ん。それで? 私たちはいったい何処に向かっているのかしら?」

「そりゃあアレだよ、アレ。弾薬庫に決まってるじゃんか。ちゃんと場所は分かっているから安心してくれ。幹部食堂の壁に貼ってあった案内地図を写真に撮っといたんだ」


 ドヤ顔を浮かべた大作はスマホの画面を高らかに翳す。お園はあまり興味が無さそうな顔をしながらもお情けでチラリと画面に目をやってくれた。


「弾薬庫は軍事施設だろ? だから一般の見学コースからは外れているみたいなんだ。たぶん柵や塀で取り囲まれているだろうしな」

「へぇ~っ」

「もしかして今のは駄洒落なのかな? おっ、見えてきたぞ。きっとアレだな」

「そうみたいねえ」


 先っぽを尖らせた角材が複雑に組み合わさって逆茂木のように行く手を阻んでいる。柵の先には幅が数十メートルほどの空き地がある。更に向こう側には土を積み重ねた小山が十数メートルくらい間隔を開けて縦横に整然と立ち並ぶ。


「きっと個々の弾薬庫を土塁で囲んでいるんだろうな。万一、爆発した時に周辺が誘爆しないようになっているんだろう」

「火薬が勝手に爆発するなんて事があるのかしら? 何だか怖いわねえ」

「避雷針とかはちゃんと作ってあるみたいだな。しっかり静電気対策とかもしてあるらしいし。まあ、安全管理に関しては口を酸っぱくして注意してあるから大丈夫なんじゃね?」

「そうだと良いわねえ……」


 二人は柵に行き当たった所で歩みを右に向けると入り口を探すように柵に沿って進んで行く。歩くこと数分で門番らしき人影が見えてきた。


「其処で止まれ! 何者だ!」


 意外なことに声の主は女だった。髪の毛を短く纏め上げたうえ、ナチス風のヘルメットを被っている。そのせいで男にしか見えなかったのだからしょうがない。大作は誰に言うとでもなく心の中で弁解する。

 だが、お園は全く動じていないようだ。門番の少女の顔を真っ直ぐから見つめると鷹揚な態度で宣言した。


(わらわ)の顔に見覚えは無いかしら?」

「…… お、お園様! と大佐ではございませぬか。これは失礼をば仕りました。平にご容赦の程を」

「いえいえ、お勤め、骨折りな事ですね。たとえ見知った顔であっても本人確認はきちんとやらねばなりませぬよ。それが門番の大事なお勤めですから」


 お園はつかつかと歩み寄ると袂からスマホくらいの大きさの薄っぺらい板切れを取り出して差し出す。

 神妙な顔をした門番の少女は恭し気に受け取ると穴の開くほどじっと見詰める。暫しの後、くるりと引っ繰り返すと裏側に書いてある文字もじっくりと読んだ。


「紛うこと無く真のお園様にございます。御無礼の段、お許し下さりませ」

「貴方、名は何と申すのですか?」

「お玉と申します」

「お玉、これからもお勤めに励みなさい」

「ははぁ~っ!」


 お玉と名乗った少女が深々と頭を下げる。これにて一件落着! 大作は心の中で絶叫すると弾薬庫への門を通ろうとする。通ろうとしたのだが……


「恐れながら、大佐。未だIDを拝見しておりませぬが?」

「ID? いや、俺はそんなの貰った覚えが無いんですけど? って言うか、お園。お前はいつの間にそんな物を貰っていたんだよ?」

「昨日のうちに作っておいて貰ったのよ。朝餉の前にはできていたわ」

「そ、そうなんだ。お玉、悪いけど俺はまだIDを貰っていないんだ。顔パスで通して貰うって訳にはいかないのかな?」

「いえ。如何に大佐の仰せとは申せ、ID無しで此処をお通しする訳には参りませぬ。代わりに幾つか容易き問にお答え頂けましょうや? まずは大佐の御母堂様の旧姓をお教え下さりませ」


 またもやこれかよぉ~っ! 大作は心の中で絶叫するとツルツル頭を撫で回した。


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