巻ノ参百九拾四 探せ!理想の寝室を の巻
舟木村から出稼ぎに来ていた静流をツアーコンダクターに大抜擢した翌日の朝食後、大作は緊急会議を招集した。
食器が片付けられた幹部食堂に集まったのは錚々たる顔ぶれだ。藤吉郎、サツキ、メイ、ほのかといった古参メンバーは無論のこと、愛、舞、美唯といった山ヶ野に来てから加わった有象無象までもが一同に会する。
席がほぼ埋まったことを確認した大作は軽く咳払いをすると勿体ぶった口調で話し始めた。
「忙しいところを急に集まってもらって悪いなあ。もし、急ぎの用事がある者は遠慮なく抜けてもらって構わんぞ。ぶっちゃけ、大した話でもないからさ」
「……」
そう言われたからといって、はいそうですかと立ち去る者はいない。って言うか、きっとみんな急ぎの用事なんて無いんだろう。大作は一人で勝手に納得すると話を続ける。
「前にも一度、簡単に説明したと思うんだけど砥石城の戦いに軍事介入する件を本格的に進めることになった。この作戦の最高責任者? 総司令官? 総大将? とにかく、そんな立場をやってみたいって奇特な奴はいないかな? 今なら早い者勝ちだぞ。だからと言って、遅い者負けってこともないんだけどさ」
大作はそこで言葉を一旦区切ると一人ひとりとアイコンタクトを取りながら顔色を伺う。
だが、反応は意外な所から返ってきた。
「ちょっと、大佐。その事ならば美唯と静流が二人でやるんじゃなかったかしら?」
お園は美唯と静流の顔を交互に見やりながら少し早口で捲し立てる。
「いや、あの、その…… 静流はツアーコンダクターじゃなかったっけ? 違うかな? んで、美唯はその補佐だろ? 流石にお前ら二人にこんな大規模軍事作戦を任せられんよ」
「ああ、そういう事なのね。それを聞いて安堵したわ。それじゃあ続けて頂戴な」
いったい今の説明のどこをどう聞いたら安堵できるんだろう。謎は深まるばかりだ。大作は軽くかぶりを振ると話に戻る。
「とにもかくにも美唯と静流という頼もしいサポートが付いているんだ。誰かちょいとひとっ走り甲斐の国まで行って貰えんじゃろか? きっと楽しぃ~ぞぉ~っ! なっ? なっ? なっ?」
「……」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。大作は小さくため息をつくと両の手のひらを肩の高さで掲げる。
「君たちには失望したよ…… どうして新しいことにチャレンジしようとしないんだ? 失敗は成功の母。宝くじだって買わなきゃ当たらないんだぞ」
「ならば…… ならば大佐。この藤吉郎にお任せ頂けましょうや?」
目をキラキラと輝かせた藤吉郎が右手を高々と掲げながら宣言した。
だが、大作は歯牙にも掛けないといった顔で切り捨てる。
「お前は駄目だ、藤吉郎。回転式脱穀機のノルマが未達成だろ? 倉庫にはまだまだ不良在庫が山のように眠ってるはずだぞ」
「そ、その事ならば某に代わって菖蒲殿か紅葉殿にでもやって頂く事は叶いますまいか? 某は如何にしても大佐のお役に立ちとうござりますれば……」
「はいはい、ご講説はもう沢山だ。藤吉郎、適材適所って言葉を知ってるよな? 残念ながら藤吉郎は適性検査の結果、軍事作戦や兵站計画には向いていないって結果が出てるんだ。そんなわけだからお前さんには当分の間、農業関連の業務を頼みたい。これだって今の俺たちにとっちゃ重大案件なんだぞ。自分で仕事が選びたいんならFA権が獲得できるまで我慢しろ。どうしても他のことがやりたいんだったらキリスト教の布教活動っていうのもあるんだけど。でも、こっちは巫女軍団改め、修道女軍団に任せるつもりだからなあ……」
大作は適当な言葉を紡いで藤吉郎を煙に巻く。って言うか、藤吉郎が秀吉みたいに軍事麺や人材勧誘で才能を開花させるのは不味い。今に力を持ちすぎて制御できなくなるのが関の山だ。なるべく能力を発揮できない環境に閉じ込め、飼い殺しにするしかない。
そんな大作の胸の内を知ってか知らずか、お園が横から口を挟んできた。
「あのねえ、大佐。だったら藤吉郎は会議に参加しなくても良かったのと違うかしら?」
「いやいや、そんなことはないんじゃね? 本作戦は山ヶ野にとって非常に重要な事項なんだもん。作戦に直接は関わらない者にも概要だけは知っておいて欲しい。そう思ったから声を掛けたんだよ。それ以上でもそれ以下でもないんだ」
「あっ、そう」
「んで、他にはいないのかな? 藤吉郎は勇気を振り絞って声を上げてくれた。だったら私もやってみようかなっていう奇特な奴はいないのかな?」
「だったら…… だったら私、やってみようかしら?」
ほのかがちょっと遠慮がちな顔をしながらそろそろと手を上げる。
「残念ながら駄目だな。ほのかには人事や労務関連の業務があるだろ?」
「あのねえ、大佐! そうやって駄目だ駄目だというんなら、初手から人を絞って声を掛けたら良いんじゃないのかしら? こんな事をやってたら時が惜しいわよ」
「そ、そうだな。うん、今のは俺が悪かった。反省! とは言ったものの今現在、急ぎの仕事を抱えていない奴なんているのかな? 愛、舞は巫女軍団改め、修道女軍団の指揮を執らなきゃならんよな? くノ一にも一人ひとりに業務を割り振ったっけ。そうなると手が空いているのは……」
「忍びのお方々くらいじゃないかしら?」
頭を抱える大作を見るに見兼ねたんだろうか。お園が助け舟を出してくれた。
「ナイス、お園! んじゃあ、忍びのみなさん。何方か甲斐の国へ行ってみたいっていう物好きはお方はいらっしゃいませんか? 今回の主目的は鉄砲のコンバットプルーフだから鉄砲に詳しい方が良いんだけど。確か音羽の城戸さんが…… しまった、相浦松浦に置いてきちゃったんだっけ。あの人、いつ頃になったら帰ってくるんじゃろうな?」
「……」
へんじがない、ただのしかばねのようだ。
「そりゃあ分かりませんよね。うぅ~ん…… んじゃあ、佐助殿。代わりといっては何ですが、お願いしてよござんすか?」
「わ、儂が? 儂に甲斐へ参れと申されまするか?」
「佐助殿も忍びの端くれなんですよねえ? だったらそれくらいのこと朝飯前のお茶の子さいさいでしょう? 鉄砲と弾はこっちで用意しますんで。伊賀から百人ばかり兵を出してもらいますんで、そいつらを遠足の引率みたいに引っ張って甲斐で一戦やるだけの簡単なお仕事ですから。戦の勝ち負けは問いません。我らの鉄砲が実践で使い物になるかどうか。それさえ確かめて頂ければ後のことはどうなっても結構ですから」
大作は例に寄って例の如く、気楽な調子で畳み掛けた。だが、佐助は危機感知能力が異常に高いんだろうか。今ひとつ乗り切らぬといった顔をしている。
「うぅ~む、儂如きでお役に立てるかどうか。鉄砲の事は余り存じておりませぬが故……」
「いやいや、それくらが丁度良いんですよ。鉄砲を詳しく知らない人が使った場合の問題点の洗い出しが出来ますでしょう? 我々が一番欲しているのは失敗や欠陥のデータなんだもん。なのでボロ負けしてくれた方が良いくらいですもん。とにもかくにも死人を出さず、鉄砲と実戦データさえ持ち帰ってくれたら御の字ですから。頼みますよ。神様、仏様、佐助様!」
「そ、そこまで申されてはお受けせぬ訳にも参りませぬな。承知仕りました」
佐助が深々と頭を下げる。こうしてなし崩し的に砥石城派兵作戦の司令官が決定した。
「んじゃ、後のことは適当に話し合って決めてくれるかなぁ~っ? いいともぉ~っ!」
言うが早いか大作は脱兎の如く幹部食堂を逃げ出した。
広い広い山ヶ野金山の中を適当に走り回ること暫し。走り疲れた大作は適当な建物の軒先で歩みを止めると肩で息をついた。
「はあ、はあ…… どうやら生き残ったのは俺たちだけみたいだな」
「はあ、はあ、はあ…… そうかも知れんわね。そうじゃないかも知らんけど」
隣に立つお園は草臥れ果てたといった顔で肩を竦める。大作は邪悪な笑みを浮かべると鼻を鳴らして嘯いた。
「まあ、あれくらいが馬鹿どもには丁度良い目眩ましだろう。これで暫くは時間が稼げたはずだ。この余裕を最大限に有効活用して俺たちの生活環境を整えようじゃないか。となると、まずは王族だけが入れる寝室だな」
「うわぁ~っ、心ときめくわねえ。それで? 何処にどんな寝室を作るつもりなのかしら?」
「そりゃあ、寝室なんだから静かで空気の良いところだろうな。鉱石の粉砕や水銀精錬からは可能な限り距離を取りたいところだ。トイレは遠くない方が良いけど、あんまり近すぎても臭くて困っちゃうしな。王族しか入れないんだからトイレ掃除も王族がやらなきゃならんし」
大作はトイレブラシで便器をゴシゴシと擦る真似をする。だが、トイレブラシを知らないお園にはこれっぽっちも通じていないらしい。
お園は暫しの間、眉間に皺を寄せて考え込む。考え込んでいたのだが…… 小さくため息をつくと勢い良く顔を上げた。
「うぅ~ん、それは難儀な事よねえ。そうなると厠だけは幹部用を使った方が良いかも知れんわね。それから食堂もね」
「そうだな、それに警備上の問題だってあるし。水害や土砂災害のことを考えると高台にあった方が良い。だけども山の天辺だと登り降りが大変だ。そうなると理想的な場所を探すっていうのも意外と手間が掛かるかも分からんなあ」
「とにもかくにも、まずは行動よ。結果は後から着いてくるんですからねえ」
「はいはい、今やろうと思ったのに言うんだもんなぁ~っ!」
渋々といった顔の大作は思い腰を上げるとお園に手を引かれて歩き出した。
大作とお園は手に手を取って金山を歩き回る。昨日に通った見学コースには適当な土地が無いことは確認済みだ。川の側は既に社宅や作業場で埋め尽くされている。穴場といえば山側だが大半の土地は硝石丘や鉱滓の捨て場として使われているようだ。
「もうすぐお昼だな。土地探しは一旦お休みにして昼食に戻るとしようか」
「そうねえ。腹が減っては戦はできないって言うものねえ」
「まあ、俺たちは戦なんてやっていないんだけどさ」
「そうかしら? ひょっとしたら良い土地を探すっていうのも戦みたいな物かもしれないわよ。そうじゃないかも知らんけど」
「知らんのかよ!」
そんな阿呆な話をしながら二人は幹部食堂を目指して歩く。歩いていたのだが…… 道に迷ってしまった!
と思いきや、昨日も見た『順路』と書かれた看板のお陰で見学コースに辿り着くことができた。
「なあ、お園。やっぱ、王族だけの聖域なんて要らないかも知れんな。独立した寝室だけは欲しいけどさ」
「そうねえ…… だけども、ご飯の度に行ったり来たりするのは手間が掛かるわよ」
「だったら夫婦の寝室は幹部食堂の近くに…… いやいや、それだと朝から騒がしいぞ。匂いとかも気になるかも知れんし」
「いやいや、調理場からは遠くて食堂に近い所を探せば良いんだよ。もし見付からなければ増築だ」
そうと決まれば話は早い。二人は幹部食堂を目指して小走りで駆けて行った。




