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巻ノ参百九拾参 ツアーコンダクター静流 の巻

 大作とお園は舟木村から金山へ働きに来ていた静流と久々の再開を果たす。山ヶ野金山の観光ツアーに途中参加した二人は彼女の案内で楽しい時を過ごした。

 一通り見学コースを巡り終えたツアー参加者たちはスタート地点に戻ると砂金取り体験に興じている。

 興奮気味の歓声を右から左へと聞き流しながら三人は部屋の隅っこへ移動して近況を報告し合った。


 話を聞いてみれば静流はツアーガイドを始めてからまだ十日しか経っていないらしい。その割には随分と堂に入ったツアーガイドぶりだ。大作は心底から感心してしまった。


「静流は前にもこういった仕事をしていたことがあるのかな?」

「いえ、春から秋は朝から晩まで日がな一日を田んぼの世話に明け暮れておりました。冬は冬で藁を編んで草鞋やら筵やらを作らねばなりませぬ。それがまさか斯様な所で人様を案内する事になろうとは。夢にも思うておりませなんだ」

「ふぅ~ん。それにしては見事なばかりの案内ぶりだったな。きっと生まれつきガイドさんの素質があったのか知れんな。そうなると行く行くはツアーコンダクターなんかを目指してみるのも良いんじゃないのかな?」

「つああこんだくたあ? 其れは如何なる物にござりましょうや?」


 小首を傾げた静流は興味津々と言った風に瞳を輝かせた。


「うぅ~ん…… 確か御師とかいう職業の人がいたよな? 例えるならばアレみたいなものなんじゃね? どうなんじゃろな、お園?」

「まあ、似てると言っちゃ似てるんじゃないかしらね? 当たらずと(いえど)も遠からずってところかしら」

「雖だって? 何じゃこの妙ちきりんな漢字は! これでもJIS第二水準なのかよ! 漢検一級っていうくらいだから難しい漢字なのは間違いなさそうだけど」


 大作はスマホで調べた文字を見詰めながら小さくため息をつく。だが、お園にとっては大事の前の小事。ちっぽけな漢字のことなど目に入らぬといった顔だ。鼻息を荒げながら興奮気味に捲し立てた。


「今は字の事なんてどうでも良いわ! そんなことよりも静流をツアーコンダクターにするためにはどうすれば良いのかしら?」

「いやいや、それよりも先に本人の医師を確認した方が良いんじゃね? なあなあ、静流。お前は将来の夢とかあるのかな?」

「あのねえ、静流。夢って言っても寝ている時に見る夢とは違うのよ。先々の先途とでも言うのかしら。田んぼの世話やツアーガイドの他に何ぞやってみたい事や行ってみたい所はないのかしら? 何でも良いから言ってみなさいな。言うだけならタダよ」

「いえいえ、お園様。静流は此処で働かせて頂けるだけで幸せにございます」


 取り付く島も無いとはこのことか。静流は脊髄反射みたいにノータイムで的確な回答を打ち返してくる。大作は時速百六十キロの豪速球をピッチャー返しされた気分だ。

 しかし、お節介焼きのお園はこれくらいのことで引き下がるほど軟なメンタルの持ち主では無いらしい。不敵な笑みを浮かべると素早く方針転換を計ったようだ。


「だったら静流、職場体験よ。片っ端から色んな事をやってみましょうよ。って言うか…… そも、貴方は金山で働くために山ヶ野に来たんでしょう? それがいったいどういう訳でツアーガイドなんてやる羽目になったんでしょうねえ」

「それがその…… 始めのうちは鉱石の粉砕や選別、水銀精錬などをやっておったのです。それが今月に入った途端、母性健康管理措置やら母性保護規定やらが改正されたそうな。静流は女性(にょしょう)のうえに未成年者だった故、他の作業に回されてしまいました。ところが生憎と生来の不器用で何をやっても上手く行かず。かと言って巫女軍団も今は新規メンバーの募集を休止しておるそうな。そこへ折り良く案内係に欠員が一人出たとやらで静流を呼んで頂く事が叶った次第にて」

「そ、そうなんだ。とにもかくにも静流はやりたくて案内係をやってた訳じゃないんだな。そうなるとやっぱり自分に合った仕事を探してみるっていうのも悪くないと思うぞ。取り敢えず連絡将校でもやってみないか? きっと楽しいぞぉ~っ!」


 そろそろ真面目に考えるのが面倒臭くなってきた大作は唐突に話を纏めに掛かった。予想外の質問を受けた静流は戸惑った顔で暫しの間、考え込む。

 だが、反応は思ってもいない方向から返ってきた。


「ちょっと待って頂戴な、大佐! 連絡将校は美唯の専売特許よ! もしかして美唯を首にしようって言うんじゃないでしょうねえ?」

「いやいや、美唯。お前、どっから湧いて出たんだよ。神出鬼没も良いところだな」

「褒めたって何も出ないわよ! そんなことより大佐、いったいどうなのよ? 美唯は一所懸命に連絡将校のお勤めを果たしているのよ! 美唯の何処に不服があるっていうのかしら?」

「有り体に言えば全部だよ、全部! 言うたら悪いけど美唯。お前は連絡将校として全く持ってこれっぽっちも役に立っていないじゃんかよ! もしかしてお前、自覚が無いのか?」

「そ、そりゃあ上手く行かない事も時にはあったかも知れんわね。だけどもしょうがないでしょう! 美唯は色々と忙しい身なんですから。小次郎のお世話だってしなくちゃならないんだし。他にも何やかんやでやらなくちゃならない事が数多とあるんだもの!」


 ああ言えばこう言う。立て板に水? 馬の耳に念仏? いや、全然違うな。こういう時、どういう風に例えれば良いんだろう。大作は頭をフル回転させて無い知恵を振り絞る。振り絞ったのだが……

 しかしなにもおもいつかなかった!


「勘違いするな、美唯。俺はお願いをしているんじゃないぞ。これは決定事項なんだ!」

「ぐぬぬ……」

「それになあ、美唯。考えてもみろよ。静流はお前から見れば苦節数か月にして漸く出来た可愛い後輩じゃないか。きっとお前のことを『美唯パイセン!』とか呼んで慕ってくれるに違いないんじゃないのかな? 慕ってくれんかも知らんけど」

「ぱ、ぱいせん? もしかして美唯が静流の先達って事なのかしら? それはちょっとばかり心ときめくわねえ……」


 満更でもないといった顔の美唯が口元を緩めてほくそ笑む。

 これはもう一押しで落ちるな。確信した大作は上目遣いで愛想笑いを浮かべながら激しい勢いで揉み手をした。


「お願いしますよ、美唯パイセン。いや、神様、仏様、美唯(アーデルハイド)パイセン様! いよっ、大統領!」

「しょうがないわねぇ~っ! 他ならぬ可愛い後輩の頼みとあっちゃあ。パイセンとしては胸を貸してあげるしかないわねえ」

「忝のうございます、美唯パイセン!」


 神妙な顔をした静流が深々と頭を下げる。こまっしゃくれた顔の美唯は顎をしゃくりあげながらふんぞり返った。




 大作、お園、美唯の三人は静流の後に金魚の糞みたいにくっついて移動する。見学ツアーのお客様が金山から帰って行くのを見送ったところで静流の本日の業務は終了となった。


「それで? 静流の職場体験っていうのはつまるところ何をするのかしら?」


 静流の手が空くのを待ち構えていたようにお園が口を開いた。

 急に話を振られた静流は鳩が豆鉄砲を食らったように慌てた顔で振り返る。まあ、そんな動物虐待な真似は断じて許さないんだけれども。


「さ、さあ。私にはとんと見当も付きませぬが。大佐様、これから私は何を致せば宜しゅうござりましょうや?」

「えぇ~っと…… まずはその大佐様って言うのを止めてくれるかな? 見習いとは言え、連絡将校を務めるからには静流も立派な幹部候補生だ。今後は外国の要人と身近に接する機会もあるだろう。従って今後、俺のことは大佐と呼んでくれ」

「畏まりましてございます、大佐様…… じゃなかった、大佐」

「うむ、宜しい。それで仕事のことだな。仕事、仕事、何ぞ良い仕事はないもんじゃろかなあ…… 閃いた!」


 下手な考え休むに似たり。どうせ真面目に考えたって碌なアイディアは湧いてこない。大作は思い付いた言葉を脊髄反射で吐き出した。


「確か砥石城の戦いとかいうのが近々あったよな? そうじゃなかったっけ?」

「Wikipediaには九月九日に総攻撃が始まったって書いてあったわよね。んで、武田方が城攻めを諦めたのが九月晦日。だけども翌十月一日の撤退中、追撃する城兵と後詰めに駆け付けた村上勢の挟み撃ちに遭う。それが砥石崩れと称される大惨敗になったんだとさ」

「そうそう、それそれ。前にも言ったと思うんだけど、俺はこの戦いに介入したら良いんじゃないかと思うんだ。鉄砲と弾丸や火薬はこっちで用意する。後は伊賀から百人ほど兵を出して貰う」

「コンドル軍団とか言ってたかしら? 鉄砲のコンバットプルーフと兵の訓練を合わせて行う一石二鳥の特別軍事作戦だとか何とか」


 流石は完全記憶能力者。痒い所に手が届くというか、痛い所を突いてくるというか……

 今更ながらお園の特殊能力には感動を禁じ得ない。大作はアイコンタクトで謝意を示しつつ話を続けた。


「本作戦は山ヶ野から忍び十名前後に加えて伊賀からも兵を百人は出さねばならない。我々にとっても過去最大級の大作戦。これぞ正に『史上最大の作戦』だ。この冒険旅行のツアーコンダクターを静流、お前に任せようと思う」

「え、えぇ~っ?!」

「無論、お前一人でやれとは言わんよ。美唯(アーデルハイド)お前も指導役として手取り足取り教えてやってくれ。って言うか、二人の初めての共同作業です。盛大な拍手を!」


 言うが早いか大作は激しい勢いで両の手を打ち鳴らす。半笑いを浮かべたお園も御座なりな拍手で加勢してくれる。

 美唯と(アーデルハイド)静流は反応するのも忘れて暫しの間、呆然と立ち尽くしていた。


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