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巻ノ参百九拾弐 逃げろ!ロビンソンと の巻

 ラピュタ王国第十一回最高会議幹部会を無事に済ませた大作とお園は仲良く揃って議事堂から外へ出た。太陽は既に西の空に傾きかけている。

 大作はお園の方へ振り返ると思いついたことを口に出した。


「夕飯まで少し間があるな。ちょいとばかし金山の様子を見て回ってみないか? 暫く見ないうちに随分と様変わりしているみたいだし。きっと楽しいぞぉ~っ!」

「そうかも知らんわね。そうじゃないかも知らんけど。って言うか、様変わりなんて生易しいものじゃないわよ。ほとんど面影が無いくらい変わっちゃってるじゃないの。初めて此処に来た時に拵えた小屋は何処へ行っちゃったのかしらねえ?」


 大きな瞳をキラキラと輝かせたお園がぐるりと辺りを見回す。だが、周囲に建ち並んでいるのはアウシュビッツにあるような地味で画一的な居住小屋や作業所らしき木造建築ばかりだ。

 みんなで協力して建てたエキセントリックかつシュールな建物はどこを見渡しても見つからない。

 キョロキョロと周囲を探す大作の姿が余程面白かったのだろうか。ほのかが含み笑いを浮かべながら答えた。


「さっきまでいた議事堂があの小屋だった所よ。増築に増築を繰り返したんだけれど、それでも手狭になっちゃったから一から立て直したの」

「そ、そうなんだ。まあ、形あるものはいつか壊れる。Nothing is unbreakable! なんくるないさぁ~っ!」

「え、えぇ~っ! 壊しちゃったの? あの小屋を? あんなに骨を折って建てたっていうのに?」


 ひょっとこみたいに頬を膨らませたお園が唇と尖らせて不満を露わにする。相変わらず瞬間湯沸し器(死語)は健在らしい。

 思わぬ反発を受けたほのかはちょっとばかり慌てた顔だ。反射的に一歩後ずさると咄嗟に両腕でガードの姿勢を取った。


「あ、あのねえ、お園。諸行無常って言うでしょう? この世にある全ての万物は常に変化しているのよ。永久不滅の物などありはしないんですから」

「そうだぞ、お園。『ひとたび生を得て、滅せぬもののあるべきか』って誰かさんも言ってただろ? 聞いたことないのか?」


 大作は両手をグルグルと振り回しながらオーバオーリアクション気味に捲し立てる。だが、お園は馬耳東風というか、馬の耳に念仏というか…… とにもかくにも全く持って聞く耳を持たないといった顔だ。


「でもねえ、大佐。確と約した筈よ。改築する折には夫婦の寝室も作るって。王族しか入れない聖域を作るとか何とか言ってたわ」

「俺、本当にそんなこと言ったかなあ?」

「確かに言ったわよ! 『それだと掃除とかも王族がやるのかなあ』なんて阿呆な事を言ってたじゃないの!」

「そ、そう言えばそんなことを言ったかも知れんな。いや、きっと言ったんだろう。でもなあ、お園。多分だけど時と場所の指定はしていなかったんじゃないのかなあ? ならば十年後、二十年後ということも可能だろうということ……」

「その言葉は聞き飽きたわ! 私、もう待てないわよ。今すぐに夫婦の寝室を作って頂戴な! 今すぐによ!」


 これはもう瞬間湯沸かし器(死語)なんて生易しい物じゃないな。沸騰水型軽水炉? 加圧水型軽水炉? 何か知らんけどそんな感じの要注意顧客だな。

 大作は軽くかぶりを振ると助けを求めるようにほのかの姿を求めて視線を彷徨わせる。視線を彷徨わせたのだが……

 どこにもいないんですけどぉ~っ! あの野郎、逃げやがったな! 大作は小さくため息をつくと両手を肩の高さで掲げて首を竦めた。




 大作とお園は暫しの間、金山の中を当も無く彷徨い歩く。犬も歩けば棒に当るとは良く言った物だ。やがて『順路』と書かれた矢印型の看板に行き当たった。


「順路ですと? こっちに行けってことなのかな?」

「そりゃあそうでしょう。態々、逆向きに行こうだなんて偏屈者のする事よ。さあ、あっちへ行ってみましょう!」

「いやいや、お遍路さんでも逆打ちって言って反時計回りにお参りする場合があるそうだぞ」

「ふぅ~ん、反時計回りって左回りの事だったわよねえ?」


 小首を傾げたお園が右手の人差し指をグルグルと回す。その仕草はまるでトンボを捕まえようとでもしているかのようだ。指先を目線で追っていた大作は思わず目を回しそうになってしまった。


「ちなみに時計はどうして右回りだと思う? 嘘か本当かは知らんけど太陽の動きと関係があるんじゃないかって聞いたことがあるぞ。北半球だと太陽は東から昇って南の空を通り、西へと沈むだろ? だから太陽の動きも影の動きも右回りなんだ」

「そう言えばそうだわね。だとすると、もしも南半球で時計が作られていたら左回りだったのかしら?」

「流石はお園。なかなか目の付け所が鋭いな。いや、お見それ致しました!」


 大作は大袈裟に驚いた振りをする。まんざらでもないといった顔のお園は手をひらひらさせながらドヤ顔で微笑んだ。


「褒めたって何にも出ないわよ。それで? 私たちはどっちに進むのかしら? 順路? それとも逆打ちにするの?」

「タイトルを度忘れしちゃったけど何とかいう和製ホラー映画で逆打ちしたら死んだ人が蘇るとかいうのがあったぞ。ちょっと試しにやってみるか?」

「えぇ~っ! 亡くなった人が生き返るですって? それって真の話なの? 俄には信じ難い話ねえ」

「いや、あの、その…… あくまでもフィクションの話だからな。効果には個人差があるんじゃないのかなあ?」


 そんな阿呆な話をしながら二人は仲良く手を繋いで順路に沿って歩いて行く。

 暫く進むとガタガタと大きな音を立てて回転する巨大な円筒が目に入った。


 A3サイズくらいの真っ黒な案内板には白抜きの極太明朝体で『ボールミル』という文字が大きく書かれている。

 右下には少し小さめの文字で『Ball mill』という記載もあった。


 ドラムを駆動しているのはベルトで連結された回転軸らしい。少し離れた軸の反対側の先っぽには別の円盤が接続されており、隣には足踏み式の板が繋がっている。

 畳くらいありそうな巨大な板を大柄な男が三人掛かりでリズミカルに踏みつけている。どうやら『もののけ姫』でエボシ御前のところにあった奴と似た様な物のようだ。

 凄まじい騒音に負けないよう、お園があらん限りの大声を張り上げて絶叫した。


「これが前に大佐が言っていたボールミルなのね! 随分と大きな音がするのねえ!」

「そうだな! ちゃんと耳栓をしていないと騒音性難聴になりそうだぞ!」


 大作も負けじと絶叫で返事を返す。

 だが、心配は杞憂に過ぎなかったようだ。近付いて行くと人足たちは本格的なイヤーマフを装備し、幾重にも重なった紙製の防塵マスクも着用している


「流石はほのか。現場作業の労務管理はちゃんとやっているようだな。後で褒めてやらんといかんな」

「そうね。『やってみせ、言って聞かせてさせてみて、褒めてやらねば人は動かじ』ですものねえ」


 大作とお園は数分の間、耳に指を突っ込みながらボールミルの作業工程を見学する。見学していたのだが……


「辛抱堪らん! 煩いわ埃っぽいわで気が滅入っちまうぞ。見るべきほどのことは見つ! さっさと次に行こう、次に!」

「そうねえ。私も丁度そう思っていたところなのよ」


 二人は人足たちに軽く会釈するとボニー&クライドみたいに脱兎の如くその場を後にした。




 ボールミルの作業場からは壁をぶち破ってベルトコンベヤーが伸びている。

 左右にロープが張られた道を矢印に沿って歩いて行く。百メートルほど進むと隣の小屋にたどり着いた。

 先ほどと同じような真っ黒の案内板に白抜きの極太明朝体で『浮遊選鉱』という文字が大きく書かれている。

 右下には少し小さめの文字で『flotation method』と記載してある。


「ここは煩くなくて良いわねえ。もし私が働くとしたらこっちの方が良いわ」

「そうだなあ。俺もこっちを希望したいな。とは言え、人手は足りてるみたいだな」


 直径が数メートルはありそうなシックナーの中ではドロドロの液体が泡を立てて撹拌されている。何人かの人足は時折、暇そうに棒で突っついたり引っ張ったりしている。だが、どこをどう見ても大した仕事をしているようには見えない。

 まあ、ああ見えて実は必要不可欠な仕事なのかも知らんけど。


「でも、静かなのは良いけど少し変な匂いがするぞ。いったい何の匂いなんだろうな」

「そうねえ、私もこんな匂いは嗅いだ事が無いわ。これを朝から晩まで嗅がされたら鼻が曲がっちゃうかも知れんわね」

「ですよねぇ~っ! んじゃ、次へ行こう、次へ!」


 大作とお園は偶然に目が合った人足へ軽く黙礼するとブッチ・キャシディー&サンダンス・キッドみたいにスタコラサッサ(死語)と逃げ出した。




 二人は『卒業』のダスティン・ホフマンとアン・バンクロフトみたいに手に手を取って道を進んで行く。

 気分は黄色いレンガの道を歩くジュディー・ガーランドとブリキ男と案山子とライオンだ。


「違うわ、大佐。ダスティン・ホフマンと一緒に教会を飛び出したのはキャサリン・ロスの方でしょうに」

「そ、そう言えばそうだったな。でも、アン・バンクロフトとバスに飛び乗るっていうとんでもない超展開ってどうだ? それはそれで面白かったかも知れんぞ」

「だったらベンジャミンは『ロビンソン! ロビンソン!』って叫びながら窓を叩くわけね。うぅ~っ、なんだか微妙ねえ……」


 映画談義に花を咲かせながら少しばかり歩くと先ほどの建物よりも一回りくらい大きな小屋が建っていた。

 例の真っ黒な案内板に書かれているのは『水銀アマルガム精錬』の文字だ。

 英語表記はといえば『mercury amalbam』と書かれている。でも、ちょっと意味が違うんじゃないのかなあ? って言うか、水銀ですと?!


「こりゃあ危険が危ないな。ここはスルーして次に行こう。次へ!」

「そ、そうなの? どうして危険が危ないのかしら? 私、その故が知りたいんだけれど?」

「話は後でもできるだろ。とにかく今は退避が先だ。悪いことは言わんからここは大人しく従ってくれ」

「ふぅ~ん、分かったわ。一つ貸しよ」

「いやいや。貸しとか借りとかじゃないから」


 心配性な大作はなるべく息を吸い込まないように注意しながら足早に立ち去る。真剣さが伝わったのだろうか。お園もいつになく素直に従ってくれた。




 そこから更に歩く。歩いて歩いて歩きまくる。

 もしかして水銀処理施設は健康とか安全に配慮して他の施設から隔離されているんだろうか。だとしたらあそこで働いている奴らの健康や安全はどうやって担保されているんだろう。謎は深まるばかりだ。


 だが、どんな道もどこかに必ず繋がっている。なぜならば、全ての道はローマに通じているんだもん。

 やがて大作とお園はどうにかこうにか次のチェックポイントにたどり着くことができた。


 身なりも年齢もバラバラの老若男女が入り混じった十数人の集団が案内人の説明に聞き入っている。

 大作はさり気なく人混みに紛れ込もうと近付く。近付いて行ったのだが……

 ほっと一息つく暇もなく、大作の耳に聞き覚えの無い若い女の声が飛び込んできた。


「お坊様! お坊様、勝手に列を離れられては困ります。以後、お気を付け下さりませ」


 慌てて顔を上げて見れば巫女服を着た小柄な少女が睨みを効かせていた。

 肩から『案内係』と書かれた襷を掛けているだけではなく、ご丁寧なことに二の腕にも『案内係』の腕章を縫い付けている。


「いや、あの、その…… 拙僧は見学に参った訳ではございませぬ。って言うか、金山の関係者でしてな。生憎と身分証を忘れてしまって難儀しておった次第にて……」

「大佐様! 大佐様ではござりませぬか! お忘れにございますか? 静流にございます。舟木村から此方へ参る折、ご一緒させて頂きました」


 させて頂く? それって誤用じゃないのかなあ?

 確か文化庁でも『敬語の指針』の中で『させていただく』は誤用が多い表現だと言ってたような。

 使用にあたっては以下の条件が必要だと聞いた覚えがある。


1.相手、または第三者の許可を得ているかどうか。

2.そのことで自分自身が恩恵を受けるかどうか。


 だから『悪天候のため、目的地を変更させて頂きます』という表現はOKなのだが『お訴えさせて頂く』なんていう変な日本語はNGなんだそうな。


 とにもかくにも、今回の場合は誤用じゃないってことで良いのかなあ? だったらもう……


「静流、私たちのことは構わないで良いわ。今は案内役のお勤めを続けなさいな」

「お園様もいらっしゃいましたか。気付かずに申し訳ございませぬ。然れど、お二人とも暫くお会いせぬ内に随分とお変わりになられましたな。大佐様は少し背丈が伸びたのではござりますまいか? お園様も心なしか……」

「しぃ~ずぅ~るぅ~っ! そんな話は後で幾らでもできるでしょうに! いいから早く案内役のお勤めに戻りなさいな!」

「は、はぃ~~~っ!」


 慌てて静流がツアー客たちの方へ掛け戻って行く。


『ふれ~! ふれ~! 静流~~~!』


 その背中を見送りながら大作は心の中で声援を送った。


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