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巻ノ参百九拾壱 結成!修道女軍団 の巻

 長旅から戻った大作たちは息つく暇もなくラピュタ王国第十一回最高会議幹部会に出席させられていた。

 二つの長テーブルを繋げて置いた一番端っこに大作とお園は仲良く並んでちょこんと座る。

 会議を取り仕切っているのは大作の左隣に陣取った議長のほのかだ。


「続いては産金状況の報告を今井様よりお願い致します」

「では、資料の七ページをご覧下さりませ。先週の産金量は先々週に比べて投入人員が七パーセントも増えたにも関わらず四パーセントの増加に留まっております。詳らかな理由は未だ詮議が済んでおりませぬが、恐らくは教育訓練が不十分だったことに伴うミスの多発によるものと思われます。取り急ぎ教育訓練プログラムの見直しを進めておりますれば、早ければ来週にも改むる事が叶うかと思し召されませ」

「ミスが多発と承りましたが人的被害は出ておりますまいな?」

「へい、左様にございます。極めて取るに足らぬ物ばかりにございまして、其の報告書を作る手間で親方衆の手が取られ難儀しておる由にて」

「相、分かり申しました。今井様には釈迦に説法でございますが小さなミスの影には重大インシデントの危険が潜んでおると申します。今一度、気を引き締めて下さりませ」

「ハインリッヒの法則にございますな。大佐様より何度も何度もお話を伺っておりますれば、よぉ~く肝に銘じております。ご安堵召されませ」


 自信満々のドヤ顔を浮かべた今井宗久が軽く頷く。ほのかは全員の顔をぐるりと見回した後、大作に視線を向けた。


「大佐からは何か無いのかしら?」

「えっ、何だって? いや、俺からは特に無いかな?」

「では、続いてサツキから……」

「いや、ちょっと待った!」


 議事進行を続けようとするほのかの発言を遮って大作は右手を高々と掲げた。

 ほのかは少しムッとした表情を浮かべながらも目線で先を促してくる。

 大作は精一杯の真面目腐った顔を作りながら言葉を続けた。


「話の流れをぶった切って悪いんだけど、萌の紹介をさせてもらっても良いかな? 良い? そんじゃあっと。初めての人は始めまして。知ってる人はお久しぶり。こちらにおわすお方を何方と心得る。畏れ多くも椎田萌様にあらせられるぞ。控えおろう、頭が高い! って言うのは冗談として此度、科学技術関連の顧問を任せることになった。取り敢えずは無煙火薬の製造に辣腕を振るってもらうつもりだ。知っての通り、火薬製造は我らラピュタ王国の死命を制する重要案件だ。皆も必要があれば最大限の協力をお願いしたい。んじゃ、萌。お前からも何か一言……」


 その時、歴史が動いた! ほのかが大作の話を遮るように割って入る。


「ちょっと待って頂戴な、大佐! むえんかやくですって? 火薬の担当はサツキの筈よ。硝石丘を作らんが為に村々から尿(しと)を集め、用地買収や人足の差配も漸く済ませたところなのよ。其れを今更になって萌に任せろだなんて一体どういう了見なのかしら。皆が得心の行く様に説いて貰えるかしら?」


 ほのかはサツキの顔を何度もチラ見しながら語気を荒げて追求してくる。

 ちなみにサツキの席は五メートルも離れた細長いテーブルの反対側だ。しかし、遥か遠くに離れているというのに怒りに燃えた瞳からは負のオーラが犇々と伝わってくるような気がしてならない。

 これはもう駄目かも分からんな。大作は腫れ物に触るように慎重に言葉を選んで話し掛けた。


「いやいや、サツキさんよ。何をそんなに怯えているんだ? まるで迷子のキツネリスみたいだぞ(笑)」

「お、怯えているですって? 何を言ってるのよ、大佐! 私、これっぽっちも怯えてなんかいないわよ! 其れよりも今、ほのかが言った通りよ。今さら硝石丘のプロジェクトを止める訳には行かないわ。こんなところで止めたら、これまでに投入した莫大なコストをどうやって回収するつもりなのよ? サンクコストはどうやったって回収できないんですからね!」

「ちょ、おま…… それこそ正にコンコルドの誤謬そのものだろ! 過去に埋没した回収不能のコストのせいで次に決断すべき判断が制約されるだなんて本末転倒も良いところじゃんかよ。だよなあ? もしかして俺の勘違いなのかなあ?」

「だからって…… だからといって集めた尿(しと)はどうするつもりなのよ? 用地は人足は? いったいどれほどのお金が掛かってると思っているのかしら。お金だけじゃないわ。大勢の方々に下げたくもない頭を下げて頼み込んだり、工藤様に口を利いて頂いたり。今井様だって方々を走り回って下さったのよ。其れを無駄にするだなんて! お天道様が許しても、火薬担当の私が……」


 この女もかよ…… 瞬間湯沸し器(死語)の如く沸騰するサツキの姿を見ているだけで大作のやる気がモリモリ下がって行く。

 って言うか、サツキってこんな性格だったっけ? 暫く会わない間に人格がアップデートでもされたんだろうか。

 もしかしてSFボディースナッチャー? 怖っ! 大作は思わず悲鳴を上げそうになったが際どいところで我慢した。


「どうどう、サツキ。餅つけよ。俺の説明が悪かった。硝石丘プロジェクトは継続してもらって結構だ。いや、是非とも継続してくれ。って言うか、絶対に継続して下さい。お願いします、この通りです。四つん這いになれば継続してもらえますか? アッ~! そもそも無煙火薬開発は将来を見据えた中長期的プロジェクトなんだよ。目先に迫った黒色火薬製造とはタイムスケールが全く異なっているんだ。どっちが大事とかいう話でもないしな」

「そ、そうなんだ。それならそうと、もうちょっと早く言って欲しかったわね」

「ただ……」

「ただ? ただ何かしら?」


 一旦は解けかけた緊張が大作の言葉によって再びマックスまで高まる。だが、残念ながら大作の集中力は完全に底を突いていた。


「この話はこれでお仕舞! あとはサツキと萌で話し合って決めてくれ。どんな結果になろうと俺は文句を言わん。絶対ニダ!」

「そう、分かったわ。その言葉、決して忘れないで頂戴ね」

「私も確と聞いたわよ。後になって言っていないなんて言わせないからね」


 ほのかとサツキはタッグを組んだかのように息の合った念押しをしてくる。

 しかし大作に取ってはこんな些末な事柄は馬耳東風も良いところだ。舌の根も乾かぬうちに頭の中のシュレッダーに放り込むに限る。


「次はもっと重要な話だ。耳をかっぽじって聞いてくれ。俺は今まで仏教系の僧侶を騙って活動してきた。だが、今後はこれを見直そうかと思うんだ」

「見直すですって? もしかして宗旨替えするってことかしら?」


 大作のすぐ左隣りに座ったほのかが即座に鋭い突っ込みと共にグイグイと詰め寄ってきた。

 息が掛かるほどの距離感に躊躇した大作は思わず仰け反って距離を取る。


「うぅ~ん。宗旨替えというか改宗というか転向というか…… まあ、ここはアップデートとでも言っておこうか。今までの俺が大佐1.0だとすればこれからの俺は大佐2.0とでも言うべき存在になろうと思うんだ」

「ふ、ふぅ~ん。それで? いったいぜんたい何に宗旨替えするつもりなのかしら? 真言宗? 法華宗? まさか一向宗じゃないでしょうね?」


 ほのかは小首を傾げると一歩詰め寄ってきた。ちょっと険しい視線で見詰められた大作は蛇に睨まれた蛙の心境だ。

 だが、大作としてもこんなところで負けるわけには行かない。なけなしの勇気を振り絞って余裕のポーカーフェイスを浮かべる。


「残念、全部外れでした。まあ、分からんのも無理は無いか。まあ、分からんのも無理は無い。此度、俺たちが改宗するのはキリスト教なんだ」

「き、きりすときょう? それって切支丹の事だったわよねえ? だけども大佐は切支丹は敵だって言ってなかったかしら? 言ってたような気がするんだけどなあ?」

「いや、あの、その…… 確かにそうは言ったけどな。でも、それはその時の話だろ? 今は状況が変わったんだ。赤の女王仮説を覚えているか? 生き残ることができるのは最強の生物ってわけじゃない。環境の変化にいち早く適応できる奴なんだ。既に美唯は洗礼を済ませてアーデルハイドという有り難い洗礼名を頂戴している。皆も格好の良い洗礼名が欲しいとは思わんか? 思うだろ? 今なら早い者勝ちだぞ!」


 大作は卑屈な笑みを浮かべると揉み手をしながら全員の顔を見回す。

 だが、返ってきたのは絶対零度かと思われるくらいに冷え切った視線だった。

 暫しの間、座敷を沈黙が支配する。それを打ち破るようにメイが口を開いた。


「早い者勝ちですって? という事は遅い者負けって事なのかしら?」

「うぅ~ん、メイ。良い質問ですねえ。だけど、その件を話し合うのは今でなくても良いんじゃね? 俺がその気になれば十年後、二十年後でも可能だろうということ。そして、俺はその変身を後二回残してる。この意味がわかるな?」

「さ、さぱ~り分からんわ?」

「とにもかくにも、これはもう決定事項なんだ。反対意見は認められん。異議のある者はこの戦い終了後、法廷に申したてい!」

「そ、そうなんだ。分かったわ。良く分からんけど……」


 メイは視線を反らせたまま語尾を濁して引き下がった。


「まず手始めとして巫女軍団を修道女(シスター)軍団に改編する。指揮系統はそのままだが、役職等の名称変更を行う。続いて金山で働いている人足たちを片っ端から勧誘して行く。多少は…… いや、どんなに強引にやっても構わん。逆らう奴には痛い目を見せてやれ。山ヶ野の制圧が終わったら巫女軍団…… じゃなかった、修道女(シスター)軍団を使って近在の村々にも布教活動を勧めてくれ」

「か、畏まりましてございます……」


 愛や舞は何だか不服そうな顔をしているが面と向かって逆らうつもりはないらしい。

 言われたことには黙って従う。それが彼女たちの処世術なんだろう。


「され、それじゃあ取り敢えず皆に素敵な洗礼名を付けてやろう。サツキ、メイ。お前らはどんな名前が良い?」


 そんなこんなでラピュタ王国第十一回最高会議幹部会は有耶無耶のうちに終わってしまった。




「修道女とシスターはちょっと違う意味らしいわよ。修道女っていうのは盛式誓願を立てて僧院や修道院で祈りや観想している人たち。シスターっていうのは単式誓願を立てて教育とか医療とか色んな活動をしている人たちなんですって。少なくともWikipediaにはそう書いてあるわよ。知らんけど!」


 萌が聞こえがよしに鋭い突っ込みを入れてくる。

 だが、大作は馬耳東風といった顔で右から左へと華麗に聞き流した。


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