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巻ノ参百九拾 決めろ!スリーパーホールドを の巻

 懐かしい山ヶ野へようやく戻ってこれたかと安堵したのも束の間、大作と愉快な仲間たちを待ち受けていたのは出入国ゲートにおける世にも厳しい審査であった。


「それでは大佐、次の質問です。猫の前足と後ろ足の指の数を合わせると全部で何本でしょうか? シンキングタイムは三十秒です。二十九、二十八、二十七……」

「そんなの簡単だよ。俺が何年前から猫を飼ってると思ってるんだ? 前五本、後ろ四本だから合計は十八本だな」

「ピンポンピンポン! 正解です」


 お菊という名の巫女は全身を使ってオーバーリアクション気味に反応すると部屋中に響き渡るように大きな声で宣言する。続いて着物の裾から人の形をした紙切れを取り出すと恭し気に差し出した。


「今のはボーナスクイズでしたのでお園様人形を三体差し上げます。これでひい、ふう、みい…… 九体揃いましたね。あと一体でジャンピングチャンスです。さて、次は美唯の番ですが人形を何体賭けますか?」

「美唯は一体だけにしておくわ。やっとこさっとこ此処まできたのよ。用心の上にも用心するに越した事は無いでしょうからね」

「分かりました。では、美唯。次の問題です。美唯への問題は何問目でしょう? この問題も含めてでお答え下さい。シンキングタイムは三十秒です。二十九、二十八、二十七……」

「ちょ、おま…… そんなのってないわよ! 一所懸命に答えてたから今が何問目だなんて思えていないわ! こんな問題を出すなんて卑怯よ! ズルだわ! インチキよ! BPOに訴えるわよ!」

「十九、十八、十七……」

「うわぁぁぁぁぁっ! こんなペテンは許されないわ! お天道様が許しても連絡将校の美唯が許さないんだからね! ねえねえ、お園様? お園様も何とか言って頂戴な!」

「何とか……」


 まるで屠殺場に連れて行かれる豚を見るような目つきをしたお園がぽつりと呟く。美唯はがっくり頭を垂れると白目を剥いて放心してしまった。

 と思いきや、捨てる神あれば拾う神あり。意外な方向から現れた助け舟が迷える子羊に救いの手を差し伸べる。


「美唯! 美唯じゃないの! こんな所で何てはしたない格好をしているのよ! お園様、大佐。随分とお久しぶりにございます。漸うお戻りになられました。余りにお帰りが遅いので皆が憂いておりましたが随分とご健勝のご様子。安堵致しました」

「あ、愛姉さま! お菊が、お菊が美唯を虐めるのよ!」

「もぉ~う、お菊ったら。また巫山戯ていたのね。本にしょうがない子なんだから。いい加減にしないと怒りますよ」


 愛に頭を軽く小突かれたお菊はぺろっと舌を出しておどけた笑顔を浮かべている。どうやらこの入国審査クイズ合戦そのものが壮大なドッキリ的な物だったようだ。

 何て無駄な時間を過ごしてしまったんだろう。大作はがっくりと肩を落とすと大きなため息をついた。




 そんなこんなで、さぱ~り訳が分からない内に大作たちの入国審査は無事に終わってしまった。

 こんあことで山ヶ野の平和と安全を守ることができているんだろうか? できていないんじゃないのかなあ。

 まあ、どうでも良いや。どうせ他人事だし。大作は考えるのを止めた。


 とにもかくにも国境さえ越えてしまえば後は野となれ山となれ。勝手知ったる他人の家。現時点ではここが大作の第二の故郷と言っても過言ではないほどのホームグラウンドなのだ。

 だが、そんな安住の地に舞い戻ったというのに大作の心に安寧が訪れることはなかった。


「漸く戻ってきたのね、大佐。丁度良かったわ。今から最高会議幹部会を開くところなのよ。重要案件が山ほど溜まってるから必ず出て頂戴な」

「ああ、ほのか。元気にしてたか? 俺たちの留守中に何か面白いことはなかったか?」

「だから会議で報告するって言ってるでしょうに。んで? 出るの? 出ないの? それが問題よ?」


 頭蓋骨を掲げたマクベスみたいに険しい表情を浮かべたほのかは激しい勢いで詰め寄ってくる。


「違うわ、大佐。それはハムレットよ!」

「はいはい。お約束、お約束。出る、出る、出ますよ! 出れば良いんだろ、出れば! いま出ようと思ったのに言うんだもんなぁ~っ!」

「あっそう。そんじゃあ、行くわよ。レッツラゴ~!」


 ほのかは大作の首根っこをチョークスリーパーみたいに引っ掴むと市場へドナドナされる子牛のように引っ張って行く。


「ところで大佐。チョークスリーパーとスリーパーホールドってどう違うのかしら?」

「……! ……!」

「えっ? 何ですって? 良く聞こえないわよ」

「く、苦しい…… う、腕を緩めろ…… ぷはぁ~~~っ! 死んじまうかと思ったぞ! はぁ、はぁ、はぁ……」


 大作は深呼吸を繰り返しながら酸素が人体にとっていかに大切かを心底から噛み締める。ああ、生きてて良かった。


「んで、大佐? どう違うのよ?」

「ああ、そうだったな。えぇ~っと…… チョークスリーパーっていうのは首に腕を回して締めちまう技だな。窒息するまで数十秒は掛かるし、その間に相手は暴れまくる。ところがスリーパーホールドだと肘を相手の顎の先っぽに引っ掛けて頸動脈を挟むだけだ。これだと呼吸を止めずに脳への血流だけ止められるだろ? だから上手く決まれば数秒で相手は意識を失う。ちなみにスリーパーっていうのは眠るってことだな」

「ふぅ~ん。それってこんな感じなのかしら?」


 次の瞬間、まるで部屋の電気が突然消されたかのように大作の視界が真っ暗になった。




「大佐、大佐…… いい加減に起きて頂戴な、大佐! 起きないと口吸いしちゃうわよ!」

「むにゃむにゃ、あと五分…… って、うわらばっ! もぉ~ぅ、びっくりしたなあもう…… ほのか? 今は何年だ? 俺はどれくらい寝てたんだ?」

「今年? 今年は天文十九年よ。大佐を此処まで担いでくるには本に難儀したのよ」


 気が付けば周りの景色がすっかり変わっている。目の前に建っているのは見覚えの無い平屋の板葺き小屋だった。

 間口は十メートルくらいはあるだろうか。これで奥行きが一メートルとかだったら笑っちゃうんですけど。想像した大作は吹き出しそうになったが空気を読んで我慢した。


 建付けの悪い引き戸をガタガタ言わせながら開く。中にあったのは広さ二十畳くらいある天井の高い座敷だった。

 三方が板壁に囲まれており、南側の一方だけに障子が並んでいる。部屋にこれといった照明器具は見当たらない。だが、障子による自然光のお陰で室内はそこそこの明るさだ。


「大佐を連れてきたわよ!」


 ほのかが入り口を潜りながらまるで勝利宣言するかのように高らかと告げる。中にいた大勢の人影が一斉に振り返ったので大作は思わずドキッとした。


「大佐、漸う帰ってきたのね。便りの一つも寄越さないから心底から憂いてたのよ」

「もしかしてちょっと痩せたんじゃないの? ちゃんと食べていたのかしら?」

「そんなことないわよ。ひょっとして少し肥えたのと違う?」

「そうかしら? 前と寸分足りとも違わないと思うわよ」

「いやいや……」

「まあまあ……」


 サツキやメイ、藤吉郎や舞に寄ってたかって揉みくちゃにされた大作は暫しの間、なすがままになっていた。なすがままになっていたのだが……


「いい加減にしなさぁ~い!」

「うわぁ。びっくりした!」

「あのなあ、お前ら。俺たちはこんな阿呆なことをやっているほど暇じゃないんだぞ。取り敢えず俺から一つ重大発表があるんだ。みんな、耳をかっぽじって良く聞いてくれるかな……」


 ちょっとでも場を盛り上げようと大作は声のトーンを少し落とすと芝居がかった口調で語る。

 だが、突如としてメイが右手を掲げると言葉を遮るように割って入ってきた。


「ちょっと待って頂戴な、大佐。今から最高会議幹部会なのよ。どうせ話をするなら、みんなが揃ってからの方が良いんじゃないの?」

「そ、そうかも知れんな。うん、そうしようか」


 気を削がれるなあ…… 大作は黙って下唇を噛みしめることしかできなかった。




 草鞋を脱いで座敷へ上がる。床には畳が敷かれているのだろうか? いや、畳より弾力があるな。どうやら板間に藁を敷き詰め、筵をカーペットのように被せているらしい。本物の畳が入手できないから代用品で誤魔化すという涙ぐましい努力なんだろうか。

 部屋の中央には長さ五メートルはありそうな細長い座卓が一脚置かれている。いや、良く見てみれば二脚の座卓を繋げて置いているようだ。


「大佐は向こう側の端っこに座って頂戴な。お園は右隣にね」

「向かって左ってことかしら?」

「そうよ、大佐から見てお箸を持つ方よ」

「んじゃ、仰せの通りに」


 大作とお園は仲良く並んで座る。ほのかはさも当然といった顔で左隣に陣取った。

 それから暫くの間、退屈な時間が続く。土産話に花を咲かせたいのは山々だ。しかし、みんなが揃ってからにしろと釘を刺されてしまったからには黙って待つことしかできない。


 大作は己の無力さに臍を噛んで悔しがる。いや、この場合はアレだな。『認めたくないものだな。自分自身の若さ故の過ちというものは』って奴かも知れん。

 そんな阿呆なことを考えて時間を潰すこと暫し。愛や美唯に今井宗久、エトセトラエトセトラ…… 有象無象たちが三々五々と集まってくる。

 どこに座るか散々に迷ってから座る者。何の躊躇もなく座る者。遠くに座る者。近くに座る者。中途半端な距離に座る者。みんなちがってみんないい!

 そうこうするうちに殆どの座席が人で埋まった。


 いったいいつになったら始まるんだろうか。ちょっと焦れてきた大作がスマホで時刻を確認しようとした瞬間、遠くから銅鑼のような鐘を叩く音が聞こえてきた。時計を見れば十三時丁度を示していた。


「それでは定刻となりました。ただいまラピュタ王国第十三回最高会議幹部会の開会を宣言致します」


 ほのかが告げた途端、居並ぶ全員が一斉に拍手を始めた。ほんの一瞬だけ遅れてお園が続き、大作も慌てて拍手に参加する。

 何だかコミケみたいだなあ。この拍手はいったいどれくらい続けなきゃならないんだろう? 手が疲れてきたんですけど。そんなことを考えていると拍手は始まった時と同じくらい唐突に終わった。

 まるで全員が厳しい訓練を受けていたかのように寸分違わずピタリと同時に止めたので大作は心底から驚いてしまった。


 そう言えば、チャウシェスク政権下のルーマニアでも大統領演説後の拍手は同時に始まって同時に終わっていたらしい。人より遅く拍手を始めたり、早く拍手を止めると反体制派だと疑われたりしたんだそうな。

 面倒臭い話だなあ。もういっそ拍手なんて止めちまえば良いのに。そんな阿呆なことをやっているから革命が起こって処刑されちまったんだろう。

 大作は頭の中のチャウシェスク大統領夫妻を銃殺刑に処した。


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