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巻ノ参拾九 チームの危機 の巻

 食器を洗って歯を磨いたら約束通り四人は船で一緒に寝る。お園の寝相は怖いがアバラを持ってかれる心配は無いだろうと大作は安心する。

 ちょっと待て! メイを忘れてたぞ。明日はどうすんだよ。って言うか近くで寝るのさえ命懸けなんじゃね?


 夢遊病の治療は薬物治療が基本だってネットに書いてあった。ベンゾジアゼピン系の睡眠薬や三環系抗うつ剤の服用で症状を一時的に止められるそうだ。ただし薬物療法では夢遊病を根治出来ない。って言うか残念ながらそんな薬は持って無い。

 船乗りに頼んで酒でも分けてもらおうか。でも下手したらかえって症状が悪化するかも知れない。


 夢遊病は深いノンレム睡眠の最中に脳が部分的に覚醒することで発生するらしい。レム睡眠で夢を見ている時に動いている訳では無いのだ。深いノンレム睡眠が現れるのは眠りについてから三時間以内なので夢遊病もその時間帯に発生する。

 メイだけ先に寝かせて暫く様子を見るのが良いのかも知れない。


 夢遊病の原因にはいろいろあるが精神的ストレス、不慣れな環境の睡眠、月経の影響あたりが怪しい。

 生理中かどうか聞くのは遠慮するとして、激しいストレス下にあるのは間違いない。アルプスからフランクフルトに連れてこられた女の子もそうだった。


 一方でレム睡眠行動障害と言うのもあるらしい。やはり薬物治療が基本で抗てんかん薬のクロナゼパムとかパーキンソン病の薬でドーパミン作動薬のプラミペキソールを使うらしい。まあ、どっちにしろそんな物は無いのだが。


 そうなるとストレス解消しか無さそうだ。大作はメイの手を握りしめると真っ直ぐに目を見つめて精一杯の真剣な表情を作る。


「今のメイは激しいストレスによる夢遊病を罹患している。だが治療は可能だ。俺に任せろ」

「?」


 メイがフリーズしているがそんなことは計算済みだ。大作は畳み掛けるように続ける。


「ストレス解消には歌だ。みんなで楽しい歌を歌おう。『大きな栗の木の下で』って歌だ」

「栗なら知ってるわ。落ちてきたら痛いわよ」


 お園が相変わらずピントの外れたことを言っているがとりあえず放置だ。


 イギリス民謡 訳詞:不詳(平多正於とする説あり)


「大きな栗の木の下で あなたとわたし なかよく遊びましょう 大きな栗の木の下で」


 お園はすぐに付いて来てくれたがメイとほのかは狐に摘ままれたような顔をしている。ちなみに二番と三番は著作権の問題で歌えない。

 お遊戯に関してはお園も初見だったがあっと言う間に対応してくれた。メイとほのかも見よう見まねで付いて来る。流石は忍者だ。

 頭と体を同時に使うっていうのが結構大事なのだ。四人は夜が更けるまでお遊戯を楽しんだ。


 メイを適度に疲れさせることが出来た。そろそろ寝た方が良い時間だろうか。大作はお園の耳元に顔を近づけてそっと囁く。


「今からやることはメイのストレスを取り除くための心理治療の一環だ。焼き餅を焼かないでくれよ」


 お園の表情からは全く感情が読み取れない。だがアバラを守るためにはやるしか無い。大作は覚悟を決める。


「メイ、お前は一人ぼっちじゃ無い。一人一人では単なる女だが三人寄れば(かしま)しい! 姦しくなったラピュタは無敵だ!!」


 一気に言い切ると大作はメイを強く抱き締める。メイは一瞬だけ固まったがすぐに力を抜いて大作に身体を委ねて来る。

 大作は巨乳の感触に思わず頬が緩みそうになった。だが、お園の視線が怖いので全神経を集中して真剣な顔を維持する。

 こんな物で良いだろう。これ以上抱き合ってたらこっちが悶々として眠れん。大作は頃合いを見て切り上げる。


「みんな、おやすみ。いい夢見ろよ!」


 それでも安心出来なかった大作はメイの右手を強く握り締めて寝る。とりあえず利き腕を封じておけば致命傷は避けられるだろう。


『クロムの神よ、俺は祈ったことが無い。祈り方も知らん。俺は今から強大な敵にたった一人で命を懸けて挑む。俺の勇気を認めてくれるなら俺を守ってくれ。もし助けてくれぬのなら、お前は俺の神ではない!』


 大作はこの夜、生まれて初めて本気で神様に祈りを捧げた。




 翌朝、まだ暗いうちに大作は目を覚ました。どこも痛いところは無い。とりあえず怪我は無いようだと大作は安心した。

 神様はお願いを聞いてくれたらしい。ちょっと待て。神様が何回お願いを聞いてくれるか分からんぞ。貴重なお願いを無駄遣いしてしまったんじゃなかろうか。まあ、今さら考えても手遅れだ。大作は考えるのを止めた。


 それはそうと物凄く窮屈で真っ暗だ。眼前にあるこの巨大マシュマロみたいな柔らかい物は何なんだ。って言うかメイの胸じゃないか!

 もしかしてメイに抱き締められてるのか? こんなところお園に見られたら大変だぞ。

 大作は必死に逃げようとする。だが、しっかりと抱き締められているらしく離れられない。これってもはやヘッドロックなんじゃね?


「みんなには、絶対ナイショだよ……」


 ほのかが小さな声で囁いた。この巨乳はメイじゃなくてほのかだったのか。どうりでデカイと思った。

 それはそうと、どうせ脱出できないならジタバタせずに諦めてじっとしてた方が良いんだろうか。変に動き回ってるとイチャついてるようにしか見えなさそうだ。大作は諦めて二度寝した。




「大佐、起きて。朝餉よ」


 お園の声に大作は起こされた。まるで看守が囚人に掛けるような固く無機質な言い方だ。大作は激しい違和感を覚えて慌てて目を覚ます。

 お園とメイの突き刺さるような鋭い視線に思わず大作は身体を小さくする。何故かほのかが頬を赤く染めてチラチラと視線を向けて来るのも気になる。俺が寝てる間に何があったんだ。


「みんな朝から怖い顔してどうしたんだ? せっかくの美人が台無しだぞ」

「大佐に怒ってるんじゃないわ。ほのかが抜け駆けしたのが悪いのよ」

「今度ずるをしたら許さないわよ。無限天津流の名にかけてあんたを倒す!」


 攻撃対象が自分じゃ無いと判って大作はほっとした。とは言えこのままじゃ、ほのかが可哀そうだ。ほとぼりが冷めたころフォローしなければ。


 ちょっと刺々しい雰囲気の中、みんな黙々と朝食を済ませる。食べてる時が一番楽しいとか言ってたお園にしては珍しい。




 抜けるような青空の下、船は南西に向かって滑るように走り出した。

 西の空は良く晴れて天気が良い。波も穏やかだ。陸から大きく離れて土佐湾をショートカットするつもりらしい。


 二時間もすると陸地から十キロ以上は離れてしまった。遙か北の水平線に僅かに高知の山並みが見えている他は周囲に海しか見えない。

 かなり心細い状況だが船長は落ち着き払っているので信頼するしか無い。


 女性陣も見るからに落ち着きが無い。まあ、勉強に集中させれば気も紛れるだろう。


「円の直径と円周の比率を円周率って言う。およそ3.14だ。正確には3.14159265358979323846264338327950288…… って感じでどこまでも続いているんだ。π/4 = 1 - 1/3 + 1/5 - 1/7 + …… という級数から求めることができる無理数であり超越数だ。これを使うと円の面積や球の体積を求められるんだ。お園は高速フーリエ変換でも勉強しててくれ」


 大作はタカラ○ミーのせん○いで絵をたくさん描いてなるべく分かり易く説明する。残念ながら二人の興味を引くには地味すぎる内容だったらしい。不安を隠しきれない二人はなかなか勉強に集中出来ないようだった。




 昼過ぎには進路上に陸地が見えて来た。女性陣の表情が急に和らぐ。勉強への集中力も目に見えて向上したようだ。

 日が傾く頃、船は井ノ岬の西にある小さな漁港に停泊した。狭い平地に小さな田畑が見える。

 海岸に小さな漁船と簡素な家が並んでいる他は本当に何にもない小さな小さな漁港だった。




「今日は私が右隣、メイが左隣、ほのかは離れて寝るのよ」


 まるで何かに急かされるように夕食を食べ終わると、お園が勝ち誇ったように宣言した。お園の中では右隣が上座なんだろうか。

『お園がそう思うんならそうなんだろう。お園の中ではな』と大作は心の中で呟く。


 お園とメイが目をギラギラさせていてちょっと怖い。大作は蛇に睨まれた蛙の気分だ。


「今朝みたいなことしたら許さないわよ」


 メイも興奮気味に言う。ほのかはふて腐れた顔をしているが二対一で面と向かって争う気は無いらしい。


 小さな船の上という一種の閉鎖空間に男一人と女三人で四日間。緊張とストレスでみんな頭がおかしくなって来ているようだ。

 大作は『蝿の王』や『ミスト』といった映画や『アナタハンの女王事件』を思い出す。

 ふとした切っ掛けで殺し合いが始まったらどうしよう。大作は本気で心配になってきた。


 室戸岬で怖がらせ過ぎたのが原因か。そもそも男女比を偏らせ過ぎたのが失敗だったのか。とは言えセーブ&ロードでやり直しなんて出来ないので今さら言ってもしょうがない。

 おそらく明日は四国の南西端か沖の島辺りで最後の一泊だろう。明後日には夢にまで見た九州上陸だ。ここまで来てチーム崩壊なんて無念すぎる。それだけは何が何でも阻止しなければ。


 そもそも何がきっかけでこんなことになった? 安芸で揉めた時の対処が強引過ぎたのだろうか。納得の行く説明も無しに強要されたら誰だって横暴に感じるだろう。こんなんじゃモチベーションが上がるわけがない。リーダーがチームを支配してはならないのだ。

 もしかしてチームの目標や役割分担をきちんと説明しなかったのが諸悪の根源なのか? 全部俺が悪いのかと大作は焦る。


「みんなすまん。チームの信頼関係がここまで悪化したのは私の不徳の致すところだ」

「大佐は悪くないわ。ほのかが……」

「ほのかは悪く無い。と俺は思う。そもそも俺が機密保持を理由にチームの目的や役割分担を明確化しなかったのが悪いんだ」


 大作は本気で悪いと思っているので真面目に謝る。そもそも機密保持なんて言い訳で、実は説明するのが面倒臭かったなんて言えない。


「我々は十日以内にはラピュタのお宝をゲットする。だがそれは手段であって目的では無い。莫大な財力を活用して伊賀から傭兵を雇い軍備を整える。堺で進めている保険や先物に加えて南蛮貿易も拡大する。十年で筑紫島。二十年で日本。三十年でシベリア、アラスカ、アメリカ東海岸、オーストラリアに勢力圏を拡大。大東亜共栄圏を建設する。合わせてアメリカ先住民やインドに軍事援助を行い大英帝国やアメリカ合衆国の成立を徹底的に妨害する」


 大作は一旦話を区切って反応を待つ。三人とも真剣な表情で聞いているが半分も理解出来ていないようだ。質疑応答は後回しにして説明を続ける。


「お園にはその優れた知能と知識を生かしてチームの頭脳として活躍して欲しい。メイは本来の任務である護衛や伊賀との連絡に加えて情報収集を頼みたい。ほのかは津田様からの出向だが我々の仕事を手伝って頂けるということなので財務経理をお願いしたい。莫大な資産の管理や貿易事務、傭兵の労務管理など事務全般もだ」


 大作は両手を開いて差し出す。話が終わったというジェスチャーのつもりだ。三人は意図を理解してくれたらしい。


「前にも言ったけど大佐がして欲しいことなら何でもやるわよ」

「主命とあらば命を捨てる覚悟にございます」

「私めも同じでございます」


 こいつら何度言ったら分かるんだ。俺が欲しいのは自らの意思で手伝ってくれる自由な協力者なんだ。


「俺は戦を終わらせて民草が安堵して暮らせる世の中を作りたい。命令はしない。手伝ってくれるか?」


 大作は恐る恐るといった様子で右手を差し出す。


「しょうがないわね~ 大佐は一人じゃ何にも出来ないんだから」

「でも私たちが加勢すればきっと上手く行くわ」

「頑張れ! 頑張れ! 出来る! 出来る! 大佐ならきっと出来る!」


 みんなが手に手を取る。チームはギリギリで空中分解の危機を免れた。大作はその晩、遅くまで質問攻めに遭った。


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