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巻ノ参百八拾九 使え!プレミアアクセスを の巻

 大作と愉快な仲間たちは長い長い旅路を終え、漸く懐かしい山ヶ野へと帰り着く。帰り着いたのだが……

 疲れ果てた一同の眼前に現れたのは蟻の行列みたいに延々と連なる人々の姿であった。


「取り敢えず並んではみたけれど、これっていったいぜんたい何の行列なのかしら? 三吉様は人足になるって申されてたけれど真の事なんでしょうねえ。実はみんな、訳も分からず並んでたりするんじゃないかしら」


 ふと我に返ったようにお園がぽつりと呟く。その顔はまるで迷子のキツネリスのように唖然としている。

 その発想はなかったわ! 相変わらず想像力が斜め上に向かって豊かだなあ。大作は思わず感心してしまった。


「言われてみればそうかも知れんな。待つだけ待たされて俺たちには何の関係も無い行列だったらそれこそ時間の無駄だぞ。そうだ、美唯。(アーデルハイド)悪いんだけどちょいと一っ走り先頭まで行って何の行列なのか見てきてくれるかなぁ~っ?」

「え、えぇ~っ! 何で美唯なのよ? 大佐が自分で行けば良いじゃないの。小次郎は私が抱っこしててあげるからさ」

「いやいや、こういう時こそ連絡将校の出番だろ? って言うかお前、ここ最近で何か一つでも役に立ったことがあったっけ?」

「もぉ~う! その物言いは非道なんじゃないかしら? 美唯だって一所懸命にやってるのよ。色んな事を!」

「だから色んなことって何をだよ? なるべく具体的な例を挙げてくれるかな? たとえばだな……」


 大作と美唯のそんな阿呆な遣り取りをお園は半笑いを浮かべて見詰めている。見詰めていたのだが……

 次の瞬間、萌の口から不意に発せられた一声に寄って一同の間に緊張が走った。


「静かに! 前の方から誰かやってくるわよ!」

「いや、まあ…… そりゃあ普通の道なんだから誰かしら通るだろ。って言うか、さっきから馬借とかが幾らでも通ってたじゃんかよ」

「そういうのとは違うから! いいから見なさいな。何か配っているみたいよ」


 言われてみれば行列の前の方で巫女装束に身を包んだ若い女が何やら御札のような物を配っているようだ。

 一人ひとりに一枚ずつ手渡される白い紙は葉書くらいの大きさだろうか。ただし葉書と違ってふにゃふにゃとした薄っぺらい紙らしい。


「さて、いったい何を配っているのやら。もしかして、この行列ってアレを貰うために並んでるんじゃなかろうか?」

「さあねえ…… でも、ちょっと待っていれば直ぐに分かりそうよ。ほら」


 巫女は行列を成す人々に次々と手慣れた手付きで紙切れを手渡して行く。軽やかな立ち居振る舞いはまるで駅前のティッシュ配りを見ているかのようだ。

 そう言えば、最近はティッシュ配りって見かけなくなったなあ。景気悪化とかコロナだとか、いろいろと原因はあるんだろうけど。

 大作がそんな阿呆なことを考えている間にも巫女は傍らにまで近付いてくる。だが、お園の顔を見た途端に凍り付いたように固まってしまった。


「お、お園様! お園様ではございませんか?」

「如何にも私はお園だけれど? それがどうかしたのかしら、お菊?」


 どうやら巫女はお菊という名前らしい。大作は心の中のメモ帳に少女の顔と名前を書き込んだ。


「お園様、此処は入国審査の行列にございます。然れど、お方々は関係者。しかもVIPにございます故、関係者入り口にご案内をば致します。ささ、此方へお出で下さいまし」

「そう、分かったわ。どうも有難う」

「時にお園様、お連れのお方は何方様にございましょう?」

「ああ、萌のことね。萌は萌よ。それ以上でもそれ以下でもないわ。そうそう! 此度、科学技術顧問を任せることになったんだったわね。私や大佐と同じ幹部要員ですから無礼の無きようにね。皆にも申し伝えて頂戴な」

「畏まりましてございます。萌様、お菊にございます。以後、お見知りおきのほどを」


 お菊は萌に向き直ると深々と頭を下げる。萌も鷹揚な態度で軽く頭を下げた。




 一同は並んでいる人たちから向けられる羨望の眼差しを軽く受け流しながら行列の横を素通りする。


「長い行列に並ばないで済むって嬉しいよなあ。ちなみに某巨大遊園地では障がいのある人が優先的にアトラクションを利用できるだろ? だから障がいのある人を雇って、それを介助するって名目で行列に並ばずに済ませるって裏技があるんだとさ。これを考えた奴って頭が良いよなあ」

「それって卑怯なんじゃないかしら? 何だかズルをしている様な気がするんだけれど?」

「そんなことはないんじゃね? 障がい者の自立支援に役立つからって称賛されてるのを見たことあるような、ないような。お金が欲しい人と時間が惜しい人がウィンウィンの関係を構築してるんだぞ。誰に迷惑を掛けてる訳じゃなし」

「そ、そうかしら? だって、その横では辛抱強く行列を待ってる人がいるのよ。何だか納得が行かないわ」

「時間を金で買ってるんだからしょうがないだろ。歩くよりもバスに乗った方が早く着く。タクシーに乗ればゆったりできる。遠くに行くんなら飛行機が一番早い。それの何処に問題があるって言うんだ? だったら金を払わずに歩く奴が偉いとでも言うつもりか?」

「ぐぬぬ……」


 完全に論破されたといった顔のお園が歯噛みして悔しがる。少し後ろを黙って歩いていた萌は覚めた目つきで様子を眺めていた。




 行列から離れて少しばかり歩いて行くと丸太がずらりと立ち並んだ塀が見えてきた。道の先には頑丈そうな門が設けられ、左右には鉄砲を携えた足軽風の若い男が直立不動の姿勢で立っている。

 何だかバッキンガム宮殿の衛兵みたいだなあ。大昔のマッキントッシュのキットカットのCMを思い出した大作は吹き出しそうになったが空気を読んで何とか我慢した。


 門には達筆すぎる草書で何やら文章が掲げられているらしい。だが、例によって大作にはミミズが這ったようにしか見えない。


「あれはねえ、大佐。『労働は自由への道』って書いてあるのよ」

「そ、そうなんだ…… 勉強になるなあ。オイラ、また一つ賢くなっちゃったよ」


 大作は照れ隠しに卑屈な愛想笑いを浮かべることしかできない。って言うか、いい加減に草書を読めるようにならんと阿呆だと思われちまうな。いや、もう思われてるかも知らんけど。


 お菊が軽く手を掲げると門を塞いでいた棒切が跳ね上がるように開く。ここはどうやら顔パスで通れるようだ。大作たちは門番の二人にペコペコと頭を下げて門を潜った。

 そこからさらに歩くこと暫し。不意にお菊が立ち止まって振り返ると宣言するように告げた。


「お待たせ致しました、お園様。此方へどうぞ」


 一同の目の前には見上げるように大きな小屋が立っていた。

 大きな瞳をキラキラと輝かせながらお園が鋭い突っ込みを入れてくる。


「ねえねえ、大佐。大きな小屋ってどういうことかしら? 大きいのか小さいのかはっきりして欲しいんだけれど」

「小屋にしては大きいってことなんじゃね? そんなん言い出したら切りが無いぞ。オ()ナミンCは小さな巨人ですとか言うだろ?」

「真にそんなのがいるのかしら?」


 口を尖らせたお園が心底から不服そうな顔で愚痴る。だが、本当にあるんだからしょうがない。大作は自信満々のドヤ顔を決めた。


「独活の大木ってのがあるくらいなんだ。だったら何だってありなんじゃね? 絵の無い絵本とか注文の多い料理店とかさ。とにもかくにも広い世界には俺たちの想像も付かない物で満ち溢れているんじゃよ」

「いるんじゃよって言われても知らんわよ! そんな物が本当にあるんなら証拠を見せて頂戴な!」

「論より証拠だ。こいつを見てみ。ドイツ軍のゴリアテって兵器だ。こんなにちっちゃいのにゴリアテって名前なんだぞ。絵の無い絵本はこっちだな。俺も読んだことは無いんだけれど本当に絵は無いらしいな。ちなみに大家(おおや)っていうのは家主って意味だけど、母屋(おもや)って意味もあるんだ。あと、大家(たいか)大家(たいけ)って読み方もあるしさ。そう言えば……」

「畏れながら申し上げます、お園様」


 不意に背後から掛けられた声に振り返れた遠慮がちに小首を傾げたお菊が立ち尽くしている。


「如何しましたか? お菊」

「お話も尽きぬ様にございますが、そろそろ入国手続きを執り行っても宜しゅうございましょうや?」

「あら、気付かなくて御免なさいね。それじゃあぱぱっと済ませちゃいましょうか。まずは大佐からどうぞ」

「そんじゃあトップバッターは俺からってことで宜しく頼むよ」


 お菊の案内に従って小屋へと入る。中は薄暗くて少しだけ煙たい。どうやら灯明を点しているらしい。

 いや、灯明とは違うな。ランプ的な何かのようだ。大作は近付いて観察する。


「炎の中に細い管を通して燃料や空気を熱しているみたいだな。これで燃焼温度を高くして燃焼効率や光量を上げようって魂胆なんだろう。いったい誰がこんな物を作ったんだ?」

「鍛冶屋の青左衛門殿が作りし物と聞き及んでおります」

「ふぅ~ん。あいつ、こんな物にまで手を出していたとはな。本業の方がお留守になってなきゃ良いんだけど。それにしても面白い構造だな。油はここから入れるのかな。どれどれ……」

「畏れながら大佐。入国手続きをお願い致します」


 再びお菊から催促が入る。先ほどとは違って少し語気が鋭いような、そうでもないような。

 だが、君子危うきに近寄らず。ここは大人しく従った方が無難だろう。大作は愛想笑いを浮かべるとペコペコと頭を下げた。


「ああ、めんごめんご。すんませんなあ。んで、俺はどうすれバインダー?」

「まずはパスポートを見せて下さりませ」

「パ、パスポートだと? なんじゃそりゃ? そんな物は持っていないんですけど? いや、家に帰ったら持って無いこともないんだけれど。でも、ちょっと取りに帰るわけにもいかないんで……」


 突然、訳の分からないことを言われた大作は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で慌てふためく。

 その余りにも哀れな慌てっぷりを見るに見かねたんだろうか。お園が助け舟を出してくれた。


「お菊、パスポートなんて私も持っていないわよ。そんな物、いつの間に作ったのかしら? 私たちが山ヶ野を出た一月前にはそんな物は無かった筈だわ?」

「さ、左様にございましたか。これはとんだご無礼をば致しました。平にご容赦のほどを。では、代わりに幾つか易き問いにお答えを頂けましょうや? 大佐のご母堂様の旧姓は何と申されまするか?」

「えっ、何だって? 俺の母方の旧姓? そんなことを聞いて何になるんだ?」

「畏れながらご本人確認の手続きにございます。お手数をお掛けして申し訳ございませんが何卒、ご協力のほどをお願い致しまする」

「そ、それならしょうがないなあ……」


 それから暫しの間、大作たちはお菊の質問攻めに遭った。


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