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巻ノ参百八拾七 違うんです!あなたとは の巻

 山ヶ野への帰路の途中、大作たちは虎居で青左衛門の鍛冶屋を訪れる。訪れたのだが…… 長話に捕まってしまった!

 いつ終わるとも知れぬ青左衛門からの質問に付き合っているうち、大作はすっかり草臥れ果ててしまう。

 その結果、一同は今日中に山ヶ野に帰ることを潔く諦める。夕闇迫る城下町、材木屋ハウス(虎居)を目指して歩く彼らの足取りは重い。




「ねえねえ、大佐。いま、材木屋ハウス(虎居)には何人くらい寝泊まりしているのかしら。急に私たちが行っても大事なければ良いんだけれど」

「さあ、どうなんだろうなあ。まあ、駄目なら駄目で青左衛門のところに戻って泊めてもらえば良いんじゃね? 万一、あそこが駄目でも日高様のお屋敷だってある。最悪でもテントを使えば何とかなるし。ケセラセラ、なんくるないさぁ~っ!」

「それはそうかも知れないけど。でも、夕餉はどうするつもりなの?」

「いくらなんでも四人と一匹の分くらいは何とでもなるさ。もし無くても今晩の米くらいなら手持ちがあるし」


 大作は肩越しに振り返ってバックパックに視線を向ける。

 答えに納得してくれたのだろうか。お園は満足げに頷くと満足気に頷いた。


「そう、それを聞いて安堵したわ」

「さて、ようやく材木屋ハウス(虎居)が見えてきたぞ。って、何だか随分と雰囲気が変わったみたいだな。本当にここが材木屋ハウス(虎居)なのかな?」

「間違いないわよ。何だったらGPSで調べてみたらどうかしら?」

「いやいや、この時代にGPSなんて使えませんから」


 そんな阿呆な軽口を叩きながら一行は材木屋ハウス(虎居)に近付いて行く。

 間近に寄って見れば段々と違いがはっきりとしてきた。どうやら以前、適当に修理した壁や屋根をすっかり作り直してしまったらしい。って言うか、二階を建て増ししたんだろうか。全体的に幅も奥行きも高さも二段階くらいレベルアップしているように見える。


「これじゃあ、まるっきり別物じゃんかよ。建蔽率とか容積率とかは大丈夫なのかなあ……」

「そんなこと、いま憂いたところで詮無きことよ。それよりも夕餉よ夕餉! 私、お腹が減って目が回りそうだわ!」

「どうどう、餅つけ。空腹は最高の調味料って……」


 ドヤ顔を浮かべた大作が決めゼリフを口にしようとした途端、材木屋ハウス(虎居)の引き戸が勢い良く開く。

 小屋の中からひょっこり現れた顔は見覚えがあるような、無いような……

 伊賀から呼んだくノ一の誰かだったような気がするんだけれど、顔と名前がさぱ~り一致しないんだからしょうがない。


「お帰りなさいまし、お園様! 永のお出掛け、さぞやお疲れにございましょう。ささ、早う中へ。夕餉の支度が整うておりますれば。美唯、菖蒲、大佐も早う」

「ただいま戻りました。牡丹も変わり無いようね。それで? 夕餉のメニューはいったい何なのかしら。じゅるるぅ~っ!」


 どうやらこのくノ一は牡丹だったらしい。大作は心の中のメモ帳に大慌てで似顔絵と名前を書き記す。


「だけども、牡丹。良くぞ私たちの夕餉の支度をしてくれていたわねえ。何で私たちが帰ってくるって知っていたのかしら?」

「その事なれば忍びやハンター協会の方々から伺いました。然れど……」

「然れど? 然れど何なのかしら?」

「川舟がお園様を虎居へお連れしたのは昼過ぎだったそうな。日が暮れてもお姿が見えませなんだ故、てっきり山ヶ野へ戻られたとばかり思うておりました。いったい何処へ参っておられたのでしょうや?」


 小首を傾げた牡丹はお園と大作の顔を交互に見詰める。これはどう答えるのが吉なんだろう。大作は一瞬、返答に詰まる。

 だが、お園の食欲はとっくに限界を突破していたらしい。聞く耳は持たんといった顔でピシャリと言い切った。


「好奇心は猫をも殺す。牡丹、世にも貴重な雄の三毛猫の小次郎の命を危険に晒す訳には行かないのよ。さあ、早う夕餉にして頂戴な」

「は、はい。お園様!」


 鬼気迫るお園の気迫に飲まれたのだろうか。引き攣った顔の牡丹が足早に駆けて行く。

 どうやら危機は去ったようだ。大作たちは得体の知れない具材の浮かんだ雑炊に舌鼓を打った。




 夕餉の後、麦焦がしを食べながら麦茶を飲む。自ずと話題は今回の長旅に関することが中心となった。


「して、お園様。安芸の国は如何にございました? 何ぞ楽し気な土産話でも聞かせては頂けませぬでしょうか?」

「あら、牡丹。貴女は安芸国へ行った事が無いのかしら?」


 優越感に満ちた薄ら笑いを浮かべたお園がさり気なくマウントを取ってきた。

 対する牡丹はほんの僅かに口元を引き攣らせながらも穏やかな口調で返す。


「恥ずかしながら伊賀から出たのは此度、筑紫島に参ったのが初めてにございます」

「ふぅ~ん、そうだったの。それはお気の毒さまね。私は甲斐の生まれだけれど、武蔵から伊豆、駿河、三河、尾張、伊勢、エトセトラエトセトラ…… それこそ五畿七道を大佐と一緒に巡ってきたのよ。ねえ、大佐。そうでしょう?」

「そ、それはそうだな。だけども、山高きが故に貴からず。多くの国を巡ったから偉いなんてことはないんじゃね?」

「そんなことないわ、大佐! 山は高ければ高いほど貴いし、多くの国を巡れば巡るほど人は尊くなるはずでしょう? とにもかくにも、牡丹。私は巫女頭領のお園よ! 貴女とは違うんです!」


 不敵な笑みを浮かべたお園が勢いよく顎をしゃくる。左右に座る美唯と菖蒲も真似をするかのようにシンクロした。

 だが、肝心の牡丹は発言の意図を測りかねている様子だ。何とも落ち着かない微妙な愛想笑いをしながら軽く小首をかしげるのみだ。

 こいつはフォローが必要かも知れんな。大作はポンと両手を打ち鳴らすと全員の注目を集めた。


「あのなあ、牡丹。今のお園の話はアレだな、アレ。福田総理大臣のモノマネなんだよ」

「ふくだそうりだいじん? にございますか? 其れは何方様にござりましょうや?」

「だ、誰だって言われてもなあ。福田総理は福田総理としか言いようがないじゃんかよ…… 確か第九十一代の内閣総理大臣だったっけかな? そうそう、史上初の親子二代総理だぞ。これって何気にすごいことなんじゃね?」


 ぶっちゃけ福田総理が何をやったかなんて詳しく知ってるはずがない。在職日数だって一年足らずだったような気がするし。

 そんな大作の心の声を敏感に読み取ったのだろうか。お園が話に割り込んできた。


「違うわよ、大佐。福田康夫総理の在職日数は三百六十五日よ」

「そ、そうなんだ。ぴったり一年だったのかよ。何だか凄い偶然じゃね?」

「またまた違うわよ、大佐。平成二十年は閏年だったでしょう? だから丸一年には一日だけ足りなかったのよ」

「ふ、ふぅ~ん。そうだったのか。それって何だか八十日間世界一周みたいな話だよな。とにもかくにも知ってても何の役にも立たなそうな話を教えてくれてありがとう。本当に感謝しているぞ、お園。んで、そろそろ話を戻しても良いかな? って言うか、俺たち何の話をしてたんだっけ?」

「何の話でも無いわよ。そんな事より夕餉よ、夕餉。私、あんまりお腹が減り過ぎてお腹と背中がくっ付いちゃいそうよ」


 お園は冗談とも本気とも取れないような微妙な表情を浮かべると材木屋ハウス(虎居)の中へと飛び込む。

 美唯、菖蒲、小次郎を抱えた大作も負けじと後に続いた。後に続いたのだが……


「って…… な、な、なんじゃこりゃぁ~っ! 何でお前がこんなところにいるんだよ?!」


 あまりにも予想外の光景を目にした大作は思わず素っ頓狂な奇声を上げてしまった。


「あのねえ…… 帰ってくるなり何を大騒ぎしてるのよ。いいから早くそこへ座りなさいな」

「いや、あの、その…… だから何でお前がここにいるんだ、萌? 二十世紀のポーランドへ帰ったんじゃないのかよ?」

「私に言われても知らんわよ! って言うか、小田原征伐はどんないったい風に終わったのかしら? こっちは気が付いたら1550年の秋葉原にいたのよ! こんな僻地に辿り着くまで私がどんだけ苦労したと思ってるの? あんたには想像も付かんでしょ?」


 怒りをあらわにした萌は激しい勢いで捲し立てる。

 これはもう駄目かも分からんな。だが、思わず大作が白旗を上げそうになった瞬間、お園が割り込んできた。


「どうどう、萌。餅つきなさいな。取り敢えず夕餉にしましょうよ。腹が減っては戦は出来ないわ」

「そ、それもそうよね。まあ、私は別に戦をしにきた訳じゃないからどうでも良いんだけれど」


 萌が拍子抜けするほどあっさりと鉾を納めた。そのあまりにも見事な引き際に大作は呆気に取られる。


「そんじゃあ暫しの間、戦のことは忘れて美味しい夕餉を頂くとしようか」

「そうね、暫しじゃなくて当分の間は忘れて良いんじゃないかしら」

「当分の間じゃなくてずぅ~っと忘れていても良いと思うわよ」

「って言うか、もう忘れちゃったわ」

「にゃあ! にゃあ!」


 夕餉のことで頭が一杯の大作たちは三歩も歩かないうちに戦のことなんて綺麗さっぱり忘れていた。


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