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巻ノ参百八拾四 食らわせろ!ヘッドバッドを の巻

 イエズス会のフランシスコ・ザビエル司祭、コメス・デ・トーレス神父、フアン・フェルナンデス修道士、通訳兼ガイドの弥次郎の仲良し四人組と意気投合した大作は彼らを入来院へと誘った。

 久見崎で川舟に乗り換えた彼らは川内川を遡る。入来院の平佐城を訪れた一同は運良く居合わせた入来院重朝(岩見守)に面会することができた。

 キリスト教の布教活動を認めてくれれば代わりに南蛮貿易による巨万の富や西洋の先端技術を得られるかも知れない。得られないかも知らんけど。

 ほんのちょっとでも常識という物を持ち合わせている人間ならそんな美味い話には裏があると疑いを持つのが普通だろう。

 だが、疑り深い大作とは人間としての器量が違うのだろうか。どうやら重朝は純粋無垢な子供の様に人を疑うということを知らないらしい。嘘で塗り固めた儲け話を真に受けて二つ返事で布教の許可を出してくれた。出してくれたような気がするのだが……




「分からん! さぱ~り分からんぞ! 夕餉の途中から後の記憶が全く持って重い打線のだ!」

「どうどう、大佐。餅ついて頂戴な。覚えていないって事はどうせ大したことが無かったってことなんじゃないのかしら? 知らんけど!」

「そ、そうなのかなあ? まあ、どうでも良いんだけど。でも、別れ際に確認した時にも布教の件は大船に乗ったつもりで任せろって言ってたような気がしないこともないな。案ずるより産むが易し。なんくるないさぁ~っ!」


 大作たちを乗せた川舟は虎居を目指して川内川を遡って行く。十人の忍びと四十人のハンター協会員たちも後続の川舟に別れて乗っている。乗っているはずだ。乗っていたら良いなあ。


 ちなみにザビエルたち外国人宣教師とは入来院で別れた。と言うか、放置してきた。

 連中、上手いこと布教活動できていたら良いなあ。

 まあ、あれだけ確りとお膳立てしてやったんだ。


『あれで布教できなければ貴様は無能だ!』


 大作はシャア少佐になったつもりで嘯くとザビエルたちのことを頭の中のシュレッダーに放り込んだ。


「ところで美唯。(アーデルハイド)小次郎のトイレはどうなってるんだ? ちゃんと川舟に乗る前に済ませておいたんだろうな?」

「そんなの美唯、知らんわよ! って言うか、大佐。何遍も何遍も言ったわよねえ。美唯の事を変な呼び方しないで頂戴って!」

「いやいや、アーデルハイド。これはザビエル司祭に授けて頂いたとっても有り難い洗礼名なんだぞ。それをすてるなんてとんでもない! 神様の罰が当たっても知らんぞ」

「美唯、そんなのちっとも怖くないわよ。だって南蛮の神様なんて知ったこっちゃないんですもの」


 暖簾に腕押しというか糠に釘というか…… こういう時の美唯は滅多矢鱈と打たれ強い。馬耳東風と言った顔で馬の耳に念仏を聞き流しているかのようだ。


「ねえねえ、大佐。そうやって念仏を聞き流していたら、その内に門前の小僧が習わぬ経を読んだりするんじゃないかしら?」

「うぅ~ん、そんなことってあるんじゃろか? なんだか睡眠学習みたいな胡散臭さがプンプン漂ってくるんだけど。実際のところアレって睡眠の質が悪くなるだけなんじゃね?」

「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね」


 そんな阿呆な遣り取りをしている間にも川舟は産卵前の鮭のように川内川を遡上して行く。

 山と山に挟まれて川幅が急に狭くなったかと思った途端、流れが直角に右へと曲がる。

 突如として視界が開けると左側に小さな集落が見えてきた。


「もうすぐ斧渕だな。東郷の連中に捕まると時間を盗られそうだ。今日のところはスルーするとしようか」

「する~するって何だか妙な響きよねえ」

「そうかなあ? 韻を踏んでるみたいで格好良いんじゃね?」

「いん? 美唯、そんな物は踏んでいないわよ?」

「にゃあ! にゃあ!」


 大作と美唯(アーデルハイド)は暫しの間、時の経つのも忘れてチグハグなじゃれ合いに興じる。興じていたのだが……

 鵜の目鷹の目で川内川を監視する東郷の早期警戒網を掻い潜ることなど出来ようはずもない。あっという間に発見されてしまった。


「大佐様! 大佐様ではござりますまいか? 何卒お城へお立ち寄り下さりませ。殿が首を長うしてお待ちしておりまする」


 素早く現れた二艘の小型警備艇に挟まれた大作たちの乗る川舟は逃げも隠れもできない。こうなってしまっては腹を括るのみだ。


「そ、そうなんですか。そんじゃあちょっくら寄らせて頂きましょうか」


 大作はキリンみたいに首が長くなった東郷重治(大和守)を想像して吹き出しそうになったが空気を読んで我慢する。

 それはそうと、鶴が岡城にまで忍びやハンター協会を連れて行くのは如何な物だろうか。重治をびっくりさせてやるのも面白そうだ。とは言え、あんまり迷惑を掛けるのもアレだなあ。

 散々に迷った末、大作は忍びとハンター協会には先に山ヶ野へ帰ってもらうことにした。


 船頭が巧みに竿を操って川岸にある桟橋のような所へ川舟を寄せる。陸から荒縄を携えた男が現れると素早く舟を固定する。ゆらゆらと揺れる川舟に粗末な板切れが渡され、大作たちは一人ずつ順番に川岸へと渡った。無論、レディーファーストなのは言うまでもない。


 三人の男たちの中から最も若そうな少年が一歩進み出ると軽く会釈した。


「お急ぎの所、お呼び立てして申し訳ございませぬ。然れども大佐様が此処を通りかかるのも随分と久方ぶりの事にございますな。殿も是非にとも会うておきたいと申されておりますれば」

「いやいや、こちらこそご無沙汰して申し訳次第もございませぬ。大和守様はお元気ですかな?」

「相も変わらずご健勝にあらせられますな。まあ、直に会うてご覧下さりませ。さあさあ、此方へ」


 そんな阿呆な話をしながら一同は城門へと続く険しい山道を登って行く。だが、大作はさっきから気になって気になってしょうがないことがあった。

 この小姓の名前はなんだっけかな? ナントカ丸の類だろうという所までは想像が付くんだけれど。お園に聞けば即答だろう。でも、それだと負けた気がするし。うぅ~ん、さぱ~り重い打線!

 こうなったら田中角栄に肖るしかないな。覚悟を決めた大作は伝家の宝刀を抜いた。


「時にお小姓殿。お名前はなんと申されましたかな?」

「おお、これは申し遅れました。某は夜叉丸と申します。以後、お見知りおきのほどを」


 さっきの軽い会釈とは違い、夜叉丸と名乗った若い小姓は深々と頭を下げた。釣られて大作も最敬礼を返す。

 お陰で危うくヘッドパッドを食らわされそうになったが髪一重の差でスウェーする。まあ、大作はスキンヘッドなんだけれども。


「あのねえ、大佐。ヘッドパッドじゃなくてヘッドバッドでしょう。Headbuttなんですもの。それから髪一重じゃなくて紙一重よ。ここ、試験に出るから間違えないで頂戴な」

「はいはい、分かってますよ。それよりも夜叉丸殿、もしかしてお初にお目に掛かるんでしょうか? 前にお邪魔した時にもお会いしたような気がしてならないんですけれども?」

「ああ、其れならば某の兄にございましょう。生憎と兄は只今、床に臥せっておりまして。代わりに某が殿の側仕えを務めさせて頂いております」

「そ、そうなんですか。だったら名前を思い出せなかったのもしょうがないことですな。だって、まだ教えてもらってなかったんだもの」


 大作は両の手のひらを肩の高さに掲げると大袈裟に首を竦めて見せた。この件はもうこれでお仕舞という宣言のつもりだ。

 だが、その切なる思いはこれっぽっちも二人には通じなかったらしい。お園と美唯は揃って悪戯っぽい笑顔を浮かべながら口々に囃し立てる。


「あら、大佐。それならば此方のお方の兄上様のお名前は覚えているんでしょうねえ? 覚えているんなら言えるはずよ。言ってみなさいな」

「お園様の言うとおりよ、大佐。まさか忘れちゃったんじゃあないでしょうねえ? ちなみに美唯は覚えていないんだけれど」

「お前もかよぉ~っ! いやいや、俺はちゃんと覚えているぞ。覚えてはいるんだけれど…… その時間と場所の約束まではしていないだろ? だから俺がその気になれば十年後、二十年後ということも可能だろうということ……」


 大作は半笑いを浮かべながら視線を逸らすことしかできなかった。


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