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巻ノ参百八拾 救え!要救助者を の巻

 肥前、壱岐でちょっとは名の知れた海賊衆の松浦党。その宗家、相神浦松浦氏をアポ無し訪問した大作は当主の松浦(ちかし)(丹後守)と直談判に及んだ。

 長時間の腹を割った話し合いの末、松浦親は有田源三郎という若者を入来院水軍へ人材派遣してくれることになった。

 後は無事に久見崎へと帰り着くことができればミッションコンプリートだぜ! 逸る気持ちを抑えつつ、大作と愉快な仲間たちを乗せた貨物船寧波(ニンポー)は東シナ海を意気揚々と南へ進んで行く。

 だが、何の前触れもなく突如として襲い掛かってきた暴風雨を避けるため、船は野母崎(のもざき)半島の先っぽに位置する横島へと退避する羽目になる。退避する羽目になったのだが……


「なっ、なんじゃこりゃあ~っ!」


 艫矢倉から外の様子を覗っていた大作は余りにも想定外の光景に思わず悲鳴を上げてしまった。


「いったい何があったのかしら、大佐。って、なんじゃこりゃあ~っ!」

「なになに? どうしたっていうのよ? 美唯にも見せて頂戴な。って、なんじゃこりゃあ~っ!」

「ニャンニャニャニャア~ッ!」


 釣られて顔を出したお園と美唯と小次郎も揃ってオーバーリアクション気味の反応を返してくれる。

 三人と一匹の視線の先にあったのは無惨にひしゃげた木造船の慣れの果てだった。大方、砂浜に退避しようとしてオーバーランしてしまい、岩場に乗り上げたうえに転覆してしまったのだろう。悲惨というか壮絶というか、惨憺たる状況としか言いようがない。


「あれってやっぱ船だよなあ? 俺たちの船と同じくらい大きな船だぞ。もしかして大勢の人が乗ってたのかなあ?」

「そりゃあ、それなにに乗っていたんじゃないかしら。だったらまだ生きておられる方がいらっしゃるかも知れないわね。お助けできるかどうか、取り敢えず行ってみましょうよ」

「そうだな、困った時はお互い様だ。放って置くのも寝覚めが悪いし、物は試しに行ってみるか。美唯と小次郎は留守番を頼むな」

「えぇ~っ! 美唯も行きたいわ! 行きたい、行きたい、行きたい~っ!」

「お前みたいなちびっ子を連れてっても足手纏いにしかならん。悪いことは言わん。大人しく待ってろ」


 大作は半ば強引に小次郎を抱っこさせると美唯を艫矢倉に押し戻す。恨めしそうな顔の美唯に向かってニヤリと笑いかけると引き戸をピシャリと締めた。

 お園に手を貸しながら梯子を伝って砂浜へ降りる。強風に晒され、激しい波しぶきを浴びながら難破船を目指して進む。


 災害現場では既に貨物船寧波(ニンポー)の船乗りたちによる救助作業が始まっていた。

 いやいや、良く見てみれば積荷を漁っているみたいだぞ。そう言えば、当時の習慣では難破船の積荷は第一発見者の獲物だったって聞いたことがある。

 アジアやアフリカなんかでは列車が脱線したり飛行機が落ちたりすると救助隊より先に駆け付けた火事場泥棒が金目の物を洗い浚い持ち去ってしまうんだそうな。

 そう言えば、事故を起こしたタンクローリーからガソリンを盗もうと殺到した周辺住民が丸焼けになっちまうという文字通りの火事場泥棒な事件があったっけ。


 と思いきや、船の残骸の向こう側では難破船の生存者らしき人たちが何人も固まっているのが目に入る。

 怪我人を介抱したり、歩けない者を背負って運んだり、寒さで震えている人に筵を被せたり、エトセトラエトセトラ……

 良かったぁ~っ! 船乗りたちが盗人集団でないことが分かった大作はほっと安堵の胸を撫で下ろす。


「大佐殿、漸く参られましたか。此方のお方は坊津から参られた久志源五郎丸殿にございます。平戸へ向かっておった所、此度の災難に巻き込まれたそうで」


 不意に掛けられた声に振り向くと船長(ふなおさ)が見知らぬ初老の男と並んで立っていた。


「おお、船長殿もこちらにおられましたか。久志殿、お初にお目に掛かります。拙僧は大佐と申します。此度はとんだ災難に遭われましたな。謹んでお見舞い申し上げます。怪我や体調不良の方はいらっしゃいませんか? 他にも何かお困りのことがあれば何なりとおっしゃって下さい。困った時はお互い様ですから」

「これはこれは有り難いお言葉を賜りまして報謝に堪えませぬ。幸いな事に大きな手傷を負うた者はおらぬ様でございます。願わくは儂らの船に乗っておった者を近くの港まで乗せてやっては頂けませぬか? 伏してお願い申し上げ奉りまする」

「それくらいのことならばお安いご用ですよ。まあ、取り敢えず彼方へどうぞ。何ぞ温かい物でも召し上がってお寛ぎ下さりませ。ささ、皆様方もこちらへどうぞ。お園、お手伝いが必要な方がおられたら手を貸して差し上げてくれ」


 言うが早いか大作は久志源五郎丸とやらの手を取って貨物船寧波(ニンポー)へと案内した。後ろには金魚の糞みたいに遭難者の列が細長く続く。

 這々の体で船へと戻ると艫矢倉の引き戸から美唯が顔だけ出してこちらの様子を覗っていた。


「おぉ~い、美唯! いま帰ったぞ! 悪いんだけど何でも良いから温かい物を人数分だけ作ってくれるかな?」

「何でもって何をよ? そういう風にはっきり言ってくれないと作る方は困っちゃうんだけど? って言うか、其処のお方たちはいったい何処の何方なのかしら?」

「ああ、此方は坊津から平戸へ向かう船に乗っておられた方々らしいな。袖振り合うも他生の縁。人道的検知からお助けすることになったんだ。宜しく頼むよ」

「そうじゃなくて、大佐。美唯が言ってるのはあの背丈の大きなお方の事よ。ほれ、彼処の妙な着物を着て変わった髷を結ってらっしゃるお方がおられるでしょう。もしかして、アレが前に大佐が言っていた南蛮人とかいうお方なのかしら?」


 南蛮人? ぞんな奴いたっけなあ? 大作は言われるままに美唯の指差す方へ顔を向ける。

 いたぁ~っ! どこからどう見ても南蛮人。って言うか、これってどこからどう見ても切支丹の伴天連じゃね?

 年の頃は四十歳から五十歳といったところだろうか。背が高くて痩せ過ぎた男の顔は頬がこけているように見える。

 子連れ狼の大五郎みたいに変テコなヘアースタイルは確かトンスラとかいう名前だったような。実物にお目にかかるのは始めてだけど、本当に面白い髪型だなあ。

 ぷぅ~くすくす。大作は自分のスキンヘッドを棚に上げ、男の髪型を心の中で嘲り笑う。だが、決して顔には出さない。


「あのなあ、美唯。人を指差したら失礼だぞ。それに『アレ』扱いも同じくらい失礼だし。せめて指差すんじゃなくて手のひらを向けるくらいにしておいた方が良いんじゃね?」

「はいはい、分かりました。今度からはそうするわね。そんなことよりアレ…… じゃなかった、あのお方は何方様なのよ? 教えて、教えて、速く教えて頂戴な。美唯、気になって気になってしょうがないわ」

「だったら…… だったら本人に直接聞いてみたら良いんじゃね? 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥っていうだろ。死ぬまで恥を晒したくないんなら聞くしかないじゃろ。Excuse me! May I have your name?」


 大作は一切の遠慮会釈なしに単刀直入に聞いてみる。聞いてみたのだが……


「……」


 謎の異邦人から返ってきたのは困惑というか当惑というか…… さぱ~り分からんという困り顔だった。

 こりゃあ駄目かも分からんなあ。大作は早くも諦めの境地に達する。

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。ドヤ顔を浮かべたお園が素早く一歩前へと進み出た。


(わらわ)はお園と申す巫女にございます。恐れ入りますがお名前を伺うても宜しゅうございましょうや?」


 その途端、謎の異邦人たちは顔をぱっと綻ばせた。短い沈黙の後、真ん中に立った最年長と思しき男が口を開く。


「私はフランシスコ・ザビエルと申します。デウス様の教えを伝えるため、遠路遥々とイスパニヤからやって参りました。あなたは神を信じますか?」


 謎の異邦人の話す日本語はちょっとばかりイントネーションが怪しい。だが、話の内容は十分に理解することができた。理解できたのだが……


「髪? 髪にございますか? 昔から髪は長ぁ~~ぃ友達って申しますよねえ。って言うか…… ザ、ザ、ザ、ザビエルですって?!」

「いやいや、ザザザザビエルではございませぬ。フランシスコ・ザビエルにございます。『フ・ラ・ン・シ・ス・コ! ザ・ビ・エ・ル!』ですから」


 男は一音一音をひときわはっきりと丁寧に区切りながら発音する。言い終わるとお園に負けず劣らずの勢いでドヤ顔を決めた。


「そ、そうだったんですか。貴方がかの有名なザビエル殿でしたか。御高名は常々伺っておりますぞ。薩摩では随分とご活躍だったそうですな。んで? 此度は平戸に参られるおつもりで?」

「左様にございます。薩摩では布教を認めて頂くこと叶わず、見切りを付けて参った次第にて。平戸ならば近頃はポルトガルの船も出入りしておるそうな。我ら異国人も然程は怪しまれずに済むかも知れぬと思いましてな」

「いやあ、それはどうでしょうかな? 今このタイミングで平戸へ参られるのは如何な物かと存じますぞ。風の噂を小耳に挟んだのですが平戸松浦と敵対しておる相神浦松浦が戦支度を始めたとの由。先年のリベンジマッチをせんがために数多の鉄砲を揃え、訓練教官まで雇って修練に明け暮れておるそうな」

「そ、そは真にございまするか?! 交易と絡めれば布教もやり易いと思うたのですが、ちと早まったかも知れませぬな」


 もともと貧相だったザビエルの顔が苦悩の色で一段と険しくなった。

 こんな風に小さなことでいちいちくよくよしているから来年には病気で死んじまうんだろう。もっとポジティブシンキングになれば道も開けてくるだろうになあ。

 大作は他人事ながら…… って言うか、他人事だからこそ無責任に首を突っ込みたくてしょうがない。


「悪いことは言いませんから平戸だけは止めておきなされ。要はザビエル殿は布教さえできれば場所はどこでも良いんですよねえ? だったら拙僧にお任せあれ。とっておきのカモ…… じゃなかった、何て言うんだろうな? 分かるか、お園?」

「naiveで良いんじゃないかしら。日本語でナイーブって言うと素直とか純真みたいにポジティブな意味でしょう? だけど英語だと物知らずとか騙されやすいっていうネガティブな意味で使われるみたいよ。それかgullibleとかpushoverでも良いかも知れんわね。知らんけど!」

「ふむふむ、んじゃ取り敢えずはナイーブってことで。とにもかくにもザビエル殿。布教のことならば拙僧にお任せあれ。絶対に損はさせませんから。大船に乗ったつもりでご安堵下さりませ」

「タイタニックや空母信濃くらいのね!」


 悪戯っぽい笑みを浮かべたお園が絶妙の間で合いの手を入れてくる。


 大作は『わけが分からないよ……』といった表情を浮かべたザビエルの手を強引に引っ張って貨物船『寧波(ニンポー)』へと連れ込んだ。


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