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巻ノ参拾八 謎の円盤UFO の巻

 昼前に船は室戸岬に差し掛かった。大作は勉強を中断して濡れては困る物をジップロックに仕舞う。


「もし船が沈んでも慌てるな。人間は浮かぶように出来てるんだ。お園とほのかは何でも良いから浮いてる物につかまって陸に向かって泳げ。メイは可能な限り金を陸に向かって運んでくれ。ただし無理はするな。目印の浮が繋いであるから後からでも回収できる。俺も荷物を運ばねばならんので皆を手伝うことは出来ない」

「大佐様。そのように心配されずとも大事ありませぬぞ。この辺りは通り慣れております。大船に乗った気でご安心下さいませ」


 大作の物騒な話が気になったのか船長が話に割って入る。いくら何でも失礼だっただろうか。船乗りの機嫌を損ねるのは不味い。


「申し訳ございません、船長。みな、船旅に慣れておりませぬゆえに恐ろしゅうて仕方無いのでございます。お許し下さいませ」


 大作は船の床に額を擦り付けるようにして平謝りする。お園も即座に、メイも一瞬遅れて土下座した。ほのかは初めて見る光景にどうして良いか分からずうろたえている。


「お顔をお上げくだされ、大佐様。そのような御心配をお掛けしたのは我らの未熟ゆえ。どうかお許し下され」


 何故だか分からんが船長が深々と頭を下げた。とりあえず許してもらえたようだ。今後はもう少し発言内容に気を配ろうと大作は反省する。


 岬の沖には岩礁がたくさん見えた。船はかなり大回りするようだ。座礁の危険は下がるのだろうが、もし難破したら陸まで数百メートルもあるぞ。

 潮の流れが激しくて船が大きく揺れるが船長は平然としている。この様子なら何も心配は無さそうだと大作は警戒レベルを引き下げた。

 だが、女性陣を見ると全員目が泳いでいる。脅かし過ぎてしまったようだ。何かフォローしないと。


 大作はお園とメイの手を取って強く握り締める。二人の汗ばんだ手が小さく震えているのが伝わって来た。

 特にメイの怖がりようはちょっとアレだ。大作はメイの目を真っ直ぐに見据えると精一杯のシリアスな声で言う。


「メイは死なせない、俺が守るぞ」


 メイの半分涙目の熱っぽい視線を受けて大作はドキっとする。だがそっちに気を取られてお園の表情が少し曇ったことに大作は気付かなかった。

 ほのかが仲間になりたそうにこちらを見ている。大作が軽くうなずくとお園とメイがほのかに手を差し出す。結果的に四人で手を繋いで輪になってしまった。


「ベントラー、ベントラー、スペースピープル、こちら地球のラピュタです。宇宙人、応答願います」


 大作が唐突に大声を出したのでお園、メイ、ほのかの三人が驚いて目を丸くしている。大作の平然とした態度を豪胆さの表れとでも解釈したのだろうか。三人の縋るような視線を感じて大作は少しだけ居心地が悪くなった。

『緊張を解すためのちょっとしたジョークだ。そんな目で見るなよ』と大作は心の中で呟く。


 岬の南端を回って北西に進路を変えるとすぐに船が安定した。最大の難所は無事に通過出来たようだ。三人の顔に安堵の色が広がる。

 メイが顔を引きつらせて震える声で言う。


「た、た、たいしたこと無かったわね」

「油断するなよ。安心した途端にピンチになるってのはホラー映画の定番だぞ」

「わっ!」


 お園がメイの背中を叩いて驚かす。メイは悲鳴も上げずに固まっていた。こいつ本当に忍者なのか。大作は少し心配になった。


「危機は去った。勉強を続けようか。小数の掛け算だったな」


 お園もジップロックからスマホを取り出して自習に戻ったようだ。大作が画面を覗くと『八時間で解る複素関数論入門』というタイトルが見えた。

 確かに高度な数学とは言ったけどそんな物を勉強して何の役に立つんだろう。解らないところがあっても俺に聞いたりしないで欲しい。


 まあ、今さら考えても仕方ない。大作たちは小数の勉強に戻った。




 日が傾くころ遠くに安芸の街並みが見えて来た。安芸川と矢の川に挟まれた小高い丘の上に安芸城が見えている。

 まあ、例によって天守なんて無い砦みたいな平山城なんだけど。


 この時代の安芸は安芸氏の支配下にある。土佐七雄の中でも安芸五千貫と称される土佐東部を代表する大国人らしい。

 大永六年(1526)に隣接する香宗我部氏を破って勢力を拡大。名家、土佐一条氏と姻戚関係になって全盛期だそうだ。

 残念ながら永禄十二年(1569)には長宗我部元親によって滅ぼされてしまうのだが。

 長宗我部に内通した者が毒物で井戸水を汚染するという汚い手を使ったんだとか。


 潮流の関係なのか予想外に時間が掛かったようだ。船は日没ギリギリになんとか安芸の少し西の方にある港に滑り込む。

 暗くなる前にお園が中心になって大急ぎで夕飯の支度をする。大作たち四人は船で食事をした。


「安芸は三菱財閥の創立者、岩崎弥太郎の出身地だぞ。阪神○イガースのキャンプ地もあるな」

「そう、よかったわね」


 お園が興味なさげな相槌を打つ。相変わらず話が膨らまない。

 大作は胸が締め付けられるような気持ちがした。昨晩、星空を見ながら楽しく語らったのは夢だったんだろうか。


「何だよ、ちょっとくらい反応してくれないと寂しいじゃないかよ」

「思ってることは何でも遠慮せずに話すって約束よ。よかったって思ったんだからしょうがないわ」


 倦怠期のカップルってこんな感じなんだろうか。面白い話題を振れない自分が悪いのは分かってる。

 でもどうしてお園は俺の気持ちを察してくれないんだろう。やり場の無い怒りが込み上げて思わず大作の語気が荒くなる。


「会話ってのは言葉のキャッチボールなんだぞ! 興味が無いなら無いなりに自分の思う方向に話を持って行けよ!」

「きゃっちぼ~る?」

「蹴鞠みたいな物だよ。『そう、よかったわね』だと話が終わっちゃうだろ。レ○じゃないんだからさ」


 言った瞬間に大作は気が付いた。もしかして、お園はエ○ァのネタを振ってくれてたのか?

 だとすると俺がネタを拾えてなかっただけ? うわぁ~ これは無茶苦茶恥ずかしいぞ。

 考えてみれば今までお園が気の無い返事をする時は『ふぅ~ん』だった。

 今日になって急にこのセリフを使いだしたのだ。大作の疑念が確信に変わる。


 あれは、お園なりに精一杯の気を使った返事だったんだ。

 ヤバい。これは謝らねば。大作は適当な言い訳を探して頭をフル回転させる。


 その時、メイが不意に大作に腕を絡ませて抱き付くと強引に話に割り込んできた。


「だったら私に教えてよ。大佐のお話はとっても面白いからもっともっと聞きたいわ。そうだ、今晩も一緒に寝ましょうよ」

「あんたは金の見張りがあるでしょ。大佐は私と寝るのよ」


 お園がメイを大作から引き離そうとするが万力のように固く組まれた腕はお園の力ではびくともしない。


「離しなさいよ。私と大佐は夫婦の契りを結んだのよ!」

「え~~~!」


 メイとほのかが同時に大声を上げる。船乗りたちも何事かと一斉に視線を向けて来た。


 勘弁してくれと大作は心の中で絶叫する。何が起こっているんだ。またしても宇宙人か未来人の仕業なのか?

 いやいや、何でもかんでも宇宙人や未来人の仕業にするのは現実逃避だ。もしかして昼間に怖がらせた過ぎたのが原因か?

 吊り橋効果で俺に好意を持ったと勘違いしてるのかも知れない。


 そうでなくとも伊賀からほとんど出たこと無かった女の子を四国くんだりまで連れて来て、泳げないって言ってるのに船が転覆したら自力で陸ままで泳げなんて無茶も良いところだ。

 心細い女の子の心理に付け込んだような気がして大作は少しだけ罪悪感を覚えた。


 女性キャラから好意を向けられて悪い気はしない。だがこのままでは九州を目前にしてチームが空中分解の危機だ。何とかコントロール下に置かなければ。大作はメイの気分を害さないよう最大限の注意を払いながら無難な着地点を模索する。


「メイ、腕を離してくれるか。拙僧は御仏にお仕えする身ゆえ女性(にょしょう)と肌を触れ合うことを禁じられておる」

「お昼に手を繋いだわよ」


 大作の適当な言い訳は一蹴された。一人用テントに美少女二人と一緒に寝た奴が何を言っても全く説得力が無いようだ。


「あれは宇宙人を呼ぶための緊急避難的な非常措置だ。って言うかこのままだと夕飯が食べられないだろ」

「だったら私が食べさせてあげるわよ」


 メイがにっこり微笑んでいるのと対照的に、お園が般若のような顔をして睨んでいる。大作は心底から震え上がった。

 だがまだ最悪の状況では無い。怒ってるうちは大丈夫だ。本当に危険なのは泣き出してからだ。

 大作がそう思った瞬間にお園の目尻に涙が浮かんだ。ヤバい! 大作は導火線に火が付いたような気がした。


 とにかく何でも良いから行動だ。座して死を待つより打って出ろ。

 大作は第三者的立場のほのかに目を付ける。奴なら中立のはずだ。


「ほのか、助けてくれ。このままでは津田様とのお約束が果たせない。お前の役目には俺の仕事を手伝うことも入ってるはずだぞ」

「私めも大佐様と二人だけで寝てみとうございます。一緒に旅をしているのに仲間外れは寂しゅうございます」


 何だよ! バスに乗り遅れるなってか? むしろ状況が悪化してるぞ。もうやけくそだ。どうにでもなれと大作は思った。


「分かった。今日から四人で仲良く寝よう。反論は受け付けん。文句のある奴は一人で寝ろ。メイ、腕を離せ」


 大作は有無を言わせぬ高圧的な口調で宣言して、不意を衝くように腕を振りほどく。

 あまりの豹変ぶりに三人が混乱している。その隙に大作は畳み掛けるように続けた。


「今日はほのかが右隣、お園が左隣、メイは俺と頭をくっ付けるように寝る。明日からは時計回りに位置を変える」

「とけいまわり?」

「右回りのことだ」


 大作は手をグルグル回しながら説明する。三人とも多少の不満はあるようだが現実的な落とし所だと納得したようだ。


「いいか、俺たちは友達ごっこをやってるんじゃないぞ。ラピュタ探索という国家の命運を賭けた重大な任務を遂行しているんだ。その覚悟と決意を真剣に認識して欲しい。お前たちがそんなんじゃ堺で頑張っている藤吉郎やサツキが草葉の陰で、じゃなかった、何だその、浮かばれんぞ!」


 大作は鬼教官になったつもりで必死に真面目な表情を作ると、お園、メイ、ほのかの目を順番に覗き込む。

 とはいえ、ただ押さえつけるだけでは駄目だ。上手に人をコントロールするには飴と鞭だ。


「今からする話は重要機密に属することなので本来なら筑紫島上陸まで伏せておく予定だった。だが諸君らの挺身に報いるため特別に話しておく。決して他言は無用だ」


 三人が興味を隠しきれないといった表情で大作を見つめる。


「天候次第だが早ければ三日後には筑紫島に着く。そこで一泊したあとは山道を三日も歩けば目的地だ。今話せるのはここまでだ。みんなたった二貫目の金に驚いてたがラピュタのお宝を見たら腰を抜かすぞ。期待しておけ」


 大作はこれで話は終わりだとばかりに食事に戻る。三人とも半信半疑といった表情だがおとなしく従ってくれた。


 危機的状況で結ばれたカップルは長続きしない。ヤン・デボン監督のスピードって映画で言ってた気がする。

 船旅さえ終われば三人とも正気に戻るはずだ。大作は何の根拠も無い希望的観測に必死に縋りつくしか無かった。


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