巻ノ参百七拾八 結べ!代理店契約を の巻
松浦半島の飯盛城に居を構える松浦氏の宗家、相神浦松浦氏。その御当主様にあらせられる松浦親(丹後守)の下を訪ねた大作と愉快な仲間たちは一宿一飯の恩義に授かった。授かったのだが……
受けた恩義は返さにゃならぬ。やられたらやり返す、倍返しだ! とまあそんなこんなで翌日の朝餉を食べ終わるのももどかしく、鉄砲のデモンストレーションを披露することと相成った。
一同は松浦親の小姓、鶴田多聞丸の後ろを金魚の糞みたいにくっ付いて歩いて行く。目指すは西の丸の端っこに設けられた特設射撃場だ。
「ねえねえ、大佐。いったいどこまで歩くのかしら」
「美唯、なんだか草臥れてきちゃったわ。悪いんだけど大佐、小次郎の抱っこを代わって頂戴な」
「いや、あの…… だったら何で猫なんて連れてきちゃったんだよ? 置いてくりゃ良かったのに」
「しょうがないでしょう、連れてきちゃったんだから! 今さら言うても詮無いことだわ。ここで放っぽり出すわけにも行かないでしょう? 生き物を飼うっていうのは最後まで面倒を見る覚悟が入用なのよ! 小次郎を飼うって決めた時に確っと約したはずよ!」
美唯の理路整然とした正論に大作はぐうの音も出ない。負うた子に教えられるとはこのことか。ここは一つユパ様みたいに素直に反省しようと…… って、違うがなぁ~っ!
「勝手に猫を買ってきたのは美唯じゃんかよ! お前はそれを棚に上げて何ちゅう言い草だ? 爪切りだって俺にやらせてばっかしじゃんかよ! お陰で俺は手を噛まれたり引っ掻かれたりで生傷が絶えないんだぞ」
「それはしょうがないわよ。美唯は大佐ほど手元が器用じゃないんだもの。猫の爪なんて切らせられないわ。あと、毛を梳いたりお風呂にいれたりするのもお願いね。美唯だってやりたいのは山々なんだけれど小次郎が嫌がるんだから仕方がないでしょう?」
「いやいや、世の中の大抵の猫は爪切りも風呂も嫌いみたいだぞ。まあ、お風呂が大好きな猫っていうのも物凄く稀に存在しているみたいだけれども」
「うぅ~ん。小次郎がそうじゃなかったのは口惜しい限りよねえ」
そんな阿呆な話をしながらも一同は二の丸への坂道を下って行く。よちよちと覚束ない足取りで歩くこと暫し。多聞丸は不意に立ち止まるとドヤ顔を浮かべながら振り返った。
「大佐様、仰せの通りに的を支度してございます。ささ、心ゆくまでご存分にお撃ち下さりませ」
小姓の視線の先にはこんもりと土を盛った土塁の手前に板切れた置かれている。大きさはB4横くらいだろうか。板切れに描かれているのはどうやらF的のつもりらしい。
「おお、これはこれは立派な的にござりまするな。流石は多聞丸殿。忝のうござりまする」
満足気な笑顔を浮かべた多聞丸が軽く頷く。大作は心の中で『礼には及びません。仕事ですから』とアフレコする。
言うまでもないがシン・ゴジラで國村隼さんが言ったセリフだ。だが、そんなことを知る由もない多聞丸にはこれっぽっちも通じていないらしい。
「ねえねえ、大佐。あれってF的でしょう? 確か寝そべっているお方を正面から見た様子だったわよねえ?」
「何で寝そべっているのかしら。美唯、その故が知りたいわ。教えて頂戴な、大佐」
「にゃあ! にゃあ!」
「お腹でも痛いんじゃないのかなあ? 知らんけど!」
マトモに相手をするのも阿呆らしい。大作は適当な返事で煙に巻く。
そんな大作たちを尻目に松浦親は少し離れた所で床几にどっかりと腰掛けている。wktkといった顔で固唾を飲んで待ちわびているようだ。
これ以上お待たせしては申し訳が立たないな。大作は忍びやハンター協会に向き直ると芝居がかった口調で呼びかけた。
「えぇ~っと…… それではハンター協会の皆さん。鉄砲を撃つ支度をして頂けますかな? って言うか、ここからの指揮は音羽殿。貴殿にお任せして宜しゅうございますかな?」
「わ、儂がか? 儂が『しき』とやらを致せば良いのか? いったい何をどうすれば良いのじゃ?」
「差配? 采配? 何かそんなのありますよねえ? とにもかくにも『閣下は必要な時、兵を動かして下されば良いのです』よ。ささ、分かったらさっさとお願いします。音羽殿とハンター協会の始めての共同作業です。みなさん、盛大な拍手を!」
言い終わるやいなや大作は激しく両手を叩きながら足早に後退りする。
後に残された音羽の城戸は唖然とした表情だ。だが、暫しの沈黙の後に諦観したような笑顔を浮かべるとハンター協会員に向き直った。
「では皆の衆、急ぎ支度を致せ!」
「へい!」
元気な返事とともに四十人のハンター協会員たちは素早く四人一組の班に分かれる。一瞬の後、手慣れた様子で横方向に展開した。
目にも止まらぬ速さで弾薬を装填する者。火縄に火を点けて火挟みに取り付ける者。銃座を掘る者。エトセトラエトセトラ……
みるみるうちに支度が整い、次々と報告が上がってくる。
「アルファチーム、射撃準備完了!」
「ブラボーチーム、射撃準備完了!」
「デルタチーム、射撃準備完了!」
待つこと暫し。全ての班から報告を受けた音羽の城戸は満足気に頷くと大声を張り上げた。
「撃ちぃ~方、始め!」
次の瞬間、十丁の鉄砲から激しい轟音が響き渡った。耳がキーンとなった大作は慌ててバックパックから耳栓を探す。
隣に目を見やればお園と美唯は予め耳に指を突っ込んで対策していたようだ。
可哀想なのは小次郎だろう。ギャアという身の毛もよだつような呻き声を上げると一目散にどこかへ走り去ってしまう。
迷子にならなきゃ良いんだけどなあ。大作は貴重な雄の三毛猫の後ろ姿を見送ることしかできなかった。
楽しい時間が過ぎ去るのは早いもの。大作がふと我に返るとあれだけ激しかった鉄砲の音はすっかり鳴り止んでいた。辺りには白煙が漂い、刺激的な硝煙の臭いが鼻を突く。
思わず顔を顰めながら視線をF的へと向けて見れば跡形もなく無惨に打ち砕かれた木片が散らばっているのみだ。
これはこれは、ご愁傷さまなことで。大作は思わず心の中で合掌した。
「いやいや、見事なりや大佐殿。入来院殿の鉄砲の力、確と目に致したぞ。然れども鉄砲とは斯様に素早く撃てる物じゃったとは露知らなんだぞ」
「早合と申しまして手際よく撃てる工夫を致しております。これは本当は営業秘密なんですけどね。ですけど他ならぬ相神浦松浦様のことですから、こっそりサービスで教えちゃいましょう。詳しいことは後で音羽殿に聞いて下さりませ」
「左様か。じゃが、この鉄砲さえ纏まった数を揃えること叶わば、平戸松浦などあっと言う間に叩いてみせようぞ!」
調子に乗った松浦親がどこぞのドズル中将みたいなことを言い出した。でも、それって死亡フラグなんじゃね? 大作は思わず吹き出しそうになったが空気を読んで必死に我慢する。
「して、大佐殿。此の鉄砲、如何ほどの数を集むる事が叶うのじゃ? 値は如何ほどじゃ? 此の所、手元不如意でなあ……」
「それでしたらご心配は無用ですよ。残価設定型プラン、残額据置き払いプラン、クレジットカード払い、リース、サブスク、エトセトラエトセトラ…… お客様のご都合に応じた様々な支払い方法をご選択頂けます。って言うか、最初に言いましたよね? これは手土産だって。その上でお願い申し上げます。もし丹後守様さえ宜しければ入来院水軍を指導して下さる助っ人外人的な立場の方を寄越して下されば大層と嬉しゅうございます」
「お、おう。其の事ならば案ずるな。有田! 有田源三郎はおらぬか?」
「此方に控えてござりまする!」
元気の良い返事のする方に目を見やれば小柄な若者が勢い良く立ち上がるところだった。年齢は三十代後半といったところだろうか。糞真面目な表情をした男は少し顔を俯かせたまま中腰で松浦親の前へと進み出る。
「お呼びに御座いましょうや?」
「急な話で済まぬがお主、此方におわす大佐殿と供に入来院へ行って参れ。彼方において水軍を束ねる合力を致すのじゃ。詳らかな事は大佐殿に尋ねよ」
「御意!」
若者は深々と頭を下げると威勢の良い返事を返してくる。だけども本当に意味が分かって言ってるんだろうか。
人に言われたことには黙って従う。そんな主体性の無い人物だったら嫌だなあ。大作は考えれば考えるほど不安になってしょうがない。
とは言え、助っ人外人ゲットだぜ! 遠い遠い松浦くんだりまで足を伸ばした甲斐があったというものだ。大作はほっと安堵の胸を撫で下ろす。
「有田源三郎殿と申されましたかな? 拙僧は大佐と申します。以後、お見知りおきのほどを」
「何卒、よしなに願い奉りまする」
一件落着。大作は忍びやハンター協会員の方に向き直ると帰り支度を始めるよう促す。
だが、まだ話し足りないといった顔の松浦親が後ろから話し掛けてきた。
「時に大佐殿。此の鉄砲は如何ほどの値が付くのじゃ? 儂は此の鉄砲が気に入ってしもうたぞ。数を揃えて平戸の奴らに目に物を見せてくれようぞ。なあ、大佐殿。幾らじゃ? この鉄砲は幾らなのじゃ?」
「えぇ~っと…… ただいま期間限定セールを行っておりまして一丁が銭四貫文、一回のご注文が百丁を超えますと銭三貫文と大変お買い得となっております。是非ともこの機会をお見逃しなく」
「百丁で銭三貫文と申さば…… 銭三百貫文じゃと! もうちと安うはならんのか? 儂と大佐殿の仲ではないか。なあなあ」
おっちゃんが目をウルウルさせながらグイグイと詰め寄ってくる。これってもしかしてさらなる値引きを要求されているのか? とは言え、これ以上の安売りは赤字になりそうだしなあ。大作は頭をフル回転させて無い知恵を絞る。絞ったのだが…… なぁ~んも思い付かん!
だが、捨てる神あれば拾う神あり。横からお園が助け舟を出してくれた。
「あのねえ、大佐。この状況で『捨てる神あれば拾う神あり』は言葉のチョイスが間違ってるんじゃないかしら?」
「気になるのはそこかよぉ~っ! そんなことはどうでも良いから何か良いアイディアは無いのかなあ? この場を切り抜ける起死回生の逆転サヨナラ満塁ホームランみたいな?」
「そうねえ…… だったら代理店契約して頂くっていうのはどうかしら? そうすれば仕切り価格でお売りすることが叶うでしょう?」
お園の口から飛び出した爆弾発言に大作は驚きを禁じえない。って言うか、早くもマトモに相手をするのが阿呆らしくなってくる。もうどうにでもなれぇ~っ! 大作はリミッターを解除した。
「ナイスアイディア、お園! 相神浦松浦様のお力をお借りできれば松浦四十八党への営業活動にも随分と弾みが付くこと間違いない。ただ、青左衛門殿に断りも入れずに代理店契約なんて結んで大丈夫なんじゃろか。後で怒られやせんかなあ?」
「どうしちゃったのよ。そんな事に気を病むだなんて大佐らしくもないわねえ。『やってみせ、言って聞かせてさせてみて、褒めてやらねば人は動かじ』よ。さあさあ、早く決めてしまいましょう。まずは直接販売権をどうするかね。それから競合品取扱を認めるか否か。そうそう、最低購入数量も決めなくちゃならないわよ」
「いやいや、その前に代理店契約にするのか業務委託契約にするのかを決めるのが先決だな。とにもかくにもこの場を撤収しましょう。みなさん、後片付けを宜しくお願いします。丹後守様、場所を移して契約の細部を詰めとう存じます。多聞丸殿、座敷を一つご用意頂けますかな?」
「御意!」
「フンッ! 馬鹿どもには丁度良い目眩ましだ……」
足早に走り去る小姓の背中を見送りながら大作は小さくため息をついた。




