巻ノ参百七拾七 手を組め!相神浦松浦と の巻
長い旅路の途中、大作と愉快な仲間たちは松浦半島の飯盛城を訪れていた。
この山城に居を構えているのは誰あろう、松浦氏の宗家、相神浦松浦の御当主様にあらせられる松浦親(丹後守)様だ。
御年は五十四歳。この時代の人間としては結構なお年を召しておられるはず。おられるはずだったのだが……
胡麻塩頭をした初老のおっちゃんは大作の手からタカラトミーのせんせいを引っ手繰るように奪い取ると無我夢中でお絵描きを楽しんでいた。
「うぅ~む、さても面妖な板切れじゃな! 和尚は斯様な品を何処で手に入れたのじゃ? もしや南蛮渡来の品ではあるまいな?」
「いいえ違います。タカラトミーは東京都葛飾区立石に本社を構える日本の代表的な玩具メーカーの一つですよ。JPX日経中小型株指数の構成銘柄の一つでもあるんですから。ちなみに、元々はタカラとトミーっていう別々の玩具メーカーが合併してできたんです。確か平成十八年(2006年)のことでしたかな?」
「ふむふむ、合併をば致したのじゃな」
「これは玩具業界に限った話じゃありませんけど二十世紀末から二十一世紀初頭ってバブル崩壊やら少子高齢化やらで凄っごく大変だったじゃないですか? なんせ業界最王手のバンダイすら大手ゲームメーカーのナムコと経営統合しちゃうくらいなんですもん」
「さ、左様であったか。儂にはちいとも分からんぞ……」
ようやくタカラトミーのせんせいから顔を上げた松浦親は分かったような分からんような顔をしている。いやいや、分かっているはずが無いんだけれど。
会話のペースを握るため、相手に理解できない話で煙に巻く。これが大作の得意とする基本戦術なんだからしょうがない。たとえ馬鹿の一つ覚えと笑われようが俺にはこれしか策が無いんだもん。
『道具箱にハンマーしか無ければネジ釘だって叩くしかない!』
大作は気合を入れ直すと話の軌道修正を図る。
「時に丹後守様。タカラとトミーやバンダイとナムコが手を結んだが如く、相神浦松浦様にも入来院と手を結んで頂くことは叶いませぬでしょうか? 伏してお願い申し上げまする」
「手を結ぶじゃと?」
「手を組む? 手を握る? 分かりませんかな? Cooperation? なんて言ったら良いのかな?」
「To work togetherで良いんじゃないのかしら?」
見るに見かねたお園が横から助け舟を出してくれる。だが、相も変わらず松浦親はさぱ~り分からんと言った顔で呆けている。
こりゃあ駄目かも分からんな。流石に時期尚早というか拙速に過ぎるというか。もうちょっと順序立てて話を進めた方が良いのかも知れん。
「話は変わりますが丹後守様。最前からお手にされておられる『タカラトミーのせんせい』ですが、発売したのは合併する前のトミーでした。1977年のことになります」
「ふむ、左様であったか。『とみい』とやらから買うたと申すか」
「ところがギッチョン! トミー以外からも似たような製品は発売されておったのです。たとえばアメリカにおいてはマグナドゥードルと申す名で売られております。アガツマからは『らくがきボード』とか『らくがき教室』という名で。そうそう他ならぬタカラからも『ダイヤルスケッチ ピカソくん』という名で売られておったのですぞ。然れども基本原理を開発したのは日本のパイロット万年筆だったのです。後のパイロットコーポレーションですな。1974年のことだったとか」
ここで大作は言葉を区切ると精一杯の真剣な表情で松浦親の顔を正面から見詰めた。
って言うか、ここから先の話をどう進めれば良いのかさぱ~り分からん。分かりたくも無い。面倒臭くてしょうがないから帰っても良いかなあ。何だか知らんけど足も痺れてきちゃったし。
うん、そうしよう。そうと決まればタカラトミーのせんせいだけは取り戻さねば。大作はそぉ~っと手を伸ばすと……
その時、歴史が働いた! じゃなかった、動いた!
「殿、茶の支度が整いましてございます」
「おお、多聞丸。左様か。待ちかねておったぞ」
大作は心の中で『待ちかねたぞ、小次郎』と絶叫する。
「にゃあ!」
美唯の膝の上で丸くなっていた雄の三毛猫の小次郎の鳴き声は『それは武蔵だよ!』と言っているかのようであった。
一同は今までいた部屋より一回り狭くて殺風景な座敷へと案内された。薄暗くて殺風景な部屋の奥にはミミズがのたくったような字が書いてある掛け軸が掛かっている。床に敷き詰められた畳は薄汚くて湿っぽく、どこからともなくカビ臭い匂いが漂ってくるかのようだ。
こんなところで茶を飲まされるだなんて勘弁して欲しいなあ。大作は本気で帰りたくなってきた。
だが、お暇する上手い口実が何一つとして思い付かない。ただただ、ひたすら状況に流されるのみだ。
どげんかして。どげんかして会話のペースを取り戻さねば。取り戻さねばならん!
ポク、ポク、ポク、チ~ン! 閃いた!
「あのねえ、大佐。今時の若いお方たちにはそれが一休さんネタだって通じていないんじゃないかしら?」
「いや、あの、その…… せっかく面白いアイディアを思いついたっていうのに話の腰を折らないでくれよ、お園」
「気にしないで良いわよ。続けて頂戴な、大佐」
「そ、そうは言ってもなあ。俺、何を閃いたんだか忘れちゃったじゃないかよ……」
ふと気が付けば眼前に茶碗が置かれ、濁った茶色の液体が湯気を立てていた。
これを…… こんな物を飲めってか? どこからどう見ても焙じ茶だよな? お茶って言うからてっきり抹茶だと思っていたんですけど。まさか煎茶ですらないとは。相神浦松浦の経営状態は思っていたよりも悪いのかも知れんな。
そんな大作の気持ちを知ってか知らずか、松浦親は熱いお茶をふうふうと冷ましながら口を開いた。
「時に和尚よ。確か大佐殿と申されたかな?」
「如何にも拙僧は大佐と号しております。それ以上でもそれ以下でもございませぬ」
「入来院殿よりの文、確と承った。承ったのじゃが…… 時節の挨拶だけで肝心の用件が何一つ書いておらだんだぞ。斯様に遠き所までいったい何用で参られたのじゃ?」
「そ、それは先ほどから何度も申し上げておりませなんだかな? 我が殿は相神浦松浦様と入来院が手を結ぶ…… To work together? 業務提携? アライアンス? 閃いた! 合力! そう、合力をお願い致しとうございまする」
「いやいや、じゃから最前から申しておろうが。いったい何が所望なのじゃ? 儂に何をせよと欲しておる?」
言語明瞭、意味不明瞭。大作は何だか竹下登元首相の国会答弁を聞いているような気がしてきた。
とは言え、ここさえ乗り切れば後は野となれ山となれだ。折れそうな心に活を入れて気を取り直す。
「時に丹後守様、平戸の松浦隆信は王直とか申す輩を使って明との密貿易を始めたと聞き及んでおります。これに相違はござりますまいか?」
「な、な、何じゃと!? 其は真か? おのれ隆信め、いよいよ明との商いにまで手を染めようとは。うぅ~む、如何してくれようか……」
「隆信は明だけでは飽き足らず、ルソンや安南からシャム。果てはマラッカにまで手を広めようとしておるそうな。このまま手をこまぬいて…… こまねいておればいずれ平戸は殷盛を極め、日本有数の国際貿易港に発展してしまうかもしれませぬぞ。それを有馬や龍造寺とて黙って見ておりはしますまい。今に何れかが他方を滅ぼすことになりましょう。丹後守様はそうなった折のことを考えておられますかな?」
「いや、あの、その…… もしも有馬殿の後ろ盾が無うなる様な事があらば一大事じゃが…… じゃが、左様な事を我らにどうする事が出来ようか? 知恵を巡らしても如何様にもなりはせぬぞ」
しょぼくれた爺さんの顔を見ているだけで大作のやる気ゲージがモリモリと下がる。
まあ、こんな調子だから相神浦松浦は十数年後に滅んじまうんだろうな。いやいや、滅んではいないか。確か徳川に再就職できたんで江戸で旗本になれたんだっけ。
閑話休題。もう話を纏めに掛かった方が良さそうなタイミングだ。大作は茶碗に残った焙じ茶を飲み干すと松浦親に向き直った。
「そこで相談です。入来院においては此度、水軍ビジネスを立ち上げることと相成りましてございます。つきましては松浦様から助っ人外人みたいな立場の人を賜りとう存じます」
「うぅ~む、水軍をのう…… じゃが其の話、松浦に何の利があるのじゃ? 我らに何の得があると申す」
「業務提携はギブアンドテイク。無論、それ相応のお礼は致します。取り敢えず此度は手付金代わりに鉄砲を四十丁ばかりご用意致しました。ご笑納ください」
「鉄砲じゃと? そう申さば、和尚の供が妙な形をした鉄砲を携えておったそうじゃが、其れを我らに寄越すと申すか? 然れども我らは鉄砲に不慣れでな。碌に扱えもせぬ物を貰うたところで……」
有難迷惑といった顔の松浦親は助けを求めるように隣に座った小姓の顔色を伺う。
だが、取り付く島もないとはこのことか。多聞丸は殻になった茶碗をひょいひょいと回収すると足早に立ち去ってしまった。
「ご安心をば召されませ。そのための業務提携です。そうだ! 交換将校ではありませぬが我らからも助っ人外人を出しましょう。音羽の城戸と申すお方でして、自称日の本一の凄腕スナイパー。鉄砲には一家言ござるそうですぞ。今度、酒でも飲ませて蘊蓄を聞いてやって下さりませ。というわけで宜しゅうございますかな?」
「お、おう…… そうじゃな。まあ、我らにしても悪い話ではなさそうじゃ。じゃが、あの珍妙な鉄砲が確と弾を放てる物かどうか。其れを検分せぬうちは合力を約する事は叶わぬぞ。そう心得よ」
「まあまあ、そうも連れないことを申されまするな。入来院より持って参った鉄砲の威力。確とご覧下さりませ。多聞丸殿、何ぞ的になりそうな物を見繕って頂けますかな? それと後ろが土手になっている広い原っぱが入用です」
部屋の隅っこに戻ってきていた多聞丸は分かったような分からんような顔をしている。
だが、言われたことには黙って従う。それが彼の処世術なんだろう。深々と頭を下げると全く感情の籠もっていない口調で返事を返してきた。
「其れならば二の丸が宜しゅうございましょう。支度して参りまする」
「んじゃあ、三十分後に二の丸に集合ということでお願いいたします」
「さ、さんじゅっぷんごじゃな。心得た!」
ドヤ顔を松浦親が頷く。だけども本当に意味が分かっているんだろうか。
『分っかるかなぁ~っ! 分っかんねぇ~だろぉ~なぁ~っ!』
大作も負けず劣らずといったドヤ顔を浮かべて廊下を歩く。
向かう先は十人の忍びと四十人のハンター協会員たちが待っているはずの部屋だ。
だが、意気揚々と歩いて行った大作の目に飛び込んできたのは……
「なんじゃこりゃぁ~っ!」
酒臭い息を吐きながら豪快な鼾をかいている五十人の男たちを前に大作は絶叫を上げた。
隣に立つお園と美唯もまるで汚い物でも見るかのように冷めきった目をしている。
「こ、これは一時間後に予定変更かな?」
「明日に延ばして貰った方が良さげじゃないかしら?」
「そ、そうかも知れんな。うん、その方が良さそうだ」
大作は小さくため息をつくと松浦親の座敷へ戻って行った。




