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巻ノ参百七拾六 髪は長い友達 の巻

 長い長い、本当に長い船旅の末に大作とお園と美唯と雄の三毛猫の小次郎たちは本来の目的地である相神浦へと無事に辿り着いた。

 未来では海上自衛隊佐世保基地や在日米海軍佐世保基地を擁する海上防衛の重要拠点である佐世保だが、この時代にはどこにでもあるような鄙びた小さな漁村にしかすぎない。

 そんなわけで貨物船『寧波(ニンポー)』は佐世保ではなく相神浦に停泊した。ここならば松浦氏の宗家、相神浦松浦が居を構える愛宕山の飯盛城に目と鼻の先だからだ。

 一同は目の前に聳える山と山の間を通って坂道を登って行く。もちろん十人の忍びやハンター協会員の四十人もお供に連れてきているのは言うまでもない。だって護衛がいないと何か会ったら怖いし。

 とは言え、何人かは留守番に残してきた方が良かったかも知れんな。反省するが後の祭りも良いところだ。


 そんな益体もないことを考えながら暫く進んで行くと谷間を通り過ぎる。急に視界が開け、眼前に数百メートル四方はありそうな原っぱが広がった。大半は荒れ地だが、所々に粗末な家屋も建っている。


「お城の入り口…… って言うか、城門はあっちみたいね、大佐」

「そうみたいだな。そうじゃないかも知らんけど」

「まあ、行ってみないことには分からんわね。そんなことより大佐。手土産はちゃんと持ってきているんでしょうねえ?」

「大丈夫だ。忘れていないから安心しろ。でも、それより大きな問題があるぞ。相神浦の殿様がアポ無しで会ってくれるかどうかだな」


 大作は両の手のひらを肩の高さで掲げると首を竦めて見せる。お園は禿同といった顔で頷くと小さなため息をついた。


「そうよねえ。こんな風に見えるから怪し気な格好をしていたら会えるものも会えないわよねえ」

「まあ、駄目なら駄目で他を当たろう。人を見かけで判断する奴に碌な奴はいないからな」


 忌々し気に顔を歪めた大作は吐き捨てるように呟く。

 だが、心配はどうやら杞憂に終わったようだ。入来院の殿様から貰った紹介状を見せると城門に立っていた二人の門番はそれなりに丁寧な対応をしてくれた。

 待つこと暫し、虎丸や千手丸の色違いバージョンみたいな小姓が姿を見せる。


「拙者は丹後守様(松浦(ちかし))の小姓、鶴田多聞丸と申します。以後、お見知り置きのほどを。此処からは某が案内をば仕りまする」

「忝のうございます。拙僧は大佐、此方の巫女はお園と申します。それと巫女見習いの美唯と雄の三毛猫の小次郎。後はその他大勢ですので覚えずとも結構にございます。って言うか、拙僧も良う覚えておりませぬ。あはははは……」


 挨拶もそこそこに、一同は多聞丸と名乗った小姓の後ろに金魚の糞みたいにくっ付いて歩く。

 空堀に掛かった土橋を渡ったり丸馬出やら食い違い虎口を通り抜ける。曲輪や土塁を縫うように通った狭っ苦しい坂道を延々と登る。やがて天守と呼ぶには余りに貧相な建物が見えてきた。

 小屋と呼ぶのは失礼だが、他に何と呼べば良いのか見当も付かない。だったら小屋で良いか。大作は勝手に悩んで勝手に納得した。


「お連れの方々は彼方へ参られませ。大佐様は此方へ」

「いや、あの、その…… お園と美唯と小次郎も一緒で宜しゅうございますかな?」

「ね、猫まで供に連れて参ると申されまるすか? 然てもやは……」

「小次郎は普通の猫とは違うんです。世にも奇妙な…… じゃなかった、世にも貴重な雄の三毛猫なんですよ。是非ともお願い致します。どうしても小次郎の目通りが叶わぬと申されるならば拙僧もこれにてお暇させて頂きとう存じます」

「……」


 多聞丸の困惑振りは見ている方が気の毒になってくるほどだ。だが、大作としてはここは一歩も引くつもりはない。

 何せこういうのは最初が肝心なのだ。まず始めに無茶な要求をして、徐々に妥協して行く。交渉事における基本中の基本だろう。

 と思いきや、多聞丸はあっさりと小次郎の同行を認めてくれた。恐らく彼にとってはどうでも良いことだったんだろう。


 薄暗い廊下を通り抜けて一旦外へ出る。別の建物の脇を通って裏手へと回って行く。案内されるままに進むと奉行所のお白州みたいな空間に出た。

 縁側みたいな板の間の向こうには板葺きの広い部屋があり、一番奥に一畳だけ敷かれた畳の上に何者かの姿が見える。

 きっとアレが松浦氏の宗家、相神浦松浦の御当主様にあらせられる松浦(ちかし)(丹後守)様なのだろう。


 多聞丸が振り返って口を開きかけた刹那、大作はその場にひれ伏した。

 良く分からんが判断に迷った時は下手に出て置いた方が何かと吉だろう。たぶんだけど。


「面を上げよ!」


 松浦親と思しき人物が野太くて低い声を唸るように発する。何だかドスの効いた声だなあ。大作は任侠映画の親分みたいな男を想像しながら顔を僅かに上げた。

 だが、肝心の姿は良く確認できない。距離が遠すぎるうえに、部屋の奥が薄暗くてシルエットくらいしか見えないのだ。


「丹後守様の御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じまする。拙僧は入来院様より使わされましたる大佐と申します。我が殿より書状を預かって参りました。お受け取り頂きとう存じまする」

「うむ。多聞丸、此れに」

「御意!」


 大作は折り畳んだ太陽電池パネルに挟んで置いた書状を取り出した。多聞丸は恭し気に受け取る。


「それとこれはオマケというか粗品というか…… つまらない物ですがお納め下さいませ。入来院の名物、石鹸にございます。無害ですが食べられません。ご注意下さりませ」

「せ、せっけん? にございますか」


 目を白黒させている多聞丸とは対象的に松浦親は石鹸には無関心のようだ。一心不乱に受け取った書状に目を通している。

 もしかしてちょっと老眼が強いのだろうか。腕を精一杯に伸ばして顔を顰めているような、いないような。

 だが、読めないわけではないようだ。暫しの沈黙の後、書状から目を話すと大作の方に向き直った。


「大佐と申したな。近う寄れ」

「ははあ……」


 大作は膝歩きで半歩ほど這い進む。


「もそっと近う寄れ」

「ははあ……」


 大作は膝歩きで更に半歩ほど這い進む。


「ええい、良いから座敷まで上がって参れ」

「お園と美唯と小次郎も一緒に上げて貰っても宜しゅうございますか?」

「良い良い、遠慮は無用じゃ。多聞丸、茶の支度を致せ」

「御意!」


 立ち去る多聞丸を尻目に大作とお園と小次郎を抱っこした美唯は板の間へと進み寄る。

 徐々に座敷の暗さに目が慣れてきた。それに連れて徐々に松浦親の姿が見えてくる。

 どうやら事前にWikipediaで調べた情報に間違いは無いらしい。五十代半ばという年齢にしては若く見えないこともない。だが、少し薄くなり始めた頭髪は白髪と黒髪が半々といったところだろうか。茶筅髷の出来損ないみたいなヘンテコなヘアースタイルが特徴的だ。

 大作の不躾な視線が気に障ったのだろうか。小首を傾げた松浦親が口を開いた。


「何じゃ? 儂の髷が心に懸かるのか?」

「いえいえ、拙僧の如き髪の無き者にとっては髪があるというだけで十分に珍しゅうございます。どうかお気を悪くなされますよう伏してお願い申し上げまする」

「ふぅ~ん、左様であるか」

「左様にございまする。(いにしえ)より申しますぞ。髪は長ぁ~い友達であると。聞いたことございませんかな?」


 大作はバックパックからタカラトミーのせんせいを取り出すと髪という字を長と友に分解して書き付けた。書き付けたのだが……

 文字を書くには元から書いてあった絵が邪魔だ。レバーをスライドして消さねばならない。


「さ、さても面妖な! 其の板は如何なる絡繰じゃ? 立ちどころにして書いた字が消え失せてしもうたぞ!」

「いや、あの、その…… 気になるのはそこでございますか? そんなことよりも髪っていう字は長いと友がくっついてできてるんですよ。凄いと思いませんか? 思うでしょ? ね? ね? ね?」

「うぅ~む、左様な物かのう? じゃが儂は其の白い板切れの方が余程に気になってしょうがないぞ。どれ、儂にも何ぞ書かせて進ぜよ! さあ、和尚。此れに持って参れ!」


 うぅ~ん、まいっちんぐ!(死語) 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さなかった。


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