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巻ノ参百七拾参 渡れ!手を繋いで の巻

 安芸高田からの帰路を急ぐ大作たちの船は関門海峡に差し掛かった。貨物船『寧波(ニンポー)』は水先案内人の後ろを金魚の糞みたいにくっついて進んで行く。


「アッ~! 見ろよ、お園。アレが『待たせたな武蔵!』で有名な巌流島だぞ」

「あのねえ、大佐。それを言うなら『待たせたな小次郎!』でしょうに」

「マジレス禁止! 分かっててわざとボケたんだよ」

「はいはい、お約束、お約束。だけども大佐。ちょっとボケのバリエーションが少な過ぎるんじゃないかしら。ここいらで一つ、新たな境地に挑戦してみるっていうのも悪くないと思うわよ。変化に対応できない物は滅びの道を歩むしかないっていうでしょう?」

「いやいや、俺は芸風を変えるつもりはないぞ。いまさら新しい芸にチャレンジするくらいならこのまま引退した方がマシだ」

「ふぅ~ん。まあ、一度しか無い人生よ。大佐の好きに生きるが良いわ。私は高見の見物と洒落こませて貰うわね」


 どうやらお園は大作の芸風になんて興味の欠片すら無いらしい。だったら初めからそんな話題を振るんじゃねえよ! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。ただ、下唇を強く噛み締めて感情を押し殺すのが精一杯の抵抗だ。


 二人がそんな阿呆な遣り取りをしている間にも貨物船『寧波(ニンポー)』は関門海峡をひたすら突き進んで行く。暫くすると右側から彦島が迫ってきた。


「船長! もし宜しければいま少しだけ彦島に近付いては頂けませぬか? あの辺りの土地を弟子持とかいうそうですが、沖合に『死の瀬』っていう中二病っぽい海域があるそうなんですよ。ネットに書いてあった話によると座礁したら生きては帰れないそれはそれは恐ろしい所なんだそうな」

「いやいやいや、生きて帰れねば困りますぞ! 何故に左様に恐ろし気な所に近付かねばならぬのでしょう?」

「な、何故と申されましてもなあ…… 『面白そうだから』じゃ理由になりませんかな? ちなみに豊臣秀吉の乗った船もここで座礁したそうですぞ。だけども、明石与次兵衛とかいう船頭の活躍で無事に脱出できたんだとか。にも関わらず与次兵衛は首を刎ねられて殺されちゃったんだそうな。本当に秀吉に関わると碌な目に遭いませんな。くわばらくわばら。とにもかくにも、その後この瀬は与次兵衛ヵ瀬と言われるようになったそうな。めでたしめでたし」

「いったい何なのよ、その理不尽なお話は? 秀吉に纏わるお話って本に碌な物がないわねえ」


 お園の顔が苦虫を噛み潰したように禍々しく歪む。隣に座った美唯や小次郎の表情も忌々し気だ。

 これは話題の方向転換を図った方が良さげだな。気を見るに敏。大作は持ち前の変わり身の早さで素早く脱線させた。


「安心して良いぞ。実を言うと死の瀬はもう残っていないんだ。航路整備の際に岩礁を削っちまったらしい。んで、話は変わるけど彦島出身の有名人を知ってるか? 山下真司や田村淳が彦島出身なんだぞ」

「ふ、ふぅ~ん。そうなんだ。私、いったいどういうリアクションをしたら良いのかさぱ~り分からないわ」

「笑えば良いと思うよ」

「あはははは……」

「うふふふふ……」

「にゃあ……」


 閑話休題。一同が一頻り大笑いをしていると先行していた水先案内人の小舟が速度を落として近付いてきた。


「もう直、彦島八幡宮が見えて参る。此処の沖合を通る折は半帆の礼をとるのが仕来りじゃ。お点前も帆を…… って、何じゃこりゃあ~っ!」


 真っ黒に日焼けした初老の水先案内人は細い目を真ん丸に見開いて驚愕している。どうやらバミューダ式の縦帆を目にするのは生まれて始めてらしい。

 とは言え、ここまで驚かんでも良さそうなものだ。大作は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。


「我々も何とかしたいのは山々なんですけど、残念ながら我らの船は縦帆なので半分だけ帆を下ろすなんて芸当は構造的に不可能なんですよ。とは言え、このままじゃあ失礼にあたりますよねえ。うぅ~ん…… 閃いた! 船長、メインセイルを閉じて下さいな。ジブセイルだけで進みましょう。これなら失礼には当たりませんよね? ね? ね? ね?」

「さ、さあ。どうじゃろうな。これぞ正に神様に聞いてみねば分かろう筈もあるまいて」


 これで駄目だと言われても代替案が無いんだからしょうがない。開き直った一同は運を天に任せて進む。進んだのだが……

 特に罰が当たることはなかった。って言うか、神様なんて本当にいるんだろうか。いたとして、帆を下ろさなかったくらいで目くじらを立てる物なんだろうか。謎は深まるばかりだ。


「ちなみに彦島八幡宮は別名、灘八幡とも呼ばれているらしいな。だから造船業や漁業に携わる人達から篤く信仰されているとか、いないとか。あと、ついでと言っちゃ何だけど安産の神様で有名な子安八幡でもあるんだぞ。お園、美唯。ご利益があるかも知れん。取り敢えず拝んどいたらどうだ?」

「そうね、大佐。私、早くやや子を授かりたいものだわ」

「美唯も! 美唯もよ!」

「あのなあ! 真っ昼間から不穏当なことを口走らんでくれるかな?」


 船長や水主は勿論、忍びやハンター協会員たちの視線を一身に浴びた大作は穴があったら埋めたい気分だった。




 彦島を通り過ぎると急に海峡の幅が広がり、もはや海峡といった感じではなくなった。この時代には北九州の広大な埋立地もまだ存在していない。お陰で余計に海が広々として見える。

 ただ、北側には六連島、馬島、藍島、エトセトラエトセトラ…… 大小さまざまな有象無象の小島が連なっている。

 風向きが北西からのやや強い風に変わった。またもや、水先案内人の小舟が速度を落として近付いてくる。


「我らの案内はここまでじゃ。風の強い響灘は瀬戸の海と違うて荒れておるぞ。気を緩めること無きよう、用心して参られよ。では、さらばじゃ」

「どうもどうも、ありがとうございました」


 返事を聞く間も惜しいのだろうか。水先案内人は反対側からやってきた別の船を目敏く見つけると一目散に追い掛けて行った。




 張り直された三角帆が北西からの強い風を受けて大きく孕む。水先案内人の言っていた通り、波が若干だが強まったようだ。大きなピッチの横揺れが船を襲う。船長は安全のため、航路を陸地伝いに取った。

 暫く進むと入り組んだ海岸線に沿って広い広い石畳が広がっているのが見えてくる。


「ねえねえ、大佐。あそこを見て頂戴な」

「アレがかの有名な千畳敷って奴だ。海食によって長い年月を掛けて作られた石畳だぞ。これだけ

バッチリ見えるってことは今は干潮なんだろう。運が良かったな」


 遠見ヶ鼻の見事な海岸段丘の先っぽを掠める。航空自衛隊芦屋基地の沖合を通って鐘ノ岬と地島の間を通り抜け、大島に向かう。

 日が西の空へ傾いてきたころ、船は大島の東側にある小さな漁村へと滑り込む。空いている所を見つけると乗り上げるように砂浜に停泊した。

 ここでも船長は近くの漁村に行って物々交換で食材を入手してきてくれた。




 食後の腹ごなしに大作、お園、美唯、小次郎は浜辺を散策する。


「あそこに見える御嶽山の天辺には中津宮の奥宮『御嶽神社』があるらしいぞ。すぐ近所に織姫彦星も社があるんだとさ。地元では七夕伝説発祥の地とも言われてるみたいだな。アレ? だけども七夕って中国から伝わってきたんじゃなかったっけ?」

「そんなことないわよ、大佐。古事記に多那婆多ってあったわよ。日本書紀にも多奈婆多って出てくるし」

「そ、そうなんだ…… まあ、それはそれとして宗像三女神の次女、多岐津姫命を祀る宗像大社『中津宮』に参っておこうよ。なにせ日本全土に七千余ある宗像神社、厳島神社、宗像三女神を祀る神社の総本山なんだもん。神功皇后が三韓征伐の折に航海の安全を祈願したっていうくらい歴史があるんだぞ。絶対にご利益があるさ。腐っても世界文化遺産なんだもん」

「腐ってなけりゃあ良いけどね」

「いやいや、腐ってない、腐ってない。腐ってませんから!」


 そんな阿呆なことを言いながら三人と一匹は仲良く歩いて行く。歩いて行ったのだが……


「迷ったんじゃね? 俺たち」

「そうみたいね。だって中津宮なんて何処にも見当たらないんですもの」

「それより、大佐。アレを見て、アレを! 海に向かって道が伸びているわよ」


 一同は揃って美唯の指差す方に目を見やる。薄暗くなりかけた浜から沖の岩場に向かって細長い陸地が伸びていた。

 長さは百メートルほぼ、幅は数メートルくらいだろうか。表面には湿った無数の小石がどこまでも果てしなく転がっている。


「これって陸繋島って奴だな。モンサンミッシェルみたいに潮が引いた時だけ現れるんだ。どれどれ…… 沖にある岩場は干洲(カンス)って言うみたいだな。なになに? 手を繋いで渡った二人は結ばれるっていう伝説があるんだと! へぇ! へぇ! へぇ!」

「なにそれ、ロマンチックな話ねえ! じゃあ、私たちも手を繋いで渡りましょうよ」

「いやいや、俺たちはとっくに結ばれてるんじゃね?」

「野暮な事は言いっこ無しよ、大佐。さあ、美唯。あんたも手を繋ぎなさいな。さあさあ!」

「にゃあ! にゃあ!」


 美唯はともかく、雄の三毛猫とまでは結ばれたくないんですけど。だが、大作の気持ちなぞ無関心とばかりにお園と美唯は大作の両の手を取った。さらに反対の手で小次郎を抱えるような形で手足を握る。

 一同はおっかなびっくりの足取りで干洲とやらを目指す。濡れた小石がゴロゴロ転がっている足場は歩き難いことこの上もない。

 転ばないことだけに神経を集中させながら歩くこと暫し。ようやく干洲に辿り着いたころには三人と一匹は疲れ果てていた。


 干洲の広さはどれくらいだろうか。広いといえば広いのだが、潮干狩りをする干潟みたいな状態なので満潮になれば殆どが海の底に沈んでしまうのだろう。

 ただ、中心にある数メートルほどの岩場には樹木が生えている。ここだけは海に沈む心配はなさそうだ。島に面する方には石で造られた小さな祠のような物も建っている。


「なあなあ、勢いでこんなところまで来ちまったけど、こんな小さな岩場に来て何の意味があるんだろうな?」

「手を繋いで渡ったら結ばれるんでしょう? そう言ったわよねえ、大佐?」

「いやいや、俺たちは端から夫婦じゃんかよ。美唯や小次郎だってファミリーの一員だしさ。それに、そんなん言い出したらサツキやメイ、ほのかが仲間外れみたいじゃんかよ」

「そ、それもそうよねえ。愛姉さまや舞姉さまにも悪いわ。これって今からでも無かった事にできないものかしら?」


 この期に及んで美唯の口からとんでもない爆弾発言が飛び出した。

 もう勘弁してくれよ。大作は頭を抱え込みたくなるのを我慢して苦笑いを浮かべる。


「え、えぇ~っ! 一旦は結ばれたのにそれをキャンセルする方法ってか? そんなのどこにも書いて無いんですけど…… 分からん、さぱ~り分からん! だけども手を繋がずに渡り直せばキャンセルされるかも知れんな。キャンセルされんかも知らんけど」

「まあ、駄目もとでやってみましょうよ。失敗しても今より悪い事にはならない筈よ。さあさあ…… って、何これ?」

「何これって…… えっ、えっ、えぇ~っ! さっき渡ってきた道が無いんですけど…… 普通は潮が満ちるのって何時間も掛かるものなんじゃないのかなあ?」


 大作は頭がどうにかなりそうだ。催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったような、味わっていないような。

 とんでもない状況に追い込まれた大作は頭を抱え込んで小さな唸り声を上げることしかできなかった。


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