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巻ノ参百七拾壱 探せ!貨物船寧波を の巻

 艱難辛苦の果て、漸く太田川の河原へと辿り着いた一行の眼前に突如として現れたのは川舟の護送船団だった。大作は持ち前の特殊な交渉術を思う存分に駆使して川舟への乗船権を獲得する。やっと一息つくことができた一同は肩の荷を降ろすと楽な姿勢で休息を取った。

 なにせ一晩中ほとんど歩き通しで僅かな休みしかとっていなかったのだ。足が棒みたいになってしまい、足の裏が痛くてしょうがない。もし扁平足とかになったら誰が責任を取ってくれるんだろう。考えていたら段々と腹が立ってきたんですけど?


「どうどう、大佐。気を平かにして頂戴な」

「いやいや、別に俺は至って平静だぞ。ただなあ…… もう、すっかり疲れてきちゃったんだよ」

「それは皆様方だって同じことよ。文句を言ったって始まらないわ」

「文句を言うことが解決に繋がらないからと言って文句を言っちゃいけないって理由にはならんだろ? だって不平不満を口にしているだけで気が紛れるんだもん。精神の安定を図るという観点から考えれば、こうやってガス抜きするのも大事なことなんじゃないのかなあ」

「そうかも知れんわね。そうじゃないかも知らんけど」


 大作たちは暫しの間、時が経つのも忘れて無駄話に興じる。だが、話が途切れるのを待っていたかのように船頭が割り込んできた。


「時にお坊様、出雲詣でと申されておられましたな。噂に名高い大社は如何なる物にございました? さぞや立派なお社にございましょうや? 土産話など聞かせては下さりませぬか?」

「いや、あの、その…… しょっとしたトラブル? アクシデント? 厄介ごとがございましてな。うちのツアーは途中で引き返してきちゃったんですよ。残念ながら」

「厄介ごとで引き返された? それは難儀な事にございましたな。いや、もしやその厄介ごととやらは毛利と井上の戦の事にございましょうや?」

「そうそう、それそれ! そのことにございますよ。なんかバタバタしてて関も閉じちゃってたみたいですね。んで、潔く諦めて引き返してきたわけなんですね。残念、残念。参っちゃいましたよ」


 思っていたよりも噂話の伝播速度は速かったようだ。夜通し歩き続けた自分たちが噂話に追い越されてしまうとは情けない。大作は穴があったら埋めたい気分に沈み込む。

 だが、船頭の顔は晴れやかそのものだ。得意気な笑みを浮かべると饒舌に話し始めた。


「儂が聞いた話じゃと毛利の殿様と御嫡男が身罷られたそうじゃぞ」

「毛利の殿様っていうと元就さんでしたっけ? 嫡男っていうと……」

「御嫡男は御嫡男じゃ。儂も詳らかな事は知らぬ。とにもかくにも安芸高田では毛利方も井上方も戦支度で大童じゃろうな」

「ほほぉ~ぅ! んで? 毛利と井上、どっちが勝ちそうですかね?」

「左様な事が儂ら如きに分かろう筈もなかろうが。まあ、何方が勝とうが結構じゃが、早う戦が終わって欲しいものじゃて」


 言いたいことだけ言うと船頭は不意に真顔に戻った。たった今まで楽しそうに話していたというのに。突如として関心を失ってしまったかのように舟を操るのに集中してしまう。

 何だかRPGのNPCみたいな奴だなあ。変な想像をした大作は急に吹き出しそうになってしまう。だが、空気を読んで必死に我慢した。




 地平線の果までも広がる平野の中を幅広で緩やかな流れの太田川がどこまでも続いている。丁度良い具合にゆらゆらと揺れる舟の乗り心地が大作の睡魔を誘う。


「悪いけど着くまで起こさないでもらえるかな? 死ぬほど疲れているんだ」

「それって真に死んでるんじゃないのかしら?」

「いやいや、ちゃんと生きてますから。それにしても本当に疲れちゃったなあ。パトラッシュ、僕はなんだか眠くなってきたよ……」

「だ~か~ら~~~! それを言ったら真に死んじゃうんですからね。まあ良いわ、大佐。あなたは人に褒められる立派な事をしたのよ。胸を張って良いわ。がんばってね。おやすみ!」


 おやすみの一言を言うためだけにこれだけの枕詞が必要になるとは大変だなあ。大作は関心するやら呆れるやら何とも言いようのない思いにとらわれる。だが、そのことについて深く考える間もなく、すぐに安らかな眠りへと誘われた。




「大佐! 起きて頂戴な、大佐! 大佐ったらあ!」

「お園様、美唯にまかせて頂戴な。って言うか、お園様。自分を信じないで! お園様を信じる美唯を信じて!」

「そ、そう? 言葉の意味は良く分からんけど何だか大層と覚えがあるようね。んじゃ、任せたわよ」

「美唯、やってみるわね。って言うか、やってみせ、言って聞かせてさせてみて、褒めてやらねば人は動かじってね。さあ、小次郎。やって頂戴な!」

「にゃあ!」

「うわぁ~っ! びっくりしたなあ、もう……」


 胸の上に感じた奇妙な重量感に驚いた大作は慌てて目を開く。そこに鎮座ましましていたのは誰あろう、雄の三毛猫の小次郎だった。


「なんだよ。せっかく良い夢を見ていたっていうのに。もしかして、もう着いちゃったのか?」

「着いたわよ、大佐。廿日市に」

「マジかよ……」


 大作は小次郎を抱っこしながらゆっくりと体を起こす。辺りはもう薄暗くなり始めていた。だが、遠くに見える山並みや果てしなく続く湿地帯、その向こうに霞んで見える黄金山、エトセトラエトセトラ……

 どうやらここが本当に廿日市で間違いないらしい。


「さあ、大佐。荷物を持って。小次郎は美唯が抱っこしててあげるから。よっこいしょういち(死語)」

「はいはい、今やろうと思ったのに言うんだもんなぁ~っ!」


 例に寄って例の如く、船頭さんに心ばかりのお礼を握らせて丁寧に別れを告げる。

 後は千手丸が待っている入来院水軍の誇る最新鋭軍船、貨物船『寧波(ニンポー)』の所へ帰るのみだ。帰るのみだったのだが…… 船の姿がどこにも見当たらないんですけどぉ~っ!

 大作は心の中で絶叫するが内心の焦りを決して顔には見せない。見せていないつもりだったのだが…… 周囲からは丸わかりだった。


「ねえ、大佐。何を怯えているの? まるで迷子のキツネリスみたいよ」

「美唯も! 美唯もそう思うわよ!」

「にゃあ! にゃあ!」


 猫にまで見破られてしまうとは情けない。認めたくないものだな。自分自身の若さ故の過ちという物は。

 大作は誰に言うとでもなく独り言ちる。いやいやいや、あかんがなぁ~っ!


「船が無いんだよ、俺たちが乗ってきた船が! あの懐かしい貨物船『寧波(ニンポー)』はどこへ行っちまったんだ?」

「そう言えばそうねえ。確かこの辺りに泊まっていたはずよ。だって、この景色には見覚えがあるんですもの」

「あんな大きな船が白昼忽然と消えちまうだなんてあり得んだろ? バミューダトライアングルじゃあるまいし」


 外洋ならともかく、港に停泊している船が行方不明だなんて聞いたこともないんですけど。超常現象だとしてもかなりのハイレベル案件だな。

 って言うか、そもそも事件なのか事故なのか。それすら見当も付かない。いずれにしろ解決の糸口すら見えないんですけど。

 これはもう駄目かも分からんな。大作は早くもこの件に見切りを付け始めていた。付け始めていたのだが……


「おお、大佐殿ではござりますまいか! 漸くお戻りになられましたな。随分とお待ち申し上げておりましたぞ」


 沈思黙考していた大作は背後への警戒が完全にお留守になっていた。お陰で不意に背後から掛けられた声に死ぬほど驚いて思わず悲鳴を上げてしまう。


「うっひゃぁ~っ! びっくりしたなぁ、もう……」

「あのねえ、大佐。驚いたのは私の方よ。急に大きな声を出さないで頂戴な。それはそうと、何方かと思えば千手丸殿ではございませぬか!」

「お園様も息災で何よりにございますな」


 男子三日会わざれば刮目して見よなどと言うが、数日振りに会ったチビっ子小姓は相も変わらずのちんちくりんの小僧だった。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。何者なのか分かってしまえば何も怖いことは無い。平静さを取り戻した大作は気になっていたことを問いかける。


「千手丸殿。船は…… 貨物船『寧波(ニンポー)』は何処へ参られたのでござりましょう?」

「にんぽお? ああ、あの船ならばほれ、彼処へ泊めてございます。此方は荷の積み降ろしを扱う場によって、ただ泊め置くだけならば彼処へ泊めよと港の者に申し付けられましてな」

「そ、そうだったんですか。黙って急にいなくなっちゃったんで死ぬほど心配しましたぞ」

「お身を案じておったのは此方でございますぞ。確か日毎に伝令を遣わすと申されておれらませなんだかな? 然れども出立された途端に梨の礫。探しに行こうにも何方へ参られたのやら皆目見当も付かず、途方に暮れておった所にございます」


 不服そうに口を尖らす千手丸の顔を見ているだけで大作のヤル気がモリモリ下がって行く。真面目に相手をするのが阿呆らしくなってきた大作は早くも強行突破を決意する。


「ご理解下さい、千手丸殿。状況が状況だったのです。ことは一刻を争います。直ちに船を出す支度を始めて下さりませ」

「い、今からですと? 間もなく夜も更けようとしておりますぞ」

「そ、そういえばそうですな。んじゃ、明朝に致しましょうか。取り敢えず腹が減っては戦はできぬ。夕餉を頂くと致しましょうか。Let's go together!」

「あらまあ、大佐。また戦をするつもりなのかしら?」

「マジレス禁止!」


 約一週間ぶりの再会を祝って一同はこの晩、夜遅くまでどんちゃん騒ぎをして過ごした。久々のご馳走を心行くまで満喫し、床に就くころには夜もすっかり更けていた。


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