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巻ノ参百七拾 決死の逃避行 の巻

 郡山城を後にした大作たち一行は月明かりを頼りに戸島川に沿った街道を南西へ進む。

 長見山城や塩屋城を通り過ぎ、暫く歩いて行くと戸島川が急に右へと折れ曲がった。どうやらその先は険しい山と山に挟まれた谷間へ続いているようだ。

 一同は川から離れて南へと延びる細道を通って廿日市を目指す

 歩くこと小一時間、東の空が白んでくるころ大作たちの眼前に今度は三條川が現れた。遠く東の方に霞む山の中腹に見えるのは日下津城らしい。

 あらかじめ示し合わせていたのだろうか。先行していた忍びやハンター協会員たちが車座になって待っていた。


「ねえねえ、大佐。取り敢えずここらで朝餉にしましょうよ。パズーもそうしろって!」

「ちょっと待てよ。パズーはそんなこと言ってないから」

「だって私、お腹が空いて空いてしょうがないんですもの。もう歩けないわ」

「僕はもう歩けません! ってか? まあ、それもそうだな。腹が減っては戦はできぬっていうしな」

「美唯たちは戦をしてきたばかりなんですけどね」


 悪戯っぽい笑みを浮かべた美唯が茶化すように口を挟んでくる。その仕草がよっぽど面白かったのだろうか。忍びやハンター協会員たちまでもがどっと笑った。

 これは一本取られたな。大作は素直な気持ちで頭を垂れる。


「いやはや、負うた子に教えられるとは正にこのことだな。とにもかくにも皆様方は人に褒められる立派なことをなさいました。胸を張って宜しゅうございますぞ。頑張ってね。おやすみ!」

「でしょ、でしょ? それはそうと鉄砲って大きな音がするわよねえ。私、耳が痛くなっちゃったわ」

「そりゃあ大変だったな。耳栓はちゃんとしておいた方が良いぞ。騒音性難聴になったら大変だからな。んで、肝心の戦の方はどんな塩梅だったんだ? 俺、寝ていたから何がどうなっているのやらさぱ~り分からんのですけど? もし良かったら状況を教えてもらっても良いかな?」

「じょ、状況? 状況ねえ……」


 途端に一同が静まり返り、雑炊を啜る音だけがその場を支配した。

 それっきり待てど暮せど口を開く者は誰一人としていなくなってしまう。沈黙に堪え兼ねた大作は思わず声を荒らげる。


「だ、誰か戦果を確認した奴はいないのかな? 戦っていうのは過程よりも結果が重要だと思うんだけど。何をやってどうなったのか把握している人がいないってどうなんだ?」

「はあく?」

「分からないのかって聞いてんだよ! 分からないなら分からないで別にかまわんよ。それともまさか、それすら分からんとかいわんよなあ?」

「……」


 またもや場を沈黙が支配する。熱々の雑炊にふうふうと息を吹き掛ける者。ずるずると大きな音を立てて啜る者。鍋からお代わりを椀に注ぐ者。みんな違ってみんないい! だが、誰一人として口を開く者はいない。


「あのなあ、みんな。誰か何とか言ってくれよ。何とか!」

「なんとか……」

「いや、あの、その…… せめて何があったのかだけでも教えてもらえんもんじゃろか? それともアレか? 戦があったなんていうのは夢だったとか? 実は全部が全部、嘘っぱちだったとか言わんよな?」

「そんなことないわよ、大佐。皆様方は一所懸命に鉄砲を撃ってらした筈よ。多分だけども……」


 見るに見かねたんだろうか。美唯が助け舟を出すかのように話に割って入る。

 だが、その口調はまるで他人事みたいに素っ気がなく、薄ら笑いを浮かべたすまし顔には『知らんけど!』と書いてあるかのようだ。

 これは駄目かも分からんな。早くも美唯に見切りを付けた大作は次なるターゲットを探して忍びの面々を見回す。

 音羽の城戸、君に決めた! 大作は心の中で絶叫すると目の前に座ったおっちゃんの顔色を伺う。


「音羽殿、どうなんですかな? どんな小さな手掛かりでも結構です。知っていることを洗いざらい話して下さりませ」

「そ、そうですなあ。某は大佐殿のお言い付け通りに四十丁の鉄砲を二組に分け、毛利と井上の城に向かって撃ち放ちましてございます。ただ……」

「ただ何でございますか? はっきり言って下さりませ、音羽殿」

「真っ暗で何も見えませんんだ」

「ズコォ~ッ!」


 盛大にズッコケた大作はもうちょっとで雑炊を溢しそうになったが危ういところで踏みとどまった。


「要するに撃つには撃ったけど結果は分からんってことですか? うぅ~ん、まあ良しとしましょうか。泥棒だって帰りは怖いそうですし。横綱を破った関取に帰りにちょっと大根を買ってこいなんて頼めないでしょう? そういうわけで、この件は一件落着。現時刻を持って本作戦の終了を宣言致します。皆様方、お疲れ様でした!」


 言い終わるや否や、大作は陽気な笑顔を浮かべながら両手を激しく打ち鳴らした。やや間があってお園がそれに続き、美唯も即座に真似をする。若干の時を置いて忍びたちが加わり、最後にはハンター協会員も渋々といった顔で手を叩く。

 こうして井上作戦(通称オレンジプラン)は経緯も結果も不明瞭なまま、なし崩し的に終わってしまった。




 朝餉を食べ終えた大作たちは川の水で手早く食器を洗う。ついでに顔を洗って歯も磨いた。


「この前、ネットで歯医者さんが書いてたのを読んだんだけども歯を磨くのは朝食の後の方が良いらしいな」

「えぇ~っ! 歯を磨いてから朝餉を食した方が良いんじゃないのかしら? どういうわけで朝餉を頂く前に歯を磨かなくちゃならないよの? 美唯、その故を知りたいわ」

「その記事によると朝起きてすぐだと口の中が乾いているから唾液が出にくいんだとさ。そうすると歯が丁寧に磨けないとか何とか。だからどうしても朝餉の前に歯を磨きたいんなら先にうがいとかして口の中を適度に湿らせたら良いんじゃね? 知らんけど!」

「ふ、ふぅ~ん。美唯、分かった! 次から歯を磨く折にはそうするわね」


 生乾きの食器を仕舞い込むと一同はまたもや小編成のチームに分かれて移動を再開した。

 三條川に沿って中郡(なかごおり)道を西へと歩く。左手に聳える高い山の中腹には田屋城が見える。

 暫く進むと谷に沿って川が南西方向へと流れを変えた。例に寄って例の如く谷間に狭い平野が延々と続く。

 道沿いには小さな神社や寂れた村があるばかりで見るべき物は何一つとして見当たらない。


「ねえねえ、大佐。どうやらお城のバーゲンセールは終わったみたいね」

「どうなんだろうな。こうやって安心させておいて後から纏めて出てくるかも知れんぞ。まあ、警戒はしておこう」

「にゃあ!」


 雄の三毛猫の小次郎もどうやら同意見らしい。

 暫く歩くと三條川が右へ大きく折れ曲がる。半里ほど進むと今度は左に向きを変えた。

 だが、景色は相変わらず寂しい限りだ。左右に聳える高い山脈に挟まれた狭い平野が延々と続くだけで殺風景なことこの上ない。


 太陽が真南に登るころ、河原で昼食をとった。メニューは朝餉の残り物だ。コッヘルに入れて置いた雑炊を手早く温め直して四人で分ける。

 小次郎には魚の干物を水でふやかして食べさせた。


「なあなあ、美唯さんよ。小次郎の爪がちょっと伸びてきてるんじゃね?」

「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね」


 とびっきりのドヤ顔を浮かべた美唯が顎をしゃくる。

 大佐は早くもマトモに相手をするのが阿呆らしくなってきた。


「いやいや、本当に伸びてるんだってばさ。ほら、ここを見てみろよ。こんなに鋭い爪で引っかかれたら怖いじゃんか」

「だからって、大佐。私、猫の爪切りなんて持ってきていないわよ。無い物は無いんだからしょうがないじゃない」

「しょうがないって言われてもなあ…… だったらそもそも何で猫なんて連れてきたんだよ?」

「……」


 美唯は椀に残った雑炊を飲み干すように一気に掻き込むとそれっきり黙り込んでしまった。




 食器を川の水で丁寧に洗うと一同は歩みを再開させる。険しい山に阻まれるように三條川は蛇行を繰り返す。さらに川を下るに従って川幅も徐々に増して行く。

 カーブの外側では山裾が直に川に接することが多くなってきた。そうなると道が無くなってしまうので都度、川の対岸に渡る必要がある。だが、既に川幅はかなり大きくなっているうえに水深も深い。


「こんな目に遭うんなら来た時に通った道を戻れば良かったわねえ」

「そうだな。次からはそうしよう」


 大作は禿同といった顔で力なく頷くことしかできない。

 そんな阿呆な話をしながら歩くこと数時間。漸く山並みが途切れると眼前に広々とした平野が現れた。

 先行していたグループも一旦合流した方が良いとでも思ったのだろうか。例に寄って例の如く車座になって待っている。


「見ろ! 古文書にあった通りだ! ここが玉座だ!」

「そう、良かったわね。地図で見るとこのまま進めば太田川に出られるはずよ。来る折に乗せて頂いた渡し船がいらっしゃるんじゃないかしら」

「うぅ~ん。それも悪くないけど、川を下る舟を見つけて乗せて貰うっていうのはどうじゃろな? 歩かずに海まで出られるぞ」

「そんなに都合良く事が運ぶものかしら」


 だが、お園の心配を他所にご都合主義の神様は大作に微笑んだ。太田川の東岸で待つこと暫し。上流からどんぶらこっこ、どんぶらこっこと川舟の集団がやってくる。

 まるでUボートの魚雷攻撃でも警戒しているかのように見事な護送船団だ。積荷は上流の山で切り倒された巨木らしい。


「すみませ~ん! 海まで乗せてって貰えませんか? お礼はたっぷりと致しますんで!」


 突然の声掛けにも関わらず川舟は速度を緩めると川岸へと寄せてくれた。だが、正体不明の集団を目の前にして若干の警戒心も抱いているような、いないような。


「な、何じゃ、お前さんらは? 坊さんに巫女さんに…… もしや巡礼か?」


 顔中が皺だらけの小柄な船頭が胡散臭そうな視線を向けてくる。髪も髭も真っ白なのでかなり年配のようだ。

 こういうタイプの人は取り敢えず煽ててみるか? 大作は満面の笑みを浮かべると揉み手をしながら努めて明るく話し掛けた。


「おお、鋭いですな。ご明察の通りにございます。拙僧どもは伊勢…… じゃなかった、紀伊? でもないな、出雲! そうそう、出雲詣での帰り道にございます。廿日市に船を待たせておりますので適当な所まで乗っけて頂けませぬか? 袖振り合うも他生の縁。こうやって善行を積んでおけば船頭殿にもきっとご利益のお裾分けがございますぞ」

「うぅ~…… 言葉の意味は良う分からんが、まあ良いじゃろう。皆も別れて乗るが良いぞ。おぉ~ぃ、皆の衆! 乗せてやんな!」

「へい、親方! おう、お前さん方。早うお乗んなされ!」


 そんなこんなで一同は川舟に乗る。乗ろうとしたのだが…… 浅瀬とは言え、川の中を歩いて舟に乗り込むのはかなりの難業だ。悪戦苦闘の末、どうにかこうにか乗船したころには着物がずぶ濡れになってしまった。


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