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巻ノ参百六拾九 逃げろ!安芸高田から の巻

 墓地の側に陣取った大作たちは息を潜めて日が暮れるのを待つ。ただただひたすら待つ。だって他にすることも無いんだもの。

 太陽が西の空に隠れてから数時間の後、安芸高田の郷に夜の帳が訪れた。

 周りから火が見えないよう慎重に注意しながら炊事をすると少し遅めの夕餉を頂く。


「見てみて、大佐。なんて綺麗なお星さまなんでしょうねえ。今宵は雲一つ無い青空だからとっても良く見えるわよ」

「そうだな。この時代には光害とかも無いから観測条件としては最高かも知れんなあ。まあ、虎居や山ヶ野だって同じことなんだけどさ」

「だけども筑紫島にいたころとはちょっとお星さまの見え方が違っているような気がしないでもないわね。もしかして経度が異なっているからなのかしら?」

「そ、それはどうじゃろな? たかが三百キロぽっち北に移動したからって目に見える変化なんてあるかなあ? ここ、安芸高田の北緯は…… 三十四度四十分くらいだな。虎居は三十一度五十四分くらいだぞ。ってことは差は……」

「二分四十六秒ね。だとすると地球一周の百三十分の一くらい北に行ったことになるわね。そうだ、閃いた! ここ安芸高田と虎居が南北にどれほど隔たっているか調べてみるのはどうかしら? それから各々で北極星の角度を調べてやれば地球一周がどれほどの長さなのか詳らかに測れるはずよ!」


 長ゼリフを一息に言い切ったお園はドヤ顔を浮かべながら胸を張る。隣で雑炊を啜っていた美唯も慌てて顔をあげると顎をしゃくった。


「いや、あの、その…… まさかとは思うけど俺たちが船に乗って来たのを忘れていないよな? 海の上だと正確な距離を測るのはとっても難しいと思うんだけどなあ。それともアレか? 帰りは北九州から陸路で帰ろうとか言わんよな? だけども九州って山だらけだから物凄い手間が掛かりそうなんだけれどなあ……」

「うぅ~ん。何とも口惜しい限りよねえ。地球の大きさを詳らかにする極めたる便宜(びんぎ)だと思ったのに……」


 言葉の意味は良く分からんがお園の小さな体からは悔しそうな感情が迸るように吹き出している。

 この気持を無碍にすることはできんなあ。どげんかせんと。どげんかせんといかん。大作は頭をフル回転させて無い知恵を振り絞る。振り絞ったのだが……

 所詮は無い物ねだりという奴だろうか。乾いた雑巾をいくら絞っても水は出てこない。それと同じように大作の灰色の脳細胞からは何一つとしてマトモなアイディアが湧いてこなかった。


「諦メロン、お園。そんなことより毛利vs井上の因縁の対決? 今はアレをどうすれば良いか決めるのが先決だろ? な? な? な? だけどもこのままズルズルやってるといつまで経っても結論が出なさそうなんだもん」

「あのねえ、大佐。それがもうちょっとで決まりそうだって時に夕餉を先に済ませようって言い出したのは誰だったのかしら? まさか忘れたとは言わせないわよ」

「えっ? えぇ~っ?! 俺、そんなこと言ったっけ? 本気で覚えていないんですけど……」

「言ってないわよ。だって、お腹が空いたから先に食べましょうって言ったのは私なんだもの」

「ズコォ~ッ!」


 思いっ切り盛大なリアクションで大作はズッコケた。お園と美唯は手を叩いてじゃれ合い、小次郎も興奮気味に跳ね回る。周囲を取り囲むように座っている忍びやハンター協会員たちも思わず顔を綻ばせた。

 そのざわめきが消え去るまで暫しの間、大作は沈黙する。沈黙したのだが……

 いつまで待っても収まらないざわめきに痺れを切らせると両の手をパンパンと叩いて静粛を即した。


「えぇ~っと…… 先を続けさせてもらっても良いかな? 良い? んじゃ、俺の考えを発表させてもらうぞ。耳をかっぽじって良く聞いてくれるかな? ドゥルルルル、ジャン! 我々は今すぐにも奇襲攻撃を敢行する!」

「な、なんですってぇ~っ! 今すぐに? こんなに夜も更けてから城を攻めようって言うの? それもこんなに少ない手勢で? わけが分からないわよ……」

「いやいや、別に俺たちはもう利を攻め滅ぼそうっていうんじゃないんだぞ。連中が油断しきってるところにガツンと一発食らわせて目を覚まさせてやるだけなんだ。ポイントは毛利だけじゃなくて井上も同じタイミングで攻撃するってことだ。所謂『二点同時の加重攻撃』って奴だな」


 大作はスマホに表示させた地図上の二ヶ所を勿体振った手付きで交互に指し示す。

 一つは郡山城。もう一つは井上元兼の屋敷。井上氏が攻め滅ぼされたという因縁の場所だ。

 暫しの間、画面を覗き込んでいたお園は勢い良く顔を上げると表情を綻ばせた。


「それって例えるならばエヴァの初号機と弐号機みたいにってことかしら?」

「そうそう、それそれ! 瞬間、心重ねるんだよ」

「うわぁ~っ! それは心ときめく話よねえ。やりましょう、やりましょう! 今すぐやりましょうよ。ね! ね! 早く! 早く!」

「ちょ、おま…… その前に作戦を説明させてくれるかなぁ~っ? いいともぉ~っ! いや、ちょっと待って……」


 何がいったい彼女の琴線に触れたというのだろうか。グイグイとお園に詰め寄られた大作はひたすら防戦に徹することしかできなかった。




 善は急げというか鉄は熱いうちに打てというか…… とにもかくにも毛利&井上に対する奇襲攻撃プラン、通称オレンジプランを決行することになった。

 作戦開始時刻は草木も眠る丑三つ時。夜更しは美容に悪いということで一同はあらかじめ仮眠をとっておくことにする。


「食べてすぐに寝ると牛になるっていうのは空言だったわよねえ。確か右を下にして寝るのが良いんだったかしら?」

「そうだな。胃の出口が右側にあるからだとか何とか」

「みんなで右を向いて寝たら美唯には大佐の背中しか見えないわ。だからと言って、そっちに回って寝てもテントの壁しか見えないし」

「まあ、左を下にして寝たからといって別に死ぬわけじゃないしな。そうだ! 俺が真ん中になって上を向いて寝てやろう。んで、美唯はこっち側で左を下にして寝たらどうじゃろうな?」

「美唯、分かった!」


 丑三つ時というのは午前二時から午前二時三十分の間のことだ。大作はスマホのアラームを午前二時にセットするとやすらかな眠りに就いた。就いたのだが……


「大佐、大佐! 起きて頂戴な! 大佐ったら!」

「むにゃむにゃ、あと五分……」

「もぉ~う! どうして大佐の寝起きはこんなに悪いのかしら。ハイジの馬鹿! もう知らない!」

「いやいや、それを言うなら『クララの馬鹿』じゃろ。って、いま何時だ?! うわぁ~っ、寝過したぁ~っ!」


 またもや同じ失敗を繰り返してしまうとは情けない。っていうか、これはもう寝起きが悪いとかいうレベルじゃないな。むしろ短所とは捉えず、寝付きが良いという長所だと考えた方がポジティブなんじゃなかろうか。

 よし、決めた! これからは周りがどんなに騒がしくてもぐっすり眠れるっていうのを売りにして行こう。そうと決まれば話は早い……


「大佐! ぐずぐずしてると置いてっちゃうわよ!」

「しょうがないわねえ。小次郎は美唯が抱っこしてあげるわ。さあ、早くテントを畳んで頂戴な」

「にゃあ! にゃあ!」


 お園、美唯、小次郎にまで責め立てられた大作は大急ぎで荷物を纏めると小走りで後を追い掛けた。




 月明かりを頼りに暗い夜道を進んで行く。いったいどこへ向かっているんだろう。わけが分からないよ……

 二人の姿を見失わないように。それだけを意識して懸命に置い続けること暫し。江の川と思しき河原へと辿り着いた。


「大佐様、此方にございます。お急ぎ召されませ」


 声のする方へLEDライトを向けてみると一艘の小舟が目に入った。それほど大きくもない舟の上には十名ばかりの人影が群がっている。


「その声は音羽殿にござりましょうや?」

「いや、儂は此処じゃぞ。今の声は『はんたあきょうかい』の与平殿じゃ」

「そ、そうなんですか。こりゃまった失礼いたしやした。よっこいしょういち!(死語)」


 大作は平成や令和に生まれた人には絶対に通じないような掛け声とともに舟べりを一息に乗り越える。舟が大きく揺れたせいで一瞬、川に落ちそうになったが何とかその場に踏み止まった。


「船頭殿。皆、乗り終えましてございます。舟を出して下さりませ」

「心得ましてございます」


 暗くて良く見えないが声の感じからして若そうな男が元気良く返事をする。一瞬の後、舟は小さく揺らぐと川面を進み始めた。ここは定番のボケをかます場面じゃなかろうか。


「はやいはやい! サラマンダーよりずっとはやいな!」

「そうねえ。サラマンダーよりずっと速いわね」

「美唯も! 美唯もそう思うわよ!」

「にゃあ! にゃあ!」


 阿吽の呼吸で二人と一匹が鋭い突っ込みを返してくれた。

 気を良くした大作はさっきから気になってしょうがなかったことを聞いてみる。


「はいはい。お約束、お約束。ところで教えてもらっても良いかな。毛利と井上の方はどうなったんだ? 上首尾に行ったのかな?」

「も、毛利と井上? それはその…… 音羽様、如何に相成りましたでしょうか?」

「いや、その、あの…… 其の事なれば、うぅ~ん……」

「にゃ、にゃあ……」


 お園、美唯、音羽の城戸は無論、雄の三毛猫の小次郎までもが沈痛な面持ちで項垂れる。

 これはもう駄目かも分からんな。そうじゃないかも知らんけど。

 何とはなしに空気を察した大作は考えるのを止めた。




 曲がりくねった江の川を下ること小一時間。ようやく待ちに待った戸島川との合流ポイントが見えてくる。

 大作は船頭に頼んで舟を川岸へ寄せてもらった。丁寧に礼を言って礼金を弾む。もう二度と会うことも無いのだろうが袖振り合うも他生の縁。お礼とお辞儀はタダなのだ。使わんと勿体ない。


「大佐。正しくは『多生の縁』よ。多生っていうのは仏教用語で多くの生を経ることなんですもの」

「いやいや、知っててわざと間違えたんだよ」

「はいはい、分かってるわよ」

「はいは一回!」


 そんな阿呆なやり取りをしながらも一同は小規模な部隊に分かれると順次、戸島川に沿って延びる街道を南西へと歩き出す。

 戸島川の水量は江の川とは比べ物にならないほど少ないので水運には使えそうもない。

 だが、未来にはJR芸備線が通るくらいには開けた土地が続いているので陸路それ自体は歩き易い方だろうか。

 少なくとも往路で使った道なんかよりはこっちの方がよっぽどマシかも知れないくらいだ。


「こんなことなら来る時にもこっちを通れば良かったかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど」

「そうね。次からはそうすれば良いんじゃないかしら」

「まあ、次があるとは思えんけどな」

「にゃあ! にゃあ!」


 戸島川に沿って二キロほど下る。対岸の小高い丘の上に城と呼ぶには控えめ過ぎる平山城が見えてきた。地図を信じるならば長見山城とかいう城らしい。

 更に二キロほど行くと今度は険しい山の中ほどに幾つもの曲輪を備えた本格的な山城が姿を現す。どうやらアレが塩屋城なんだろうか。


 この辺りには郡山城で発生した異変の情報は伝わっていないのだろうか。あるいは知っていても我関せずを貫いているのだろうか。どの城も普段通りの平常運転といった面持ちをしている。

 それとも、もしかして軍事施設たる城においては常在戦場。戦時体制こそが日常だったりするんだろうか。

 分からん! さぱ~り分からん! 大作は考えるのを止めた。


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