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巻ノ参百六拾八 救え!井上一族を の巻

 簸川に沿って北東へと進んでいた大作たち一行の眼前に左側から江の川が合流してきた。途端に川幅が広がり、水量も目に見えて増してくる。

 そのお陰なのだろうか。川の南北に広がる平野の幅も徐々に増してきて田畑の割合も多くなってきたようだ。


「たぶんアレが柏ヶ城と雨乞城だな。んで、川の向こうに見えるのが亀山城に慎ヶ城。遠くに見えるのが桂城。ここからは見えないけど山の向こうには下峠城や星ヶ城っていうのもあるらしいぞ」

「はいはい、お城のバーゲンセール万歳!」

「汚え花火よねえ」

「にゃあ! にゃあ!」


 みんなもう疲れ果てているんだろうか。相槌も段々とおざなりに…… なおざり? いい加減になってくる。


「あのねえ、大佐。『おざなり』と『なおざり』は同じことじゃないわよ。おざなりって言うのは……」

「いやいや、それくらい知ってますから。知ってて態々すっとぼけたんだからな」

「はいはい、そういうことにしておいてあげるわ。あら! そんなことを言ってる間にも、またまた別なお城が見えてきたわよ。此度のお城は何っていうお城なのかしらねえ?」


 お園が遥か彼方を指さすと話を急展開させた。目をみやれば江の川の西岸に十二段の曲輪を備えた段々畑みたいな山城が目に入る。


「アレはかの有名な鈴尾城だな。Wikipediaによると毛利元就は明応六年(1497)にあそこで生まれたんだとさ。東の方に居館が建っていて毛利元就誕生碑があるらしいぞ。いやいや、この時代にはまだ建っていないんだろうけどな」

「ふぅ~ん。あんな所でお生まれになったの? 随分とご苦労をなさったのねえ」

「いくらなんでもあんなところ扱いは酷いんじゃね? 仮にも広島県指定史跡なんだぞ。もうちょっと気を使ってくれても良いんじゃないのかなあ? な? な? な?」

「はいはい、そう言われてみれば有り難いお城に見えてこないこともないわねえ」


 余りにも必死に懇願する大作を哀れに思ったのだろうか。お園が救いの手を差し伸べてくれた。

 その流れに乗っかるかのように美唯も慌てて相槌を打つ。


「って言うか、美唯はあれくらいでも立派なお城だと思うわよ。たとえ小さくてもお城はお城よ。贅沢を言い出したら切りがないわ」

「分かってもらえて嬉しいよ。ちなみに最近では元就は郡山城で生まれたっていう説の方が有力らしいな。嘘か本当か知らんけど元就の母親はこの城で生まれ育ったとか何とか」

「えぇ~っ! 元就ってお方は何処で生まれたかも良く分からないっていうの? 犬や猫じゃないんだからそれくらい分かりそうなものだけどねえ」

「まあ、何もかも全てが分かっちまったらそれはそれで面白くないかも知れんぞ。謎は謎のままにしておこうよ」


 そんな阿呆な話をしながらも一同は江の川に沿って歩いて行く。

 宮ノ城、琴崎城、天神山城、青山城、エトセトラエトセトラ…… 相も変わらずお城のバーゲンセールは続く。

 こんなんで商売は大丈夫なんだろうか? 他人事ながら大作は気になって気になってしょうがない。


 その後も一同は相も変わらず曲がりくねった江の川の川岸を歩き続けた。数時間もすると日が西の空に傾いてくる。安芸高田を目指した大作たちの旅もようやく終わりの時を迎えようとしていた。

 江の川の南側に近くの山から緩やかに続く斜面が広がる。少し登って行くと小高いところに何本もの巨木が生えていた。傍らに石塔みたいな物が幾つも並んでいるのが見えてくる。


「ここが国司氏の菩提寺だった休照庵跡だな。アレが国司右京亮の墓みたいだぞ」

「こ、こ、国司右京亮ですって?! って言われても知らないわ。それってどんなお方なのかしら」

「国司氏っていうのはだな…… 足利尊氏の重臣に高師直っていう奴がいただろ? 大河ドラマ『太平記』で柄本明さんが演じてた凄っごい悪い奴だよ。そいつの弟に高師泰っていうのがいたそうな。んで、その子の師武が安芸高田の国司荘に下ってきた時に国司っていう氏を自称したんだとさ。国司氏は毛利に重臣として代々仕えてい国司有純って奴は毛利元就の後見役だったそうな。その子の有相って奴も毛利元就の家督相続に尽力したって書いてあるな。有相の子の国司元相って奴も毛利の家老として活躍したとかしなかったとか。だけども元相の子の元武の時代に防長二カ国に減封になって伊賀地村に移ったんだとさ。めでたしめでたし」


 大作がWikipediaに書いてあることを適当に掻い摘んで話す。退屈そうに聞いていたお園は小さなため息で相槌を打ってくれた。

 とにもかくにも長い長い旅路も漸く終わりを迎えたようだ。ドラマチックな状況を前にした大作は柄にもなくセンチメンタルな気分になってしまう。ゆっくり振り返るとたったいま通ってきた道を眺めながら呟くように囁いた。


「思えば遠くへ来たもんだなあ……」

「あらまあ、大佐。家へ帰るまでが遠足じゃなかったかしら? 私たち、ここから帰らなきゃならないのよ。まさかその事を忘れてるんじゃないでしょうねえ?」

「いやいや、それはそうなんだけどさ。でも、虎居を出て一週間くらいにもなるのかな? ようやくその目的地に辿り着いたんだぞ。この感動が分からんものかなあ…… まあ、ひとまずは荷物を置いて一休みしようや」

「一休みって言ったって何処でよ? 私たち、人目に付くのは憚られるんじゃなかったかしら。出雲詣のツアー客を装ってはいるけれど、こんな山奥の村じゃ目立ってしょうがないわよ」


 ああ言えばこう言う奴だなあ。イラっときた大作は嫌味の一つも言いたくなる。なったのだが…… せっかくの良い雰囲気を壊したくなかったので涙と共にネガティブな感情を飲み込んだ。


「戦国時代の田舎の村に宿なんてあるわけないよな。寺や神社に留めてもらうにしても五十人は多すぎるし。雨が降らないことを天に祈りつつ野宿するしかなさそうだな」

「今夜もテント生活なのね。私たちは良いけれど忍びやハンター協会の方々が気を悪くしなきゃ良いんだけれど」

「この時代に生きてる人なんだから現代人よりかは耐性があるんじゃね? とは言え、明日からどうするかだな。流石に一月半も野宿が続いたら不満度が上がりそうだし。とは言え、勝手に家を建てるわけにもいかんし…… そもそも、半月くらいで帰るはずだったのが一月以上も延期したら山ヶ野の様子が心配で堪らんしな。しょうがない。慎重に熟慮を重ねた結果、真に遺憾ながら井上一族救済作戦の縮小を決定する!」


 大作は精一杯に真剣な表情を作ると芝居がかった口調で宣言した。

 お園や美唯が浮かべている何とも言えない微妙な表情からは不平不満の感情を隠そうともしていない。


「え、えぇ~っ! 私たち、井上一族とやらをお助けするためだけにこんなに遠くまで出張ってきたんじゃなかったの? それを今更になって止めるだなんて非道だわ! だったら…… だったらこれまでの骨折りは何だったのかしら? それも、五十人もの方々と一緒に海を渡り山を越え幾日も幾日も歩き通しで! そんなこと、お天道様がお許しになっても巫女頭領の私が決して許さな……」


 お園がここまで激しく感情を露わにしたのは久々か? いや、そうでもないのか? 分からん、さぱあ~り分からん!

 真面目に相手をするのが阿呆らしくなってきた大作は止めるタイミングを完全に逸してしまう。お陰で『ヒトラー最後の十二日間』みたいに感情を爆発させて怒鳴り散らすお園の勇姿を存分に堪能することができた。


「どうどう、餅つけ。だれも井上一族を見捨てるだなんて一言も言っていないぞ。助けるとも言ってないけどな。要はほんの少しだけスケジュールを見直そうって言ってるだけなんだよ」

「……」

「史実だと天文十九年七月十二日(1550/8/24)に井上元有(与三郎)とかいう輩だったっけ? そいつが安芸竹原に呼び出されて小早川隆景の卑怯な騙し討ちに遭うのが切っ掛けだったよな? ところがギッチョン! 当時の文書には『たかはら』って書いてあるらしいんだ。ってことはアレだ。井上元有が討たれたのは竹原じゃなくて高原だって考えた方が普通じゃね? な? な? な?」

「高原? それって確かここへくる道すがら通った所よねえ。高原山八幡神社が祀られていたんじゃなかったかしら?」


 小首を傾げたお園は通ってきた道を振り返ると半里ほど離れた山の頂きに目を凝らした。


「そうそう、それそれ。なにせここ安芸高田から竹原は直線でも四十キロはあるんだ。井上一族討伐の切っ掛けとして最初の一人を血祭りに上げる。そんな大事なイベントを移動だけで一日も掛かるようなところでやると思うか? 思わんだろ? な? な? な?」

「そ、そうかも知れんわね。私には良く分からないんだけれども……」

「俺の考えではこうだ。誰かが記録に残す際、高原と竹原を書き間違えたんじゃないかって」

「ふ、ふぅ~ん。んで? だったとしても、いったいどうするつもりなのかしら。大佐ん中では?」


 取り敢えず最低限の関心だけは持ってくれているらしい。大作はほっと安堵の胸を撫で下ろすと急いで考えを纏めた。


「要は井上一族が真珠湾攻撃みたいに一方的な奇襲攻撃に遭い、僅か一日にして滅ぼされるっていう史実さえ阻止できればそれで良いんだよ。別に井上が毛利に勝利するだなんて超展開はこれっぽっちも期待していない。なにせ毛利と井上の勢力差は三対一とかそれくらいあるはずなんだ。攻撃三倍の法則を考えた場合、井上が防戦に徹すれば暫く持ち堪えられんはずはない。あとは周辺勢力がどう動くかに掛かってくる。井上討伐を許した大内とか毛利に敵対する尼子とかだ。何せこの時代の毛利はちょっと大きめの国人にしか過ぎんからな」

「だったら…… だったら大佐は毛利と井上の戦を適当に引っ掻き回すだけ引っ掻き回して放って帰るつもりなの?」

「いや、あの、その…… 俺、たったいまそう言ったよなあ? もしかして俺の話は難し過ぎたのか?」

「大佐こそ私の話が難し過ぎたのかしら? とにもかくにもこの話はもうお仕舞よ。一休みさせて頂戴な」


 一方的に話を打ち切ったお園は木陰に筵を敷くとごろりと横になって目を瞑った。


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