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巻ノ参百六拾弐 嘘つきは泥棒の始まり の巻

 この夜、大作たちは肱川の河口にある長浜という小さな漁港で一夜を過ごした。

 船長(ふなおさ)は秘密の交渉術をもって地元の漁師たちから物々交換で幾つかの食材を手に入れてくれる。

 お陰で一同は数日振りにちょっと贅沢な夕餉を頂くことができた。


 翌朝の天気も相も変わらず良い天気だった。って言うか、いったい何日雨が降っていないんだろう。いい加減、心配になってきたんですけど。不意に不安感に駆られた大作は思わずボヤいてしまった。


「今年の梅雨っていったいどうなってるんだろうな? このまま空梅雨が続くと田畑とかが心配になっちゃうぞ」

「だからって大佐が憂いてもどうにもならないわよ。それとも大佐になら何とかできるとでも言うのかしら?」

「いやいや、前にも言ったじゃん。灌漑設備を整備すれば日照りが続いても雨乞いなんかに頼らずに済むってさ」

「ふぅ~ん。でも、その灌漑設備の普請って大層と人手や時が入用なんでしょう? 夏までに終われば良いわねえ」

「いや、あの、その…… 普通に無理ですから。まあ、金の採掘さえ順調に進めば食料調達に関しては心配いらんだろう。それに九州でこの時期に大飢饉が起こったなんて話は聞いたことないしな」


 大作は空梅雨の一件を心の中のシュレッダーに放り込んだ。




 眩しい朝日を浴びながら船は伊予灘を北へ北へと進んで行く。


「ねえねえ、大佐。眩しいっていう字は肘っていう字とちょっと似ているわよねえ」

「そ、そうなかなあ…… いやいや、目と月だぞ。まあ、似てるか似てないかっていえば似て非なる物だけどさあ」

「だけども似てるか似てないかで言ったら似てるでしょう? それとも何? 似てないっていうのかしら?」

「はいはい、分かりましたよ。似てます似てます似てますとも。眩しいっていう字と肘っていう字はクリソツ(死語)だなあ。これで満足か?」

「分かれば良いのよ分かれば」


 そんな阿呆な話をしている間も船は十三キロほど北にある青島という小島を目指して進んで行く。

 東西一キロ半ほどの小さな島なのだが標高七十メートルくらいの山が幾つも聳えているので遠く離れていてもハッキリと視認することができる。


「青島? それって『アオシマじゃよ、アオシマじゃよ、カッ! カッ! カ!』っていうアレのことかしら? あのお方の正体はいったい誰なのかしらねえ?」

「知らんがなぁ~っ! 話は変わるけど青島(チンタオ)って知ってるか? ビールで有名なところだよ。青島は1898年にドイツの租借地になったんだ。んで1903年からビールの製造が始まったんだとさ。中国で最も古いビールの一つらしいな。全世界の百ヶ国・地域以上に輸出されているんだとさ」

「ふぅ~ん。んで? その『びいる』っていうのは美味しいのかしら? 美味しくないのかしら? それが問題よ」

「さ、さあなあ。でも俺は酒は飲まないからさ。酒は飲まない。絶対ニダ!」

「そう、良かったわね。私もお酒は飲まないわ」


 大作とお園は二人揃って青島ビールとアオシマのプラモデルを心の中のシュレッダーに放り込んだ。


 そんな阿呆な話をしている間にも船は青島の東端にある岬の鼻先を掠めるように通り過ぎた。

 続いて一同の眼前に姿を現したのは北北西に十三キロほど離れた由利島だ。


「ゆり島? それってどんな島なのかしら? いったいどういう字を書くの?」

「由利って書くみたいだな」


 大作はバックパックからタカラトミーのせんせいを取り出すと達筆過ぎて読めないような字を書いた。


「ちなみにこの由利島っていうのはかの有名なDASH島らしいぞ。って言っても、俺はあの番組をあんまりみたことないんだけどさ」

「どうして? 何であんまり見たことがないのかしら?」

「いや、あの、その…… 見たことがない理由を聞かれても答えにくいなあ。何って言ったら良いんだろ? 俺の興味の対象はアニメとマンガに重点配分されてるんだ。だからバラエティやドラマはあんまり…… っていうか殆ど全くといって良いくらい見ないんだからしょうがないだろ」

「ふぅ~ん。折角、DASH島の目と鼻の先まで来ているっていうのに肝心のDASH島のことを良く知らないだなんて随分と勿体の無い話よねえ」

「そ、そうだな。こんなことなら鉄腕DASHを見ておけば良かったよ」


 後悔先に立たずとは正にこのことか。大作は臍を噛んで悔しがるがこれぞ絵に描いたような祭りそのものだ。今はただ、涙を呑んで我慢する他はない。

 そんな大作の気持ちを知ってか知らずか、お園は得意満面の笑みを浮かべると嬉しそうに話し始めた。


「ねえねえ、美唯。知っていたかしら? 臍っていうのはお臍のことなのよ」

「へえ! へえ! へえ! 美唯、また一つ賢くなっちゃったわ。やっぱお園様はとっても物知りよねえ」

「あらあら、美唯ったら。褒めたって何も出ないんですからね。そうそう、お臍と言えば……」


 例に寄って例の如く、話は明後日の方向へ脱線していく。

 だが、その時歴史が動いた!

 由利島の小高い山の陰から一艘の小舟が姿を現したのだ。舟はこちらを目指して一直線に追い掛けてくるらしい。


 大作は大慌てでバックパックから単眼鏡を取り出すと観察を試みる。

 小舟の全長は海上自衛隊の短艇と同じくらいだろうか。ただし短艇よりも喫水が浅く、幅もずっと狭い。全体的にずっとシャープでスマートな印象だ。

 恐らくは荒天時の安定性よりも速度性能に重点を置いているんじゃなかろうか。


 櫓の漕ぎ手は十人ほどの屈強な男たちだ。簡素な着物を着ている者もいれば上半身を(はだ)けている者、褌一丁の者、エトセトラエトセトラ…… みんなちがってみんないい!

 小舟の先端にはそれらを統率しているらしい若者が一人、身を乗り出すような姿勢でこちらを鋭い視線で睨みつけている。


「何だろな、あいつら。もしかして俺たちに用でもあるんじゃなかろうな?」

「大佐様、あれに見えるは周防大島の北にある浮島に根城を構える宇賀島衆ではござりますまいか?」

「うわらばっ!」


 急に背後から声を掛けられた大作は一瞬だけドキッとした。だが、咄嗟に余裕の笑みを浮かべると声のする方へ振り返る。すぐ背後には険しい顔の船長が口をへの時に曲げて突っ立っていた。


「知っているのですか、船長?」

「儂も斯様に遠き所にまで来るのは初めてのことなれど、風の噂で耳にしたことがございます。瀬戸の海には数多の海賊衆が跳梁跋扈と申しますか横行闊歩と申しますか…… 兎にも角にものさばっておるそうな」

「んで、この辺りの海は宇賀島衆とやらが支配しておると。あの連中はどれくらいヤバい奴らなんでしょうか? 見たところ単独行動中の小部隊のようですが。こっちには鉄砲が四十丁もあります故、戦えば瞬殺できそうなんですけど」

「いやいや、ここから先は連中の縄張りにございますぞ。奴らの仲間が如何ほど控えておるやら見当も付きませぬ。大事の前の小事。争い事は避けた方が宜しゅうございましょう」


 話し終えた船長は答えを待つかのように大作の目を真正面からじっと見据えたまま口を開こうとしない。

 もしかして最終判断は任せるってことなのか? だけども船の運行責任は船長にあると思うんですけど?

 いったいどうすれば? どうすれバインダ~!


「と、取り敢えずはスピード…… じゃなかった、船足を緩めて頂いてもよござんすか? まずは向こうの出方を拝見しましょう」

「畏まりましてございます。与助! 帆をたたむぞ! 皆も手を貸せ!」


 船長は大声を張り上げると腕をグルグル回しながら帆柱へと足早に進んで行く。

 待つこと暫し。船の速度が目に見えて遅くなり、右斜め後方から例の小舟が近付いてきた。


「止まれ! 止まれ! 止まらぬかぁ~っ!」


 船首で仁王立ちした若者はトゲトゲの付いた鬼の金棒みたいな物を手に大声を張り上げている。

 アレって何って名前だっけかな? 


「大佐様、あれは『やがらもがら』にございますぞ」

「知っておられましたか、船長! 『やがらもがら』ですか。それにしても妙な名前ですねえ」

「あの棘々を着物の袖に引っ掛けて敵を海に落としたり、あるいは海に落ちた味方を引き揚げるのに用うると聞き及んでおりますぞ」

「ガッテン! ガッテン! ガッテン! じゃなかった、へえ! へえ! へえ!」


 大作は心の中の『へえボタン』を心の赴くままに連打した。

 その時、着物の袖を引っ張られる感覚に気付く。慌てて振り返ると必死の形相を浮かべた美唯が両手をバタバタさせていた。


「美唯も! 美唯も知っていたわよ!」

「あのなあ…… 嘘をつくな、嘘を。嘘つきは泥棒の始まりなんだぞ」

「そうよ、美唯。嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれちゃうんですからね」

「……」


 引き攣った顔の美唯は両手で口を押さえ、大作とお園は腹を抱えて大笑いする。

 そんな阿呆な話をしている間にも小早は舷側にピタリと寄り添うように接舷した。


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