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巻ノ参拾六 船の上の寺子屋 の巻

 抜けるような青空の下、船は大阪湾の東岸に沿って南西へ進む。風向きや潮流にも恵まれているらしく驚くほどの速さだ。この速度が維持できるなら今晩は淡路島の南辺りまで行けるかも知れないと大作は思う。


 屋島の戦いでは義経が暴風の中、船頭を脅して大阪から徳島まで通常三日の航路を一日と四時間ほどで行ったらしい。

 この旅は長丁場なのでそんな無茶はしないが恐らく速さでは負けていないはずだ。


 昼前には泉佐野の沖合を通過する。この時代には佐野村という村だったらしい。

 まだ外洋には出ていないので波も穏やかでメイに船酔いの兆候は無いようだ。

 お園が暇そうにしているのに気が付いた大作は必死に話題を探す。


「未来ではこの辺りに関西国際空港っていう一里四方くらいある大きな島が作られるんだ。そうだ、エ○ァにも名前だけ出てくるぞ。第拾六話『死に至○病、そして』でリ○コ博士に『関空にも便を回すわ』ってセリフがある」

「なんでこんなところに島なんて作ったのかしら」

「騒音問題を気にせずに二十四時間運用するためだろ。陸地だと文句を言う奴が大勢いるんだ」

「ふぅ~ん」


 例に寄って反応が薄い。大作は期待していなかったので驚かなかった。でもこの先もずっとこんな調子だと寂しすぎる。

 九州に着くまでの時間を利用してお園に二十一世紀の一般常識を覚えてもらおうと大作は決心する。とりあえず読み書きは問題無いので数学からスタートだ。


「お園には高度な数学を覚えて欲しいんだけどどうかな。田畑の広さを計ったり採れた米を数えたりするくらいなら誰にでも出来る。でも保険や先物といった複雑なことをやろうとすると統計学のような高度な数学的知識が求められるんだ。お園ならきっと出来る! 頑張れ! がんば……」

「分かったわ。私、もっといろんなことを覚えたいわ」


 大作の言葉を遮ってお園が二つ返事で快諾する。横で話を聞いていたメイも口を開く。


「私にも教えて。数学はまだできないけど、きっと覚えるわ」


『ク○リスっぽいセリフだ~!』と大作は叫びたかったが我慢した。


「阿呆なこと言うんじゃないぞ。暗闇の中にまた戻りたいのかぁ? お天道様の下にようやく出て来れたんだぞ。そうだ、ほのかも良かったら一緒に勉強しないか?」

「有り難き幸せにござります」

「そんじゃあまずはアラビア数字と数学記号から覚えてもらうぞ」


 大作はタカラ○ミーのせん○いを使って説明する。お園は異常な記憶力があるので他の二人とは進み具合に大きな差が開いた。空いた時間を使ってお園に雑学的な話題を振って時間を潰す。


「月までどれくらい離れてると思う? ギリシャのヒッパルコスって天文学者は今から千七百年も前に計ったんだぞ」

「お月さままでどれくらい隔たっているか? そんなの分かるわけないわ」

「少しは考えてから答えろよ。三角測量なんて二千年前からあるんだぞ」

「さんかくそくりょう?」


 いきなり三角関数は難し過ぎただろうか? まあ大丈夫だろう。

『お園ならきっと何とかしてくれる!』と大作は自分に言い聞かせた。






 日が傾くころ船は友ヶ島水道を抜けて淡路島の南に差し掛かる。どうやら今晩は沼島に停泊するつもりらしいと大作は推測した。

 お園がスマホ画面から大作に視線を移して口を開く。 


「つまるところIa(いちえー)型超新星の爆発はチャンドラセカール限界を越えた時に起こるから絶対等級はどれも同じくらいになるのね。(しか)れば標準光源として用いることも叶うるわ。元の明るさが常に同じだから距離の逆二乗に比例して遠く離れるほど暗く見えわけね」

「そうだな。この方法で数十億光年までの距離が測定出来る。そして、それより遠くは赤方変移の量を測ってハッブルの法則を使う。観測された最も遠い銀河から発せられた光は地球まで百三十四億年も掛かって届いている。そして今現在は三百二十九億光年も離れたところにある。これを共動距離って言うんだ」

「それより先は見えないのね?」

「絶対温度2.7度の宇宙マイクロ波背景放射は百三十八億年前に起こったビッグバンから三十七万九千年後の宇宙の晴れ上がりの時に放射されたものなんだ。観測可能な宇宙の限界は四百六十五億光年離れた所にある。でも、そこから光が放出された時点では現在の地球となる物質からはたったの三千六百万万光年しか離れていなかったんだ」


 三角測量の話をしていたはずなんだが途中から話が脱線し過ぎて何が何だか収拾がつかない。もしかして俺が教えることはもう無くなったんじゃね? って言うかとんでもない怪物を野に解き放ってしまたのではあるまいか。

 大作は教えるのが面倒になってお園にスマホを渡してしまったことを少し後悔する。


 一番古いスタート○ックに謎のエネルギーを浴びて超能力を得た男の話があったっけ。超スピードで大量の文章を読んで丸暗記してしまうお園は正直言ってちょっと怖い。

 まあ、今さら考えても手遅れだ。大作は考えるのを止めた。


「ほのかとメイは九九を覚えたか?」

「こんなの半日で覚えられるわけないわ」

「私めも未だ覚えること叶わず相済みませぬ」


 この二人は普通の人間みたいなので大作は安心した。


「無理にいっぺんに覚えることはないぞ。繰り返していれば勝手に頭に入る。明日はもっと面白い勉強をしよう」


 九九を丸暗記するだけなんてやってて面白いわけが無い。明日までに何か面白いことを考えなければ。大作はまたしても自分でハードルを上げたことを後悔した。


 日暮れ前に船が沼島の北西にある入り江に停泊した。この時代の淡路は三好の勢力範囲なので味方勢力圏内と言って良いだろう。

 室町幕府第十代将軍足利義稙は大永三年(1532)細川高国に京を追われた。堺から阿波への逃亡生活の過程で短期間だけ沼島に滞在したこともあるそうだ。


 金を陸に上げるのは大変だし海に落としたら最悪なので船に置いたままにする。メイに常時監視を頼んでトイレの時だけ大作が交代することした。


 浜で焚き火を起こして夕食を作る。今回は大作たちはお客様なので手伝わなくても良いのだがお園が自分から志願して作った。

 メイを一人で食事させるのは可哀想なので大作たち四人は船に戻って食べる。


「天王寺屋の豪華料理も良かったけど久しぶりに食べるお園の雑炊も美味しいな。長靴一杯食べたいぞ」

「誉めたって何にも出ないわよ」

「本当に美味しかったわよ」

「私めも、とても有り合わせで作ったとは思えませぬ」


 メイとほのかも口々に誉めたのでお園はまんざらでも無さそうだった。


 疲れ果てた船乗りたちは食事が終わると泥のように眠る。ちなみに泥は『どろ』のことではない。海中では元気なのに水から出ると元気が無くなると言う中国の想像上の生き物だ。泥酔の泥も同じ物を指している。


 メイは金の見張りのために船で眠った。ほのかはお園より小柄なので三人でテントで寝るのは問題無さそうだ。小さな一人用テントで巨乳と微乳の美少女に挟まれて寝るなんていきなりのビッグイベントの到来に大作は喜びを隠しきれない。

 とは言え確認しておかねばならない重要なことが一つある。


「ほのかは寝相は悪くないか? いびきをかいたり大声で寝言を言ったりしないよな」

「寝ている間のことは分かりませぬが人様からそのように言われたことはございません」


 安心するには早いが心配してもしょうがない。こんな美味しいシチュエーションを捨てて一人だけ外で寝るなんて論外だ。大作は覚悟を決めた。


 船乗りたちから見えない辺りで手早くテントを設営する。ほのかは藤吉郎ほどは驚いてくれなかったので大作は少しがっかりした。

 まあ金山を発見すれば死ぬほど驚いてくれるだろう。それまでの辛抱だ。


 左右から美少女に密着されて寝るという人生初の体験で大作はなかなか寝付くことが出来なかった。




 翌朝、まだ暗いうちに大作は目を覚ました。

 もう何日も夢を見ていない。夢を見ることで無駄なニューロン結合を弱め、記憶の内容を整理しているという説を読んだことがある。

 戦国時代に来て既に二十日だ。最初は見るもの聞くもの全部が珍しかったが状況に慣れてしまったということだろうか。


 お園が朝食を作るのをみんなで手伝い、素早く食事を済ませる。

 日が昇るころ船は出航した。四国まで十五キロ以上あるが天気が良いので良く見えている。このまま紀伊水道を南南西に向かって進んで四国最東端の蒲生田(かもだ)岬を目指すようだ。


 大作が右後ろを指さしながら三人に言う。


「あっちに四里ほど行ったところが鳴門海峡だ。狭いところは幅が十町ほどしかないので潮の流れが凄く速いんだ。渦潮って言ってぐるぐる渦を巻くんだぞ」

「そんなところ通らずに済んで良かったわね」

「凪いだ時に通れば何とも無いけどな。さて、今日は分数の勉強をしようか。ここに林檎(りんご)が一つあったとして四人で分けるとなったらどうする?」

「りんごって?」


 三人とも不思議そうな顔をしているがお園が真っ先に聞いた。林檎は平安時代からあったって読んだことあるんだけど庶民には無縁な物だったのだろうか?


「別に林檎じゃなくても良いよ。西瓜(すいか)でも南瓜(かぼちゃ)でも何でも良いんだ。一個を四人で分けたいとしてどうする?」

「すいかとは何でございますか?」

「かぼちゃも知らないわ」

「だから何だって良いって言ってんだろ! そうだ、芋一本を四人で分けるとしたらどうする?」


 勉強はまだ始まってもいないというのに大作は早くも疲れ果てた気がした。




 昼前に船は蒲生田岬と伊島の間を抜ける。岩礁がたくさんあっておっかないが船長は通り慣れているらしいので安心して良さそうだ。

 ここを過ぎればいよいよ太平洋だ。もう数十キロ南に行けば黒潮が流れているんだろうが今のところ凪いでいる。

 あっという間に分数計算をマスターしたお園は黙々とスマホの情報を読んでいた。大作は遠慮がちに声を掛ける。


「あんまり目を酷使するなよ。スマホ老眼になるぞ。聞かれる前に言うけど蒲生田岬にも伊島にも何も無いぞ」

「何も無いなんて無礼だわ。何かあるんじゃない?」

「そりゃあ普通に人が住んでて田畑を耕したり魚を獲ったりしてるんだろ。強いて挙げれば四国最東端ってくらいだな」


 全く興味を引けなかったらしい。お園は返事をすることもなくスマホに視線を戻す。

 大作は何とも言いようが無いくらい寂しくなった。結局、お園が興味があったのは大作の持つ知識だったのか。スマホさえ手に入れば俺は用済みかよ。

 まあ良いや。こっちから捨てたんなら後ろめたいけど向こうから離れて行くんなら去る者は追わずだ。

 こんな時のための保険としてメイを連れてきたんだ。『微乳もいいけど巨乳もね!』って名言があったような無かったような。

『お園は現時刻をもって破棄、メイを新たな攻略対象と識別する』と大作は心の中で宣言した。




 大作はメイの教育に熱意を集中させる。ついでにほのか。お園は完全放置だ。出来れば船旅の間にメイを戦力化したい。

 期待に応えようとメイが頑張っているのが大作には実感できた。質問もだんだん鋭い物になってくる。


「分数の割り算ってどんな時に使うの?」

「良い質問だぞ。たとえば三本の芋を一人につき四分の一ずつ配ったら何人に配れるか? 答えは三を四分の一で割った十二だろ」

「なるほど。合点がいったわ」

「メイは賢いなあ。教え甲斐があるぞ。今日はこれくらいにしておこう。明日は小数の勉強だぞ」


 とりあえず大作は何かにつけてメイを褒める。メイは褒められて伸びるタイプのような気がするのだ。


 日が暮れる前に徳島の海部港に停泊した。この時代には四国一の港だったようで積荷は主に木材のようだ。

 四国山地から切り出した木材を筏に組んで海部川を流して運んで来るらしい。

 この時代としては大型らしい全長三十メートルくらいありそうな船に大木を人力で積み込んでいるのが遠目に見えた。

 最盛期には四国から運ばれる木材の半分はこの辺りから送り出されたそうだ。


 それにしても四国のこの辺りは本当に山が多い。僅かな平野にひしめき合うように小さな家が立ち並んでいる。

 海部城はまだ建っていないらしい。ここもギリギリ三好の勢力範囲だ。逆に言えば明日には味方勢力圏を出ることになるのだが。


 今日もお園が夕食を作り、四人で船に戻って食べた。

 食器を洗い歯を磨いたあと、大作はテントに三人は狭いと言い訳をして船でメイと一緒に寝ることにした。

 メイを攻略するなら少しでも二人きりになる時間を作らねば。寝る前の僅かな時間は貴重だ。




 船に行って見るとメイが怪訝な顔をしている。大作は咄嗟に口から出まかせの適当な言い訳した。


「テントに三人は狭いから俺はこっちで一緒に寝ても良いかな。それと、明日は室戸岬を通るだろ。沖合には黒潮が流れているし、岸に近付きすぎると暗礁が怖い。船長に任せておけば大丈夫とは思うが用心に越したことは無いから準備しておきたいんだ」

「何か手伝うことある?」

「金を入れた箱が開かないようにロープ、じゃなかった縄でしっかり縛ってくれ。俺はもし海に沈んでも見つけられるように長い綱に浮になる物を括り付けるよ」


 不安を煽ってしまったのだろうか。メイの表情が急に暗くなる。忍者の癖にどんだけ心配性なんだろうと大作は呆れる。


「堺でも言っただろ。難破する確率なんて一パーセントも無いんだぞ。輸送距離と輸送人数を考えた場合、船はとっても安全でエコロジーな輸送手段なんだ。人馬に頼るよりずっとリーズナブルだぞ。安心しろ。メイは死なないぞ、俺が守るから」

「ありがとう。でも私は大佐を守るためにいるのよ」

「ネタにつきマジレス禁止って言ってこういう時はネタで返さないといけないんだ。そうだ、メイにもエ○ァのことを教えてやるよ。人の作り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エ○ァンゲリオンって奴がいるんだ。紫色した大男だな。背丈が二十間より大きいんだ」


 メイが楽しそうに話を聞いてくれたので大作は嬉しくなって夜遅くまでエ○ァの話をした。

 そんな二人を暗闇からお園が猛禽類のような目をして見つめているのに二人とも気付かない。

 その様子は、まるで『2001年宇宙の旅』のHAL 9000のようだった。


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