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巻ノ参百五拾八 久見崎への長い旅 の巻

 四艘の川舟が仙台川をどんぶらこっこ、どんぶらこっこと下って行く。分乗しているのは大作とお園、十人の忍び、四十人のハンター協会員のみなさん。そして特別ゲストの美唯と世にも珍しい雄の三毛猫の小次郎だ。


「んで、大佐。美唯たちはいったい何処へ向かっているのかしら? そろそろ教えて頂戴な」

「あのなあ、美唯…… それが人に物を頼む態度かよ?」

「勘違いするな! 私は相談しているのではないぞ!」


 美唯が突如として立ち上がると脳天に響くような金切り声を張り上げる。


「だぁ~かぁ~らぁ~~~っ! いい加減にしとけよ。余り私を怒らせない方が良い。当分ここに二人きりで住むんだからな!」

「えぇ~っ?! ここに? この舟に住むって言うの?」

「マジレス禁止!」


 そんな阿呆なやりとりをしている間にも舟は山崎へと差し掛かる。


「入来院氏の居城、清色城へお出での方は此方が便利です!」


 大作は路線バスに乗っている時の案内音声みたいな声音を作ると突如として声を張り上げた。


「いったい何事なの、大佐? やぶから棒にどうしたって言うのよ」

「いや、別に深い意味は無いよ。さて、そろそろ降りる準備をしてくれるかなぁ~っ?」

「はいはい、分かったわよ。降りれば良いんでしょう。降りれば」


 だが、船頭が舟を岸に寄せようとした途端に予想外の方向から声が掛けられた。


「お園様! 大佐! お待ちしておりました!」

「ああ、菖蒲(しょうぶ)…… じゃなかった、菖蒲(あやめ)だったっけ? どっちだ?」

菖蒲(あやめ)にございます! 入来院のお殿様より言伝を承っております!」

「いやいや、そんなに大声を出さんでもちゃんと聞こえてますから。ちょっくら待ってくれ」


 船頭が流れに竿を挿して舟を川岸へと寄せて行く。


「違うわ、大佐。流れに竿を挿すっていうのは流れに乗せるってことなのよ」

「いいじゃんかよ、ちょっとくらい。そんなに細かいことをいちいち指摘せんでも」

「いいえ! 私の目の黒いうちは正しい日本語を使って頂戴な」


 そう言った途端、お園は白目を剥いて大笑いする。どうやら冗談を言っているつもりらしい。

 分からん! さぱ~り分からん! 大作は控えめな愛想笑いを浮かべて華麗にスルーした。


「んで? 菖蒲(しょうぶ)…… じゃなかった、菖蒲(あやめ)さんよ。入来院様からの言伝って何じゃらほい? 大船は借りられそうなのかな?」

「それが生憎と入来院様は鷹狩にお出掛けになられておられ、目通りは叶いませんでした」

「な、何だってぇ~っ! それは困ったことになったぞ……」

「然れども行く先は分かっておりあした故、後を追うて文をお渡しすることが叶いました」

「ほうほう、でかした。それで返事は? 勿体ぶっていないで早く教えてくれよ」


 それによって今後の展開が大きく変わってしまう。居ても立っても居られない気持ちの大作は話を急かす。

 だが、悪戯っぽい笑みを浮かべたくノ一はひらりとした見の熟しで舟へと飛び乗る。大作に寄り添うように跪くと不意に真顔に戻った。


「船は好きにして良いとの仰せにございます。そう申さば『どうせ儂は一緒に行けぬからのう』と少しばかり拗ねておられるご様子でした」

「それは後でフォローが必要かも知れんな。お土産とか買ってきた方が良さそうだ。とにもかくにも無事に借りれたんなら何よりだな」

「ただ、お目付け役に千手丸殿を共に連れて参れとの仰せにございました」

「千手丸? ああ、あのチビっ子の小姓か。んで? その千手丸は何処にいるんだ?」

「船の支度をせんがため、先に久見崎へと参られました」

「何か知らんけど随分と手回しの良いことだな。もしかしてあいつも船に乗るのが楽しみでしょうがないのかも知れんぞ。では、船頭殿。お待たせ致しました。このまま久見崎まで行っちゃって下さりませ」

「心得ましてございます」


 言われた事には黙って従う。それが船頭の処世術なんだろうか。

 船頭が流れに棹を挿すと川舟は再び猛スピードで川を下り始める。そのスピードたるや超スピードなんてチャチなものでは断じてない。


「って言うか、菖蒲さんよ。どうしてあんたまで舟に乗ってるんだ?」

「いや、あの、その…… 私もお園様や大佐のお供をさせて頂きとう存じます」

「うぅ~ん…… できたらこれ以上は参加人数を増やしたくないんですけど?」

「……」


 暫しの沈黙の後、根負けした大作は菖蒲の同行を認めることしかできなかった。




 川を下ること暫し。川舟は斧淵の辺りへと差し掛かる。


「ぽ~ん! まもなく斧淵、斧淵です。山崎城へお出での際はこちらが便利です」

「はいはい。お約束、お約束…… って、見て頂戴な大佐! あれに見えるは余一郎殿じゃないかしら」

「誰だって? 余一郎? ああ、東郷殿の小姓だったっけ。もしかして今日は小姓のバーゲンセールなのかな?」


 そんな阿呆な話をしながらも大作は両手を振り回しながら大声を張り上げる。


「おぉ~いっ! 余一郎殿~! 船頭殿、度々で済みませんけどちょっとばかし舟を岸に寄せていただいてもよござんすかねえ?」

「へい、承知致しやした!」


 またもや船頭さんが流れに竿を挿して(誤用)くれる。

 大作は深々と頭を下げて船頭に謝意を表した。


「如何なされましたかな、余一郎殿」

「川上の監視所より大佐殿をお見かけしたのと知らせが入りまして、そこで一言ご挨拶でもと参上仕った次第にございます」

「川の監視? 東郷様ではそんなことをされておられるのですか。随分とご苦労なことですなあ。ところで知らせが入ったと申されましたな。然れども此度は以前と違って手旗信号は見えませなんだが?」

「監視所は此処からずっと彼方の山の上にございます。大佐殿に教えを賜った有線電信が仕上がりました故、御城との間で遣り取りも叶う様になりました。ただ、無線通信機の方は職人共も色々と難儀しておるような。もし宜しければ御城に寄ってお知恵を拝借できませぬでしょうか。伏してお願い申し上げまする」


 これ以上はないほど真剣な表情をした余一郎は本当に深々と腰を曲げて最敬礼する。

 もしかしてこいつには武士としてのプライドって物が一欠片も無いんだろうか。無いんだろうなあ。

 って言うか、よっぽど切羽詰まっているのかも知れんけど。大作は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。


「申し訳ございません、余一郎殿。実は今、とっても急いでおりましてな。どうしても日没までに久見崎へと参らねばならぬのです。帰りには必ず寄らせて頂きますんで今日のところは何卒ご勘弁下さい。って言うか、この短期間で有線とはいえ通信機が作れたなんて凄いことですぞ。頑張ってね、余一郎殿。おやすみ!」


 自棄糞になった大作は最後はミサトさんの物真似で強行突破を図る。呆気に取られた顔の余一郎を放置して川舟は再び川を下り出した。




 そこから暫くは退屈な舟旅が続く。続くと思われたのだが……

 大作は猫と遊んだり菖蒲を揶揄ったりお園と無駄蘊蓄合戦をしたりして無為な時間を潰す。


「もしかしてこの時間を利用して忍びやハンター協会員の方々とコミュニケーションを取った方が良かったんじゃないのかなあ?」

「そうかも知れんわね。そうじゃないかも知らんけど。だけども大佐、今更言うても詮無きことじゃないかしら。だってもう、平佐城も通り過ぎちゃったんですもの。久見崎まで二里もないわよ」

「いや、まだだ! まだ終わらんよ! 二里ってことは半時間くらいは無駄話が出来るはずだぞ」

「あのねえ、大佐。無駄話をしてちゃいけないんじゃないかしら。知らんけど!」


 今一つお園の機嫌は芳しくないようだ。もしかして『最愛の大佐を忍びやハンター協会に盗られるのは嫌っ!』とか思ってたりして。大作は勝手な想像をして一人ほくそ笑むが決して顔には出さない。


「えぇ~っと、音羽殿。ちょっと宜しいですかな? それともう御一方は何方でしたっけ。石川五右衛門さん? あぁ~っ、あの五右衛門風呂で有名な。お二人に少しばかりお話がありましてお時間を頂けますかな?」

「おじかん?」

(いとま)はございますかと問うておるのでございます」


 音羽ノ城戸が小首を傾げた途端、すかさずお園が通訳を買って出てくれる。

 もしかしてこんなペースで会話をしなきゃならんのか? 大作は早くも気が滅入ってきた。

 とは言え、こういうのは最初が肝心。って言うか、暫く我慢して会話していれば向こうも徐々に心を開いてくれるに違いない。だってそうじゃなきゃ困っちゃうもん。主に俺が。

 大作は考えるのを止めた。


「音羽殿。先ほどお渡ししたマークスマンライフルのご使用にあたっての注意事項と申しますか…… 色々と気を配って頂かねばならぬ点のご説明をさせて頂いても宜しいでしょうか? まあ、嫌だと言ってもするんですけどね」

「いやいや、儂に異存などござろう筈もありますまい。是非にともお聞かせ賜りとう存じます」

「では、なるべく手短に。まず、この鉄砲はマークスマンライフルと申します。昔はスナイパーライフルなんて呼ばれておりましたが最近はスナイパーだとイメージが悪いんだとか」

「いめえじ? 左様にございますか。それは難儀なことで」

「イメージと申すは世間体の意にございます」


 お園の解説も今一つピントが外れているような、いないような。だが、せっかくの好意を無下にもできない。大作は曖昧な笑みを浮かべると気にせず話を進める。


「とにもかくにも音羽殿。まずはマークスマンライフルという名前をちゃんと覚えて下さりませ。ここ、試験に出ますからね」

「心得ましてございます。まあくすまんらいふる、まあくすまんらいふる……」


 音羽ノ城戸はまるで呪文のように口の中で謎の単語を繰り返す。


「んで、石川殿。貴殿にはスポッターを務めて頂きとう存じます」

「すぽったあ? 其れは如何なる物にござりましょうや?」


 石川五右衛門は頭の上に疑問符をいっぱい浮かべたような顔色をして小首を傾げている。

 だが、お園も今度ばかりは口を挟もうとはしない。どうやらちゃんと空気を読んでくれているようだ。


「スポッターと申しますは鉄砲を撃ち掛けんとする者の助太刀を致す者にございます。鉄砲を撃たんとする者は的に気を取られる余り、時として周りに気が回らなくなったりしますでしょう? 違いますか? あと、風を読んだり的の動きを見据えたり的までの距離を見定めたり、エトセトラエトセトラ…… とにもかくにもスナイパーとスポッターは大の仲良し。一心同体筋肉少女帯…… じゃなかった、一心同体少女隊みたいな物なんですよ」

「さ、左様にござりまするか」

「ちなみにトム・ソーヤの冒険に出てくる酔っぱらいの爺さんはマフ・ポッターですぞ。ここ、間違い易いから注意して下さりませ」

「良う分かり申しました。まふぽったあと間違えぬよう用心をば致しまする」


 マジレス禁止! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。ただただ曖昧な笑みを浮かべるのみだ。

 見るに見かねたのだろうか。お園が大作の着物の袖口を軽く引っ張ると遠慮がちに口を挟んできた。


「どうどう、大佐。初っ端から飛ばし過ぎよ。もうちょっと気を平かにして頂戴な」

「そ、そうかな? 俺としては軽いジャブのつもりだったんだけどなあ」

「そんなことないわ。強烈な右ストレートだったわよ。それはそうと、大佐。まもなく久見崎よ。入来院様のお船に御用の御方は此方でお降りが便利です」


 お園の口調が急にコンピュータの合成音声ガイダンスみたいに平板な調子へと変わった。

 大作はそんな戯言を右から左へと聞き流す。同時に小さく舌打ちしながら舟を降りるために荷物を纏め始めた。


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