巻ノ参百五拾七 冷たい死の方程式 の巻
材木屋ハウス(虎居)を後にした大作とお園、十人の忍び、四十人のハンター協会員たちは長い長い行列を成して虎居の城下を進んで行く。目指すは川内川の川岸にある川舟の舟着き場だ。
ハンター協会員は一人ひとりが筵に包んだ鉄砲を重そうに抱えている。
大作も全員分の食器を背負い、お園も大量の食料を担ぐ。
こんな目に遭うんなら馬借を雇えばよかったなあ。後悔先に立たずとは正にこのことか。
歩くこと暫し、漸く川が近付いてきた。川岸には事前にチャーターしておいた何艘もの川舟がズラリと留め置かれている。
船頭らしき人影が大勢立ち並ぶ中、明らかに見た目の違う者が何人か紛れているようだ。
大作が目を凝らすと一人の男が重そうな荷物を抱えて進み出てきた。
「大佐様、ほのか殿から伺いましたが暫く旅に出られるそうですな。それにしても随分と急なお話で。大層と驚きましたぞ」
「アレ? 青左衛門殿には申し上げておりませなんだかな? ちょっと鉄砲のコンバットプルーフを行おうかと思い立ちましてな。即断即決、思い立ったが吉日と申しますでしょう? 早速『やってみよう何でも実験』と相成った次第にて」
「然れども大殿への鉄砲お披露目は如何なされるおつもりで? もう随分と支度も進んでおりますれば放って置くわけにも参りますまい」
「青左衛門殿。コンバットプルーフが済んでおらぬ鉄砲を大殿にお見せするわけにも参りますまい。心配には及びませぬ。拙僧にお任せ下さりませ。パパっと行ってチャチャっと片付けてきますから。青左衛門殿は大船に乗ったつもりで枕を高くしてお待ち下さいな。空母信濃くらいの大船とエベレストくらいの高さで」
大作は例に寄って例の如く、口から出任せの言い訳を披露する。
若い鍛冶屋は真面目に相手をするのが阿呆らしいとでも思ったのだろうか。肩を竦めると小さく溜め息をついた。
「まあ、鉄砲の儀は大佐様にお任せしております。今さら某の如き小者が口を挟むつもりは毛頭ございませぬ。とは申せ、もし鉄砲のお披露目が首尾良う参らぬ折に責を負うのは御免被りますぞ」
「はいはい、分かっておりますよ。万一、祁答院における鉄砲ビジネスが期待通りに行かなかったとしても製造された鉄砲は全てを我が寺が言い値で全て買い上げさせて頂きます故、ご安堵下さりませ。では、先を急ぎますのでこれにて御免!」
「いやいや、お待ち下さりませ、大佐殿。お出掛けならば丁度良いと思い、此れをお持ち致しました。三の姫様の思し召しで作りましたる百間先の的を射抜ける鉄砲にございますぞ。長さ二尺のロングバレルは肉厚のブルバレルとなっております。ご覧下さりませ。この放熱性を考慮したフィンを。随分と手間が掛かりましたぞ。是非ともこのマークスマンライフルも旅のお供にお連れ下さりませ。何卒コンバットプルーフをばお願い致します」
言うだけ言うと若い鍛冶屋は筵でグルグル巻にされた細長い塊を押し付けてきた。
おっかなびっくりの手付きで受け取ってみると予想よりも遥かに重いズッシリとした手応えが返ってくる。
筵で作られたカバーをそっと外すと中から出てきたのは何とも形容のし難い珍妙な鉄砲だった。
とってもロングでブルなバレルを装備したブルパップ式の鉄砲だ。しかしなんでまたブルパップ式にしちまったんだろう。
もしかしてこの鍛冶屋、最初に作った鉄砲がブルパップ式だったから鉄砲=ブルパップ式という固定観念が彼の中で出来上がってしまっているのかも知れんな。まあ、どうでも良いんだけれど。
「重っ! こいつは随分とフロントヘビーなことですねえ。とは申せ、斯様にも見事なる鉄砲を目にするのは拙僧とて初めてのことにございますぞ。おやおや、バイポッドも付けてくれたんですか。こいつは便利そうですなあ」
「さてもやは! これはまた珍妙な鉄砲なことで。大佐殿、近くで拝見しても宜しいかな?」
急に背後から掛けられた声に振り返ると年配の武芸者風の男が興味津々といった顔で鉄砲を注視している。確か名は音羽ノ城戸とかいったっけ。大作は朧気な記憶を辿る。
「流石は音羽殿、良くお分かりで。お目が高いですなあ。そう言えば貴殿は常々から鉄砲に関しては一家言あるとか申しておられましたな。んじゃあ、音羽殿。その腕を見込んでこのマークスマンライフルを貴殿にお任せして宜しゅうございますかな。シモ・ヘイヘやヴァシリ・ザイツェフ並みの手柄を期待しておりますぞ」
「うぅ~む、見れば見るほど何とも不可思議な格好をした鉄砲にございまするな。とは申せ、和尚ほどの御仁がお褒めになるとは余程に優れたる鉄砲に違いありますまい。必ずや某が使い熟してご覧にいれましょう」
受け取った銃を構えながら音羽の瀬戸とかいうおっちゃんがドヤ顔を浮かべる。
『その綺麗な顔を吹っ飛ばされるなよ』
大作は心の中で突っ込みを入れるが決して顔には出さない。
「まあ、細かい話は舟で川を下りながら致しましょう。さて皆様方、そろそろ出発の刻限が参ります。お乗りの方は乗船手続きをお急ぎ下さい。お見送りの方は舟からお降り下さい」
「じょ、じょうせんてつづき? それって何なのかしら。もしかして美味しいの?」
「マジレス禁止! 早く乗れってことさ」
四十人のハンター協会員を四艘の舟に分乗させる。それぞれの舟に忍びたちも二、三人ずつ乗せる。
万一、ハンター協会員が反乱でも起こした場合に備えての警戒だ。
だったら忍びが反乱を起こしたらどうするかって? その時はその時に考えるしかないな。
大作は考えるのを止めた。
全員の乗舟を確認するとお園に手を貸してやりながら最後尾に停めてある舟へと乗り込む。
数人の船頭の中に見知った顔を見つけた大作は思わず近付いて声を掛けた。
「おやおや、船頭殿。お久しぶりですなあ。商売の方は如何ですかな?」
「和尚殿、その節はお世話になりました。お陰様で商売繁盛にございます。お預かりした金子を元手に舟を増やしまして。今ではほれ、この通りにございます。四艘の舟で『しぇありんぐえこのみい』とやらを商うておりますれば」
「そ、そうなんですか。ですけどそんなに急に舟を増やしていったい何を運んでいるんですか? ヤバい物とかじゃないでしょうな?」
「いやいや、ご安堵下さりませ。儂も詳しいことは存じませぬが、山ヶ野の方で人足を大勢雇って何ぞ普請をやっておるようですな。人や飯、酒から細々とした物まで数多の荷を運んでおりますれば」
「ふ、ふぅ~ん。山ヶ野でねえ。いったい何処の何方が何をなさっておられるんでしょうねえ」
大作は曖昧な笑みを浮かべるとお園と共に舟の後ろ寄りに空いた所を見付けて腰を降ろす。
川岸では名残惜しそうな表情の若い鍛冶屋が立ち尽くしている。目が合った大作は思わず声を張り上げた。
「では、青左衛門殿。長寿と繁栄を! 鉄砲大活躍の吉報をお待ち下さりませ」
「大佐様、お園様。何卒、気の緩むことなきように」
「青左衛門様もお大事に!」
半笑いを浮かべたお園も手を振りながら適当な相槌を返した。
次の瞬間、川舟が滑るように川内川を下り始める。
大作とお園と青左衛門はお互いの姿が見えなくなるまで手を振りあっていた。
どんぶらこっこ、どんぶらこっこ。かなりの速さで舟は川を南へと進んで行く。
「ねえねえ、大佐。『どんぶらこっこ』って如何なる意があるのかしら?」
「さ、さあなあ…… 擬音語っていうかオノマトペっていうのか。特に深い意味は無いんじゃね? って言うか、前にもこの話をしなかったっけ?」
「いいえ、していないわよ。それとも、もしかして私じゃない誰かとしたんじゃないでしょうねえ?」
怪訝そうな表情のお園が小首を傾げる。その瞳には仄かに怒りの色が混ざっているような、いないような。
痛くも無い腹を探られては敵わん。大作は慌てて否定の言葉を口にする。口にしようとしたのだが……
「そうかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど。もしかして……」
「それ、美唯と話したんじゃないかしら? きっとそうよ、大佐!」
大作は不意に掛けられた声に慌てて背後を振り向く。そこには相変わらずのこまっしゃくれた笑顔を浮かべた少女が座っていた。
「うわぁ~っ! びくりしたなあ、もう。って、美唯! なんでお前が舟に乗ってるんだよ? お前はお留守番組だって言ったよなあ? 言わなかったっけ? 言ったような気がするんだけどなあ……」
「大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね」
美唯の顔には悪びれた様子が一欠片も感じられない。むしろ勝ち誇っているかの様に堂々としたものだ。
「いやいや、絶対に言いました。言いましたから。妙に大人しく言うこと聞いたと思ったらこんなこと考えていたとはな。美唯らしいっちゃあ美唯らしいんだけどさ。んで? お前はこれからどうするつもりなんだ?」
「どうもこうもないわよ。美唯は大佐にくっ付いて行くって決めたんだから。死が二人を分かつまでね」
「お前はいったい何処でそんな言葉を覚えてきたんだ? まあ、今はそんなことはどうでも良いんだけど。って言うか、小次郎まで連れてきちゃったのかよ! お前、ちゃんと世話できんのか?」
人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべながら美唯は三毛の子猫の頭を優しく撫でる。
どうやら大作の叱責は完全に右から左へ聞き流されているらしい。これこそ正に馬の耳に念仏? 馬耳東風? 糠に釘? 暖簾に腕押し? 分からん! さぱ~り分からん! とにもかくにも何とかせねば。このまま舐められっぱなしだと沽券に関わるぞ。何でも良いからガツンと一発言ってやらねば。
大作は例に寄って例の如く頭をフル回転させて無い知恵を振り絞る。しかしなにもおもいつかなかった!
「それはそうと、美唯。お前さんは何でそんなに堂々としていられるんだ? はっきり言うけどこれって密航っていう重大犯罪なんだぞ。ちょっと洒落にならないんですけど?」
「みっこう? それって美味しいの?(笑)」
「いやいや、冗談じゃないぞ。密航は殺人や放火に次ぐくらいの重大犯罪なんだからな。『死の方程式』って聞いたことあるじゃろ? 密航者は理由の如何を問わず発見次第、船外へ放り出されちゃうんだぞ」
「あのねえ、大佐。それを言うなら『冷たい方程式』でしょうに。『死の方程式』だったら刑事コロンボになっちゃうわよ」
間髪を要れずというか阿吽の呼吸というか…… 即座にお園から合いの手が入った。
これはもう駄目かも分からんなあ。大作は素直にギブアップを表明する。
「そ、そうとも言うな。とにもかくにも宇宙船の密航者はエアロックから外に不法投棄すると昔から相場が決まってるんだよ。銀河鉄道999だってそうだっただろ?」
「そうなの? 美唯、銀鉄は詳しくないから分からないわ。きっと世代が違うんじゃないかしら」
「ですよねぇ~っ! まあ、来ちまったものはしょうがないか。だけど、小次郎の世話はちゃんと責任を持ってやってくれよ。美唯は生き物係なんだからな」
「はいはい、分かってますよ。って言うか、今やろうと思ったのに言うんだもんなぁ~っ!」
美唯がオーバーリアクション気味に引っ繰り返る。狭い舟に乗り合わせた一同はどっと笑い声を上げた。
そんな阿呆な話をしている間にも舟は物凄いスピードで川を下って行く。
もし万が一、舟が引っ繰り返りでもしたら大惨事だな。そう言えば、未だに救命胴衣を作っていなかったっけ。どうして心の中のメモ帳に書いていたのに忘れちゃったんだろう。
って言うか、今から海に出ようっていうのに何で救命胴衣を用意していないんだろう。悔やんでも悔やみきれんぞ。大作は頭を抱え込んで小さく唸ることしかできない。
やがて舟は大きな中州の横を通り過ぎる。川が徐々に右に曲がり始めた。さらに進んで行くと川は急に折れ曲がるように向きを変える。何度か訪れたことのある山崎の辺りだ。
「ここで一旦舟を降りて清色城に向かうぞ。入来院の殿様に話を通さなきゃならんからな」
「そうね。今日はいったい何を食べささて貰えるのかしら。じゅるるぅ~っ!」
「いやいや。俺たちは飯を食いに来たんじゃないんだぞ。まあ、茶の一杯くらいは出るかも知らんけどな。そう言えば……」
「お園様! 大佐! お待ちしておりました!」
不意に川の東岸から女の声が聞こえてきた。声の主はと振り向いてみれば若くて綺麗な女が手を振っている。
「ねえねえ、大佐。いったいあの女は誰なのよ? もしかして、あの女にも懸想してるんじゃないでしょうねえ?」
「あのなあ、お園。アレは菖蒲…… じゃなかった、菖蒲じゃんかよ。って言うか、お前だって知らんはずがないだろうに」
「マジレス禁止! ちょっと揶揄っただけよ。確か入来院のお殿様へ使いに出したんじゃなかったかしら? きっと何ぞ言伝でも承って来たんじゃないかしら」
「そうかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど」
大作は卑屈な笑みを浮かべると揉み手をしながら船頭に舟を川岸に寄せるようお願いした。




