表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
355/516

巻ノ参百五拾伍 詰め込め!六十人を の巻

 山ヶ野へ使いに出したくノ一の桔梗(ききょう)が材木屋ハウス(虎居)へ戻ってきたのは太陽が青空に高く昇った頃のことであった。

 グラマーで色白のくノ一は片膝を着いて跪くと豊満な胸元から小さく折り畳まれた紙切れを取り出す。

 大作は軽く一礼すると手紙を恭し気に受け取った。心の中で『何が出るかな? 何が出るかな?』と歌うように念じながら開いていく。

 もし『勝訴!』とか書いてあったらどんなリアクションをしようかな。想像しただけで思わず吹き出してしまいそうだ。

 だが、そんな小さな希望の灯火は現実という名の非情な鉄槌によって無惨に打ち砕かれる。

 開かれた紙切れに描かれていたのは大作にとってもはやすっかり見慣れた存在。例のミミズがのたくったような謎の図形であった。


「読めん! 読めないぞぉ~っ!」

「はいはい。お約束、お約束。私が読んであげるわよ。って言うか、今日から私が大佐の目になってあげるわ!」


 ドヤ顔を浮かべたお園は何処かで聞いたことがあるような、ないような。ありきたりなセリフを披露する。

 だけども何処で誰が言ったセリフなんだろう。分からん! さぱ~り分からん! 大作は考えるのを止めた。


「いやいや、俺は別に読めないわけじゃないですから。読んでも面白くなさそう。って言うか、読むほどの価値を見い出せないっていうか何というか。とにもかくにもアレだな、アレ……」

「分かったわよ! 分かったからさっさと文をこっちへ寄越しなさいな!」


 お園はちょっと切れ気味な喚き声を上げると引っ手繰るように紙切れを奪い取った。


 お前はいったい何に切れてるんだよ! 紙切れなだけにってか?

 大作も負けず劣らずといった感じの『上手いこと言った!』というドヤ顔を浮かべる。

 だが、お園の興味は手紙の文面に集中しているようだ。暫しの間、一心不乱というか脇目も振らずにというか…… とにもかくにも目線を忙しなく上下させている。と思いきや、不意に顔を上げると眉間に皺を寄せた。


「ハンター協会から選抜された四十名のチームは今朝早くに山ヶ野を出たそうよ。遅くとも夕方には虎居につくんですって。だから夕餉と寝床の支度を頼むって言ってきているわ」

「よ、四十人分の寝床と飯だと…… そ、そんな阿呆な!」

「えぇ~っ! もしかして考えていなかったの? 呼べって言ったのは大佐でしょうに。いったいどうするつもりなのよ?」

「ど、どうする気って言われてもなあ…… どうもせんぞ。たとえばの話なんだけど、もし着いた途端に帰ってくれって言ったらみんなどんな顔をするだろうな。とは言え、これは本気で困ったことになったかも知れんぞ。まさか野宿してくれとも言えんしな。もう、いっそのこと纏めて殺っちまうか? でも、仮に始末するとしても四十人は多いぞ。多すぎるなあ……」


 大作は脳内で四十人のハンター協会を皆殺しにする。皆殺しにしたのだが……

 ズラリと並べられた死体を埋めるにはいったいどれくらい大きな穴が必要なんだろう。ショベルカーが無いって辛いなあ。やっぱ建設重機は偉大だぞ。一段落付いたらアレの開発を進めるのが……

 だが、想像の翼を広げていた大作の意識はお園の発した言葉によって急速に現実へと引き戻された。


「しっかりして頂戴な、大佐。戦わなきゃ、現実と! どうにかして材木屋ハウス(虎居)に六十人を詰め込む。今はそれしかないのよ!」

「でもなあ、くノ一と忍びだけでもギュウギュウ一杯なんだぞ。もはやラッシュアワーで押し競饅頭な状態なんだもん。そこへ更に四十人も詰め込んだらサザ()さんのエンディングみたいになっちまわないかなあ? それか奴隷貿易船みたいな? だったらいっそカプセルホテルみたいにすれば……」

「ならば他所へ行って頂いては如何にございましょう?」

「へぁ?」


 声のする方へ振り向いてみれば半笑いを浮かべた桔梗が小首を傾げている。

 その発想は無かったわ! 大作はほんの一瞬だけ同意しそうになる。だが、慌てて頭を激しく振って余計な考えを素早く打ち払う。


「馬鹿野郎、逃げるったってお前、何処へ逃げるってんだよぉ~っ!」


 何と返したら良いか迷った大作は思わずクロトワのセリフを口にしてしまう。だが、元ネタを知らない桔梗にはこれっぽっちも通じていないようだ。


「いえ、逃げるのではございません。他所へと行って頂くのでございます。聞けば山ヶ野において働いておられる方々の中には舟木の村から参られた方も多いと聞き及んでおります。その分だけ空いておる寝床もございましょう。ここは一つ、舟木村で泊めて頂くのが宜しいかと存じます」

「う、うぅ~ん……」


 この意見に対し、大作としては特に依存はない。依存は無いのだが…… 他人の出した案をすんなり受け入れるのは嫌だなあ。偏狭なプライドが邪魔をして素直に納得することがどうしてもできない。

 何でも良い。何でも良いからちょっとした言い訳が欲しいなあ。本当に何でも良いんだけれども。

 だが、下手な考え休むに似たり。いくら頭を捻っても何一つとしてマトモなアイディアが浮かんでこない。

 私が魔法の壺でも持っていて、そこからマトモなアイディアが湧き出て来るとでも奴は思っているのか?


「ねえねえ、大佐。奴って誰のことよ? 美唯、分かんないんだけれども?」

「うぅ~ん、いったい誰なんだろうなあ。俺にもさぱ~り分からんよ。分かったら教えてくれ。そんなことより今はこの小屋にどうやったら六十人もの人間を押し込むことができるのか。その方法を考えるのが先決だろ?」

「えぇ~っ? たったいま桔梗が言ったわよねえ。舟木の村に泊めて頂こうって。もしかして大佐、聞いていなかったのかしら?」

「失礼なこと言うなよ! ちゃんと聞いてましたから。今のは美唯、お前さんを試しただけだよ。よし、美唯。合格だ。現時刻を持ってお前を連絡将校の任から解く。変わりに今からお前は特命全権大使に任ずる。心して励め。良いな?」


 あまりと言えばあんまりにも急激な話題の急展開に美唯はまったくといって良いほど付いてこれていない。それを良いことに大作は話を一方的、かつ矢継ぎ早に勧めて行く。


「お園、今から言うことを口述筆記してくれるか」

「こうじゅつひっき? 紙に書き付ければ良いのね。分かったわ」

「背景前略こんにちは。ラピュタ王国の正当なる後継者、生須賀大作こと大佐より入来院の第十二代当主、重朝殿に申し上げ奉る。恙無きや? 先日拝見致しました新造船の試験航海、及び新生入来院水軍の水主(かこ)をリクルートするために一月ほど外洋航海を行いとう存じます。つきましては船を操る者を十名ばかりと水や食料の支度を願い奉ります。何卒よしなにお願い申し上げます。敬具」


 お園はさらさらと達筆すぎるほど華麗な文字で手紙を書き付ける。書き付けていたのだが……


「はい、これで良いかしら?」

「読めん! 読めないぞ!」

「はいはい。お約束、お約束。んで? いったいこれをどうするつもりなのかしら?」

「そりゃあ入来院に届けるだよ。その役目は…… 菖蒲(しょうぶ)…… じゃなかった菖蒲(あやめ)、君に決めた! 現時刻を持ってお前をラピュタ王国の特命全権大使に任ずる。この(ふみ)を入来院の殿様に届けてくれ。そうそう、お園。もう一筆頼めるか? この文を届けた者に美味しい物を食べさせてやって下さいってな」


 お園はちょっと羨ましそうな顔をしながらも紙を広げ直して余白に小さな字で書き加える。

 言われたことには黙って従う。それが彼女の処世術なんだろう。大作は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。


「はい、できたわよ。私たちの分まで美味しい物を食べさせて貰いなさいな」

「あの、その…… お園様。私、入来院様のことを存じておらぬのですが?」

「大丈夫だよ。あのお殿様、顔はちょっとばかり怖いけど中身は普通の気の良いおっちゃんだから。頑張れ、頑張れ、出来る、出来る! 菖蒲なら絶対に出来る!」

「……」


 菖蒲は不満たらたらといった顔をしながらも手紙を懐に仕舞うと足取りも重く立ち去った。

 彼女も言われた事には黙って従う。そんな処世術の持ち主なんだろう。


「ふんっ、馬鹿どもには丁度良い目眩ましだ!」

「はいはい。お約束もここまで来ると小気味良いわね。それじゃあ私たちは材木屋ハウス(虎居)で六十人が寝泊まりできるように支度をしましょうよ」

「そうだな。まずは三段ベッドを五段ベッドに改造しよう。これで収容効率は七割アップだ。さらに一つのベッドに互い違いに二人を寝かせれば収容率は二倍。両方合わせれば三倍の六十人が収容できるはず。土間に筵を敷いたりハンモックを吊るせば余裕があるはずだ。よし、今すぐにでも取り掛かるぞ!」

「あの、大佐様。舟木の村にも幾人ばかりか泊めて頂いては如何にござりましょうや? 大佐様?」


 多少の遠慮をしながらも桔梗が果敢に自分の意見を口にする。だが、甲斐甲斐しく大工仕事に勤しんでいる大作とお園の耳には全くといって良いほど届いてはいなかった。




 日が西の空に傾くころ、夕餉の支度をしていた大作とお園の下に見るからに怪しげな集団が姿を見せた。

 誰もがみんな薄汚い着物を身に纏い、埃で薄汚れた顔をしている。髪の毛はボサボサ。擦り切れた草履を履いている者はまだマシな方だ。裸足で歩いている者も大勢いるような、いないような。

 いくら何でもこれは酷いぞ。ベルリン攻防戦の国民突撃隊じゃあるまいし。こんな愚連隊みたいな奴らを連れて入来院に行かねばならんとは。

 とは言え、今から四十人分もの着物を誂える時間も費用も無い。そんなロスタイムは許容できん。ここは涙を飲んで諦めるしかなさそうだ。


「みなさん、遠い所をご苦労さまでした。まずは鉄砲を置いて長旅の疲れを癒やして下さい。まもなく夕餉も出来上がります」

「忝のうございます、大佐様。して、我らは何処で何を致せば宜しゅうございますかな? サツキ殿からは何も伺ってはおらぬのですが?」

「恐れ入りますがNeed to knownでお願いします。情報は必要に応じて順次解禁して参りますので時がくるまで楽しみにお待ち下さりませ。それはそうと皆様方、長旅で随分と汚れておるご様子。申し訳ございませんが川で体と着物を洗って頂けますかな? それと髪や髭も整えて下さりませ。何卒ご理解とご協力のほど宜しくお願いいたします。それでは河原へご案内いたします。こちらへどうぞ!」


 先頭に立った大作は四十人の男たちを率いて川内川を目指して歩く。

 ゾロゾロと群れを成して歩く異形の集団を城下の人たちは奇異な者でも見るかのように冷たい視線を向けてくる。


「気にしない、気にしない。一休み、一休み」


 大作は念仏でも唱えるかのように一心不乱に祈り続けることしかできない。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、お園が無邪気な調子で話しかけてくる。


「きっとハーメルンの笛吹もこんな心持ちだったんでしょうねえ」

「そうかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど」


 歩くこと暫し。ようやく目指す河原が見えてきた。


「突撃に進めぇ~~~っ!」


 大作は自棄糞気味な雄叫びを上げると着物を着たまま川の中へと駆け込んで行く。むさ苦しい格好をした四十人の男たちも揃って後に続く。


 お園は少し離れた所から黙ってそれを見詰めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ