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巻ノ参百五拾四 読めない手紙 の巻

 緊急ミーティングから一夜が明け、ようやく材木屋ハウス(虎居)にも普段の日常が戻ってきた。

 一同は朝礼、ラジオ体操、朝餉といった日課を淡々と片付ける。その後はまるで蜘蛛の子を散らすかのように各々が与えられた仕事へと向かって行った。

 足早に立ち去る後ろ姿を見送りながら大作は本日の予定について思いを巡らせる。巡らせたのだが……


「分からん! さぱ~り分からんぞ!」

「いったい何が分からんのよ、大佐?」

「それが分からんから苦労してるんだよ……」

「そ、そうなんだ。それは難儀なことねえ」


 そんな阿呆なやり取りをしながらも大作とお園はみんなの食器を丁寧に洗っては積み重ねて行く。それというのも、どういうわけだか今日は二人がPK勤務に当たってしまったからだ。


「なあなあ、お園。なんでKP勤務の当番表に俺たちの名前まで入ってるんだ? こういうのって普通、幹部要員の名前は外すもんじゃなかったっけ? 違ったかなあ?」

「私に言われても知らんわよ。でも、食べ物で別け隔てしないって言い出したのは大佐じゃなかったかしら?」

「いやいや、それは食べ物の中身に関してだろ。たとえば自衛隊とかでも幹部と一般の兵は同じ物を食ってる。でも、食器やテーブルは違うじゃん。兵はセルフサービスだけど幹部は給仕が付くとかさ」

「だろ? って言われても知らんものは知らんわよ。だって私、自衛隊の食堂なんて見たことも聞いたこともないんですもの。そも、自衛隊の食堂ってそこいらの民草が勝手に出入りできるような所じゃないでしょうに」

「そりゃあ俺だって行ったことはないさ。でも、テレビとかで目にする機会は結構多いと思うぞ。カズレーザーなんてしょっちゅう出入りしてそうなイメージがあるんだけどなあ」

「ふぅ~ん、そんなイメージかしらねえ。まあ、大佐がそう思うんならそうなんでしょう。大佐ん中ではね…… さあ、洗い終わったわよ。んで? 今日、何をするのかは決まったのかしら?」


 まるで勝利宣言するかのように言い放ったお園は重ねた食器を重そうに抱えて勢いよく立ち上がる。鍋や釜を手にした大作も慌てて後に続いた。


「取り敢えず困った時は適当に城下をぶらついてみようよ。面白いことの一つや二つくらい転がってるかも知れんし」

「そうね、ぼぉ~っとしててもしょうがないし。まずは行動よ。風の向くまま気の向いた方へ行ってみましょう」


 小屋を後にした大作とお園は仲良く二人で手を繋いで虎居の城下を彷徨い歩く。彷徨っていたのだが…… 例に寄って例の如く道に迷ってしまったのか?

 と思いきや、捨てる神あれば拾う神あり。いやいや、犬も歩けば棒に当たる? 何かそんな感じで都合良く通りの向こうから見知った顔が現れた。


「これはこれは青左衛門殿。こんな時間にいったい何処へお出掛けで?」

「いやいや、八木様のお屋敷からの帰りにございまする。鉄砲のお披露目の事であれやこれやと語らって参りました。八木様から大殿にお話し頂いたところ、大層とお喜びだったそうな。これは決して仕損じる事のないよう用心せねばなりませぬな」

「あぁ~っ、あの件ですか? あの件は…… 急な話で申し訳ないんですけど無期延期にさせて頂いて宜しゅうございますか? ちょっとばかり状況が変わりまして」

「な、な、何と申されまするか? むきえんき? 鉄砲のお披露目は沙汰止みとの仰せにございまするか? しかし何故に?」

「ちょっと…… ちょっと消防署の方から駄目出しが入ったんですよ。火薬類取り扱い責任者が必要だとか何とか。いま、大急ぎで人の手配をしております。それまで少しの間、楽しみにお待ち下さりませ」


 大作はノータイムで適当な言い訳をでっち上げる。こういう時の頭の回転速度にだけは自信があるのだ。内容に関してはともかくとして。

 だが、折角の言い訳も青左衛門にはさぱ~り通じていないらしい。ただただ曖昧な笑みを浮かべて鼻を鳴らすのみだ。

 こういう時は話題を逸らすしかないな。ポクポクポク、チ~ン。閃いた!


「時に青左衛門殿。このロスタイムを有効活用せんがため、拙僧は久々に入来院を訪ねてみようかと思うております。前にお願いしたヘルメット鍋の試作品は出来上がっておりますかな?」

「へるめっとなべ? ああ、鉄で拵えた丸い陣笠の事にございますな。あれの試作品ならば一つ仕上がっております。是非ともお持ち下さりませ。数多の注文をお待ちしておりますぞ」

「おお、そりゃあ良かった。では、お預かり致します」


 そんな阿呆な話をしながら歩いている間に二人は鍛冶屋の前に辿り着いた。

 戸板の隙間から顔を覗かせた小僧に青左衛門が小声で何事かを呟く。小僧は足早に奥の方に姿を消した。


「……」


 暫しの間、沈黙が続く。ただ黙って待っているのは辛いなあ。そうは言っても特に面白い話題も思い付かないし。困ったことになったかも知れんぞ。

 突如として大作の胸中に何とも形容のし難い漠然とした不安感が湧き上がる。

 まさかとはおもうけど警察でも予備に行ったんじゃあるまいな? でも俺、何も悪いことしてないんですけれど?

 とは言え、警察って輩は自分たちの点数稼ぎのためならありもしない罪をでっち上げることだって無きにしも非ずだ。どっかの警察署ではせっせと偽の自転車盗難届を偽造していたとか、射なかったとか。そもそもそんなことになったのは行き過ぎた犯罪検挙率至上主義という……


「お待たせ致しました、大佐様!」

「うひゃぁ~っ! びっくりしたなあ、もう……」


 背後から急に声を掛けられた大作は驚きのあまり心臓が止まりそうになった。まあ、本当に止まったりはしていないんだけれども。

 慌てて振り返った大佐の目に飛び込んできたのは小脇にナチスドイツ風ヘルメットをさも大切そうに抱えた青左衛門の姿だ。


「如何にございますか、ヘルメット鍋の出来栄えは? 試しに被ってご覧になられまするか?」

「いやいや、今は遠慮しておきましょう。して、鍋としての実用性は如何ですかな?」

「昨晩はこの鍋で夕餉を作り、皆で食しましたが良い塩梅にございましたぞ。やや座りが悪い故、引っ繰り返さぬ用心が要りますが」

「左様にござりまするか。そのお言葉、肝に命じておきましょう。では、お預かり致します。入来院のお殿様もさぞやお気に召すことにございましょう。吉報を楽しみにお待ち下さりませ」

「大佐様こそお気を付けて参られませ。お園様も気を緩むことなきよう」


 青左衛門が深々と頭を下げ、大作とお園も同じように応えた。




 二人はたったいま通ってきた道を足取りも軽く逃げ去るように戻って行く。手渡されたヘルメットの重さは一キロくらいだろうか。ずっしりとした重量感が両手の中で圧倒的な存在感を放っている。

 まあ、これくらいの重さなら現代のヘルメットと比べても重すぎるということはなさそうだ。だが、強度に関してはさぱ~り分からない。

 流石に現代のヘルメットとは比較にもならないんだろうなあ。そもそも二十一世紀のヘルメットだってライフル弾を喰らえば紙切れみたいな物だしな。

 大作は考えるのを止めると上目遣いでお園の顔色を伺った。


「なあなあ、お園。もし良かったらちょっと被ってみないか? きっと似合うぞ。馬子にも衣装って言うだろ?」

「それ、褒め言葉じゃないわよ」

「マジレス禁止~! んで? 被るなら早くしろ、被らんなら帰れ!」


 大作は目にも留まらぬ早業でバックパックから碇ゲ()ドウのサングラスを取り出して掛ける。

 だが、大作が渾身で放ったネタをお園は馬耳東風といった顔で華麗にスルーした。


「帰れっていったい何処へよ? せっかくだけど遠慮しておくわ。今まで黙ってたけど私、先祖代々の家訓でヘルメットだけは被っちゃいけないって育てられたのよ」

「ふぅ~ん、そうなんだ。似合うと思うんだけどなあ。まあ、無理にとは言わんよ。それはそうと、これって内側にインナーというかライナーというか…… 何手て言ったっけかな? 内張りみたいなのが要るよなあ?」」

「確か浮張(うけばり)って言うんじゃなかったかしら。兜の内側に革や布を浮かせて張って頭が直に当たらないようにするんでしょう? だけどもそんな物、いったい何処で誂えて頂いたら良いのかしらねえ?」


 遠い目をしたお園は小首を傾げると呟くように言葉を発した。だが、心ここにあらずといった感じだ。

 気になった大作はお園の視線の先へと目をやる。目をやったのだが……


「大佐~! お園様~! 二人ともこんなところにいたのね。随分と方々を探したわよ。お陰で美唯、とっても草臥れちゃったわ……」

「そういやお前、昨日から走りっぱなしだったもんな。これってどう考えても効率が悪すぎるんじゃね? とは言え、携帯電話どころか持ち運び可能な無線機ですら作れそうにないしな。何ぞ良い考えはないもんじゃろか?」

「移動手段の方を改善してみたらどうかしら? 大佐、前に自転車や馬車を作るとか言ってたわねえ」

「そうだな。二本の足で走り回るよりかは楽ができるかも知れんな。そうなると問題は軽量なフレームと空気入りゴムタイヤか。どっちもハードルが高そうだぞ」

「サスペンションやホイールの形状で工夫するしかないんじゃない? それとも……」


 そんな阿呆な話をしながら三人は虎居の城下を歩いて……


「違うでしょぉ~っ! 美唯が大佐を探してたのは急ぎの用があったからなのよ! 聞いて頂戴な、大佐!」

「ん、何のことかな? 話があるんなら何でも言ってみ。対話の門は常に開かれているぞ」

「えっとね、えっとね…… 何だっけ? 美唯、忘れちゃった。てへぺろ!」

「ズコォ~ッ! って、お約束はもう良いから。早く本題に入ってくれよ。もう材木屋ハウス(虎居)が見えてきちゃったぞ」

「本題も何もないわ。美唯、本当に忘れちゃったんですもの。うぅ~ん、何だったかしらねえ? こんなことになるんならちゃんとメモしときゃ良かった…… アッ~!」


 美唯の黄色い悲鳴というか、金切り声というか…… 甲高い絶叫が静かな虎居の城下に響き渡る。次の瞬間、いろんな身なりをした大勢の人たちが一斉に迷惑そうな顔で睨んできた。

 突如として注目の的になった大作は照れくさそうな苦笑を浮かべることしかできない。ぺこぺこと米搗き飛蝗のように頭を下げる。


「すんません、すんません。うちの娘が大声を上げて申し訳ございません。おい、美唯。お前も早く謝れ」

「お、大きな声を出して申し訳ございません……」

「んで、美唯。いったいどうしたのよ。急にあんな大声を出すなんて」

「申し訳ございません、お園様。でも美唯、思い出したのよ。ほら見て。山ヶ野へ使いに出したくノ一の(すみれ)がほのかからの返書を携えて戻ってきてるのよ」


 視線の先、小屋の傍らには見覚えのある若い女が立っている。蓮華(れんげ)と共に伝令を頼んたくノ一の片割れだ。

 大作はお得意の卑屈な笑みを浮かべると上目遣いで顔色を伺った。


「お疲れさん。ほのかは何と言ってきたのかな?」

「これに」


 くノ一は片膝を付いて傅くと懐から小さく折り畳まれた紙切れを取り出す。

 大作は懸賞を貰う関取みたいにチョンチョンと手刀を切ると、さも恭し気に受け取った。

 手に取った紙切れは何だか生暖かくて少しだけ湿っている。

 慌てて開こうとするが緊張のあまり手が震えてしまって上手く開けない。

 ちょっと乱暴に広げた紙切れに書いてあった文面は……


「読めん、読めないぞぉ~っ!」


 例に寄って例の如く、紙切れにはミミズののたくったような謎の図形が書かれていた。


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