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巻ノ参百五拾参 美唯は何処、美唯は居ずや の巻

 伊賀から来た忍びたちにも飛び入り参加してもらった緊急ミーティングは特にこれといった結論も脱せないままに終わりを迎えようとしていた。していたのだが……


「って、あかんやろぉ~っ! 井上一族滅亡といわれる日まであとたったの六十八日しかないんだぞ。それなのに貴重な一日を映画談義なんかで潰してしまうとは情けない…… ()に恐ろしきは話の脱線かな」

「本に恐ろしきは大佐の無駄蘊蓄の方だと思うわよ。いつの間に話があんな風に脱線してたのかしら。横で聞いていた私にもさぱ~り分からなかったわ。とは言え、このまま話が纏まらないのも困ったものよねえ」

「で、ですよねぇ~っ! じゃないと帰ってきたくノ一たちに遊んでいたと思われちまいしうなんだもん。ってなわけで、ぱぱっと議事録を作っちまうとするか」


 大作は言葉を区切ると材木屋ハウス(虎居)に集う一同の顔をぐるりと見回した。

 じっと見返してくる者、素早く視線を逸らす者、半笑いを浮かべる者、小首を傾げる者、エトセトラエトセトラ。みんな違ってみんないい。誰一人として声を上げようとしない。

 この沈黙は消極的同意と受け取っても良いんだろうか。良いんだろうなあ。大作は考えるのを止めた。


「まずは山ヶ野からハンター協会を呼ばなきゃならん。鉄砲の腕が確かで、安芸国まで行っても良いっていう奇特な奴が四十人ばかり必要だ。四十丁の鉄砲と弾や火薬はそいつらに運んでもらえば良いな。虎居から小舟に分かれて乗って川内川を久見崎まで下る。そこから安芸国へは入来院の殿に頼み込んで例の新造船を出してもらおう。実証試験とか練習航海とか何でも良いから適当な理由をでっち上げれば良い。そうだ! ついでに松浦に寄るのも面白いかも知れんな」

「時にゆとりがあればの話だけどね」

「よし、出来た! 議事録完成! 回覧しますんで目を通したらハンコを押して下さいね。ハンコ持っていない? んじゃ、サイン…… 署名でも結構ですよ。みんなに見てもらってる間に夕飯の支度をしようか。お園」


 水を汲んで湯を沸かし、得体の知れない野菜を煮込む。玄米と麦の雑炊を作っているとくノ一たちが三々五々と帰ってきた。

 すでに小屋の外は薄暗くなりかけているようだ。日は西の空に大きく傾いている。


「お帰り、みんな。ご苦労さんだったな。報告は夕餉の後で受けるよ。それより美唯の奴を見かけなかったかな? サツキとメイを呼びに行かせたんだけれど」

「さ、さぁ~っ? そう申さば走り回っておるのを見かけたような見かけなかったような…… サツキ様とメイ様は方々を回っておられたご様子。大方は美唯殿も其の後ろを追いかけ回しておられたのではござりますまいか?」

「そ、そうなんだ…… そいつは悪いことをしたなあ。まあ、見つからなければそのうち諦めて帰ってくるだろさ。って、言ってるそばからサツキとメイじゃんかよ。お帰り! 美唯を見なかったか?」


 噂をすれば影が差す。くノ一姉妹がひょっこりと姿を現した。まあ、別に噂なんてしていなかったんだけれども。


「美唯? 連絡将校の美唯にございますか? いえ、見かけてはおりませぬが」

「私も見なかったわよ。何処かへ使いにでもやったの?」

「いや、見ていないんなら気にしないで結構だ。所詮、奴も消耗品に過ぎんからな。そんなことより腹が減ってるだろ? 夕飯の用意ができてるぞ」


 一人を除いて全員が無事に帰宅しているようだ。大作は椀を手に取ると熱々の雑炊を……

 その時、歴史が動いた! 入り口の引き戸が勢い良く…… と言いたいところだが、実際にはガタガタと音を立てながら動き難そうに開く。


「ちょっと待って頂戴な! 美唯をほっぽっておいて夕餉を食べようだなんていったいどういう了見かしら? 美唯は一日中、虎居の城下を駆けずり回っていたのよ。それなのに美唯だけ爪弾きにするなんて、あんまりだわ!」

「どうどう、餅つけ。って言うか、お前は今まで何処で何をしてたんだよ? サツキもメイもとっくに帰ってきてるんですけど? 言っちゃ悪いけどお前、物凄い草臥れ損の骨折り儲けって奴じゃね?」

「そ、そんなのってないわ! 美唯は、美唯は一所懸命に走り回っていたのに! サツキもメイも非道じゃないの! いったい何処にいたのよ? 美唯がどれほど骨折って探していたか分かっているのかしら?」

「そんなの二人に分かるわけないじゃんかよ。よし、そんな美唯に汚名挽回のチャンスをくれてやろう。ちなみに汚名挽回っていうのは誤用じゃないからな」


 適当に御託を並べながら大作は椀に雑炊を注ぐと匙を添えて美唯の手へと渡す。色気より食い気って奴なんだろうか。険しかった美唯の表情が少しだけ和らいだ。


「ありがとう、大佐。んで? 汚名挽回っていうのは何なのかしら。勿体ぶらないで早く教えて頂戴な」

「聞いて驚け。そうだ、ついでにくノ一のみんなも聞いといてくれ。本日開かれた緊急会議で安芸国への派兵が正式に決定した。参加メンバーは忍びの皆様とハンター協会からの選抜メンバーを四十名だ」

「ふぅ~ん。それで? 美唯はいったい何をすれば良いのかしら?」

「だからひとっ走り山ヶ野まで行って四十人ほど人を呼んできて欲しいんだよ。今からお園と相談して募集条件を決める。明朝までに書面にして渡すよ。そいつをほのかに届ければ後のことは向こうでやってくれるはずだ。それからは四十人と一緒に鉄砲や弾、火薬を持ってくるだけの簡単なお仕事だ」


「え、えぇ~っ! 美唯、今日は朝から晩まで走り通しだったのよ。明日も走り回れって言うの? それはいくら何でもちょっと非道なんじゃないかしら。ねえ、お園様?」


 例に寄って例の如く、美唯は助けを求めるような視線をお園に送る。

 暫しの沈黙の後、痺れを切らしたといった顔のお園が口を開いた。


「しょうがないわねぇ~っ! 大佐、そんな大役を美唯みたいに小さな娘に背負わせるのは無理が過ぎるというものよ。だって……」

「そんなことないわ、お園様! 美唯、小さな娘なんかじゃないし。山ヶ野まで行って帰ってくるくらいのこと、美唯には容易いことよ。だけども…… だけども美唯はやりたくないのよ!」

「ズコォ~ッ!」


 お約束、お約束。大佐とお園は盛大にズッコける。くノ一と忍びも釣られるようにどっと笑い声を上げた。何が何だか有耶無耶のうちに美唯のお使いは沙汰止みになった。






 翌日の朝餉を食べた後、くノ一の(すみれ)蓮華(れんげ)に山ヶ野への使いを頼む。書状は昨晩のうちにお園に書いてもらった物だ。


「四十名の選抜と出発準備でどんなに急いでも半日は掛かるだろうから山ヶ野を発つのは明朝で良いぞ。万一、何か支障があってそれ以上の遅れが出るようなら状況を知らせるためにどっちか一人が報告に戻ってきてくれ」

「畏まりました。では、行って参ります」


 返事をするやいなや、くノ一コンビは風のように走り去った。


「ふっ、馬鹿どもには丁度良い目眩ましだ……」

「はいはい。お約束、お約束。んで? 待ってる間、私たちは何をするの?」

「まずは旅の支度だな。目的地までは片道六百キロ、百五十里の長旅になる。船の速度がどれくらいなのかは見当もつかんけど、半月くらいは覚悟しといた方が良いだろな。途中での補給は可能だろうけど、準備しておくに越したことはないはずだ。必要な物資をリストアップするから手分けして買い出しに行く。運搬の準備も必要だな。それから川船の手配もせにゃならん。担当を決めて分担しよう。お園は……」


 昨日は映画談義で貴重な一日を潰してしまった。だが、大作はやれば出来る子。同じ轍は二度とは踏まない。踏まないはずだったのだが……


「どうして大佐は無駄蘊蓄が止められないのかしら? 悪いんだけど暫く黙っていてくれる? それか夕方まで席を外して頂戴な」

「あの、その、いや…… そうだな。お言葉に甘えさせて頂くよ」


 大作は悔しそうに呟くと小さく肩を竦めて小屋を後にする。後にしたのだが……




 その後、彼の行方を知る者は誰もいなかった……

 って、いやいやいや。これってバッドエンドじゃんかよ!


「誰かぁ~っ! 誰かいませんかぁ~っ!」


 声を枯らして叫んでみるが何処からも返事が返ってこない。


「こんなところで…… こんなところで俺は死ぬのか? なんじゃあこりゃああっ! 死にたくねぇ…… 俺はまだ死にたくねえよ…… って言うか、なんで大作すぐ死んでしまうん?」

「坊やだからよ……」

「えっ?」


 不意に背後から掛けられた声に慌てて振り返るとドヤ顔のお園が顎をしゃくっていた。


「お、お園じゃんかよ! お前は今まで一体どこで何してたんだよ?」

「それを聞きたいのはこっちの方よ! 大佐ったら面倒事をみんな私に押し付けて何処か行っちゃうんだもん。嫌になっちゃうわ」

「ちょ、ちょっと待てよ。どっか行けって言ったのはお園じゃんかよ? じゃなかったっけ? そんな気がするんだけどなあ?」

「そんな筈ないわ。私は暫く席を外してって頼んだだけじゃないの。何処へ行ったのかも分からないまま、夕餉まで帰ってこないなんて思いもしなかったわよ。いったい何処へ行っていたのよ?」


 で、ですよねぇ~っ! 大作は心の中で禿同といった感じで頷く。だが、決して顔には出さない。

 どげんかせんと! どげんかして誤魔化さねば! 大作は頭をフル回転させて無い知恵を振り絞る。

 しかしなにもおもいつかなかった! やっとの思いで捻り出した言葉は……


「いい女に秘密はつきものだろ?」

「えぇ~っ! よりにもよってグレンラガン? 勘弁して欲しいわねえ……」

「な、何でだよ? いったいグレンラガンのどこが不服なんだ? 事と次第に寄っちゃ許さんぞ!」

「はいはい、その話は夕餉を食べながら緩々と語らいましょう。とにもかくにも材木屋ハウス(虎居)に帰るわよ。Hurry up! Be quick!」


 お園に手を惹かれた大作はボロ小屋を目指して歩く。だが、何故だか脳中ではドナドナの物悲しいメロディーがエンドレスでリピート再生されていた。


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