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巻ノ参百五拾弐 ハリソン・フォードによろしく の巻

 材木屋ハウス(虎居)で始まった緊急ミーティングはのっけから波乱に見舞われていた。というか始まってすらいなかった。


「説明っていうのは…… 何なんだろうな、お園?」

「説いて明らかにするの意にございます」

「ほほぉう、説いて明らかにするが故に説明にございまするか。うむ、言い得て妙なり。漸く合点が参りました」


 一事が万事、そんな調子なのでじれったいことこの上ない。だが、優秀な通訳者お園の尽力もあってどうにかこうにか話は進んで行く。


「とにもかくにも安芸国に毛利と申すチンケな国人がおりまする。知行三千貫文と申しますから一万五千石といったところにございましょうか。三千ほどの兵を動かせるそうな。彼奴らは目下のところ大内の配下に仕えております。そして毛利の更に下に従っておるのが井上と申す一族。元を辿れば清和源氏の流れを汲む名門で、三代ほど前までは毛利とも対等の付き合いをしておったそうな。それが何かの拍子に臣従を誓うことになりました。にも関わらず井上一族は自由闊達というか傍若無人というか…… とにもかくにも好き勝手のし放題。その専横振りに耐えかねて毛利の堪忍袋の緒が切れるのが天文十九年七月十三日(1550/8/25)にございます」

「ふむふむ、分かり申した。つまるところ大佐殿は井上一族を成敗せよとの仰せにございまするな」

「いやいや、全く持って違いまするぞ。むしろ正反対にございますな」

「さてもやは、(さかさ)にございましたか。ならば毛利とやらを滅せよとの思し召しにござりましょうや?」


 小柄な中年男が小首を傾げながら疑問を口にする。

 こいつは誰だっけかな? 大作は記憶の糸を手繰るがさぱ~り重い打線(死語)


「残念ながらそれも違いますな。我らの願いはただ一つ。それは地域の不安定化にございます」

「不安定化とは和を乱すの意にございます」

「このまま放っておけば毛利は確か月山富田城が1566年だったから…… 二十年もせぬうちに百万石の大大名になってしまうでしょう。我々が九州を平らげるのに余裕を持って十年は掛かると見積もっております。その後、中国や四国に攻め入ろうとした折に毛利が居座っておっては目障りなことこの上なし。とは申せ、代わりに大内や尼子が巨大化しておってもそれはそれで邪魔。それならば播磨みたいに弱小な国人が烏合の衆の如く群れ集まっておった方がよっぽど平らげ易いというものにござりましょう」

「うぅ~む、流石は大佐殿。大した慧眼にございまするな。感服仕りました」


 さっきとは別の男がさも感心したといった風に相槌を打つ。痩せ過ぎて頬の肉が削げ落ちた貧相な小男だ。強風が吹いたら飛んで行ってしまいそうだな。ぎょろっとした鋭い視線がちょっと…… いや、物凄く怖いんですけど。

 大作が謎の男を観察していると思考を断ち切るようにお園から新たな疑問の声が投げ掛けられた。


「そのことで私、ちょっと思ったんだけど話しても良いかしら?」

「ああ、無論だ。ブレインストーミングにおいては批判厳禁。むしろ突拍子も無いアイディアの方が大歓迎なんだぞ。いいから言ってみ」

「だったら言うわね。発表します、ジャン! 私、思うんだけども井上一族は放っておいた方が良いんじゃないかしら? 何でかっていうと細々した国人を一つ一つ潰して行くのって存外と手間暇が掛かると思うのよ。萌に聞いたんだけど秀吉だって播磨の国人には随分と手を焼いたそうよ。そうするより毛利に一纏めにさせてから蛇の頭を潰すが如く一息に倒した方が余程に楽かも知れないわ。だって毛利ってもし本能寺で信長が亡くならなければ滅んでたかも知れないんでしょう?」


 お園は自分の意見によっぽど自信があったのだろうか。話の途中で詰まることもなく一息で長ゼリフを言い切った。

 とは言え、こんな話を簡単に受け入れるわけには行かない。絶対にだ! だけどもブレインストーミングにおいて批判は絶対厳禁。どうすれバインダー!

 完全にジレンマに陥った大作は打開策を模索して頭をフル回転させる。フル回転させたのだが…… しかしなにもおもいつかなかった!


「あのなあ…… それって盛大なちゃぶ台返しじゃんかよ。って言うか、俺はお園の意見を否定しているわけじゃないからな。そこだけは勘違いせんでくれよ。だけどその案だと信長が死ぬまで毛利を放っておけってか? だったらそれまで三十二年間も何して過ごすんだよ? ロビンソン・クルーソーの漂流より四年も長い間だぞ。そのころには俺たち揃って五十歳の手前じゃんかよ。『人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり』ってか?」

「どうどう、大佐。気を平かにして頂戴な。怖くない、怖くない」

「べ、別に怖がっちゃいないよ。本当だぞ。でもなあ。もし俺から歴史改変を取ったら後に何が残るっていうんだ? ただの格好良い完璧超人じゃんかよ」

「はいはい、そうねえ。格好良い完璧超人さん。それで? だったらどうやって井上一族を助けるっていうのよ? もしかして前に言っていたミンスミート作成? アレで良いんじゃないかしら」


 お園は伊賀からやってきた十人の忍びたちに向き直ると手短にミンスミート作戦の概略を話して聞かせた。話して聞かせたのだが…… 全員が揃いも揃ってさぱ~り分からんといった顔をしている。

 やっぱりこの計画には無理があったようだなあ。早くも諦めの境地に達した大作は心の中のシュレッダーにミンスミート作戦の計画書を放り込んだ。


「残念ながらあの計画にはそもそもからして無理があったんだよ。だって身元不明の死体が機密文書を持っているのが変だろ? そんな物を井上一族の連中がすんなり信じるわけがない。同じ立場ならお前だって信じないだろ?」

「そりゃそうでしょうね。でも、ナチスの方々は信じた。そうなんでしょう? 信じなかったのかしら?」

「それは死体がイギリス軍将校の軍服を着ていたからだろ。だけどもこの時代で似たようなことができるか? いったいどんな着物を着せたら井上が信じるっていうんだ? 毛利の家紋が入った上坊の素襖とかか? でもそれだとこいつはいったい何処の誰だって話になっちまうじゃん。やっぱこの計画は根本から無理があったんだよ」

「しょうがないわねぇ~! んで? ミンスミート作戦が駄目だとすると代わりに何をやろうっていうのよ。言っとくけど時にゆとりは無いんでしょう? 何をやるにしても大急ぎでやらなくちゃならないわ」

「熟慮に熟慮を重ねた上に出した俺の結論。それは直接的な軍事介入だ。この状況では実力行使こそ相応しいんじゃないかと思うんだな、これが」


 言うまでもないが熟慮なんて嘘っぱちも良いところだ。答えに窮して捻り出した口から出任せだということはお園にも完全にお見通しらしい。だが、武士の情けという奴なのだろうか。空気を呼んで何も指摘してこない。

 沈黙を了承だと勝手に解釈した大作は言葉を続けた。


「丁度お誂え向きに大殿に献上というか納品というか…… 配達しなくちゃならない鉄砲が四十丁もあっただろ。アレのコンバットプルーフを行う。そういう名目で利用させてもらう。あいつを使って毛利VS井上の軍事衝突に介入するっていうのはどうじゃらほい? とにかく今あるだけの弾と火薬を持ってハンター協会の選抜メンバーと伊賀十人衆が海路で安芸国へと向かう。射撃訓練は戦争のはらわた? じゃなかった、戦争の犬たちみたいに洋上で行えば良い。向こうに着いたらすぐに情報収集だ」

「確か天文十九年七月十二日(1550/8/24)に井上元有とかいうお方が安芸国竹原に呼び出されて殺められるっていうのが切っ掛けだったわね。んで、その明くる日に元就から呼ばれた井上就兼もノコノコと吉田郡山城へやって来て桂就延とかいうお方に殺される。同じころ三百余騎を率いた福原貞俊と桂元澄が井上元兼の屋敷を襲う。元兼と就澄は自害する。井上元有の子の井上与四郎、元有の弟の井上元重、元重の子の井上就義といった井上の郎党もそろって殺される。合ってるかしら?」


 お園は途中で支えることもなく長ゼリフを言い切った。流石は完全記憶能力者だな。人名を覚えるのが苦手な大作は感動すら覚えていた。


「よくもまあそんな細かいことまで良く覚えていたな。とにもかくにも大粛清の前日に井上元有とかいう輩が安芸国竹原に呼び出されて暗殺されるっていうのがこの話のオチ? って言うか、粛清の切っ掛けなんだ。だから何をさて置いてもまずはこれを阻止しなきゃならん。って言うか、逆に小早川隆景を殺しちまおうよ」

「それってどんな風に?」

「残念ながら詳しいことはWikipediaにも載っていないんだ。だから現地に前乗りして聞き込み調査するしかないな。高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応して欲しい」

「要するに行き当たりばったりってことね」


 ツーと言えばカー。正に阿吽の呼吸といった感じでお園が的確なレスポンスを打ち返してくれる。そう言えばツーカーホンっていう携帯電話会社があったっけ。ハリソン・フォードがCMしていたような。そうそう、だったら……


「大佐、大佐! どうしたのよ? 急に黙り込んじゃって」

「ああ、すまんすまん。ちょっとスター・ウォーズのことを思い出してたんだよ。知ってたか? あの映画のオーディションにハリソン・フォードは呼ばれてなかったんだ。何で買っていうとルーカスが一本前に撮った『アメリカン・グラフィティ』に出てたから呼ばなかったんだとさ」

「どゆこと? もしかしてハリソン君はオーディションを受けずに出演したってことかしら?」

「いやいや、そんなわけないじゃんかよ。実はその頃のハリソン・フォードは大工の仕事を掛け持ちしていたんだとさ。んで、そのオーディション会場にたまたま仕事で来ていたそうな。そこで『オーディションに出てみないか』って誘われて出てみたら『これやっ!』って感じでハン・ソロに決まったらしい」

「ふ、ふぅ~ん。としか言い様がないわね。んで、今度という今度こそ話を戻して貰うわよ。私たちにはもう時がないんですから」


 お園は不服そうに頬をぷぅ~っと膨らませる。だが、目が笑っているので本気で怒っているわけではなさそうだ。

 素早くそれを見て取った大作は人差し指で頬を突っ突く。


「はいはい、真面目にやれば良いだろ。真面目にやれば。今やろうと思ったのに言うんだもんなぁ~っ!」

「ねえねえ、大佐。いま感じても殺気って言うのは何でかしらねえ。うふふふふ……」

「知らん! あはははは……」


 二人の明るい笑い声が狭い小屋の中に響き渡り、伊賀の忍びたちも控えめな愛想笑いを浮かべた。

 こうして今日も大作とお園は無為な一日を送る。そんな一同の脳裏からは美唯のことは綺麗さっぱり消えて無くなっていた。


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