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巻ノ参百五拾壱 助けろ!井上一族を の巻

 祁答院家の嫡男、重経の屋敷を後にした大作たち一行は材木屋ハウスを目指してゾロゾロと行進する。夜も更けた虎居の城下は既に真っ暗闇に包まれている。西の空に低く輝いている三日月は間もなく沈んでしまいそうだ。一同はLEDライトの灯りを頼りに帰路を急ぐ。


「ねえ、大佐。小田原提灯を持ってこれたら良かったと思わない?」

「そうだなあ。まあ、アレくらいの物ならこっちで似たようなのを作れるんじゃね? 山ヶ野提灯とかいう名前で売り出せば良い商売になるかも知れんぞ。知らんけど!」

「まあ、もし売れなくても私たちで使えば良いんだしね」

「そうなると誰に作ってもらうかだな。やっぱ竹細工職人とかかな?」

「探せば虎居にも提灯屋さんが居るんじゃないかしら。明日にでも探してみましょうよ」


 そんな阿呆な話をしている間にも一同は材木屋ハウスへと辿り着く。辿り着いたのだが……


「定員オーバーも良いところだな。って言うか、何でこの事態を事前に想定できなかったんだろう? わけが分からないよ…… もしかして馬鹿になる魔法がいまだに解けていないのかも知れんぞ」

「原因究明や再発防止策は後で考えましょう。それよりも『今そこにある危機』をなんとかしなくちゃ」


 人を小馬鹿にしたような半笑いを浮かべた美唯が利いた風な口をきく。その表情を見ているだけで大作のやる気はモリモリと削がれて行く一方だ。

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。お園と藤吉郎が次々と口を開いた。


「それだったら安堵して頂戴な。材木屋様にお願いして三段べっどを拵えて頂いたわ。今の人数ならば寝床の憂いは無さそうね」

「某も念の為、はんもっくとやらの支度をしておりましたが要らぬ心配にござりましたな」


 二人のドヤ顔は美唯に負けず劣らずといったレベルで大作のプライドを踏み躙る。

 もう、どうとでもなれぇ~っ! 大作は返事をすることもなく小屋に飛び込むと一番奥の寝床に飛び込んだ。


「おやすみ……」


 大作は小声で一言だけ呟くと頭からすっぽり筵を被って眠りに就く。

 暫くすると筵の中にお園らしき気配が潜り込んできた。


「一つ言い忘れてたけど、大佐は人に褒められる立派な事をしたのよ。胸を張って良いわ。おやすみ、大佐。がんばってね」

「はいはい、おやすみ……」


 もう完全に活動限界。大作の意識は急速に深い闇の中に飲み込まれて行った。




 翌朝、スッキリ爽やか気持ち良く目覚めた大作は眼前に迫りくる板切れの木目を見詰めながら呆然としていた。


「知らない天井だ……」

「何を言ってるのよ、大佐。三段ベッドの一番下を選んだのは大佐でしょうに」

「そ、そうだったっけ? そんな昔のことは忘れたよ。と思ったけど、段々と思い出してきたぞ。三段ベッドなだけに。しっかし、三段ベッドなんて居住性最悪かと思っていたけど意外と寝心地は悪くもなかったな。それほど良くもなかったけど」

「まあ、寝るだけだったら頭の上がどれほど狭かろうが広かろうが何の障りもないわよね。さて、それじゃあ寝床を片付けたら朝餉の支度でもしましょうか。美唯、そろそろ起きて頂戴な」


 どうやらお園が起きた時間が起床時間ってことらしい。肩を揺すぶられて起こされた美唯がサツキやメイ、ほのかを順番に起こして回る。

 KP勤務の当番が湯を沸かしたり野菜を切っている間に残る面々は小屋の外に出てラジオ体操を行った。


 質素だがボリュームだけは満点の朝餉を食べながら大作は今日の予定を頭の中で組み立てる。組み立てようとしたのだが…… 分からん! さぱ~り分からん! 組み掛けた予定は砂上の楼閣の如く見事に崩れ去った。

 こうなったのもみんな小田原征伐なんて余計なイベントが急に割り込んできたせいじゃんかよ!

 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。得意の卑屈な笑みを浮かべると口いっぱいにご飯を頬張っているお園の顔色を伺った。


「どうしたの、大佐。私の顔に何か付いてるのかしら?」

「目と鼻と口」

「うふふ、何よそれ? だったら大佐の顔にだって付いてるじゃない。んで、何? 私に話があるんでしょう?」

「うぅ~ん、やっぱりお園に隠し事はできんか。実はな。今日は何をしようかなって考えていたんだよ」


 その途端、お園は何とも形容のし難い薄ら笑いを浮かべると何もかも見透かしたような不思議な視線を向けてきた。

 何時になく真剣な目で見詰められた大作は蛇に睨まれた蛙の心境だ。ただただフリーズしたまま次の言葉を待つことしかできない。


「あのねえ、大佐。『今日は何をしようか』なんて今じゃ大佐の定番の決めゼリフじゃないの。いまさらそんな当たり前のことを言わないで欲しいもんだわ」

「じゃ、じゃあ聞くけど『お園、君はどこへ行きたい』んだ?」

「またサイボーグ009の最終回ごっこなの? とは言え、やることが増え過ぎて何が何やら分かり難くなりかけてるわよ。それじゃあ朝餉を食べ終えたら評定でも開きましょうか」

「そ、そうだな。材木屋ハウス(虎居)評定と洒落込むとするか」


 朝餉を終えた一同は食器を綺麗に洗って丁寧に拭き、並べて乾かす。

 一段落が付いたところで大作は全員に向かって語り掛けた。


「くノ一と藤吉郎は本日も通常業務をお願いするよ。忍びの皆さんは評定に参加して下さい。美唯は……」

「ちょっと待って頂戴な、大佐。どうして忍びの方々は評定に出れる…… 出られるのに、くノ一は出ちゃいけないの? チームのメンバーは対等だったはずよ。そんなことお天道様が許しても巫女頭領の私が許さな……」

「どうどう、餅つけ。そんなん言い出したら巫女軍団だって評定に出ていないじゃんかよ。船頭多くして船山に登る。会議っていうものには最適な人数があるものなんだ。それが何人だったかは忘れちゃったけどな」

「忘れちゃったの? まあ、人が多すぎると話が纏まらないってことはあるかも知れんわね。分かったわ。今日のところは一つ貸しよ。その代わり、日を改めて評定をやって頂戴な。くノ一参加のね」


 お園の鋭い口調には一片の妥協の余地もなさそうだ。長い物には巻かれろ。大作は潔く兜を脱いだ。まあ、実際にはそんな物は被っていないんだけれども。


「では、お園様。行って参ります」


 サツキやメイに率いられたチーム桜の面々は深々と一礼すると風の様に走り去る。小屋の戸口に立った大作とお園は一同の姿が見えなくなるまで見送った。


「し、しまったぁ~っ! サツキやメイまで追っ払わなくても良かったかも知れんぞ。連中にも利いておいて欲しい話があったんだけど……」

「後悔先に立たずよ。いまさら済んだことを悔やんでもしょうがないわよ」

「ドンマイ、ドンマイ! なんくるないさぁ~っ!」


 お園と美唯が言語明瞭だが意味不明瞭な励ましというか激励というか…… 何だかわけの分からないことを言っているが大作の耳には茶化されているようにしか聞こえない。

 だが、潔く失敗を認めるのも指導者としての器量というものだろう。ここは涙を呑んで…… いや、まだだ! まだ終わらんよ! それが人類の夢だから!


「美唯、お前は確か足が速かったよな? ひとっ走りしてサツキとメイを呼んできてくれよ」

「え、えぇ~っ! 相手はくノ一よ。美唯なんかに追いつける道理が無いでしょうに。こんなの児童虐待案件じゃないかしら? ねえ、そうでしょう? お園様……」 

「いいえ、美唯。あんたはもう童女じゃないのよ。その手はもう使えないわ。いいから早く行ってきなさいな」

「で、でもぉ~っ……」


 唯一の味方に裏切られた元幼女は恨めし気な顔でここぞとばかりに盛大なブーイングの声を上げる。

 だが、大作としてもここは攻めの一手だ。人差し指を突き付けるとピシャリと言い切った。


「デモもストも無い!(死語)」

「でも? すと? それって美味しいの?」

「いいから行けよ。上官の命令は天皇陛下の命令と心得よ! 行けったら行けぇ~っ!」

「み、美唯、分かった……」


 可哀想な元幼女はがっくりと肩を落とすと足取りも重くとぼとぼとあるき出す。


「そんなんじゃあ追いつけないぞ! 駆け足! 駆け足!」

「もぉ~ぅ! いま走ろうと思ったのに言うんだもんなぁ~っ!」


 半分キレ気味の返事をしながらも元幼女は小走りで駆けて行った。




「さて、邪魔者は消えた。それでは忍びの皆様方との評定をば始めると致しましょうか」


 後ろ姿が見えなくなるまで見送った大作とお園はそそくさと小屋の中へ舞い戻る。

 狭っ苦しい部屋の中にはむさ苦しい男たちが暇そうに屯していた。


「さて皆さん。確か昨日は虎居の彼方此方を回って現状認識というか状況把握というか…… 何かそんな意識共有を図って頂いたんでしたっけ? ですよねえ?」

「そうね、大佐。とにもかくにも何事にも慣れて頂くところから始めねば成るものも成らないわ」

「とは申せ、我らの目的というか目標というか。そういった価値観の共有を図らないことには皆様方のモチベーションも維持できんでしょう。そんなわけで本日は予定を変更して我々が目指すビジョンの方向性を紹介し、意識改革を図って頂きたく存じます」


 唐突に始まった長弁舌に一同が揃いも揃ってぽかぁ~んと呆けて居る。まあ、前置きはこのくらいで良いだろう。大作は邪悪な笑みを浮かべるとスマホを起動した。


「我々にとって目下の急務は…… 何だっけかな?」

「ズコォ~ッ! そこからなの? 確か井上一族の件だったんじゃないかしら? アレって確か七月十三日だったはずよ。あと二月と少ししかないわね。何をやるにせよ急がないと元も子もなくすわよ」

「だけど『制服さんの悪い癖だ。事を急ぐと元も子もなくしますよ、閣下』とも言うぞ。まあ、あんまりのんびりしていられないのも確かだけどさ。んで、話を戻すと…… 目的地は安芸国の竹原とかいう所だ。陸路を使うにしろ海路を使うにしろ半月は覚悟せにゃならん。現地での情報収集や準備作業を考えると時間的余裕は余り残されていない状況だ」

「要は今すぐにでも発たねばならぬと申されまするか?」


 忍びの一人がちょっと焦れた様な声音を上げる。言葉とほぼ同時に全員が腰を上げかけた。


「いやいや、ちょっと餅ついて下さいな。流石にそこまでは急いでおりませんので。それに皆様方ならば此処から安芸国まで三、四日といったところではござりますまいか?」

「うぅ~む、左様な所にございましょうな。して、安芸国において我らに何をせよと申されまするか? 井上とやらは何奴にござりましょうや? 其の者を殺めれば宜しゅうござりまするか?」

「どうどう、ですから餅ついて! 少しクールダウンして下さいな。順番に話しますから。ちょっと話が長くなりますから整理しながらお話しますね。質問があれば後で纏めて伺います。ですんで話を途中で止めないで下さるようお願い致します」

「しつもん? しつもんとは如何なる由にございましょう?」

「質問に質問で返すなぁ~っ! って言うか、そこから説明しなきゃ分かりませんか?」

「せつめい? 其れは如何なる物で?」


 こりゃあ前途多難な船出だなあ。大作は小さく溜め息をつくとツルツル頭を撫で回した。


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