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巻ノ参百五拾 蜘蛛男の恐怖 の巻

 辛くて苦しい小田原征伐シナリオをクリアした大作とお園は晴れて1550年に帰ってくることができた。

 だが、祁答院の若殿の屋敷へと戻った二人に待っていたのは三の姫からの鋭い質問の応酬だった。

 大作は得意の牛歩戦術でのらりくらりと追求を躱して行く。躱して行ったのだが…… しかしおいつめられてしまった!


「大佐殿。弓ならば百間も隔てた的が射抜けるというに、何故に鉄砲では其れが叶わぬのじゃ? もしや鉄砲の玉が丸いが故なのじゃろうか?」

「ど、どうしてなんでしょうねえ? それを私に聞かれても困っちゃうんですけど……」


 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。それまで黙って話を聞いていたお園が遠慮がちに話に割り込んできた。


「ねえねえ、大佐。確かホイットワース様がお作りになった鉄砲が六角の弾を使っていたんじゃなかったかしら? ほら、内側が六角になった筒へ六角の弾を嵌め込んで撃つ絡繰だったはずよ。それって螺旋の溝の代わりよねえ?」

「よくもまあ、そんな昔の話を覚えていたな。流石は完全記憶能力者だぞ。ちなみにこのアイディアってH&Kのポリゴナルライフリングとちょっと似てるかも知れんな。たぶん、メリットはいろいろあるんじゃね? とは言え、これが主流になっていないってことは欠点もあるんだろうな。とにもかくにも六角の弾なんて珍銃も良い所だぞ」

「そうかしら? ポリゴナルライフリングってMG42でも使われていた筈よ。H&Kの他にもグロックやCZの拳銃、デザートイーグル、H&KのG3A3やPSG-1、MSG90とかにも使われているわ。ポリゴナルライフリングは普通のライフリングに比べて発射ガスが漏れにくいから弾速が増すはずよ。それにクリーニングも容易いんじゃなかったかしら? その代わり銃身の製造にコールドハンマー法を使うから遠距離射撃や精密射撃に必要な精度の確保が難しいわね。それにキャストブレットを使うと異常腔圧になり易いって聞いたことがあるわよ」

「そ、そうなんだ…… 勉強になるなあ。とは言え、今の俺達にはコールドキャストなんて絶対に無理だぞ。フルメタルジャケットの弾丸だって用意できそうにないしさ」

「ふぅ~ん。それじゃあ三の姫様の願いはどうやったって叶いっこないってことね。口惜しい限りだわ」


 半笑いを浮かべたお園の口調が何とはなしに皮肉っぽく聞こえるのは気のせいだろうか。

 いやいやいや、気のせいではない。明らかに挑発しているようにしか聞こえないんですけど?

 安っぽいプライドを傷付けられたような、傷付けられていないような。大作は思わず脊髄反射で答えてしまう。


「だったら…… だったらミニエー銃を使えば良いんじゃね? 椎の実形の弾丸を使ったうえで銃身内にライフリングを刻むんだ。弓矢が回りながら飛んで行くのと同じことだろ? ジャイロ効果とかで弾道を安定させれば百間やそこらの的なんて絶対に外さんはずだ。丸い弾丸を使っていたベイカー銃ですら六百ヤード離れた狙撃が……」


 その時、歴史が動いた! またもや廊下の向こうから足音が聞こえてきたのだ。

 この音は一人や二人じゃないはずだ。少なくとも五人以上はいるだろう。そうでなければ八本足の蜘蛛みたいな人間としか考えられん。


『怪奇、蜘蛛男の恐怖!』


 どういうわけだか大作の脳裏でいかにも安っぽいB級特撮映画の上映会が突如として始まってしまう。始まってしまったのだが……

 オープニングすら終わらないうちに上映会は強制終了を食らってしまう。

 不意に襖の陰から幼女が顔を覗かせたのだ。


「お待たせ、大佐。みんなを呼んできたわよ。美唯、偉い?」


 屈託のない笑顔を浮かべた美唯が『となりのトト()』のメイみたいなセリフを吐く。

 が~んだな、出鼻を挫かれたぞ。軽い頭痛を感じた大作は両手で頭を抱えながら呟いた。


「はいはい、偉い偉い…… って言うか、どしたん。その猫は?」

「どしたんってどしたん? この子はどこからどう見ても小次郎じゃないのよ。何ぞ妙な所でもあるかしら?」

「いや、あの、その…… 連れてきちまったのかよ! いいのかなあ、それって? 後でスカッドに怒られたりしなきゃ良いんだけど。もしかしてもしかすると、それって備品扱いになってるのかな? 知らんけど、そうだ!」


 ふと気付いた大作は大慌てでバックパックの中をゴソゴソと漁る。


「確かこの辺に入れといたはずなんだけどなあ。あった! あったぞ!」

「何なのよ、それは? 美味しいの?」

「覚えてないのか? ルテニウムと白金だよ。念のために余った奴を保管しておいたんだ。これがあればハーバーボッシュ法やオストワルト法の開発期間が画期的に短縮できるかも知れんな。これで勝つる!」

「そう、良かったわね……」


 食べ物じゃないと分かった途端、お園の興味は一瞬で消えてしまったようだ。露骨に表情を変化させると素早く視線を反らしてしまう。

 だが、それに取って代わるかのように若殿が興味津津といった顔で話に割り込んできた。


「して、和尚殿。其の『ほいっとわあす』とやら用うれば百間隔てた的を射て正鵠を得る事が叶うと申されるか? もしや嘘偽りではあるまいな?」


 いったい今の話の何処が彼の心の琴線に触れてしまったのだろうか。それまで傍観を決め込んでいた若殿が急に瞳をキラキラ輝かせると話に食い付いてきた。

 とは言え、これは話を逸らすには絶好のチャンスかも知れん。それとも破滅のワナか?

 大作は素早く考えを纏めると話の軌道修正を図った。図ろうとしたのだが……


 若殿の言葉をガン無視するかのように三の姫が口を挟んできた。


「幼き巫女よ。その方、名は何と申すのじゃ?」

「み、美唯と申します」


 唐突に名前を聞かれた幼女は慌てて額を床板に擦り付けるようにその場にひれ伏す。胸元に抱き抱えられた雄の三毛猫が苦しそうに小さなうめき声を上げた。


「苦しゅうない、面を上げよ。其れよりもお主の抱えておるのは猫ではあるまいか? (わらわ)にも抱かせては貰えぬじゃろうかのう? ほれ、渡してたもれ」

「いや、あの、その…… 大佐、お園様? 美唯、どうしたら良いのかしら?」


 子猫を抱っこした幼女は助けを求めるように大作とお園の顔色を交互に伺う。

 どうやらこいつはフォローが必要らしいな。大作は小さくため息をつきながら三の姫の方へと向き直って口を開こうと……

 だが、ほんの一瞬だけ早くお園が話し始めた。


「この猫は名を小次郎と申しますが真に気性の荒き雄猫にございます。もし、姫様の御身に万一のことあらば我ら一同、大殿に申し訳が立ちませぬ。可愛い猫ちゃんを抱っこしたいという姫様のお心持ちは心底よりお察し致します。然れども古より『窮鼠猫を噛む』と申します。姫様におかれましてはどうか今一度お考え直し奉りたく。伏してお願い申し上げます」


 お園がもっともらしい誤魔化しというか言い訳というか…… とにもかくにもそんなのを捻り出す。捻り出したのだが……

 肝心の姫様にはさぱ~り通じていないような。『わけが分からないよ……』といった顔で呆けている。

 だが、攻めるとすれば今は絶好のチャンス到来かも知れん。いま攻めんでいつ攻めるというのだ? 今でしょ! 大作は心の中で絶叫する。


「姫様、拙僧からもお願いをば致しまする」

「み、美唯も! 美唯もお願い申し上げます!」

「にゃ、にゃぁ~ぁ!」


 これ幸いとばかりに大作、美唯から猫までが尻馬に乗って話を合わせてくる。


「これ、お三よ。儂も和尚殿らと同じ思いじゃぞ。君子危うきに近寄らず。猫を抱くのは日を改めるが良かろうて」


 とうとう若殿までもが話に乗っかってくる。数の暴力に押し切られたちびっ子姫は悔しそうな顔で黙って頷くことしかできなかった。






「若殿、本日はご馳走になりました。感謝感激雨霰にございます。もし山ヶ野の方へ足を伸ばすことがございましたら是非とも我が家へお立ち寄り下さりませ。精一杯の接待をさせていただきます」

「うむ、楽しみにしておるぞ。そう申さば、寺の普請は滞りのう捗っておられるか? 何ぞ触りでもあらば遠慮のう申されるが良いぞ」

「て、寺? 寺ですか。さあ、いったいどうなっているんでしょうねえ。お園、お前は何か聞いていないのか?」

「大佐ったら何を阿呆な事を言ってるのよ。若殿様、お寺の普請にござりますれば堺商人の手をお借りして何の憂いものう進んでおります。お安堵下さりませ。落成法要の折には大殿様や若殿様にも是非ともお出で頂きとう存じますれば、何卒宜しゅうお願い申し上げ奉りまする」


 そう言えば山ヶ野に寺を建てるなんて口から出任せを言ったこともあったっけ。

 大作はお園が咄嗟の機転で言い訳をしてくれているのを他人事のように聞いていた。聞いていたのだが……

 何か気の利いたことでも言って参加した方が良いんだろうか。良いんだろうなあ。そうと決まれば善は急げだ。


「若殿、実は落成法要に合わせて京の都から偉いお坊さんを呼ぼうかと思うております」

「京の都から偉い僧を呼ぶじゃと? 其れは何方の事を申しておるのじゃ?」

「それはその…… 偉いお坊さんと申さば偉いお坊さんにございましょう。コーヒールンバとかにも出てくるじゃないですか。とにもかくにも地獄の沙汰も金次第。金に飽かせて真言宗、天台宗、臨済宗、エトセトラエトセトラ…… 各界の著名人に片っ端から声を掛けちゃいましょう。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。そうだ、閃いた! フランシスコ・ザビエル、君に決めた!」


 例に寄って例の如く、大作は脊髄反射で口から出任せに言葉を紡ぐ。湯水の如く溢れ出てくる無意味な無駄口はさながら自動書記のように尽きる気配も無い。


「ふらんしすこざびえる? 美唯、そんなお坊様は見たことも聞いたこともないわよ?」

「いや、儂は耳にした覚えがあるぞ。確か…… 去年の暮、薩摩に流れ着いた南蛮の坊主ではあるまいか? 切支丹じゃか伴天連じゃか、何とも珍妙な出で立ちをしておったと聞き及んでおるが」


 またもや若殿が意味不明な相槌を打ってきた。

 って言うかザビエルを知っているだと?! 驚愕のあまり、大作もとっておきの名台詞で返す。


「知っておられまするか、雷電?! じゃなかった若殿!」

「じゃからそう言うておるではないか。うぅ~む、しかし異国の坊主とはいったい如何なる風体をしておるのじゃろうな。和尚殿。戻られた折には土産話を聞かせてくれ。愉しみにしておるぞ」


 重経が右手を翳すと襖の陰から現れた男たちが膳を下げ始める。

 どうやら宴は終わりということらしい。


 アレ? 重経? そうだ! 重経だ。この小僧の名前は祁答院重経じゃんかよ。

 気になっていた若殿の名前を思い出すことができた大作は喉の奥に引っ掛かっていた小骨が取れた心地だ。

 これですっきりした気分で寝れる…… 眠れるぞ。


 重経に丁寧に礼を述べた大作たちは屋敷を後にした。


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