表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
349/517

巻ノ参百四拾九 さらば小田原 の巻

 スカッドから掛かってきた電話を取り損なってから数分が経過した。

 待ってたらそのうち向こうから掛け直してくるかも知れん。そう考えた大作は今か今かと着信を待つ。待っていたのだが……

 待てど暮らせど電話は掛かってこなかった。


「これぞ本当の『第参話 鳴らない、電話』って奴だな。もしかしてシンジ君もこんな気持だったのかなあ?」

「そうかも知れんわね。そうじゃないかも知らんけど。とにもかくにも、大佐。やっぱりこっちから掛け直した方が良いんじゃないかしら? もしも大事な用だったら後で困ったことになると思うわよ」

「いやいやいや、本当に大切な用事だったら向こうから掛け直してこない方がおかしいだろ? 俺は絶対に電話を掛けない! 絶対ニダ!」

「あっ、そう。それじゃあ私が掛けるわね。えぇ~っと、電話ってどうやって掛けたら良いんだったかしら……」

「あのなあ、そのスマホだって俺が料金を払ってるんだぞ。って言うか、良く見たら電話と違うじゃん。これってGoogle Meetの無料版だったのかよ…… そういや前にスカッドが掛けてきた時はHangoutsをつかってたんだっけ」

「アレって2021年には終了したんじゃなかったかしら? まあ、今は1590年なんだけどね。それじゃあ私が掛けるわよ。文句はないわね?」


 言うが早いかお園は着物の袂からスマホを取り出すと素早く操作する。待つこと暫し。どうやら電話が繋がったようだ。


「もしもし、私リカちゃん!」

「え、えぇ~っ?! スカッド様はいらしゃいませんか? 私、お園と申します」

「マジレス禁止! 僕がスカッドですよ。その声はお園さんですね。初めまして。ご活躍はいつも拝見させてもらってますよ」

「こちらこそ、常日頃から主人がお世話になっております。いつもご迷惑をお掛けしている様ですが今後とも末永くお付き合い下さりませ」

「いやいや、迷惑だなんてこれっぽっちも思ってませんよ。こっちこそ小田原征伐みたいな野暮用に付き合わせて申し訳ありませんでした。まあ、これに懲りずこれからも頑張って下さいね。草葉の陰から応援していますから。ところで生須賀(むすか)君は近くにいますか? 良かったら代わって欲しいんですけど?」


 スカッドはまるで台本でも読んでいるかのように心の籠もっていない挨拶を一方的に捲し立てた。

 ちょっと呆れた顔のお園は黙ってスマホを差し出す。受け取った大作は……


「もしもし、私リカちゃん!」

「いや、あの、その…… そのネタはたった今、僕が使ったよねえ? もしかして使わなかったかな?」

「スカッドさん、繰り返しはギャグの基本。天丼って奴じゃないですか。んで? いったい私に何の用ですか? こう見えて私も意外と忙しい御身分でしてね。できたら手短に済ませてもらえますか?」

「おやおや。暫く会わないうちに随分と聞いたような口を利くようになりましたねえ、生須賀君。ところで良い知らせと悪い知らせ。どっちを先に聞きたいかな?」

「何ですと? どうせどっちも悪い知らせなんでしょう? いいからさっさと教えて下さいよ。さあさあ!」


 大作は早くも真面目に話を聞く気が失せてきた。心ここにあらずんば虎子を得ず。

 だが、スカッドの口から飛び出した言葉は予想の斜め上を行く意外なものだった。


「生須賀君、おめでとう。小田原征伐編クリアだよ。豊臣は滅びましたぁ~っ!」

「そ、そうなんですか。それで? 悪い知らせっていうのは何ですか?」

「いやいや、今のが悪い知らせなんですけど? んで、良い知らせっていうのは生須賀君。君が元の時代に帰ることが認められましたぁ~っ! ドンドンパフパフ! これというのも時空裁判所が公訴を棄却してくれたお陰さ。神様仏様時空裁判所様に感謝感激雨あられだね。とにもかくにもこれで晴れて無罪放免だよ」

「やっとですか? 随分と長かったですねえ。まあ、終わり良ければすべて良しですか」


 話が長引きそうな気配を敏感に察した大作は素早く話題の打ち切りを図る。しかしまわりこまれてしまった!


「そんなわけで生須賀君、ここ小田原における君の役目は終わったよ。老兵は死なず、ただ消え去るのみ。とっとと元の時代へお引き取りをお願いできるかなぁ~っ?」

「いいともぉ~っ! って、んなわけあるかぁ~っ!」


 あまりといえばあんまりなスカッドの物言いに普段は温厚な大作も思わず得意の乗り突っ込みで応酬せざるを得ない。

 だが、おっちゃんは馬の耳に念仏というか馬耳東風というか…… 全く持って聞く耳を持たないといった風情をしている。

 ただただ、心底から人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべながら鼻を鳴らすのみだ。


「ごねないでくれよん、生須賀君。これはもう決定事項なんだよ。それとも何かい? このままこの時代に骨を埋めるつもりなのかい?」

「骨ですと? そんな物を埋めてどうすんですか? そもそも墓地でもない所へ勝手に骨を埋めたら墓地埋蔵法違反で千円以下の罰金又は拘留若しくは科料になるでしょうに。犬に掘り返されても知りませんよ」

「いやいや、骨を埋めるっていうのはここで一生を終えるっていう意味の比喩表現? メタファー? 何か知らんけどそんなんあるじゃん? 知らんのかい? 一般常識だと思うんだけどなあ?」

「あのですねえ…… あんたの狭い価値観を他人に押し付けるのは止めてもらえませんか? そんなんだから若い連中に老害って言われちゃんですよ。違いますか?」

「言わせておけばこのガキンチョがぁ~っ! お前さんがオムツをしてたころから僕はこの業界にいるんだぞ? もっと敬意って物を払わんかぁ~っ!」

「あはははは。図星ですか、スカッドさん(笑)! そんだけ長いことやっててこの不始末とは笑っちゃいますよ。あんたのやり方はもう古いんじゃないですかね。潔く後輩に道を譲るのだって年寄の仕事じゃないですか?」


 売り言葉に買い言葉。スカッドと大作の不毛な言い争いはヒートアップというかボルテージが上がるというか…… なんとも収集が付かなくなってしまった。

 こりゃあ駄目かも分からんな。流石に放置は不味いと思ったのだろうか。傍観を決め込んでいたお園が『Break!』とでも言いたげな顔で間に割って入ってくる。


「あのねえ、大佐。いい加減に控えて頂戴な。セルフコントロールの出来ない人だと思われちゃうわよ。スカッド様も気を平らかにして下さりませ。争いは何も生み出さぬと申しますよ」

「そ、それもそうだな。怒ったってお腹が減るだけだし。って言うか、何で俺はあんなに怒ってたんだろな? わけが分からないよ…… とにもかくにもスカッドさん、許してチョンマゲ(死語)」

「それもそうだね、生須賀君。僕も大人気が無かったよ。本当にすまんこってすたい。アイムソーリー、ヒゲソーリー(死語)」


 熱しやすく冷めやすい二人の瞬間湯沸かし器はあっという間に平常心に戻ってしまった。だって、どうせ他人事だし。


「んで、スカッドさん。小田原征伐が終わったのは良いとして、帰る先っていうのは何処になるんでしょうねえ? もしかして前に言ってたみたいにトラックにぶつかる寸前なんですか? そんでもって病院のベッドで目を覚ますと枕元にお園がいるとかいうベタな展開でしたっけ? まあ、夢オチの亜種だと思えば悪くも無いかなあ……」

「ああ、アレのことかい。実を言うとアレはキャンセルになっちゃったんだよ。最近こっちではタチの悪い新型感染症が流行っていてね。とてもじゃないけどそんなことをやってる余裕は無いんだ。悪いんだけどそのまま山ヶ野にとんぼ返りしてくれるかなぁ~っ?」

「いいともぉ~っ! って、何でやねん! 山ヶ野って例の金山ですよね? あそこに帰れって? マジで? えぇ~っと…… 私たち、あそこで何をやってたんでしたっけ? 久しぶりなんで細かいことは忘れちゃいましたよ。てへぺろ!」

「まあまあ、戻ればすぐに思い出すさ。とにかく今は時間が無いんだ。とっと戻ってくれよん。生須賀君。君は人に褒められる立派なことをしたんだ。胸を張って良い。頑張ってね、おやすみ!」


 その瞬間、目の前の景色が一変した。






 それほど広くもない板葺きの座敷の上座に一畳だけ畳が敷かれている。真ん中にちょこんと座っているのは十代前半くらいの少年だ。高そうな着物をビシッと着こなし、如何にも良家のお坊っちゃんといった風体をしている。


「和尚、如何なされたのじゃ?」


 小首を傾げた少年は怪訝な表情を浮かべながら声を掛けてきた。

 これって誰だっけ? 確か祁答院の嫡男の…… 分からん! さぱ~り分からん!

 忘れたんじゃないぞ。そもそもこいつの名前なんて端から覚えていなかったような気がするんだもん。

 そうだ、思い出した! だからいつも『若殿』って呼んで誤魔化してたんだっけ。


「あの、その、いや…… 若殿、何でもござりませぬ。ちょっとばかし吃逆(しゃっくり)が出そうになっただけでして。ところで若殿。吃逆って漢字を読めますか? 何だか咄嗟(とっさ)みたいですよねえ」

「そ、そうかも知れぬのう。まあ、大事が無いなら何よりじゃな。して、お三よ。何時まで鉄砲なぞ構えておるつもりじゃ? 和尚の前で如何した?」


 若殿の視線を追って大作が振り返ってみればブルパップ式の火縄銃を構えた三の姫が目に入った。

 まあ、本当に目に入ったわけじゃないんだけれど。あくまで物の例えって奴だ。


「あのねえ、大佐。いくら天丼が好きだからってここのところ同じネタのリサイクルが目に余るわよ。今に飽きられちゃうんじゃないかしら?」

「いやいや、このギャグは俺の数ある持ちネタの中でも最も大事にしている物の一つなんだぞ。これからも大切な場面では積極的に使って行くつもりだから期待しててくれ。それはそうと三の姫様。若殿の仰せにございます。いい加減に武装解除に応じては頂けませぬか? 姫様の父母兄弟は国賊となるので皆泣いておられますぞ。 そんなんじゃ落ち着いてご飯も食べられないでしょう?」

「うむ、全く持って和尚の申される通りじゃな。相分かった、然らば妾も潔く矛を収めんとするか。じゃが兄上様。妾は決して諦めは致しませぬぞ。いつの日か、必ずや百間離れた的に鉄砲玉を当ててみせましょう」


 三の姫は渋々といった顔で鉄砲を肩から下ろした。後ろに控えていた御付きの人が恭し気に受け取ると座敷の隅っこへ引っ込む。

 どうやら危機は去ったようだ。大作はほっと安堵の胸を撫で下ろす。

 だが、ちびっ子姫の顔はいまだに納得が行かないという顔だ。軽く小首を傾げると小さくため息をついた。


「うぅ~む…… 然れど大佐殿、何故じゃ? 弓ならば百間も隔てた的が射抜けるというに、何故に鉄砲では其れが叶わぬのじゃ? もしや鉄砲の玉が丸いが故なのじゃろうか?」

「おぉ~っ! なかなか良い質問ですねえ」


 三の姫の口から飛び出した意外と鋭い発言に大作は思わず池(がみ)彰みたいなリアクションをしてしまう。

 ここはどう切り抜けるのが最適解なんだろうか。変なことを言ったらまたもや話がややこしくなりそうだしなあ。

 ポク、ポク、ポク、チ~~~ン! しかしなにもおもいつかなかった!


「三の姫様。そもそも玉っていう物は丸いのが当たり前じゃないですか? だって、もし玉が四角かったらそれは玉じゃなくて角ですもん。そうでしょう? ね? ね? ね?」

「そ、そうじゃのう。『玉、丸きが故に玉』であるか。蓋し名言じゃな……」


 ちびっ子姫は相変わらず顰めっ面を浮かべた腕を組み直すと恨めしそうに天を仰ぐ。

 さほど広くもない座敷の中、まるで時間が止まったかのように不思議な空気が支配していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ