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巻ノ参百四拾伍 聖人!黒田官兵衛 の巻

「大佐? もしもし、大佐! もしもぉ~し!」


 沈思黙考と言うか下手な考え休むに似たりと言うか…… 思考の無限ループに陥っていた大作をお園の声が現実に引き戻した。


「な、なんだ? どしたん、お園?」

「さっきから言ってるじゃない。黒田様と滝川様をお通ししろって言ったのは大佐だわ」

「分かった分かった分かりましたよ。お前らがそう思うんならそうなんだろう。お前らん中ではな。だけども、俺には言った記憶がさぱ~り無いんだよ。本当の話。記憶が数十秒しか持たない病気ってあるだろ? アレの一種なんだろな。現代の医学では治療法の無い難病なんだからしょうがないじゃんかよ」

「あのねえ…… 大佐ったら、またまた口から出任せを言ってるんでしょう? 私、大佐と出会って半年になるけれど、そんな話は初めて聞いたわよ」


 半笑いを浮かべたお園の口調には真剣さの欠片も無い。

 これは真面目に話をするだけ無駄じゃね? 大作は伝家の宝刀、ちゃぶ台返しを発動する。


「いやいや、だから全部忘れちゃってるんだって。だって記憶が数十秒しか持たないんだもん」

「それって何だか世界五分前仮説みたいなお話ねえ。だけども記憶が数十秒しか持たないのは大佐の方なんでしょう? 反対に私はどんな事でも事細かに覚えている特殊能力者なんですけど?」

「甘い! 甘すぎるぞ、お園。俺の特殊能力は半径数十メートル以内の者にも作用するってことでどうよ? だからお園や美唯、藤吉郎たちの記憶にも干渉することが……」

「はいはい、もう沢山よ! もう少し大佐の阿呆な与太話を聞いてあげたいのは山々だけど、黒田様と滝川様をお待たせしては申し訳がないわ。ささ、黒田様、滝川様。此方へどうぞお出で下さりませ」


 座敷の入り口で唖然としていた官兵衛と滝川ナントカにお園は身振り手振りで奥へと誘う。二人の客人は怪訝な顔をしながらも指示に従って進む。進んだのだが……


「御裏方様、此方は上座ではござりますまいか? お二方を差し置いて我らに上座へ座れと申されまするか?」


 畳の上を跪いたまま器用に這い進んでいた黒田官兵衛は途中で止まると大袈裟に驚いた顔で振り返った。


「そりゃあお客様なんですから上座にお座り頂くのが当たり前じゃありませんか? ん~っ、違ったかな?」

「別に何処でも空いてる所に座れば良いんじゃないかしら。美唯はいつもそうしてるわよ」

「なにも宮中晩餐会をやろうっていうんじゃあるまいし、正式なマナーなんて気にせず結構にございましょう。適当にお座り下さりませ」


 大作、美唯、お園が思い思いに適当な相槌を打つ。だって真面目に相手をするのすら阿呆らしいんだからしょうがない。

 言われたことには黙って従う。それが彼らの処世術なんだろうか。官兵衛と滝川ナントカの凸凹コンビは不服そうに小首を傾げながらも上座にちょこんと座った。その姿はまるでお内裏様とお雛様を彷彿させる。


「ねえねえ、大佐。どうしてお内裏様とお雛様なのかしら? お雛様って雛人形のことを言うんでしょう? お内裏様は別なの? 美唯、小さな事が気になってしまう。美唯の悪い癖なの」

「うぅ~ん、良い質問ですねえ。その話は確かチコちゃんでやってた気がするぞ。答えは覚えて居ないんだけれども」

「ズコォ~ッ! 覚えてないんかい~っ!」

「どうどう、美唯。気を平かにしなさいな。慌てない慌てない、一休み一休み……」


 そんな阿呆な話をしながらも一同は(ほうぼう)の粕漬けとやらに舌鼓を打つ。


「ふぅ~ん。これはまた変わった風味だわ。でも、味はともかく長靴一杯食べたいわねえ」

「確かにちょっと癖のある味だけど何だか癖になりそうだな。流石は高級魚といったところか」

「お口に合うた様で何よりにございます。もう幾日か寝かせてやれば一層と味が熟れて参りますぞ。そうそう、そう申さば……」


 こうして小田原城では今日も今日とて平和で幸せな一日が…… って、違うがなぁ~っ!


「ところで官兵衛殿。今日(けふ)は如何なるご用向で参られましたかな? 何ぞ一夜城の普請に障りでもござりましたかな?」


 大作はさっきから気になっていたことを真正面から聞いてみる。だって面倒臭い腹の探り合いなんて真っ平御免の助なんだもん。

 対する天才軍師黒田官兵衛はほんの一瞬だけ迷ったような表情を見する。見せたのだが…… すぐに人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべると口を開いた。


「いやいや、左京大夫様。城のことなれば何の憂いもござりませぬ。滞りのう進んでおりますれば、どうかお心を安んじ下さりませ」

「さ、左様にござりまするか。それを聞いて安堵致しました。もし困ったことがあれば何なりと申して下さりませ。貴殿らは大事なる労働力にございます故」


 大作はここぞとばかりにハート様っぽいセリフを紛れ込ませる。だが、元ネタを知る由もない二人にはさぱ~り通じていないようだ。

 閑話休題。これは話題を変えた方が吉だな。ポク、ポク、ポク、チ~ン。閃いた!


「ときに官兵衛殿。先日差し上げた太刀は如何なされました。前回に続いて今回も無刀とは武士として些か情けのうござりませぬか? 武士は刀の魂…… じゃなかった、刀は武士の魂にございまするぞ。そう思って先日は太刀を差し上げたというのに…… 親の心子知らずとは正にこのことですな。まさかとは思いますけどメルカリで売っちゃったとかじゃないでしょうな?」

「め、めるかり? いやいや、神仏に誓うてめるかりで売ったりなどはしておりませぬ。ただ……」

「ただ? ただ何でござりましょう? 早う話して下さりませ。事と次第によっては拙僧にも考えがございまするぞ」


 大作は精一杯にドスを聞かせた声を作で凄む。だが、官兵衛は全く動じる様子も無い。軽く鼻を鳴らすと冷たい目で睨み返してきた。


「和睦を勧めに参った某が刀を挿しておっては纏まる話も纏まりますまい。そう考えてのことにございまする。其れに某は些か足が悪うございましてな。太刀を挿しておっては歩き難うて仕様がありませぬ。左京大夫様より拝領した太刀は大事に仕舞っておりますれば、何卒ご安堵下さりませ」

「あのですねえ、官兵衛殿。道具って奴は使ってナンボでしょう? 違いますか? そもそも太刀なんて物を切るくらいしか能が無いんですから。ケチ臭いこと言っていないでバッサバッサと物を切っちゃって下さいな」

「ば、ばっさばっさ? にござりまするか?」


 大作が披露した刀を振り回すジェスチャーを見た官兵衛は目を白黒させてドン引きしている。

 もしかして僧侶の格好をしている大作がこんな好戦的な話をするのは不味いんだろうか? だけども黒田官兵衛だってクリスチャンなんじゃね? と思いきや、数年後には出家して如水と号するはずなんですけど。

 見た目に違わず随分と変な人だなあ。まあ、宗教に関しては俺だって人のことを言えた義理じゃないんだけれども。大作は一人で勝手に悩んで勝手に納得していた。

 そうだ、閃いた! だったらとっても良い考えがあるぞ。大作は沈思黙考を強制終了させると官兵衛の方に向き直った。


「黒田殿、拙僧に妙案がございます。聞きたいですか? 聞きたいでしょう? どうしても聞きたいって言うんなら話してあげないこともないですよ」

「いやいや、別に聞きとうはござりませぬ。まあ、如何にしても話したいと申されるならば聞かぬでもござりませぬが」

「そ、そうですか。では特別にお話致しましょう。それはぁ~! ドゥルルルル~! ジャン! それは出家することでしたぁ~! どうでしょう、官兵衛殿。この機会に出家なさってみては? 僧侶ならばあの重い刀を持ち歩かんでも宜しいでしょう? って言うか、刀を挿した僧侶なんて悪目立ちしてしょうがありませんぞ。まあ、一休さんが刀を持って堺の街を歩いたってエピソードもありますけどね。でも、アレは竹光だったってオチなんですし」


 黙って話を聞いていた官兵衛は死んだ魚のような目をしている。と思いきや、不意に目を輝かせて話に食らいついてきた。


「そ、そ、某に出家せよですと! そうは申されましてもなあ。うぅ~ん…… 実を申さば既に黒田の家督は倅へ譲っておりますれば僧になるに何の障りもござりませぬ」

「でしょ? でしょ? そうでしょ? 僧籍は良いこと尽くめですぞ。何と言っても宗教法人は非課税ですからな。それに関銭や渡し船がタダになることが多いですし。あと、散髪代とかも掛からんですしね。何だったら拙僧が断髪式? とか何とかいう儀式がありましたよね? アレをやってあげましょうか? もちろんタダで」

「ほほぉ~ぅ。其れは有り難きお話にござりまするな。して、左京大夫様はやはり臨済宗にござりましょうや?」


 突如として真顔に戻った官兵衛から意外な質問が飛び出す。

 気になるのはそこかよぉ~っ! 大作は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。

 ひたすらポーカーフェイスを維持するのみだ。


「うぅ~ん、もしや黒田殿は宗派でお悩みにございまするか? ならばお勧めがございますぞ。その名もぉ~っ! ドゥルルルルル~ ジャン! 日本ハリストス教会でしたぁ~っ!」

「にほんはりすとすきょうかい? 其れは何者にござりましょうや? 左様な教会、某は見たことも聞いたこともござりませぬが?」

「そりゃそうでしょう。ついこの前に出来たばっかりなんですもん。ただいま絶賛旗揚げ中の新興宗教にございます。今なら入信と同時に聖人の称号を得られるキャンペーンを実施中! 是非この機会にご検討をお願いしま。早い者勝ちですから急いだ方が良いですよ」

「ちょっと待って頂戴な、大佐。STS-26は定員に達した筈よ。もしかして誰かメンバーから外そうって言うんじゃないでしょうね? 言っとくけど私は聖人の称号を譲る気はありませんからね!」

「美唯も! 美唯だって決してメンバーから外れたくないわよ!」

「どうかそれだけは某もご勘弁を賜りとう存じまする!」


 必死の形相を浮かべたお園、美唯、藤吉郎が声を揃えて講義の言葉を吐く。

 ふと視線を感じて振り返って見れば僅かに開いた襖の隙間から氏政と思しき鋭い眼光と目が合う。

 これはもう駄目かも分からんな。大作は小さく溜息をつくと軽く頭を振った。


「よし分かった! 現時刻を持ってSTS-26をSTS-28と改称し、定員を二名追加する。黒田殿、滝川殿。お二方を聖人にお迎えしたいのですがお引き受け頂けますかな? どうか我らとともに日本二十六…… じゃなかった、日本二十八聖人を盛り立てて下さりませ。伏してお願い申し上げ奉りまする!」

「お顔をお上げ下さりませ、左京大夫様。斯様に大事なる事は某の一存では決めかねまする。一旦は本陣へと持ち帰り、太閤殿下のお許しを頂いてから出直しとう存じまする。どうか此度は此れでご容赦下さりませ」

「そうですかそうですか。まあ、決めるんなら早いとこ決めて下さいね。残りは二枠しか余っていませんので。埋まっちゃったらそれまでですよ。幸運の女神には前髪しか生えていません。どちて坊やみたいにね。あは、あはははは……」


 然程は広くもない座敷に大作の乾いた笑い声が響き渡る。

 お園、美唯、藤吉郎、そして隣の部屋で聞き耳を立てている氏政がほっと安堵の吐息を漏らした。


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