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巻ノ参百弐拾八 移譲しろ!権限を の巻

 這々の体で小田原城を逃げ出した大作は行く当ても無く城下を彷徨い歩き回った。

 帰る家べきを失って放浪する御本城様の惨状をよっぽど哀れに思ったのだろうか。たまたま近くを通りかかった風魔小太郎はご親切なことに風祭の谷へと招待してくれる。


 険しい山の中を歩くこと数時間。一行の眼前にようやく目的地が姿を現した。

 突然の訪問にも関わらず原住民たちは温かく迎え入れてくれる。久々に人間らしい扱いを受けた大作は柄にもなく少し感動してしまった。


「ささ、御本城様。良う煮えて参りました。お熱い内にお召し上がり下さりませ」

「おお、お絹殿。忝ない。もしかするともしかして、これって猪肉にございますか? とっても美味そうですなあ。って言うか…… あっ、あっ、熱っぅ~っ!!!」


 大作はダチョウ倶楽部の熱々おでん芸をリスペクトしつつも独自の解釈を加えたオリジナルのオーバーリアクション芸を披露する。披露したつもりだったのだが…… 滑ってしまった!


「御本城様。この水にてお口を潤して下さりませ」

「いや、あの、その…… マジレス禁止でお願いできますかな? 実は言うほど熱くもありませんので」

「さ、左様にござりまするか。其れならば宜しければ私がふぅふぅ致しましょうや? ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~~~っ。ほれ、御本城様。お口を開けて下さりませ。あぁ~ん」

「あぁ~ん…… って、お絹殿。バカップルじゃないんですから勘弁して下さりませ。自分で食べられますってば。あはははは……」

「遠慮なされまするな、御本城様。うふふふふ……」


 大作とお絹は周囲の目も憚らず、味噌で味付けされた猪鍋を箸で突付く。だが、その姿は周りからは何処からどう見てもバカップルとしか見えていなかった。




 大方の食材が食べ尽くされた後、鍋に残った汁にご飯を放り込んで雑炊を作る。

 待つこと暫し、えも言われも香りが食欲を刺激し始めた。猪肉を沢山食べてお腹が一杯だと思っていたが締めの雑炊は別腹なんだろうか。

 お絹が取り分けてくれた椀を受け取った大作は熱々の雑炊を掻き込む。ハムッ ハフハフ、ハフッ!!


 その時、歴史が動いた! 襖がそっと開くと男の子が顔を覗かせたのだ。

 歳の頃は十代前半といったとことだろうか。質素だが清潔そうな着物を着こなしているが金太郎みたいな奇抜な髪型が絶望的に似合っていない。

 そのヘアスタイルって流行ってるの? 大作は聞いてみたくて堪らなかったが空気を読んで必死に我慢した。


「頭領様、ご無礼をば仕りまする。京や大坂へ参っておられるお味方衆から定時連絡が届いております」

「おお、竹丸。漸う参ったか。近う寄れ」

「ははぁ~っ」


 頭を低くした少年は這いずるようにして座敷を進む。風魔小太郎の前に辿り着くと恐る恐るといった風に顔を上げた。手には大事そうに折り畳んだ紙切れが握られている。


「どれどれ、京や大坂は如何なる様子じゃ? ほほぉ~う、そうかそうか。此れは真に良き知らせじゃのう。御本城様、どうぞご覧下さりませ」


 忍者の頭領は鬼みたいな顔を僅かに綻ばせると記録紙を恭しげに差し出してきた。

 大作も精一杯に有り難そうな顔を作って受け取る。受けとったのだが……

 例に寄って例の如くミミズが這ったような文字は一言たりとも解読不可能だ。

 って言うか、いつも思うんだけれどもこれって本当に文字なんだろうか。実はからかわれてたりしたら嫌だなあ。とは言え、いくら頑張ったところで読めない物は読めないんだからしょうがない。ここは潔く兜を脱ぐしかなさそうだ。覚悟を決めた大作は開き直る。と言うか、開き直った大作は無敵なのだ。


「読めない、読めないぞ! 申し訳ございませぬ、出羽守殿。代わりに読んで頂いても宜しゅうございますかな?」

「よ、読めぬと申されまするか? 此れが読めぬと? またまた、お戯れを。御本城様……」

「読んで下さりませ、出羽守殿。間違えるな! 私は相談してるのではない! お願いしているんですよ。ね? ね? ね? 四つん這いになれば読んで頂けますか? アッ~!」


 床板に勢い良く両手を付いた大作はあらん限りの大声で絶叫した。

 風魔小太郎は暫しの間、唖然としていたが我に返ると紙片に視線を落とす。


「然らばお読み致しましょう。えぇ~っと…… 大坂の天候は晴れ。雲量は四。南の風、風力三とのことにございます」

「み、南の風、風力三ですと? それってエメロンシャンプーのCMソングじゃありませんか? 知ってましたか、出羽守殿。エメロンっていうブランドはエメラルド+ライオンって意味から付けられたんですよ。ライオンって名前だと女性向けにはちょっと厳ついでしょう? そんなわけで、ちょっとでも優しい印象を持ってもらおうと思って考えたみたいですな」

「さ、左様にござりまするか。それで…… 京の天候は曇り。南西の風、風力は四にございますな。いずれも、ここ数日は雨が一滴も降っておら故に家屋敷は乾いておるそうな。火を放つには又と無き好機にござりましょう。御本城様、如何なされましょうや?」


 上機嫌な顔の風魔小太郎は小首を傾げながら記録紙を押し付けてきた。大作は紙切れを受け取ると時間を掛けてゆっくりと文字列を眺める。眺める振りをしたのだが…… 何一つとして意味が分からないんですけど!

 だが、ちょっと待ってほしい。今はそんなことより大事なことがあるじゃないか。このままでは京、大坂を焼き討ちするという非人道的な作戦の責任者にされちまいかねん。

 何とかして責任転換…… じゃなかった、責任転嫁しなきゃならんぞ。大作は頭をフル回転させて足りない知恵を振り絞る。


「えぇ~っと…… 本件に関しては出羽守殿にお任せしちゃっても宜しいでしょうかな?」

「わ、儂が? 儂に下知せよと申されまするか? 然れど斯様に大事なる御下知は御本城様が御自ら下されるのが常のことにござりましょう。儂の如き小者が口を挟める道理がございませぬ。平に、平にご容赦のほどを……」


 鬼みたいな顔をした相州乱波の頭領にだって少しくらは人間としての良心があるのかも知れない。風魔小太郎は上目遣いでこちらの顔色を伺うと両手で×印を作った。

 このジェスチャーって戦国時代からあったんだろうか? それはともかく、このおっちゃんは断固拒否の態度を崩すつもりは無いらしい。

 心底からの迷惑そうな表情は大量殺人犯になるのは真っ平御免の助だと書いてあるかのようだ。


 だが、大作の辞書に諦めという文字は無い。小さく溜め息をつくと、超絶美形のくノ一へとターゲットを変更した。


「では、お絹殿。代わりと言っては何ですが御下知を賜っても宜しゅうございますかな? クシャナ殿下みたいに『焼き払えぇ~っ!』みたいな感じでお願いします」

「わ、私にございまするか? いやいや、頭領様がやれぬと申しておられることを私ごときに務まる筈がござりますまい。然ればこそ……」

「ロボットにより通信回路が破壊されたんですよ。緊急事態につきお絹殿が臨時に指揮を執って下さりませ。もちろん拙僧が政府の密命を受けていることもお忘れなく」

「そ、そうは申されましても……」


 押して駄目なら引いてみな。宥めたりすかしたり高圧的に出てみたかと思えば一転して泣き落とし。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。およそ考えつく限りのありとあらゆる手を大作は試みる。

 やがて切なる願いが通じたのだろうか。何を言っても頑なに拒んでいたノ一の心が徐々に解き解されて行く。これぞ交渉人(ネゴシエイター)の面目躍如といったところだろう。

 と思いきや、お絹は最後の最後でどうしても踏ん切りが付かないらしい。引き攣った笑顔を浮かべながら助けを求める様な視線を風魔小太郎へと向ける。

 こうなったら手段を選んではいられないな。大作は禁断の秘技の封印を破った。


「うぅ~ん…… 如何でしょう、出羽守殿。もう、こうなったら三人寄れば文殊の知恵。三つ子の魂百まで。三人一緒によ~いドン! って感じで参りませんかな?」

「三人一緒? 皆で一遍にの意にござりましょうや? 其れならば儂に依存はございませぬが。お絹、お主はどうじゃ?」

「お、お二方さえ宜しければ私に依存などあろう筈もございませぬ。如何様にもご随意になさって下さりませ」


 勝ったな! 大作は心の中でガッツポーズ(死語)を作る。

 集団における意思決定は責任感が分散されるから危険な選択肢を取りやすい。これぞリスキーシフトの典型だ。

 聞いた話では銃殺隊が一人の死刑囚に向かって複数人で同時に発砲する際、実弾を装填した銃と空砲を入れた銃が混在させることがあるんだそうな。こうすれば射手は自分が人を殺したか殺していないか分からないから罪悪感が薄れるとか何とか。

 そう言えば絞首刑のボタンとかも複数の刑務官が同時に押すようになっているそうな。

 みんな上手いこと考えてるんだなあ。これぞ生活の知恵って奴だ。


「さて、それじゃあ竹吉殿でしたかな? 京、大坂に対する火攻めのゴーサインを出して下さりませ」

「ご、ごおさいん? にござりまするか?」

「そうそう、それそれ。『焼き払えぇ~っ!』って言ってやって下さりませ。『京、大坂は燃えているか?』って感じでお願いします。何もかも燃やして石器時代に返しちゃいましょう。中途半端じゃ駄目なんです。骨一本残らないくらいに徹底的にやっちゃって下さいな」

「御意! 畏まりましてございます!」


 元気に返事をすると同時に少年は弾かれた様に座敷を立ち去る。

 匙を手にした三人は黙って鍋に残った雑炊を浚う作業に戻って行った。


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