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巻ノ参百弐拾四 北条VS豊臣、因縁の航空大決戦 の巻

 大作とお園は織田信雄の家臣、岡田利世を小田原城総構の小峯御鐘ノ台西堀まで見送った後、急ぎ足で本丸御殿へと舞い戻る。

 然程は広くもない座敷に帰ると幼女が一人、雄の三毛猫と戯れていた。


「高い、高い、たかぁ~~~い! 本に小次郎は愛いわねえ! そう思うでしょう、大佐?」

「あのなあ、美唯。せっかくお寛ぎのところ申し訳ないんだけどスタッフ一同に緊急招集を掛けてくれるかなぁ~?」

「……」

「掛けてくれるかなぁ~?」

「すたっふ?」


 気になるのはそこかよ~! 大作は盛大にズッコケつつも心の中で激しく突っ込む。


「えぇ~っと…… スタッフって言葉の語源は杖を意味するstafとかstaefからきてるらしいな。ゲルマン祖語のstabazとか英語で杭を意味するstebhとかと同じ流れだ。ホッチキスのことを英語でステープラって言うのもそのせいだぞ。とにもかくにも向こうの偉いさんは権力の象徴として杖を持ってるものなんだ。それこそ元帥杖みたいな奴をさ。んで、そこから司令官の補佐をする将校グループをスタッフって言うようになったらしいな。どっとはらい」

「ふ、ふぅ~ん。それで? 美唯はいったい何をすれば良いのかしら? もうちょっと詳らかに語らってくれないかしら」

「いや、あの、その…… だから関係各位を呼びつけてこいって言ってるんだよ。関係者って分かるよな? 関係する者のことだぞ」

「萌様、ほのか、サツキ、メイ、藤吉郎くらいで良いのかしら? それならそうと初手からそう言ってくれたら良いのに。とにもかくにも美唯、分かったわ。それじゃあ行ってくるから代わりに小次郎の面倒を見てて頂戴ね」


 重そうに抱えた雄の三毛猫を押し付けると幼女は足早に廊下を駆け去った。

 足音が遠ざかるのを慎重に確認した大作は吐き捨てるように呟く。


「ふんっ! 馬鹿どもにはちょうどいい目くらましだ!」

「はいはい。それで? 待ってる間、私たちは何をするのかしら?」

「取り敢えずは…… ちょっと伸びてるみたいだし小次郎の爪でも切ってやとするか。爪切りを取ってくれるかなぁ~?」

「爪切りってこれのことね? いいともぉ~!」


 お園は小物入れからギロチン式の爪切りを取り出す。前に鍛冶屋に特注して作ってもらった代物だ。

 猫の前足には五本の指があるが後ろ足には四本しかない。なんとびっくり親指が無いのだ。

 ここ、試験に出るからちゃんと覚えとけよ! 大作は誰にいうとでもなく心の中で絶叫した。


 胡座に組んだ足の間に小次郎を抱っこして左前足の親指から順番に爪を切って行く。小次郎は猫としては非常に珍しいことにとっても大人しくしている。爪切りには黙って従う。それが彼の処世術なんだろう。

 合わせて十八本の爪を切っている間に三々五々とスタッフが集まってきた。


「お待たせ、大佐!」

「いったいぜんたい何の用なのかしら?」

「急な用と聞き、矢も盾も堪らず飛んで参りました」

「つまんない用だったらタダじゃ置かないわよ!」


 みんなが口々に好き勝手なことを言い始めた。大作はちょっとイラっときたが空気を読んで必死に我慢する。ひたすら感情を押し殺し、努めて明るい口調で話すのみだ。


「すまんすまん、みんなに集まってもらったのは他でもない。実はドッキリ百五十連発に優先してやってもらいたい課題が急遽として発生したんだ。そんなわけで……」

「ドッキリ百五十連発ですって!? それっていったい何のことなのかしら? まずはそれを先に教えて頂戴な」

「気になるのはそこかよ~! ドッキリ百五十連発っていうのはだな……」

「大佐! 今は非常時よ。ドッキリ百五十連発の話は後でも構わないでしょう? そんなことより今は織田信雄の家臣、岡田利世様の御用を先に片付けなきゃならないんですからね」

「そうそう、それそれ。お園、ナイスフォローだぞ。んで、岡田利世の用事って何だっけ? ついでといっては何だけど説明してくれるかなぁ~?」


 半笑いを浮かべた大作は悪びれもせずに開き直る。だって俺はこれっぽっちも悪くないんだもん。

 だが、そんな本音はおくびにも出さない。ただ、糞真面目な表情を崩さずに居並ぶ面々の顔をぐるりと見回すのみだ。

 暫しの後、痺れを切らしたといった顔のお園が助け舟を出してくれた。


「えぇ~っと…… 豊臣と北条の航空大決戦? だったかしら? 何かそんなのをやることになったのよ」

「こうくうだいけっせん? それって美味しいの?」

「美味しいんじゃないかしら? 知らんけど。とにもかくにも我ら北条空軍…… じゃなかった、北条陸軍航空隊? そんなのの代表と豊臣の代表が互いの名誉と誇りを賭けて死力を尽くすのよ。きっと楽しいわよぉ~! ね? ね? ね?」

「それってつまるところ航空機同士で一騎打ちをするってことでしょう? そんなことをして危うくはないのかしら? 私めは痛いのは嫌なんだけどなあ……」


 ドン引きといった顔のほのかがさり気なく後退りして行く。こいつはフォローが必要なんだろうか? 大作は努めて明るい声音を上げた。


「安全管理には最大限の注意を払っているから絶対に大丈夫なんじゃね? たぶんだけどな。それに万が一の事故に備えての保険も完備しているんだ。それに当日は死ぬにはもってこいの日だぞ。骨は俺が拾ってやるから花と散ってこいよ」

「えぇ~っ! できることなら私めは遠慮したいんだけれども……」

「なんだよ、ほのか。お前はそんな遠慮深いやつだったっけ? もっとグイグイくる奴だった気がするんだけどなあ。って言うか、パイロット候補はお園、美唯、お前の三人しかいないんだ。やってくれよ。な? な? な?」

「そ、そんなぁ…… 私めなんかよりもお園や美唯の方がずっとずっとパイロットに向いてると思うんだけどなあ。二人のどっちかがやった方がきっと上手く行く筈よ。ねえねえ。そうしなさいな、大佐。お園や美唯からも何とか言ってやって頂戴な」

「「何とかぁ~!!!」」


 半笑いを浮かべたお園と美唯が阿吽の呼吸といった感じで声をハモらせる。

 こいつらできてんのかよ? 大作は内心で吹き出しそうになったが決して顔には出さない。精一杯の真面目腐った表情を作ると毅然とした態度で言い切った。


「間違えるな! 私は相談してるのではない! お願いしてるんだよ。それに二人には他にやってもらいたいことがあるんだもん。しょうがないだろ?」

「それっていったい何なのよ? 私めにはできないことなのかしら?」

「できるかできないかで言ったらできんことは無いかも知れんな。だけどもお園には今回の興行を取り仕切る元締めをやってもらわにゃならんのだ。んでもって美唯には豊臣方との連絡調整役を任せてる。それにほのか。ここだけの話だけどパイロットとしての適正はお前が一番優秀なんだぞ。くノ一のお前は身体能力でも反射神経でも他の二人とは比較にならん。俺はほのかの能力を誰よりも高く買っているんだぞ。分かってくれよん。頼むからさあ。神様、仏様、ほのか様ぁ~」


 大作は恥も外聞も無く土下座をすると米搗き飛蝗のように頭を上げ下げした。だってお辞儀とお礼はタダなんだもん。使わんと勿体ないし。


 覚めた目付きをしたほのかは黙ってそれを眺めていた。だが、暫しの沈黙の後に小さく鼻を鳴らすと吹っ切れたような顔で大声を上げた。


「しょうがないわねぇ~!」


 それってお園の決めゼリフなんですけど。大作は心の中で突っ込んだが空気を読んで顔には出さなかった。




 それから小一時間に渡って一同は航空大決戦の段取りについて話し合いを進める。

 やると決まったからには手は抜けない。プロとしてのプライドに掛けてもショーを成功させねばならん。大作のやる気は鰻のぼりの鯉のぼりだ。


「藤吉郎、お前には広報とチケット販売の一切合切を頼みたい。任せても大丈夫かな?」

「お任せ下さりませ。必ずや見事なる航空大決戦を開いてご覧に入れましょう」

「当てにしてるぞ、藤吉郎。この仕事が上手く行ったら来季はゼネラルマネージャー昇進も間違いなしだ。とにもかくにも頑張れ、頑張れ、できる、できる。藤吉郎なら絶対にできる!」

「御意!」


 これにて一件落着! 大作は心の中で宣言する。

 お次は誰にしようかな。全員の顔を一通り見回しているとサツキに目が合った。


「サツキ、お前には会場の設営を頼めるかな? 実作業は女子挺身隊と国防婦人会に手伝わせてくれて良いからさ。サツキには工程管理とか労務管理とかをやって欲しいんだ」

「畏まりましてございます。気張ってお努めいたします。」

「ちなみに本番は五月一日を予定しているぞ。史実ではこの時期、雨はほとんど降らなかったらしいから天気の心配はしないで大丈夫だ」

「それを伺うて安堵いたしました」


 神妙な表情を浮かべたサツキが深々と頭を下げる。

 大作も軽く頭を下げて答えると隣に座ったメイへと視線を移した。


「メイには物販関連の一切を任せたいと思ってる。キャラクターグッズの企画、製造、品質管理から始まって在庫管理、販売管理、クレーム処理まで全部やってくれ」

「わ、私にできるかしら。そんなことやったこともないんだけども……」


 ちょっと自信なさ気な顔のメイが助けを求めるような視線でキョロキョロを周りを見回す。


「いやいや、誰も一人で全部やれだなんて言ってはいないぞ。必要なだけ人を使って良いんだ。人、物、金。必要な物があれば何でも言ってくれ」

「わ、分かったわ」

「まあ、物販収入なんてオマケみたいなもんだ。もし失敗したところで致命的な結果にはならんから気楽にやってくれ。ただし、権利関係にだけは気を付けてくれよ。分からんことがあったら法務部に相談すれば良いからな」

「メイ、分かった!」


 お前、分かったしか言ってないやん! 大作は突っ込みを入れるかどうか一瞬だけ迷う。だが、せっかくのやる気に水を刺すのも何だしなあ。ここは涙を飲んでスルーを決め込んだ方が吉だろう。


「よし、それじゃあ解散。みんな割り当てられた任務に邁進してくれるかなぁ~?」

「いいともぉ~!」


 元気な返事と共にまるで蜘蛛の子を散らすように一同が勢い良く座敷を飛び出して行く。

 ちょっと待ったぁ~! 大作は咄嗟に幼女の着物の裾を掴んで引き止めた。


「ほのかは残ってくれ。今からお前には空中戦闘機動(ACM)について勉強してもらうぞ」

「く、空中戦闘機動? それって美味しいの?」

「はいはい、お約束お約束。取り敢えず今日と明日は座学だ。それからシミュレーター。いきなり実機で戦闘機動なんてできるはずがないからな。とにもかくにも泣いても笑ってもあと十日しか無いんだ。やれるだけのことはやってもらうぞ」

「そりゃあ、やれないだけのことはできないものね。うふふふふ……」

「そりゃそうだ。あはははは……」


 二人は一頻り大笑いすると座敷に籠もって座学へと打ち込んだ。


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