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巻ノ参百拾四 集めろ!残飯を の巻

 天正十八年四月十六日(1590年5月19日)の朝餉を食べ終わった大作たちは例に寄って例の如く安物のほうじ茶を飲みながら世間話に花を咲かせていた。

 話題の中心は伊達政宗の弟、小次郎の死去に対する弔電を打つかどうかだ。


「やっぱり美唯は弔電を送った方が良いと思うわ。弔電を送る方に一票!」

「何でだよ? そんな見も知らん奴に弔電を送るなんて変じゃね?」

「そんなことないわよ、大佐。だってその伊達政宗様ってお方のご舎弟様は小次郎様と申されるんでしょう? だったら私の…… 私たちの小次郎と同姓同名じゃないの。こんな不可思議な縁、そうそうは無いわよ。必ずや弔電をお送りしなくちゃならないわ」


 雄の三毛猫を膝の上に載せた幼女がドヤ顔で顎をしゃくる。ぎゅっと抱き締められた小次郎が小さく鳴き声を上げた。


「同名はともかく、同姓ってことは無いんじゃないのかな。知らんけど。とは言え、全然知らん仲でもないか。まあ、取り敢えず弔電くらい送っといても罰は当たらんだろう。ナントカ丸、頼んだぞ」

「御意!」


 幼い小姓は深々と頭を下げると足早に座敷を後にした。

 言われたことには黙って従う。それが彼の処世術なんだろう。大作は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。


「では、これにて一件落着! んで? 今日は何して時間を潰す?」

「そうねえ…… 今日はとっても良い日和みたいよ。ちょっとばかり遠出をしてみるのはどうかしら? たとえば塔ノ峰城まで行って一夜城が建てられているのを検分してみるとか」

「美唯もそれに一票! 此処の所ずっとお城に籠もりっきりだったから退屈していたのよ。小人閑居して不善をなすって言うじゃない」

「あのなあ、自分のこと小人だなんて言うなよ…… 別れ際にさよならなんて悲しいこと言うなよ!」

「美唯、そんなこと一言も言ってないんだけど?」

「マジレス禁止! とにもかくにも善は急げだな。塔ノ峰城を目指してレッツラゴー!」


 言うが早いか大作は脱兎の如く座敷を後にする。お園と美唯も一瞬の遅れもなく後へと続いた。




 一同は意気揚々と本丸御殿を出る。出たのだが…… すぐにUターンして台所を目指すこととなった。


「お弁当を忘れるなんてお園らしくもないなあ」

「しょうがないでしょうに! そも、大佐があんまり急かすからよ」

「美唯は覚えてたわよ。だけど二人が何にも言わないから黙ってたの」


 これ以上はないほどのドヤ顔を浮かべた美唯が胸を張る。それって偉そうに言うことなんだろうか。大作はイラッときたが強靭な精神力を持って何とかギリギリで抑え込む。


「あのなあ…… そういうのを消極的同意って言うんだぞ。お前らは知らんのか? 『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』っていう有名なコピペを」


 そんなことを言っておきながら本当を言うと正確には覚えていない。仕方がないので大作はスマホを取り出すとオリジナルの文章を探した。


「あったあった、これだ。著作権に触れると厄介だから声に出しては読まないけど目を通してくれるかな? とっても大事なことが書いてあるんだから」

「どれどれ…… ふぅ~ん。これって要するにサラミ戦術ってことよね? 敵はバラバラに倒した方が容易いってことでしょう?」

「美唯は賢いなあ……」

「今ごろ分かったの? だけどもそれとお弁当を忘れたことの間に何の関わりがあるのかしら? 美唯、その故を知りたいわ」

「気になるのはそこかよ~!」


 そんな阿呆な話をしながらも勝手知ったる他人の家。大作たちはコソ泥のように台所へ忍び込むと適当に食材を物色する。物色しようとしたのだが……


「碌な物が無いぞ! もしかして北条の台所事情って火の車なんじゃなかろうな?」

「そんな筈がないでしょうに。だって豊臣に五万石ものお米を売ったのよ。まさかとは思うけど…… 私たちが食べるお米まで売っちゃったんじゃないでしょうねえ?!」

「そ、そうかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど。しょうがない。お櫃にちょっとだけ残っているご飯を手分けして掻き集めよう」


 三人は杓文字やスプーンを使って残飯をチタン製のクッカーへと移して行く。塵も積もれば山となる。全てのお櫃の底を攫い終わる頃には結構な量のご飯を手に入れることができた。


「よっしゃよっしゃ。これだけあれば三人の胃袋を満たすには大丈夫だな。もし足りなかったら現地調達という手もあるだろうし」

「いやいやいや。もしや某のことをお忘れにござりまするか、御本城様?」


 声の方へと振り返ってみれば半笑いを浮かべたナントカ丸が人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべていた。


「えっ? もしかしてお前も一緒に行く気なのか? まあ、別にきちゃいかんとは言わんけどな。それじゃあとっとと行くとするか」

「そうね。思わぬロスタイムになったわ。ちょっとペースを上げましょうよ」

「あ、あんまり急がないでくれるかしら? 美唯はちっちゃいんだから……」


 大作たちは本丸から二ノ丸を通って三ノ丸へ抜ける。大手門には向かわずに南に進んで外堀に行き当たると西へと歩みを変えた。ついさっきまで居た本丸を右手に見ながら広い広い三ノ丸をひたすら歩いて行く。

 小田原城は建っているのは箱根外輪山から西に向かって延びる舌状大地の端っこだ。なだらかな坂道を延々と登って行くと八幡山古郭が見えてきた。西曲輪西堀の虎口や三味線堀を横目に見ながら素通りする。台所を出て半時間も歩くと御鐘ノ台へ辿り着いた。


「御鐘なんていうくらいだから鐘でも釣ってあるのかしら。ねえ、大佐。そうなんでしょう?」

「そうみたいだな。ここが惣構の北西の要、小峰御鐘ノ台。んで、北東の端っこにも谷津御鐘ノ台っていうのがあるらしいぞ」

「それにしても見事なる見晴らしねえ。小田原のお城が隅から隅まで丸見えだわ」


 どうやら土手の一番先っぽの曲輪が小田原城における最高峰らしい。背の高い見張り櫓には鐘がぶら下がり、見張りの兵が暇そうに屯している。その緩みきった表情からは緊張感の欠片も読み取ることができない。

 ここは箱根方面に対する文字通りの最前線基地なんだけどなあ。万一の時にはあの陣鐘が半鐘みたいに叩かれて本城へ緊急通報する手筈なんだろう。

 御鐘ノ台の周りはとっても深い障子堀で幾重にも囲まれていた。


 一同は絶景ポイントを探して回ると小田原城を背景に記念写真を何枚か撮る。小休止を兼ねて和気藹々と燥いでいると見知らぬ一団が横手から現れた。

 先頭に立つ若侍は見た感じでは二十代半ばといったところだろうか。見た目は地味だが見るからに上質な生地の素襖を着て供回りを二人ほど引き連れている。

 此方の姿を認めた若侍はつかつかと近付くと親し気に声を掛けてきた。


「何方かと思えば兄上ではござりませぬか。斯様な所にお出でとは如何なされましたかな?」

「あ、兄上ですと? えぇ~っと…… 前にお会いしたことがございましたかな?」


 大作は一歩だけ退いて距離を取る。同時に卑屈な笑みを浮かべながら小首を傾げた。

 だが、大作の意に反して若侍は更に一歩詰め寄ってくる。その表情は深い疑問の色を隠そうともしていない。


「いやいや、兄上。何をお戯れに? よもや某の顔をお忘れだと申されまするか?」

「記憶にございません…… って言うか、御免なさい。ちょっと思い出せないんですけど?」

「御本城様、此方は弟君の十郎様にござりまするぞ」


 ちょっと呆れた顔のナントカ丸が慌ててフォローを入れてくれる。大作はアイコンタクトで謝意を示すと若侍に向き直って卑屈な笑みを浮かべた。


「あぁ~っ! それって岩付城主の氏房さんでしたっけ? そういえばそんな人いましたよねえ。始めまして、どうぞ宜しく。じゃなかった、何だろう? ご無沙汰しております。お会いできて光栄です」


 大作は氏房の手を取ると内心の焦りを誤魔化すかのように激しくシェイクハンドした。

 暫しの間、若侍は口をぽか~んと開けて呆けていたが我に返ると引き攣った笑みを浮かべる。


「お、おぅ…… 此方こそご尊顔拝し奉り恐悦至極に存じまする。して、今日は如何なるご用向きにござりまするか? もしや惣構のご検分にござりましょうや?」

「まあ、当たらずと言えども遠からじですかな。天気も良いので前線視察と洒落こもうかと思うております。ちょっくら塔ノ峰城まで行ってみようかと」

「宜しければ某もお供をさせて頂いて宜しゅうございましょうや?」

「どうぞどうぞ。旅は道連れ世は情けというか同行二人というか。とにもかくにもLet’s join us!(確信犯的誤用)って言うか、Let’s go for a walk!」


 人数を増やした大作たち一行は歩みを再開する。

 もしかして桃太郎もこんな風に組織を拡大していったんだろうか。謎は深まるばかりだ。


 一枚畑総構を通り過ぎ、総構の最外周にある堀を越える。ここからの眺めもなかなかに素晴らしい。


「北原白秋が小田原に住んでたころ、この辺りをよく散歩してたそうだぞ。さっき横を通った伝肇寺(でんじょうじ)ってお寺に住んでたんだとさ。童謡『赤い鳥』や歌謡集『白秋小唄集』、童謡集『とんぼの眼玉』なんかもここで作ったんじゃね?」

「とんぼのめだま? それって額賀誠志ってお方が作詞した歌よね? 『とんぼのめがねは 水いろめがね 青いおそらを とんだから と~んだ~か~ら~』って歌でしょう?」

「いやいや、それは『とんぼのめがね』じゃろ。ちなみに額賀誠志は昭和39年(1964年)没だから歌っても平気なんだけどな」

「ふ、ふぅ~ん」


 お園はイマイチ納得が行かないといった顔だ。

 氏房も顔中に疑問符を浮かべて首を傾げている。


「きたはらはくしゅう? 其れは如何なる者にござりましょう? 左様な者の名は聞いたこともござりませぬが?」

「ご存知ありませぬか、十郎様? 北原白秋と申すお方は『万歳ヒットラー・ユーゲント』を作詞された近代日本を代表する詩人にございます。そうだわ、折角だから皆で歌いましょうよ。そうしましょう!」


 突如としてお園が場を取り仕切ると大声で歌い始めた。


「燦たり輝くハーケンクロイツ

ようこそ遥々西なる盟友

いざ今見えん朝日に迎へて

我等ぞ東亜の青年日本

万歳、ヒットラー・ユーゲント

万歳、ナチス」


 大作と美唯は何とか歌に食らい付いて行く。だが、氏房と供回りは完全に置いてけ堀だ。

 これは良くない兆候だな。チーム内に溝ができちまいそうだ。


「十郎殿、一小節ずつ区切って歌いましょう。私たちが先に歌いますので後から繰り返していただけますかな。Repeat after me? 燦たり輝くハーケンクロイツ!」

「燦たり輝くハーケンクロイツ? 其れは如何なる物にございましょ……」

「質問は後で伺いますから。ほれ、ようこそ遥々西なる盟友!」

「よ、ようこそ遥々西なる盟友? 盟友とはもしや伊達のことにござりましょうや?」


 大作とお園と愉快な仲間たちは有らん限りの大声で『万歳ヒットラー・ユーゲント』を歌いながら険しい山道を西へ西へと進んで行った。


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