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巻ノ参百拾参 堀秀政、なんですぐ死んでしまうん? の巻

 天正十八年四月十日(1590年5月13日)の朝会に顔を出したナントカ丸は例に寄って例の如くドヤ顔で報告を行った。


「御本城様、豊臣方の陣へ放っておりました相州乱破が妙な話を聞いて参りましたぞ。秀吉は京より千利休や淀の方を呼び寄せ、諸将らにも正室を呼ぶように達したとの由にございます。それから…… 早川口まで攻め込んで参った堀秀政とか申す輩を捕えたそうな。ご検分なされまするか?」

「け、見聞? うぅ~ん。なんだか面倒臭いなあ。いっそもう放してやったら良いんじゃね? それか豊臣方に身代金でも要求してみるとかさ。どうせ堀秀政は五月下旬に体調を崩して五月二十七日に海蔵寺の本陣で死んじゃうんだし。ほら、ここを見てみ。ちゃんとWikipediaに書いてあるぞ」

「だけども大佐。そんなすぐに死んじゃうようなお侍で身代金なんて取れるのかしら? 後でお金を返せとか言われるんじゃないでしょうね」

「ど、どうなんだろうなあ。だけども奴は仮にも十八万石の大名なんだぞ。縁日で買ったカラーひよこじゃあるまいし。すぐ死んじゃったから金を返せだなんて秀吉も言うかなあ? むしろ、すぐ死んじゃうからこそ早目に換金した方がお得だと思うんだけども……」


 兄ちゃん、なんで堀秀政すぐ死んでしまうん? ヤムチャみたいに倒れ伏す堀秀政を想像した大作は思わず吹き出しそうになる。

 だが、次の瞬間にも目の色を変えたメイが食って掛かってきた。


「ちょっと待って頂戴な、大佐! 堀秀政っていえば第二次天正伊賀の乱で信楽口を攻めた憎き敵でしょうに! 確か比自山城の戦いで伊賀の民草を大勢殺したんじゃなかったかしら。そんな奴を生かして返すって言うの? そんなのお天道様が許しても女子挺身隊と国防婦人会が決して許さないわよ!」

「どうどう、ちょっと餅つけよ。奴はどうせ放っといても一月半で死んじゃうんだ。せいぜいリサイクルしてやろうじゃないか。それが延いては北条の利益にも繋がるんだしさ。な? な? な?」

「人類全体のために…… という意味にとって良いのかしら?」


 不承不承といった顔をしながらもメイが鉾を納めてくれる。大作はアイコンタクトを取ると軽く頭を下げて謝意を示した。


「そんじゃあナントカ丸。なるべく高値で売りつけてやれ。ただし、生き物だから返品不可だってところは念押しするんだぞ。それと交渉に時間を掛け過ぎても駄目だ。弱って死んじまったらゲームオーバーだからな。まあ、その辺りの駆け引きはお前の専門分野だ。信じて任せるよ」

「ぎょ、御意!」


 例に寄ってナントカ丸が威勢だけは良い空返事をした。

 だけども専門分野っていったい何の話なんだろう。自分で言っておいて何だけどさぱ~り訳が分からないよ。

 大作は鷹揚に頷くと美唯に向き直って顔色を伺う。


「それから美唯。お前には今日から生き物係を頼めるかな? 堀秀政の世話をして欲しいんだ」

「いきものがかり? それってどんな歌を歌えば良いのかしら?」

「いやいや、別に歌は歌わなくても良いんだぞ。とは言え、音楽を聴かせたら良く育つなんて話もあるけどさ。とにもかくにも生き物係っていうのは餌をやったり飼育小屋を掃除してやったりする係のことだ。だから美唯は身代金を受け取るまで堀秀政が死なないように面倒を見てくれるかな? 小次郎の世話があんなに上手くできてるんだ。もう一人くらい増えても大丈夫だろ? 一人殺すも二人殺すも一緒だって良く言うじゃんか。頑張れ、頑張れ、できる、できる! 美唯なら絶対できる!」

「美唯、分かった! 任せて頂戴な。ちゃんと世話して見せるわ!」


 ドヤ顔の美唯が顎をしゃくりながら胸を張る。大作は病床に伏した堀秀政を心の中のシュレッダーに放り込んだ。




 小田原城から西に三キロほど離れた所に笠懸山という標高二百四十メートルの山がある。この山に秀吉の命で石垣山城の築城が始まったのは翌日の朝早くのことだった。

 塔の峰城に常駐する監視班は望遠鏡を使って二十四時間体制で豊臣方の監視活動を行っている。豊臣方の陣から黒田如水と思しき武将が大勢の人足を引き連れて現れ、杭を立てたり縄を張り始めたという通信を送ってきたのだ。

 記録用紙に書かれた電文を読んだ大作は暫しの間、沈思黙考した。したのだが…… なにもおもいつかなかった!

 何でも良い。何でも良いから面白いことを言わんと沽券に関わるぞ。大作は頭をフル回転させて無い知恵を振り絞る。ポク、ポク、ポク、チ~~~ン!

 だが、そんな長い長いシンキングタイムをお園はフリーズだと解釈したらしい。小首を傾げるとからかうような口調で問い掛けてきた。


「沽券って言うのは土地や家屋敷の売り渡し証文のことだったわよね? 何でまた大佐はそんな物を欲しているのかしら?」

「いやいや、俺は別にそんな物はこれっぽっちも欲しくはないんだけどさ。って言うか、笠懸山の土地所有権とかはどうなってるんだろな? まさかとは思うけど偽造書類で土地所有権を勝手に移転する地面師グループとかが絡んでるんじゃなかろうな。これはもう警察に相談した方が良い案件かも知れんぞ」

「警察? それよりまずは法務局に行った方が良いんじゃないかしら」


 まるで他人事といった顔のお園が興味の欠片も無さそうに空返事する。まあ、本当に他人事なんだけれども。

 大作は頭を軽く振って警察や法務局の方々にお引き取りを頂いた。


「まあ、土地問題に関しては後でゆっくり考えようか。そんなことより今は石垣山一夜城の築城が納期に間に合うかどうかが問題だな。史実では僅か八十日で完成したって書いてあるけど……」

「八十日ですって? それがどうして一夜城なのかしら? ねえ、どうして? 何で一夜城なのかしら。私、その故を知りたいわ」


 いったい今までどこに隠れていたんだろうか。突如として現れたほのかが一瞬の隙を突くかのように鋭い口調で切り込んできた。

 話の腰を複雑骨折された大作は急に真面目に考えるのが阿呆らしくなってくる。


「一夜城っていえば墨俣にだってあるんだぞ。まあ、アレはただの歴史資料館なんだけどさ。とにもかくにも、まるで一夜でできたみたいに見えたから一夜城っていうんだ。だから特に深い意味は無いんじゃね? あの光秀だって実際には十三日で討たれたけど三日天下って言うじゃん。話は変わるけど八十日間世界一周って小説があるだろ? あれって途中で日付変更線を越えてるから主観時間では八十一日掛かってるって知ってたか? まあ、それがあの小説のオチなんだけどさ」

「それってネタバレじゃないのよ…… ここにいるみんな誰一人として八十日間世界一周は読んでいないのよ。それなのにオチを話しちゃうだなんて大佐ったら全く持って酷い了見だわ!」


 突如としてお園が声を震わせ鋭い目付きで睨んできた。瞳の奥にはメラメラと怒りの炎が燃え上がっているかのようだ。

 またまた変な逆鱗に触れちまったんじゃなかろうな。後悔と自責の念に囚われた大作は頭を抱えたくなる。だが、駟不及舌(しもしたにおよばず)というか綸言汗の如しというか…… 

 とにもかくにも、一度口に出した言葉は取り返しがつかないのだ。特に完全記憶能力者が相手の場合には。

 大作は精一杯の糞真面目な表情を作ると芝居がかった口調で話し始めた。


「ネタバレのことは悪いことをしたな。本当にすまんこってすたい。とはいえ、古典といっても良いくらいの有名作品に関しては皆が知ってるって前提で話をすることもあるだろ? な? な? な?」

「あらまあ大佐ったら、これはまた異な事をおっしゃるわねえ。『猿の惑星の』のネタバレDVDパッケージの前で同じこと言えるのかしら? それに『幸せの黄色いハンカチ』とか」

「いや、あの、その…… だから悪かったって謝ってるじゃないか。これ以上、どうしろっていうんだ? どの作品もオチを先に知ったところで十分に楽しめる名作揃いだぞ。頭を空っぽにして素直に鑑賞すれば良いじゃんかよ!」

「大佐ならできるはずよ。真に申し訳ないという気持ちで胸が一杯なら。どこであろうと土下座ができる。たとえそれが肉焦がし骨焼く鉄板の上であろうとね。さあ、大佐。ちゃんと謝って頂戴な」

「さっきから何度も謝ってるじゃんかよ。こんなに謝っているのに許せないなんてお園。お前ちょっと了見が狭いんじゃね?」

「言うに事欠いて私の了見が狭いですって? 逆切れも良いところだわ。そんなんだから大佐は……」


 売り言葉に買い言葉。些細な切っ掛けから始まった二人の行き違いは瞬時に全面戦争へと発展しそうになる。

 慌てた顔の小さな美唯は間に割って入ると『Break!』といったジェスチャーで二人を手で制した。


「どうどう! お園様、大佐。ちょっと餅ついて頂戴な。私はネタバレなんてこれっぽっちも気にしていないわよ。皆だってそうでしょう?」

「そ、そうねえ。私も少しも気にならなかったわね」

「私だって何が何やらさぱ~りよ。そんなの気にしてるのは小田原でもお園くらいじゃないかしら?」

「そうかしら? そこまで言うのならば今日のところは皆に免じて許してあげるわ。ただし、二度目は無いわよ。心しておいて頂戴な、大佐」

「はい、肝に命じております」


 大作は精一杯に神妙そうな表情を作ると深々と頭を下げた。




 天正十八年四月十二日(1590年5月15日)の夕餉の席。大作たちが和気藹々とご飯を食べていると呼ばれてもいないのにナントカ丸が顔を覗かせた

 例に寄って例の如く、手には小さく折り畳まれた記録用紙が握られている。


「どしたん、ナントカ丸。もしかして悪い知らせかな? それとも良い知らせ?」

「さて、どちらにござりましょうな。某の如き小姓風情には分かろう筈もござりませぬ」


 いつになく不機嫌そうな顔のナントカ丸は畳まれたままの紙片を勿体ぶった手付きで差し出す。

 何だか知らんけど今日は随分と虫の居所が悪いような、悪くないような。

 大作は大相撲の幕内力士が懸賞金を受け取る時のように向かって左・右・中の順に手刀を切ってから紙切れを受け取る。


 ちなみにこの手刀を切るという習慣を再興したのは昭和十年~二十年代に活躍した元大関、名寄岩静男という力士だそうな。

 向かって左が神産巣日神(かみむすびのかみ)、右が高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、中が天御中主神あまのみなかぬしのかみと言われており、五穀の守り三神に対して感謝の意を捧げる礼儀なんだとか。

 それと日本相撲協会によれば大相撲の懸賞金は一口が六万二千円(税込)と正式に決まっているらしい。なので一場所十五日だと九十三万円(税込)にもなる。

 とは言え、懸賞金は全額を力士がもらえたりはしない。まずは日本相撲協会が五千三百円を事務手数料として天引きしている。だから力士の取り分は五万六千七百円だ。しかし熨斗袋の中にはその内の三万円だけしか入っていない。残りの二万六千七百円は銀行振込になっているんだそうな。

 これは力士が懸賞金を全額使ってしまい、後で税金を払えないなんてことにならないように相撲協会が気を使ってのことなんだとか。


「そう言えば、競馬や競輪なんかの配当も一時所得になるから年間五十万円を超えると確定申告が必要なんだとさ。だから全部使っちまうと後で大変なんだぞ」

「古より備えあれば憂いなしって言うものねえ」

「その例えはちょっと違うんじゃないのかなあ? それはそうと……」


 ナントカ丸を交えた一同は税金関連の話で大いに盛り上がる。盛り上がったのだが……

 肝心の紙片に書かれている内容に気をしている者は誰一人としていなかった。


『四月七日 伊達左京大夫(政宗)様が御母堂、義姫様の手により黒川城で謀殺されかけた故、ご舎弟の伊達小次郎様を斬殺したとの由。云々かんぬん……』


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